28-C -月と夢繋ぐ氷の雨-
八束水 氷雨を連れて歩く氷牙とシアン。そして後ろを歩くセーラー服を着た金髪ポニーテールの女性。その正体はイーバ幹部の葛葉 陽子。四人はE生物達が経営する商店街を歩く。
探し人を求め、氷雨は辺りを見渡しながら歩いている。
氷牙「ちっ、見当たらねぇな…」
陽子「……」
妖艶さが漂う瞳で、E生物達を、商店街を見ながら歩く陽子。そこに、興味深そうに氷雨を見つめている着物を着た女の子を見つけた。
陽子「…どうしたの?」
陽子が声を掛けると女の子は、歩かずにスーッと浮遊した状態で移動してくる。氷牙、シアン、そして氷雨も気付く。
このE生物は恋夢。いつも四人組で弁当配達の手伝いをしている女の子。
恋夢「お姉ちゃん、とってもキレイ! あのね、恋夢もお着物好きなんだ! 名前なんていうの?」
氷牙「あぁん? なんだこの馴れ馴れしいガキは」
恋夢「なによー! 恋夢はガキじゃないもん!」
シアン「いいや、親分が言うならガキだね! 実際に、ただのロリじゃないか!」
恋夢「ロリってなにー! よくわからない言葉使わないで! 恋夢はお姉ちゃんにお話してるの!」
プンプンしながら、氷牙とシアンに向かって怒る恋夢。氷雨は屈んで恋夢の目線の高さに合わせる。
氷雨「わたくしは氷雨と申します。…恋夢ちゃん…で、よいですか?」
恋夢「うんっ! 氷雨お姉ちゃんって言うんだね! よろしくね!」
氷雨「はい、よろしくお願いします。恋夢ちゃん」
恋夢はニコニコと嬉しそうな顔を浮かべ、氷雨の腰へと抱きついた。
氷牙「オイ! そこは俺っちの特等席だぞ!」
シアン「へっ、なんだよなんだよ。まぁオイラはあの美しくて可憐な奈樹さんとまた会えたらそれで満足だけどさ」
恋夢「奈樹お姉ちゃん探してるの? 恋夢、お家知ってるよ?」
氷牙「お、それなら都合がいいな。案内してくれ」
恋夢「やーだよ! 恋夢にガキとか言ったもん! べー!」
あっかんべーをする恋夢。イラっとした表情をする氷牙。
シアン「おい! 親分に失礼だろ!」
ギャーギャーと騒ぐ氷牙とシアンと恋夢。
陽子「穏便じゃない…ってわけでもないわね。寧ろ平和そのもの…」
独り言を呟く陽子。氷雨が恋夢に尋ねる。
氷雨「恋夢ちゃん、お姉ちゃん達に教えてもらえますか?」
恋夢「うん! いいよ!」
氷牙「あぁ!? なんで氷雨ちゃんには言って、俺っちには教えないんだよ!」
恋夢「お兄ちゃんには関係ないことでしょ!」
氷牙「氷雨ちゃんに関係あることは、俺っちにもガッツリ関係あるんだよ!」
陽子「……平和だけど騒がしいわね…」
呆れた様子でやりとりを見ている陽子。恋夢の案内で、奈樹の家へと向かうことになった。
一方その頃…奈樹の家前。
奈樹「そういえば、プリプムはどうしたの?」
マテリア「あの子は桔梗ちゃんと桜羅ちゃんが面倒見ているです。もうすっかり生幽界に馴染んでいるです」
嬉しそうにしながらも、ちょっと困った表情を浮かべるマテリア。
蒼輝「結局、蓮華も屋敷に住むことになって、以前まで空家だったのに賑やかになったもんだな」
皆で談笑している中、空を見上げている颯紗。その紅い瞳に、青い空が映りこんでいる。
蒼輝「どうしたんだ颯紗?」
颯紗「空が…ぼやけてる…?」
皆が見てみる。しかし、そんな風には見えない青い晴天の空。
蒼輝「いや…そんな風には見えないぜ?」
マテリア「普通にしか見えないです」
颯紗は明らかに動揺を見せた。だが、その様子に対して皆は違和感を持たなかった。颯紗はいつも、どこか不思議と怯えがちな所がある。そういった様子には慣れていた。
奈樹「最近、私の看病をしていたせいで目が疲れているのよ」
颯紗「…そうかも知れない…ごめんなさい」
