29-C -陰と陽-
陽子「……」
イーバ内部。陽子は脱出ポッドの排出口の前に立っていた。真隣には雲間から見える青空が広がっており、髪もセーラー服もスカートもバサバサと靡いている。部屋の入口には、今日のお出かけ用に新調した帽子を被った柊アリス。
陽子「それじゃ、アリス。後で会いましょう」
アリス「はい。連絡があるまで転送室で待っています」
陽子は素直なアリスの様子を見て微笑むと、外へ飛び出し、目的地を見据えたまま真っ逆さまに落下していった!
その眼に映るモノはノスタルジア。まるでスカイダイビング。だが、パラシュートなどの荷物や道具は身につけていない。
陽子は島の中央付近の平原を落下地点と定め、勢いを上げてゆく!
到着する前にクルリと半回転すると、地面に衝突しそうな勢いだった身体が地面から2メートル手前ほどで急停止する。そのまま平然と着地する陽子。
陽子「……」
陽子は表情一つ変えず、前方に立っている人達を見た。
奈樹「本当に……来たんですね。それも空から直接……」
蒼輝「まさかイーバの者だったなんてな…」
陽子「お揃いみたいね…」
陽子の前には蒼輝、奈樹、勾玉、マテリアが立っていた。
陽子「随分と数が少ないようだけど…これで全員なの?」
蒼輝「……」
風魔、刹那、バサラとマリア、レイは島の各所で待機していた。
もしもイーバの侵略してきたE兵器がバラバラで現れた場合の対処だった。移動速度が速い刹那は、常に島全体を監視することができ、逐一状況変化が起きた時の伝達役として島を見て回っていた。
陽子「言うつもりはないのね。差詰、島全体の警備にでも回っているのかしら?」
勾玉「……そこまで察しがいいのであれば、黙っている必要は無いようだな」
陽子「そんなことしなくてもいいのに…。私達、イーバは正々堂々と戦うのだから」
奈樹「正々堂々なんて…イーバの口から聞けるなんて思いもしませんでした」
マテリア「陽子さん…アナタはE兵器ですか…? それとも……」
マテリアの質問に、陽子は包み隠すことなくアッサリと答えた。
陽子「改めて自己紹介しておくわ…。私はイーバ幹部。葛葉 陽子」
蒼輝「やっぱり……幹部の一人だったってのかよ」
奈樹「どうして、二日前に島に来ていたか……答えてくれますか?」
陽子「言ったはずよ。観光に来たと」
奈樹「それだけだなんて信じられません…」
陽子「……そう。残念ね。手を出すことなく帰還したのだから、観光以外に理由は無かったと思って貰えるはずだったんだけど……。それじゃあ……そろそろ正々堂々と、増援を呼ぶことにするわ」
陽子はポニーテールにしている髪留めに括りつけていた筒を外し、手に取って蓋を開ける。それを地面に落とした。筒から黄色い霧が発生してゆく……。
陽子「穏便に始めましょうか……。戦いの場……咎霧領域」
蒼輝達は、陽子は話し合えば解り合える相手ではないかと考えていた。だからノスタルジアに一人で降り立っても手を出さなかった。だから今、この段階で不意打ちをすることは考えなかった。
しばらくして、辺りが霧に包まれた。陽子は腕時計のスイッチを押した。これは、イーバへの通信サイン。少しすると陽子の後方に、二つの雷が落ちた!
