26-C -四死公-
アスモデス四死公であるグレモリーを、サイクロプスの拳から守った奈樹と蒼輝。その行動に、グレモリーは驚きを隠せなかった。
グレモリー「なぜ…助けるの…?」
奈樹「貴方は…悪い悪魔ではありません!」
蒼輝が攻撃を受け止めている間に、奈樹が最小限の咎力を溜める。
グレモリー「…! お嬢ちゃん…」
グレモリーに教わった咎力を扱う技術。それは下地と言えるもの。それは咎力を無駄に消耗しないための土台。
奈樹「アッパー・グラウンド!」
地面から突起した硬化した土が飛び出し、サイクロプスの身体を貫通する! グレモリーの攻撃によって後僅かという状態だったため、今の一撃が決定打となって倒れた。
グレモリー「……」
奈樹「大丈夫ですか?」
グレモリー「……敵を助けるなんて…優しいですわね」
蒼輝「敵じゃないさ」
蒼輝は迷わず言った。
蒼輝「まるで敵対心を感じなかった。アンタは奈樹に、何か伝えたかったんじゃないのか?」
奈樹「私も…そう思いました。話して下さい。アナタの…目的を」
グレモリー「……」
グレモリーはしばらく黙っていた……。そして……。
一方その頃、サイクロプスが唯一出現しなかった第四悪魔ゼパイルの間。バサラとゼパイルは、ひたすらぶつかりあっていた。
ただ、二人の戦いは互角ではない。ゼパイルが何度もバサラを圧倒していた。
ゼパイルの手甲から放たれた杭が、バサラの腕を貫通した。そして火薬によって爆破を起こし、バサラは猛スピードで吹き飛んだ!
バサラ「ぐああああああああっーーー!」
マリア「バサラーーーーッ!」
柱に衝突して、力無く倒れるバサラ。すぐさまマリアが駆け寄る。そして、幾度となく行われた法術での治療を開始する。
ゼパイル「大口叩いてた割にこんなもんかぁ!?」
バサラ「……。へへっ…そろそろ…だな…」
ゼパイル「何を言っている…痛みで気が狂ったか?」
ゼパイルは何度も何度もバサラを倒した。デッドパイルで貫通させ、殴り飛ばし、何度も再起不能にしたつもりだった。だが、マリアが何度でも治療する。
バサラ「……サンキュー…マリア。 これでまた…戦えるゼ」
ゼパイル「ッ…! しつけぇ…」
何度も、何度でも勝てないと解っているはずの自分に何度も挑んでくるバサラ。普通ならば痛みや恐怖で立ち向かう気力を失うはずだった。バサラの底知れぬ精神力に恐れを感じ始めていた。
ゼパイル「もう倒れろ! 倒れていろっ! しつこいんだよっ!」
怒声を上げて叫ぶゼパイル。だが、バサラは気にも留めず立ち上がった。
バサラ「これで…最後だ…。次の俺の一撃で、勝負は決まる」
ゼパイル「…! 何を思って断定している…!」
バサラ「確信しているからサ。もう条件は整ってる。呪いの宣告は始まっている」
バサラの身体に、黒い霧のようなモノが発生し始める。
ゼパイル「呪い…?」
バサラは駆け出した! ゼパイルは手甲でバサラを殴り飛ばす! …はずだった。
今まで一度たりとも避けられることのなかった攻撃を、バサラは回避した。その事実に、その現実にゼパイルは怯んだ。
そして、その僅かな隙をバサラは見逃さなかった。ゼパイルの腹部に、バサラの右手の刀、楼黤宝刀・益荒男が突き刺さる!
ゼパイル「ガフッ…! グッ…」
バサラの一撃で吐血し、歯を食いしばって痛みに耐えるゼパイル。
バサラ「これはアンタにやられた…奈樹の姫の痛みだっ…!」
ゼパイル「調子に…乗るなよ!」
刺されたまま、右手を振って手甲でバサラの頭部に殴り掛かる!