すると突然、奈樹の前に逆さまになった頭部が視界に入った。遠くから声が聞こえた。
恋夢「バァー!」
幽霊のイタズラ。驚かせようとした結果は大成功。奈樹は車椅子に座ったまま背もたれにもたれ掛かって、上を向き気絶した。
恋夢「な、奈樹お姉ちゃん! アレ!? ごめんなさい!」
蒼輝「コラ! 恋夢! 奈樹はこういうホラー耐性ないんだって!」
颯紗「奈樹…! しっかりして、奈樹!」
マテリア「奈樹…やっぱりこうなっちゃうです…」
そろそろ見慣れてきたマテリアだった。氷牙、シアン、氷雨、陽子が歩いてくる。
氷牙「おい! 驚かすどころか、ガッツリ気絶させてんじゃねーか!」
恋夢「そうだけど、言わなくてもいいでしょ! お兄ちゃんのイジワル!」
シアン「奈樹さん! 大丈夫ですか!? …! あぁ…気絶しているお顔も天使のように美しい…」
氷牙「シアン…意識ない女でも口説くんだなお前…」
蒼輝「あぁ! 誰かと思ったらお前! 前に…!」
氷牙「刃塚 氷牙だ。今回はちょっと人探しだ」
蒼輝「人探し? 誰を…」
氷牙「それは俺の伴侶の氷雨ちゃんが…って、あららららららっ!?」
振り返ると、氷雨は居なかった。
陽子「あっちの森に走って行ったわ」
その様子を見ていた陽子。しかし、声を掛けることはしなかった。
氷牙「行くぞ! シアン!」
シアン「おうともよ! 親分!」
恋夢「氷雨お姉ちゃんが行ったなら、恋夢も行くー!」
蒼輝「おっ、おい…」
三人は氷雨の向かった方へと走っていった。蒼輝は声を掛けたものの、止める間も無かった。
マテリア「……何しに来たです…?」
颯紗「奈樹を気絶させに…?」
陽子「……」
マテリアと颯紗は目を合わせ、首を傾げた。陽子は、気絶している奈樹を見つめていた…。
氷雨「はぁ…はぁ…」
左右に花が咲く道。氷雨は走っていた。いつも直感や神、運命などというものは信じていたりしない。けど、今回に限っては今の感覚を信じた。氷雨は走り続けた。
氷雨「…っ!」
島の南西の森。そこにある花に囲まれた大きな樹。その下に座っている男がいた。氷雨は、その男の前に走った。
氷雨「はぁ…はぁ…ん…。はぁ…はぁ…」
息を整える氷雨。男は氷雨に気が付き、その姿を目にした。
氷雨「はぁ…はぁ…。間違いありません…。お探ししておりました…月花様」
月花「君は……」
月花と氷雨。お互いの瞳に、自分自身が映った。
氷牙「氷雨ちゃん、どこまで行ったんだ?」
シアン「全く、いくら美人でも親分を放っていくとか舐めてるよなー!」
氷牙「バカヤロウッ! 氷雨ちゃんに舐めて貰えれば最高だろうがっ!」
シアン「おうともよ! 流石は親分だぜ! 懐が深いぜ!」
恋夢「あっ! 氷雨お姉ちゃんだ!」
氷牙「おっ、マジか。つーか、走るの速ぇよ!」
恋夢「かけっこ得意だもーん!」
氷牙「ん…? 氷雨ちゃんの前にいる奴は…!」
到着した氷牙、シアン、恋夢。立っている氷雨の前には座っている月花。月花は氷牙に気が付いた。
月花「えっ? 氷牙…? 一体なにがどうなって…」
氷牙「久しぶりだな、月花よぉ。テメェの知り合いにして俺っちの嫁、氷雨ちゃんを連れてきてやったぜ。感謝しな」
シアン「親分、嫁とか伴侶とか毎回呼び方変わってない?」
月花「いや…その…」
恋夢「月花兄ちゃん、氷雨お姉ちゃんのこと知ってたんだ!」
月花「あの…」
氷雨「……」
氷雨は悲しげに、視線を下ろしていた。その様子に気が付いた氷牙は心配して、顔を覗き込んだ。
氷牙「どうした? 氷雨ちゃん」
月花「それが…その…。氷雨ちゃんって言ったけど……誰…かな?」
しばらくの沈黙。凍りついたような時間。氷雨は何も言わず振り返り、一人で走り出した!
