25-C -冥幽の世界-
狭間を潜り抜け、冥幽界に降り立った一同。地上は草木が殆ど生えておらず、地面は凹凸が激しくヒビ割れしている。空は暗く雲が覆っていて、たまに小さく雷が鳴り響いていた。
バサラはマリアを抱えたまま座っている。
マリア「バサラ…もう下ろしてくれても…」
バサラ「そう遠慮するなって。この道とも言えない道じゃ、移動大変だろうしサ」
イチャつける機会を最大に利用するバサラであった。
レイ「ムトの発明は凄いね。力が湧いてくるよ」
レイが腕輪を見る。冥増輪の力で、装着している者の力は普段よりも強化されていた。
月花「この力があれば……きっと紫闇さんを……」
月花は決意するかのように、強い眼差しで空を見た。
勾玉「…風魔はどこだ?」
月花「俺が降りてきた時には、もう見かけませんでしたよ」
蒼輝「真っ先に降りたせいかな? 狭間を移動している間に、はぐれちまったか…」
奈樹「風魔さんのことだから、きっと無事だと思う…」
蒼輝「まぁな。心配はしてない。きっとすぐに合流できるさ」
蒼輝はムトから預かった発明品の一つを取り出した。電源を入れると、液晶画面にレーダーが映った。現在地から遠くの位置に点が印されている。
ムトは海岸に残留していた紫闇の咎力を採取したことで、レーダーに同じ力の反応を示す機械を作った。
蒼輝「えーっと…方角はあっちだな」
蒼輝達は荒れ果てた大地を歩いた。レーダーの方向に歩き続けると、高台から遠くに城が見えた。
奈樹「あそこがアスモデスの城?」
蒼輝「みたいだな。レーダーはあそこから反応しているぜ」
勾玉「紫闇の手紙だと、城に兵士は少ないと書いていたな。まだ正式な建国が出来ていないからだろうが…」
レイ「あぁ、やっぱり作戦通り正面突破するつもりかい?」
蒼輝「勿論だぜ! 相手は俺達が冥幽界へ来るなんて考えてもいないだろうからな!」
バサラ「どうせ四死公全員と、アスモデスをぶっ倒さなきゃならないんだ。やってやろうぜ」
皆は勇猛果敢に悪魔に挑む気でいた。事前に話しておいた作戦通り、勾玉とマテリアはその場に留まり、他のメンバーは城へと向かって歩き出した。
マリア「そろそろ下ろしてくれても…」
バサラ「いいや、マリアを歩かせて疲れさせるわけには行かないサ」
お姫様抱っこをしたまま、歩き続ける。そして一歩踏み出した時、グニュリと変な感触が足に走る。
植物の蔦のようなものがスルスルと動き、巨大な食虫植物の頭のようなものがバサラとマリアに噛み付こうと襲いかかった!
バサラ「ゲゲッ!」
蒼輝「よっと!」
収納札から取り出した陰剣ブレイド・シャドウを持ち、バサラとマリアを守るようにして植物を斬りつける!
植物は呆気なく倒れ、地に伏せた。
マリア「あ…ありがとうございます…」
バサラ「サンキュー、助かったゼ」
蒼輝「両手が塞がってるからピンチになるのであってだな…。バサラだったら反応できただろうに…」
レイ「蒼輝の速度も随分早くなったね。冥増輪と修行の成果が出てるみたいだ」
蒼輝「おう! 悪魔なんかにやられたりしないぜ!」
奈樹「蒼輝! 足! 足!」
蒼輝「ん…? ああぁ! 痛ぇぇぇぇぇ!」
倒れていた植物が蒼輝の足を齧っていた。痛みで飛び跳ねると、植物は驚いたようにして足を離し、スルスルと地に潜っていった。
月花「大丈夫です…?」
レイ「フフッ…冥幽界の植物は面白いね」
蒼輝「笑い事じゃねーよ…イテテテテ…」
異世界の洗礼を受けつつも、一同は再び歩き出した…。
そして…遠くで待機していた勾玉とマテリア。
マテリア「そろそろ準備をするです…」
勾玉「あぁ…頼んだぞ、マテリア」
事前に打ち合わせた作戦。それは召喚術で大型の幻召獣を呼び出し、時間差で強襲を仕掛けるという作戦だった。
マテリアの召喚には、術者の血液が必要。マテリアは自分の腕を斬るために、ミニナイフを取り出そうとした…その時…!