バサラ「ソイツはもう、当たらない」
手を振り始めた瞬間には、もう軌道上にバサラの頭は無かった。
バサラ「これが…蒼輝と傷つけられたリリアの姫の分だ!」
左手の楼黤宝刀・手弱女の袈裟斬りで、胸部を切り裂く!
ゼパイル「グッ…ア…ッ!」
この戦況はマズイと判断し、腹部に刺さった刃を強く握る! 勢いよく引き抜き、大きく距離を空けてジャンプする!
ゼパイル「バカな…何故…急にこんな力を…!?」
落下地点を見る。その着地する先に、バサラは待機していた。
ゼパイル「…な…!?」
バサラ「剣技・双羽蝶!」
迎撃するように剣技・羽蝶を両手の剣で二度、ゼパイルを切り裂いた!
バサラ「今のは『俺の』…マリアの分だ…!」
斬られた痕から桜色の蝶が舞うように飛び血が噴き出した! 着地し、出血したゼパイルは力無くうつ伏せで倒れる。
ゼパイル「…なぜだ……なぜ……この…オレ様が…」
バサラ「呪いサ…」
ゼパイル「呪い…?」
バサラ「咎力の高等術…楼黤一族…王家特有の力…。それは『呪術』」
右手の指に装着した五つの指輪。それをゼパイルへ向ける。
ゼパイル「呪…術…」
バサラ「こいつは呪術の力を増幅させる指輪。俺の持つ呪いは五種類。その内の四つを使い、時間を掛けてアンタの防御力、移動速度、攻撃速度、攻撃反応速度を減少させていたのサ…。アンタが気付かないように、徐々にな」
マリア「バサラは…大きな一撃を与えて倒す機会を伺っていました。呪術の影響を感じさせないように、敢えて攻撃を受けていた…。本当は避けることができたのに」
ゼパイル「なん…だと…。そんなこと…できるはず…悪魔を前に…そんな悠長とした戦法を…」
バサラ「俺は悪魔と戦う恐怖を捨てて来た。人は恐怖を乗り越えた時、強くなれるんだゼ…」
マリア「人は、人を信じることで強くなれます。バサラは私の治療を、法術の力を信じてくれた。だから、攻撃を受け続けた…その精神力の強さが勝利へ結びつきました」
バサラはマリアの肩に手を回し、抱き寄せた。
バサラ「俺達の勝ちだ」
それを見たゼパイルは笑っていた。バサラの思い切った戦術に狂気を感じ取っていた。だが、それに喜びを感じていた。自分が闘士であることを、戦いが好きで、戦いがやめられないことを再認識したからだった。
ゼパイル「ケッ…。気に入ったぜ…お前…」
バサラ「バサラ・楼黤。それが俺の名だ」
ゼパイル「覚えとくぜ…次は…オレ様が…」
そう言った所でゼパイルは気を失った。
バサラ「……」
戦いの緊張感が切れたのか、バサラは膝を付いた。ムトから貰った冥増輪の力が、限界を迎えつつあった。
バサラ「効果も終わりか……。へっ、十分だゼ……」
マリアに支えられて立ち上がる。
マリア「バサラ…次の部屋へ…」
バサラとマリアは仲間の様子を見るため、先へと進んだ。そこには三つの扉。二人はまず右の部屋を確認するため、駆け出して扉を開けた。
月花「……」
月花が座っていた。倒れた巨大なサイクロプス。バサラとマリアは、そのサイクロプスが四死公の一人なのだと思った。
バサラ「おっ、どうやら先に倒したみたいだな」
月花「倒せてないんていませんよ…」
マリア「どういうことですか…? これは…」
アスモデスが召喚した巨大なサイクロプスを見ているマリア。
月花「四死公は去りました。きっと俺の力が及ばないから…戦う気が失せたんです」
月花は説明した。四死公のキマイレスに翻弄され手も足も出なかったこと、突然現れた巨大な悪魔をキマイレスが倒したこと、そしてキマイレスは自分にトドメを刺さずに立ち去ったこと。