月花「あっ…!」
氷牙「月花! テメェ! 今回は許せねぇ! よくも人様の妻を泣かせるなんてな!」
氷牙は胸ぐらを掴んで持ち上げた。
月花「ま、待ってくれ。本当に知らないんだ…」
氷牙「そうかいそうかい! 記憶がねぇんだったな!」
月花「そ……そうなんだ……だからあの子のことも……」
氷牙「だからって知らねぇフリし続けるのか!? 氷雨ちゃんは遠い大陸で、たった一人でテメェを探してきたんだぞ!? その気持ちすら伝わってねぇのか!?」
月花「…!」
氷雨は自分のことを知っていた。まずは自分が氷雨のことを憶えていないことを言うより、記憶喪失で過去の記憶そのものが無いことを伝えるべきだったと気が付いた。
氷牙「行けよ。ここで待っといてやるからよ。ブン殴るのはその後だ…まだ氷雨ちゃんが泣いてるようならな」
氷牙に言われ、気付かされた月花。自身の記憶のことを知っているかもという鍵を握った人物。その子との関係を断ち切るようなことはしてはならないと気付かされた。
月花「ありがと…氷牙。行ってくる」
氷牙「……」
氷牙は掴んでいた手を放す。月花は氷雨の駆けていった方向へ走っていった。
そう遠くない所で、氷雨は立ち止まっていた。その後ろ姿から、どういう状態か判断できた。
月花「あ…あの…氷雨…ちゃん?」
氷雨は、ゆっくりと振り返った。その目は少しだけ赤くなっていた。やはり泣いていたのだ。月花は自身の気持ちを正直に語ることにした…。
月花「覚えてないって言ってゴメン…けど、それは本当のことなんだ。俺は…君のことを何も知らない」
氷雨「……」
月花「それどころか…自分の名前以外、何も知らないんだ…」
氷雨「えっ…?」
月花「俺…記憶が無いんだ。自分が今まで何をしてきたのか…」
氷雨「そう…でしたか…」
氷雨は悲しそうな表情で、月花を見た。
月花「その…だからさ、氷雨ちゃんが色々教えてくれないかな…。俺のこと…それと氷雨ちゃん自身のこと…」
月花は今の自分が思ったこと、全てを氷雨に伝えた。
氷雨「月花様…」
月花は氷雨の瞳を見つめた。その瞳から感じ取れるものは、純粋無垢。人を疑うことを知らないような、全てを受け入れてしまいそうな水のような瞳と見つめ合っていた。
氷雨「月花様…」
月花「教えてほしい…俺の過去を」
氷雨「申し訳ございません。それは…存じ上げないのです…」
月花はズッコケた。
氷雨「わたくしは八束水家の養子として育ちました。しばらくして、月花様も同じように引き取られました。わたくしはそれからというものの、月花様の身の回りの世話をするようにと命じられました」
氷雨は子供の頃から、習い事や稽古をして生きてきた。月花も養子として一緒に暮らし始めた。氷雨は実際に礼儀を身に付けるため、その身の回りの世話をしていた。
氷雨「ところが……月花様は十になった時に忽然とわたくしの前から姿を消しました……。お父様とお母様は、迎えの者がやってきた……そう言っておりました」
迎えの者……? 一体、何処の誰が引き取ったのか……。それ以前に迎えと言うからには、元々何者かが一時的に預けていたと考えられた。
あれこれ考えながらポケットからタバコを取り出し、火を点けようとした。それを氷雨が、そっと取り上げた。
氷雨「お身体に良いものではありません、お控えください」
月花「あっ……ごめん」
本当に自分のことを気遣ってくれている子なのだと再確認した月花。ただ、それだけではないと思った。その瞳はとても悲しそうな瞳をしていたからだった。
氷雨「先日、わたくしの両親は亡くなりました……」
月花「えっ……?」
氷雨「義父がお亡くなりになった理由は肺の病気によるものです。いつも咳き込み、苦しんでおりました…。その病気になった原因は……お煙草による発症なのです」