勾玉「ぐぁ…っ!」
突然の衝撃。勾玉が倒れた。マテリアは急いで何が起きたか見た。そこには…。
マテリア「…! どうして…!? きゃあ!」
マテリアも襲い来る衝撃波に倒れ、気を失った。
『all right all right! 結構結構。なかなかの働きだな』
『これで認めてくれますか? 四死公様』
岩場に座って働きを褒めていたのはアスモデス四死公の一人。そして、その隣に立っていたのは…。
勾玉「くっ…なぜだ…。なぜ…こんなことをする…」
薄れゆく意識の中で、不敵な笑みを浮かべる風魔の姿を見た…。
一方その頃……
蒼輝達は、レーダーの反応のある城の前。城の門に扉は無く、豚のような顔の軽装兵士が二匹立っているだけだった。
兵士「グフ…なんだお前達は」
バサラ「ここに用事があるって確信してるのサ」
マリア「なんとかここを通していただけませんか?」
兵士「何言ってる。ここを通すわけには…グガガガガガ!」
喋っている兵士の上に突如大きな氷の球体が出現。下部がパカッと割れると中から大量の雪玉が落下した! 兵士二人に頭をゴツゴツと落ちて、兵士達は倒れた。
月花「氷遊折花紙九十 久寿玉」
蒼輝「先制攻撃か。やる気満々だな」
月花「……」
月花は紫闇を取り戻すために、非情になっていた。仲間の叫び声を聞きつけたのか、同じような豚の姿の兵士が30匹ほど奥から現れた。
奈樹「…! ここは私に任せて下さい」
手を前に出して広げ、咎力を溜め続ける。
奈樹「アクア・スプラッシュ!」
手の平から放たれた水のレーザー。ただの水でなく咎力が宿っているため、ただの水圧ではない。力の弱い兵士達は次々と倒れていった。
蒼輝「流石、毎日修行してるだけのことはあるな」
奈樹「えぇ…。この腕輪の力だけじゃない……なんだかここ数日で、力が増してるみたい…」
ここ数日…とは、浜辺でゼパイルと戦った日以降だった。悪魔のような姿に変貌してしまった日。あの日から、咎力の扱いがワンランク上がった気がしていた。
そして…新たな力の使い方や、戦い方を模索していた。その答えはまだ見つかっていない。
奈樹の力でいとも容易く掃討することが出来た。倒れている兵達を尻目に、城へと乗り込んだ…。
一方その頃…四死公の一人に運ばれ、城の裏口から地下牢獄へ幽閉された勾玉とマテリア。
マテリア「風魔さん…! どうしてです!? アナタが裏切るなんて…」
勾玉「風魔…っ!」
四死公の隣に立つ風魔。仲間である勾玉とマテリアの二人をゴミを見るかのような眼で見ている。
風魔「俺は元々悪魔の力って興味があったんだ…。そもそも、紫闇の奪還だなんて無茶するリスクは正直言って割に合わない、どんな時でも強い方につく方が長生きするってもんだよ?」
マテリア「だからって……勾玉さんと私を売ったですか……!?」
勾玉「見損なったぞ……風魔!」
マテリア「風魔さん…酷い…酷いです!」
勾玉は憎しみに満ちた瞳で風魔を睨んだ。マテリアも牢獄に閉じ込められたことで、絶望感に包まれていた。四死公と風魔は二人に背を向けて歩いて行った。
勾玉「風魔! 風魔ーーーーー!」
薄暗い牢獄に、ノスタルジアで何年も共に過ごした親友の名を呼ぶ勾玉の声が響いた。
四死公と風魔は地下から出て、通路へ出た。
四死公「それじゃ俺はここで。そろそろお客さんが来るんだろ?」
風魔「はい。もうじき侵入者がやってきます」