ハルベルト「ようやく出撃だな……さぁ、任務の時間だな」
アリス「……」
ハルベルト首を慣らしながら、ゆっくりと陽子の隣に歩く陽子。陽子はそれに合わせて、少し横に歩いて距離を空ける。アリスは前に出ず、陽子達の位置より5メートルほど離れている。
蒼輝「お前達も…幹部なのか…?」
ハルベルト「ハルベルト・レギールング。イーバ幹部の一人だな」
マテリア「……!」
奈樹「幹部が三人……!?」
陽子「一ヶ月間、タッップリと溜め込んでおいた咎値だもの。けど……この後ろの子は気にしないでいいわ。ただの観戦者よ」
奈樹「観戦者……?」
アリス「はい。私のことは気にしないで下さい。幹部でも何でもありませんから」
ニコッと笑うアリス。蒼輝達にとっては傍観するだけの意味が解らなかったが、三人掛かりでないのなら、その方がいいに決まっていた。だが、問題はその言葉が本当かどうかである……。
勾玉「その言葉を信用しろと言うのか?」
アリス「私は手を出しません。そういう、決まりです」
ハルベルト「戦いもしないのに、わざわざ連いてきた意味がわからないんだな」
陽子「……」
わざわざ口にしなくてもいいようなことを言うハルベルトに嫌気が差す陽子。
蒼輝「まぁなにが狙いか知らないけど、手を出さないのなら好都合だぜ」
蒼輝は陽子の言葉を信じた。アリスも見たところの印象で悪い子に見えなかったので、その言葉をそのまま信じた。
陽子「他の仲間は呼ばないの?」
ハルベルト「そうだな。たった四人なんて相手にならないんだな」
蒼輝「……」
陽子「まぁ気持ちはわからなくもないわ。一度に全員が集合して一網打尽にされる方が都合が悪いものね」
奈樹「どうして……陽子さん……貴方からは殺気や闘志が微塵も感じられないのは、どうしてですか?」
奈樹は疑問に思っていたことを質問した。
陽子「知りたいの? …まさか、私に戦う気が無いなんて思ってるんじゃないでしょうね?」
マテリア「少なくとも先日話をした時の感じからは…戦う気は感じられませんでした」
陽子「それはそうよ……だって……」
ゆっくりと、指を広げた手を前に出した。
陽子「私の目的は戦うことじゃない。『降伏』させることだから」
突如、蒼輝達の身体に重力のような負担が掛かる!
陽子「重力空間」
頭部、肩、背中、腕、脚、全てに押さえつけられているかのような感覚が襲う!
勾玉「これは……!」
マテリア「くぅ…うぅ…」
真っ先にうつ伏せに倒れたのはマテリアだった。身体中にのしかかる重力。耐え切れない者は地に伏せるのみとなってしまう。
蒼輝「クソッ…!」
どうにかして重力が弱まらないかと粘っていたが、蒼輝も倒れる。
勾玉「蛇炎!」
重みに耐える姿勢を崩さず、陽子に向かって炎を放った!
陽子「見え見えよ」
重力を操っているであろう手を差し出したまま、一歩横に歩くだけで炎を軽く回避する。
奈樹「…くっ…!」
勾玉と奈樹も重力の前に平伏し、うつ伏せで倒れてしまう。
勾玉「まさか重力を操る能力とはな…」
奈樹「しかしこのままでも…咎力を放つことくらいなら…」
陽子「まだ戦う気でいるの? 動けないのに」
蒼輝「当たり前だろ! 俺達はイーバに屈しない!」
ハルベルト「降伏すれば痛い目に合わずに済むのに、愚かだな」
咎霧領域外の遠方から様子を見ていた刹那。
刹那「奈樹様が…このままじゃ…! 皆に知らせなくっちゃ!」
持ち前の移動速度で、島の各所に居る風魔、バサラとマリア、レイの元へ転々と移動し、相手が重力を操って動けなくなっていることを伝えた。
一方その頃……森の奥。
氷雨「こんな良い天気なのに……雷が落ちませんでしたか?」
恋夢「なんか怖いよ…」
家の周囲を掃除していた氷雨と、怯えて氷雨に抱きつく恋夢。
氷牙「おい、月花! この気配…イーバじゃねぇのか?」
家の建っている樹を背にして、もたれ掛かって座っている月花に呼びかける氷牙。