月花「クッソ…こんなんじゃ…紫闇さんを守れない…!」
悔しくて拳を握り締めていた。強く、強く。自分の弱さに憎ささえ覚えていた…。
マリア「落ち着いて下さい…。とにかく今は…他の皆さんと合流を…」
『こっちは、もう終わったみたいだね』
突然の声に驚いて振り返るバサラ、マリア、月花。
バサラ「レイ…無事そうだな」
月花「勝ったんですか…?」
レイ「うん、四死公なら倒れているよ」
アスモデス四死公。アシュの間……アシュは仰向けで倒れ、天井を見つめていた。
アシュ「……」
手にしていたレイピアは折れていた。ダメージにより、身体を起こすことが出来なかった。
アシュ「人間があのレベルまで使いこなしているとは……悪魔でさえ恐れるあの瞳……」
アシュはレイの開いた瞳を見た。そして、その力の前に敗北した。だが、レイの美しい勝利の相手となれたことに、心から喜びを感じていた……。そして……身体を休めるため、目を閉じた。
キメイレスとグレモリーが多少なりとも苦戦する巨大な悪魔を瞬時に倒したアシュ。そのアシュをレイは容易く倒し、バサラとマリアと共に月花のいる部屋に合流していた。
レイ「後は…蒼輝と奈樹だね」
バサラ「よし、合流しようぜ!」
月花「待って下さい…」
月花が引き止めた。皆が月花を見る。
月花「四死公のキマイレスは……向こうの扉へ向かいました」
バサラとレイが入ってきた扉とは別に、もう一つの扉が部屋の隅あった。
マリア「……」
バサラ「どうする…?」
レイ「四死公が向かったのなら、放っておくことはできない。行ってみよう」
四人はキマイレスの入っていった扉を開けた…。
一方その頃…アスモデスの間。
アスモデス「余の好意を無為にするとはな…。拾ってやった恩を忘れたか…」
アスモデスは思い返した。近隣にある貧民の村で警備兵をしていたグレモリー…。自身の実力を評価されず、そのことに対してコンプレックスを抱えていたアシュ…。闘技大会の闘士として毎日傷だらけになって戦い、賞金を得ることで何とか生きてきたゼパイル…。行く宛てもなく流浪の旅をしていたキマイレス…。
アスモデス「…………」
四人を思い浮かべた後……口角が上がり、笑った。
アスモデス「…これでいい。これでこそ全て余の計画通り…」
蒼輝と奈樹は、傷ついたグレモリーを介抱していた。ムトの発明品で、法術を水分に変換させて封じ込めたスプレーで治療していた。まだ傷を負っているが、グレモリーは途中で治療を止めさせた。
グレモリー「もう大丈夫ですわ…。ありがとう…」
奈樹「いえ…。それで…教えてくれませんか? 貴方が私に伝えたかったことを」
グレモリー「…えぇ。これはお嬢ちゃんにだけ教えることに……」
蒼輝「えっ、なんでだよ。俺にも話してくれても…」
その発言に対し、グレモリーは蒼輝に寄り添った。その動作に蒼輝はドキッとしてしまう。そして耳元で囁くように、小さな声で言った。
グレモリー「声が大きいとアスモデスに聞かれてしまう…」
蒼輝は言っている意味が、しばらく理解できなかった。グレモリーは離れて、次は奈樹に寄りかかって耳打ちするように自分の真意を伝えた。
蒼輝「…四死公…。アスモデス…どういうことなんだ…?」
脳裏に交錯する様々な考え。ただ、一つ言えることはグレモリーは完全に敵ではないと思えることだった。
グレモリー「お願い…。紫闇を…助けてあげて…」
奈樹「…えっ…?」
グレモリー「ワタクシは近隣の村で兵団を結成し、リーダーとして紫闇と警備兵をしていた…。貧しい生活だったけど、それなりに幸せだった…。