四死公「じゃあ予定通り…今のことをアスモデス様に報告し、身辺警護をしてくれ」
風魔「了解しました」
四死公は通路を歩いてゆく。風魔は魔王アスモデスのいる玉座の間へと向かって行った…。
蒼輝「お前は…!」
ゼパイル「よぉう…。外が騒がしいと思ったら、まさか冥幽界に来るとはな」
城に乗り込み、ロビーの大きな階段を上り、正面の扉を開けた。そこには大きな部屋。立っていたのは、アスモデス四死公のゼパイル。
ゼパイル「紫闇を取り戻しに来たのか? 愚かな人間め。生幽界では殺さずにいてやったが…冥幽界に来たってことは死んでもいいってことだろぉ? 女ぁ」
ゼパイルは奈樹を見ている。だが、奈樹に戦う意思はない。ゼパイルの前に立ちはだかったのは…。
バサラ「俺のマリアにも手を出そうとしたらしいな…お前は俺がぶっ倒す…!」
マリア「私達が…相手になりましょう」
ゼパイル「…いいだろう。お前を殺して、その女はオレ様の玩具にしてやる」
バサラ「他の皆は先に進んでもいいよな? 俺とマリアが勝つんだからな」
ゼパイル「……大した自信だな。いいだろう。先にも四死公がいる。つまり…お前達の全滅は断定しているのと同じということだ」
バサラとマリア以外の皆は、万が一に備えてゼパイルの不意打ちを警戒し、部屋の壁際を伝って、次の扉へ歩いて行く。
蒼輝「絶対勝てよ!」
バサラ「そっちこそな!」
マリア「マナ・エスディ…」
バサラとマリアは、ゼパイルと向き合った。ゼパイルを見ているバサラ。ゼパイルはマリアを見ている。だがマリアは凛としていた。隣にバサラがいる。二人は絶対なる信頼感で結ばれていた。
ゼパイル「さぁ……始めるとするか……! 男はさっさと倒して、今度こそイイ声で啼かせてやる……女ァ」
蒼輝達は先へ進んだ。そこには正面と左右の三つに分かれた通路があった。
月花「ここは分かれて進みましょう」
レイ「そうだね…単純に考えれば、この三つの扉の先に残りの四死公がいると思っていいはず」
『ハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!』
すると、左の通路から声が聞こえてきた。その方向を皆で見る。
『紫闇と取り戻しに来た人間達よ…この扉の先ではこの…』
どこからともなく、宙をクルリと回転しながら男の悪魔が姿を現した! 頭頂部に角が生えており、派手な色合いの衣装とバンダナが印象的な外見。鞘からレイピアを抜いてシュンシュンと音を慣らしながら振り、最後に天へ掲げる。
悪魔「美しき戦士…アシュ………………タイロークス様が相手になろうっ!」
長い溜めの後、名前を言う悪魔。片脚を上げ、つま先立ちで器用なポーズと取る。
蒼輝「……」
アシュ「さぁ、このアシュ………………タイロークス様の美貌と戦う勇敢な戦士よ! 扉に入るがいい!」
セリフを区切る度に、いちいちポーズが切り替わる。
蒼輝「…あのさ…強いのか?」
アシュ「む? それは私に言っているのか? 人間よ。アスモデス四死公の双璧…いや、トップの実力を誇るのは、このアシュ………………タイロークス様だぞ!」
蒼輝「名乗るまでの間が長ーよ!」
月花「どうも説得力に欠ける…」
アシュ「フハハハハ! それでは、待っているぞ! アデュー!」
アシュは高笑いをしながら、スっと消えた。月花だけでなく、皆が呆れていた。