月花「……」
氷牙「オイオイ、知らんぷりか? 今頃よぉ、他の奴らが戦ってんだろ?」
月花「…俺が行っても…役に立たないさ」
氷牙「何言ってんだテメェ?」
月花「俺は強くない……足を引っ張るだけさ」
冥幽界で、アスモデス四死公のキマイレス相手にまとも戦えなかった。他の者達は四死公を倒したのに、自分だけ敗戦してしまった。それによって自信を喪失していた。
シアン「親分、ほっときましょうよ。やる気ないってんなら無理に言わなくても……」
月花「もうそっとしておいてくれ……」
氷牙「そうはいかねぇん…だよ!」
氷牙は月花の胸ぐらを掴んで立ち上がらせ、頬を殴った! 月花が吹き飛び倒れる。
氷雨「月花様!」
氷雨が月花へ駆け寄る。
氷雨「旦那様……! 一体何故……」
月花「…っ…。なにを……」
月花は氷の塊を作り、頬に当てて冷やす。
氷牙「俺がイーバの刺客として島に来た時は何だったんだよ。テメェは真っ先に俺の前に来ただろうが!」
月花「俺は自分の弱さを知ったんだ…」
氷牙「あぁ!? じゃあ、今度から自分より弱い奴としか戦わねぇのかよ!? 違うだろうが。相手の強さがどうだろうが、堂々と立ち向かっていけよ!」
月花「……」
氷牙「俺の前に立ちはだかった月花って男はな…こんなヘタレじゃねぇんだよ。死んでもいい覚悟をして戦ったテメェは何処に行きやがった!?」
月花「氷牙…」
黒猫と呼ばれ一人だった時……ノスタルジアへ凶悪兵器の抹殺任務を受けて降り立った時……イーバの侵攻が来た時に氷牙と戦った時……冥幽界に乗り込んだ時……。その時の月花は無謀だった。恐れを知らない、失敗を考えない。
少なくとも、氷牙が知っていた月花はそういった姿だった。
しかし……再会してからの月花は魂が抜けたかのように、何もやる気がないような状態だった。まるで陽の当たらない陰に覆われた場所に咲いた花。心まで陰に染まっているかのようだった。
氷牙「氷雨ちゃんを追わせたときみたいに、いちいち俺が言わなきゃ走り出せねぇようになっちまったのか!? 何とか言ってみろよ!」
氷雨「…月花様……旦那様……」
月花「……」
心配そうな表情で、氷牙と月花を交互に見る氷雨だった。月花は黙って、氷牙を見ていた。その視線、瞳に徐々に決意が宿る。氷牙の言葉の一つ一つの熱意によって、凍りついた心が少しずつ溶けていくかのような気分だった。
――イーバ幹部が降り立った場所へと風魔、刹那、バサラとマリア、レイが向かい、咎霧領域へ到着した。そこには……。
レイ「これは……隔離されているみたいだね」
風魔「咎霧領域の外部に結界を張ったのかな」
皆は何処かに入口となる部分が無いか、手分けして探した。周りには四つの柱。それぞれが柱の前に立つ。
マリア「バサラ! この柱……生きている!」
四つの柱と思っていたモノは、グニャグニャと形を変えて、人型へと変化していった。
バサラ「やってやろうゼ……コイツを倒せば、この結界を破壊できるもな」
四つの柱だったものが変化した人型の生物。風魔、刹那、バサラとマリア、レイは結界を打ち砕くために立ち向かうのであった。
――咎霧領域内部
ハルベルト「鉱石球体場…アレキサンド・ランド」
鉱石で覆われた咎霧領域の内部。ハルベルトの咎力で作り出された結界が発生していた。
陽子「結界……余計なことしなくてもいいのに」
ハルベルト「結界の外には鉱物兵士が配置され、外部からの破壊による侵入を防ぐんだな。今ここで、任務を確実に達成させるためだな」
奈樹「このままでは…何も出来ずに……」
作り出された鉱石結界の中、イーバ幹部の陽子、ハルベルト、そして観戦しているアリス。のしかかる重力によって倒れたままの蒼輝、奈樹、勾玉、マテリア。
こうしてイーバ幹部二人との戦いは始まった……しかし、状況は最悪と言える状態だった。
第二十九話 -陰と陽- End