25-A -冥幽の世界-
冥幽界……魔王アスモデスの城。地下にて……。
紫闇「……」
薄暗い空間。じめじめとした牢獄。咎力を制御する道具、封咎具と鎖に繋がれ、冷たい石畳の上に座る紫闇が居た。
『ご機嫌いかが?』
紫闇「……」
鉄格子を隔ててアスモデス四死公のグレモリーが挨拶をする。
グレモリー「逃がさないようにすると言っても、乙女をこんな所に幽閉するなんて酷いわよねぇ」
紫闇「……」
グレモリー「けど、これも仕方ないことなのよ? また生幽界にまで逃げちゃうかも…なんて思うと、これくらいしないと」
紫闇「……」
何も言わない紫闇に語りかけていた。その無言を貫く姿勢に、グレモリーも黙り込んだ。そしてしばらくの沈黙が流れた後…。
紫闇「…どうして私を選んだのですか…」
グレモリー「……」
紫闇「アスモデスは面識の無かった私の元へ訪れ、妃にすると言った。誰かが私を選ばせたと思えます…」
グレモリー「…それが…私だって言うの?」
紫闇「違うと言うのですか…? お姉様」
その言葉に時が止まったかのような静寂と、長い時間が経過した。
グレモリー「……こんな仕打ちをした私に…まだそう呼んでくれるのね…。紫闇ちゃん……」
グレモリーはそっと呟いた後、地下から出て行った。
そして悠久の島 ノスタルジア……。バサラ、マリア、リリアは港で座っていた。
バサラ「マリア…もし冥幽界に行けるとなったら俺は行く」
マリア「バサラ…」
バサラ「国と王という権力によって無理に婚約させられようとしている紫闇を放っておけない。それに…あの悪魔には借りがある…」
あの悪魔とは、ゼパイルのこと。その力の前に為す術もなく倒されてしまい、マリアを危険な目に合わせてしまった。そしてマリアを冥幽界へ連れ去ろうとした。それがまた、いつやってくるかわからないと考えたバサラは、ゼパイルを倒さなければマリアの安全は確保できないだろうと考えていた。
マリア「私も行く。バサラが行くと言うのなら、私はどこまででも一緒。それが例え異世界だとしても…もう、どんなことがあっても離れ離れは嫌…」
リリア「いけません」
蓮華が花の屋敷に来る前からずっと、ずっと黙っていたリリアがようやく口を開いた。
リリア「あんな恐ろしい目にあったというのに…もう関わり合いになる必要はありません! 帰りましょう、マリア様!」
マリア「リリア…」
リリア「マリア様は教会の未来です! もしものことがあっては……!」
ゼパイルに襲われたリリア。その目は悪魔の恐怖と危険性を見に味わったために十二分に理解し、真剣に訴えかけていた。
マリア「わかりました…それではリリアは教会へ帰還して下さい」
リリア「えっ…? マリア様…」
マリア「バサラのことだけでなく、この島の皆さんが冥幽界へ向かうと言うのなら…私の力を全力でお役に立てます。放っておくことはできません。この島の皆さんには……バサラを救ってくれた恩があります」
リリア「…マリア様…」
バサラ「大丈夫だってリリアの姫。今度こそマリアは俺が守り抜く」
蒼輝と風魔、奈樹と颯紗は浜辺で話をしていた。
風魔「ぷはーっ。で…冥幽界に行けるようになったら、行くつもりかい?」
柑橘系の飲料『はっさくちゃん』の八朔味を飲む風魔。蒼輝は飲むパスタ『カルボナーラ味』を飲み干した。
蒼輝「まぁな…。少し話をしただけだけど、紫闇が悪い奴に思えなかった。カノンの精神で行動するなら、困ってる者を放っておくことなんて出来ないからな」
奈樹「風魔さんは…どうするんですか?」
紙パックのココアを飲む奈樹。颯紗は話を聞きながらアセロラジュースをストローでチューっと吸う。その味が口に広がる度に、何度も酸っぱそうな顔をしている。
風魔「ナッちゃんが行くなら行こうかな」
奈樹「私…?」
意外というか予想だにしなかった返答に、聞き返すしかなかった。
風魔「悪魔のような姿に変貌したってのが、冥幽界と関係しているのであれば一目見てみたいからね」
蒼輝「おい、そういうことは…」
風魔「蒼輝も気になってるんじゃないの? 興味本位とかじゃなくてさ。原因を知れれば、その症状を未然に防げるかも知れないよ?」
蒼輝は黙った。奈樹も何も言えなかった。風魔の言うことに一理あるからだった。
颯紗「私は…もう奈樹にあんな姿になって欲しくない…」
蒼輝は奈樹を見た。奈樹は不安そうにしているかと思いきや、平然としていた。
奈樹「私は…自分の正体を知りたい。自分の中に別の血が…もしかしたら悪魔の血が流れているのかも知れないのなら……。それを解明する機会があるかも知れない」
隣にいる颯紗の手を握った。目を合わせて『心配しないで』といった視線を送る。
蒼輝「奈樹が行くなら俺も行く」
奈樹「蒼輝…ありがとう」
颯紗「奈樹…」
心配そうにして、制止するような言い方をした。
奈樹「原因はまだ冥幽界と決まったわけじゃないから。一番の目的は紫闇さんを取り戻すこと」
蒼輝「もし暴走してしまったら、今度は俺が止めてみせるからさ」
風魔「じゃあ、さっき言ったようにナッちゃんが行くなら俺も行ってことで」
刹那と月花は丘に居た。
刹那「月花様……行っちゃうんだね…」
月花「まぁね……。刹那ちゃんはどうするつもり?」
刹那「刹那も行きたいけど…皆が行っちゃうなら、刹那が島を守らなきゃ」
月花「そっか…そうだね。冥幽界に行っている間にイーバから侵攻があれば……誰かが島を守る必要性があるのか…」
刹那「うん! 刹那はお留守番して、島と奈樹様のお家を守るの!」
刹那は笑顔で言った。月花はこの笑顔によって、この笑顔があったからノスタルジアに滞在していることを思い出した。今度は自分が……ノスタルジアに訪れた紫闇を救いたい。
そう強く決意していた……。