奈樹「美貌と戦うとか言ってたけど……大丈夫なのかしら……」
レイ「……それじゃ僕が相手になるよ。四死公トップの実力とやらを見てみたいからね」
蒼輝「もはやトップの実力かどうかも怪しいと思うんだけどな……」
皆は左のアシュの居る扉をレイに任せた。
蒼輝「じゃあ…真ん中に進むぜ」
奈樹「私も蒼輝と一緒に…!」
こうして蒼輝と奈樹は正面の扉、レイは左の扉、月花は右の扉へ入った。
蒼輝、奈樹、月花の三人は奥へと進む。レイはアシュと対面した。
アシュ「よく来たな! さぁ! このアシュ………………タイロークス様の華麗なるワルツに見惚れるがいい!」
レイ「フフッ…。お手柔らかに」
器用なポーズをして立つアシュ。その様子に対しても、いつも通りの表情を見せるレイであった。
月花の入った右の部屋。そこにもやはり、アスモデス四死公の一人。
『all right all right! 結構結構。よくここまで来た』
部屋の横に置かれたソファー。そこには金髪で青い服に身を包んだ、ワイルドな口調だがクールな雰囲気が漂う男が横になって座っていた。この悪魔は、風魔と一緒に勾玉とマテリアを強襲した四死公であった。
月花「アナタも四死公ですか…?」
男はソファーから起き上がる素振りすら見せないまま名乗った。
『そうさ。名前くらい知っとかないと不便だろうから教えてやる。俺はアスモデス四死公のキマイレス』
真ん中の部屋へ入った蒼輝と奈樹。そこには、自身の長い髪が椅子のようになっており、その上に座るグレモリーが居た。
グレモリー「待っていたわ、お嬢ちゃん…おいで。アナタの相手はワ・タ・シ」
奈樹「ご指名ですか…。わかりました」
奈樹はグレモリーの前に一歩出た。
グレモリー「私達、四死公を倒せばアスモデス様の玉座に続く道が開きますわ。つまり……アナタ一人で抜け駆けは出来ない…お分かり?」
蒼輝「……」
グレモリー「大人しく、私とお嬢ちゃんの戦いを観戦しておきなさい。もしも変なことをしてアスモデス様の怒りに触れれば、アナタ一人くらいアッという間に消されるかも知れないわよ? 長生きしたければ、そこに居なさい」
奈樹「…蒼輝」
蒼輝「どうして忠告するんだ? アンタ達にとっては一人でも多く分断して倒せる方がいいんじゃないのか?」
グレモリー「無意味な殺生は好みじゃないの。それと私は…殺すつもりで戦う気は無いわ。興味あるのは…その力」
変貌している奈樹の力を目の当たりにしたグレモリー。その内にあるものは好奇心なのか……その答えはグレモリーにしか解らなかったが、この悪魔は自身の手で奈樹の力を試すつもりだった。
そして……アスモデスの玉座の間。その前には片膝を着き、頭を下げる風魔がいた。
アスモデス「有り得ぬとは思うが四死公が倒された時…余の計画は動き出す。その時は貴様に頼むぞ…風魔」
風魔「はい。仰せの通りに」
アスモデス「味方を売ってまで余の信頼を買ったのだ。働きに期待しておるぞ」
風魔「はい。奴らの手の内、考えることは全てこの手の平の上…お任せ下さい…」
アスモデスと共にニヤリと笑う風魔。
バサラとマリアはゼパイルと、レイはアシュと、月花はキマイレスと、そして奈樹はグレモリーと戦う。果たして、アスモデス四死公を打ち破ることは出来るのか…? そしてその先に待ち受けるは風魔とアスモデス。
悪魔との戦いが今、始まる…。
第二十五話 -冥幽の世界- End