月花のタバコを取り上げた理由。それは身近な大切な人、自分の育て親である義父が病で苦しんでいる様子をずっと見てきたからなのだろう。
氷雨「お亡くなりになった後……ショックを受けた義母は身体を壊してしまい、後を追うように……。私に残された家族は……月花様しか残っておりませんでした」
月花「だから俺を探しに……」
氷雨の話を聞いた月花。今はまだ、自分の過去についてすら判明していない。それをいつ知れることになるのかはわからない。けど、氷雨と居ることは記憶を思い出すキッカケになる気がした。
何よりも、自分を知り、自分を探してここまでやってきた他に身寄りのない少女を放っておくことは出来なかった。
しばらくして氷牙とシアン、恋夢の元へ戻った月花と氷雨。
氷牙「お、帰ってきたか」
シアン「ふぃー、完成完成」
恋夢「すごーい! 本当にすぐできちゃった!」
月花「……なにしてんの…?」
先程まで月花が背にしていた大樹の枝の上に立ち、大工道具を持って家を建てていた。恋夢が下から感動した様子で眺めていた。
氷牙「何って…俺と氷雨ちゃんの愛の巣を作ったに決まってんだろうが」
シアン「仕方ないから、皆が住めるようにしてあるんだぜ!」
下から階段が作られ大きな部屋へ。そこから幾つか部屋が分けられており、三階建てのようになっていた。
月花「…なにしてんの?」
氷牙「二度も同じこと言ってんじゃねぇ! 廊下なり階段なりは後々作ってやらぁ!」
氷雨「ここに住むおつもりですか?」
氷牙「おう! 今日から俺達が一緒に住む家だぜ!」
氷雨「月花様…わたくしとまた…共に過ごしてくださいますか…?」
月花を見つめる氷雨。氷牙とシアンが上から降りてくる。
氷牙「そういや氷雨ちゃんさ。月花のこと探してたけど、どういう関係なんだ?」
月花「んー…幼馴染…みたいな?」
氷雨「わたくしと月花様は幼い頃に、ご一緒しておりました。私は月花様の身の回りの世話係をしていました」
氷牙「お…幼馴染…! 月花! テメェの許嫁とか言わねぇよな!」
月花「ち…違うよ…多分」
氷牙「多分だぁ!?」
今にも月花に殴りかかりそうな状態であった。
氷雨「許嫁……そういった関係ではありません…。わたくしはただ、身の回りの世話をしておりました。一人身となってしまった今、幼い頃よりお慕いしている月花様とご一緒であれば…。そういった想いでここまでやって参りました」
氷牙「一人じゃねぇさ。俺っちが居るから二人……。あぁ、一年もしねぇ内……十ヶ月くらいあれば、この家に住むのは三人になるさ」
氷雨「はい。そうですね。シアン様とご一緒に暮らして三人ということですね」
氷牙の言う三人になるという言葉の意味を、理解していない氷雨であった。
氷牙「それにしても月花と一緒に居たいってか……そうかそうか。それじゃ、月花も同居だな」
月花「えっ?」
シアン「親分の寛容さに、ありがたく思えよなー!」
恋夢「氷雨お姉ちゃんがここに住むなら、恋夢もここに住みたい! いーい?」
氷牙「あぁ!? ダメに決まってんだろうが!」
恋夢「えぇー! お兄ちゃんのイジワル!」
あっち行けと言わんばかりに、シッシッと手を動かす氷牙。恋夢はプンプンと怒っている。
氷雨「わたくしは恋夢ちゃんが一緒の方が楽しいかと…」
氷牙「恋夢、すぐに部屋を作ってやるからな! 俺っち達は今日から家族だ!」
月花「切り替え早いな!」
こうして、氷牙とシアン、そして月花の幼馴染だという氷雨がノスタルジアへやってきた。森に家を建てて、月花と恋夢を含めて同居することになった五人…。
皆は笑っていた…だが、今現在この島にイーバ幹部が潜んでいることを、ノスタルジアの島民は誰一人として知らなかった…。
第二十八話 -月と夢繋ぐ氷の雨- End