グレモリーは己の心境と事情を語った。蒼輝と奈樹は黙って話を聞くことにした。
グレモリー「なんのトラブルもない平和な日々……そこへアスモデスがやってきた…。人に近い姿と巷で有名だった紫闇を妃にするため連れ去ろうとしている考えを、兵団のリーダーであったワタクシに打ち明けた」
その時、アスモデスは紫闇の名すら知らなかった。グレモリーは断りを入れたがアスモデスは聞き入れず、二人は衝突した。しかし、グレモリーの力では及ばず返り討ちにあった。自分ではどう足掻いても止めることはできない、紫闇を助けることはできないと思い知らされた。
アスモデスは紫闇のことを教えなければ、村を破壊すると脅迫した。もはやグレモリーだけでは、どうすることも出来ない。村を守るため、やむを得ず紫闇を差し出すしかなかった。
グレモリー「紫闇はワタクシの妹同然の存在…。望まない婚約なんて…あの子が可哀想で…不憫で仕方なった。せめて紫闇が孤独を感じないように……仕方なくアスモデスの配下に加わり四死公となりましたわ…」
奈樹「……」
その話からは、悔しさが感じ取れた。紫闇を助けたい。けど、どうしようもない。嫌でもアスモデスに従うしかなかったという気持ちが伝わってきた。
グレモリー「紫闇は知らないでしょうけど…脱走できるように企てたのはワタクシ…。異世界にまで逃がせれれば、アスモデスも流石に追うことはないと思ってた…。…ワタクシの考えでは…生幽界にまで向かうとは思わなかった…」
奈樹「そこへ…追っ手のゼパイルが…」
グレモリー「そう…ワタクシは急いでゼパイルの後を追った。すると暴走しているような状態でゼパイルを圧倒するお嬢ちゃんの姿が…。そのままゼパイルを倒して欲しいくらいだったけど……精一杯の何食わぬ顔で…四死公としての対応で、戦いを止めさせた」
颯紗から聞いた話を思い出した。グレモリーが放った粉が降り注ぎ、自分達の傷を癒したのだと。それは、グレモリーは最初から敵意を抱いてなかった証拠であった。迷惑を掛けてしまった生幽界の者達への、せめてもの償いであることが理解できた。
グレモリー「もう紫闇を助けることは出来ないと諦めていましたわ…。けど……冥幽界にまで乗り込んで来て、お嬢ちゃんがこの部屋に入って来た時…可能性を感じれずにいれなかった。きっと…これは運命なんだって……お嬢ちゃんなら、紫闇を救ってくれると…」
奈樹「……!」
グレモリー「だから…ワタクシの技術の全てをお嬢ちゃんに託した…。いい…? 私の教えたこと…忘れないで…。きっと力になれるはずですわ…」
奈樹「はい…。咎力の扱い…覚えました」
奈樹が思い悩んでいたモノ……それは咎力を用いた新たな戦い方。それを模索する日々だったが、グレモリーによってその答えは見つかった。
グレモリー「ありがと…。お嬢ちゃんの力なら、きっとアスモデスにも通用する…奴の力はそこまで強大ではないから…。お願い…アスモデスを倒して…紫闇を自由にしてあげて…」
奈樹にもたれ掛かっていたグレモリーが力無く倒れる。
奈樹「グレモリーさん!」
グレモリー「ちょっと疲れただけですわ…。ここに部屋に来た時に十字路があったでしょう…? 他の四死公がいない今なら、交差地点にアスモデスの部屋へ入る仕掛けが作動するはず…」
奈樹「わかりました…」
蒼輝「行こう! 奈樹!」
奈樹は横たわるグレモリーにお辞儀をして、蒼輝と一緒に部屋を出た。その小さな背に希望を託し、グレモリーは見送った…。
第二十六話 -四死公- End