24-B -サンサーラの器-
浜辺に現れた女性。女性は月花を見て臨戦態勢に入った。月花も身構えるが、そこへ桔梗と桜羅が……。
月花は二人をこの場から避難させようとしたが……。
桔梗「わぁぁー! 蓮華ちゃーん!」
意外にも、桔梗が女性へと駆け寄った。桜羅も後に続いて向かってゆく。女性は驚いた表情で絶句していた。月花も絶句していた。
桜羅「蓮華ちゃん…! 本当に蓮華ちゃん…?」
桔梗と桜羅は驚きながらも喜び、蓮華と呼んだ水色の髪の女性の腰へと抱きついた。
蓮華「お前達…! 死んだんじゃなかったのかい!?」
桔梗「えっ…!? アタシ達は蓮華ちゃんが死んじゃったって…」
蓮華「何言ってるんだい。アタイはお前達が…って、なんて格好してるんだい。その服に躊躇いはないのかい」
お揃いの巫女服を着た二人を交互に見る蓮華。
桜羅「ボク達は脱走したから平気…この服はお気に入りで…」
桔梗「蓮華ちゃんは訓練中に死んだって、ずっと前に聞かされて…」
蓮華「アタイは一度だって死んじゃいない。しばらくの間、戦闘訓練に熱中していたのは確かだけど、結局は実力不足でE生物に落ちた。戻ってみると芙蓉も桔梗も桜羅も死んじまったって聞かされた」
どうやらイーバは、お互いに違う情報を流していたようで、話が噛み合わない。
月花「とにかく…知り合いなんだったら、一度戻りましょうか」
桔梗「そーだよ! 蓮華ちゃんが生きてるって知ったら、芙蓉ちゃんも喜ぶよ!」
蓮華「芙蓉も…!? 予定されていた分解は行われてったんだね…よかったよ」
そう言って、安堵した笑みを浮かべた。桔梗と桜羅、そして芙蓉が生きていたことが判明したことを知った喜びの表情だった。月花は皆と花の屋敷に戻ることにした。
月花「ところで桔梗ちゃんと桜羅ちゃんは、どうしてここに?」
桜羅「ディアナちゃんが…お兄さんが外へ歩いて行ったって言うから…」
桔梗「そーだよー! どこ行くのかなーと思って積極的に追いかけてきたら、蓮華ちゃんと会ってて…ビックリした!」
蓮華「すまないね。そんな真っ黒な見てくれだから、どうも先入観で敵かと思い込んで躊躇いなく攻撃しようと…」
月花「いえ、気にしないで下さい。こちらも同じこと思いましたから」
月花も蓮華もお互いが敵同士ではないのは確かだと思い、安心した。
一方その頃…
蒼輝「奈樹…!」
蒼輝、バサラ、マリア、リリアが目を覚ました。奈樹の変貌した様の一部始終を見ていたマリアから事情を聞いた蒼輝は、急いで奈樹が眠っている部屋へと走ってきた。
部屋には颯紗が付きっきりで傍に居た。
蒼輝「颯紗…奈樹は…」
颯紗「…命に別条はないって…ムトさんが言っていた…」
奈樹はスヤスヤと穏やかな表情で眠っていた。ただ単に寝ているだけ。そういった様子で、少し安心した。
桔梗「たっだいまー!」
玄関から桔梗の大きな声が聞こえた。この部屋の空気とは真逆の雰囲気がした。蒼輝は廊下に出て、声のした場所へと歩いていく。
蒼輝「おいおい、寝てる人がいるんだから…あまり大きな声出すなよなー」
蒼輝が目にしたのは月花と桔梗と桜羅…そして見たことのない女性。誰だと思ったところで桔梗の声を聞いてか、芙蓉が来た。
芙蓉「!? 蓮華…?」
蓮華「芙蓉…」
驚いた芙蓉は蓮華の前に歩み寄る。
蓮華「お前まで、なんて格好してるんだい…?」
芙蓉「なんて格好? これは巫女服って言って、巫女の格好しているのよ」
蓮華「今の『なんて』は、服の名前を聞いているわけじゃなくってだね…」
蓮華は呆れたように言った。
芙蓉「…死んだと思ってたけど…生きてて良かったわ」
蓮華「アタイのセリフだよ。三人で隠居なんてズルいじゃないか」
芙蓉と蓮華は笑った。再会を喜びあった後、颯紗から奈樹が目を覚ましたと知らせがあった。傷は癒えているが身体はまだ動かせる状態ではないらしく、皆は奈樹のいる部屋に集まることにした…。 奈樹だけ布団に横になったまま、まずは蓮華の紹介をすることにした。
蓮華「アタイは蓮華。E兵器で、イーバでは芙蓉と桔梗と桜羅と一緒に居たもんさ」
蒼輝「どことなく芙蓉と雰囲気が似てるな」
気が強そうで……と、言いかけたが身の危険を感知して言わないでおいた。
蓮華「まぁね。芙蓉とアタイは姉妹だから似てても仕方ないね」
蒼輝「えっ!?」
芙蓉「桔梗と桜羅みたいに同時じゃないけど、ほぼ同時刻に近い時に生まれた。私が姉で、蓮華が妹よ」
月花は蓮華を一目見て誰かに似ていると感じた。それは芙蓉だった。
桔梗「つまりだよー? 芙蓉ちゃんが一番上のお姉ちゃんで、蓮華ちゃんが下のお姉さん! そんでアタシが居て、末っ子が可愛い桜羅だよ!」
そう言って抱きつき、桜羅のほっぺにチューをする桔梗。
桜羅「くすぐったいよ……桔梗ちゃん…」
芙蓉「蓮華はイーバに居た頃……戦闘訓練中に再生不可になるほどの事故に合って死んでしまったと聞かされてたんだけど…」
蓮華「全然そんなこと無いんだよ。アタイは逆に芙蓉達が死んじまったって聞かされてた」
お互いが死んだと伝えていたことは、イーバにとって不都合でもあったのか…それはわからなかった。皆は蓮華に自己紹介をして、今日起きたことの本題に入った。
紫闇という悪魔が現れたこと、冥幽界の存在、アスモデス四死公のゼパイルとの戦いとその強さ、その後の奈樹の変貌、同じくアスモデス四死公のグレモリーの存在。その出来事の全てを語った。
勾玉「アスモデス四死公か……そこまでの強さとはな……」
奈樹「私…そんなことに…。私がゼパイルを圧倒していたなんて…信じられない…」
ムト「不思議なことはない」
布団で横になったまま、奈樹が言った。それに対して即答した声。皆は溶接マスクをしたムトを見た。
ムト「お主の身体には、ただの人間やE兵器とは違う血も流れておる」
奈樹「人間と…違う…?」
ムト「そうじゃ。それが何かは判別できんかったがの」
蒼輝「そんな…それじゃ一体…」
マリア「悪魔…?」
マリアがボソッと呟いた。ゼパイルと戦った紫髪へと変化した姿。あれはまさに悪魔と言ってもおかしくない姿だった。ムトは言葉を続けた。
ムト「その正体が何かはわからん。その何かと人間のハーフであることは間違いない。しかし、その血族の力はE兵器としての性質によって大きく制御されておるようじゃ」
マテリア「奈樹のその力が目覚めたのは一体…」
ムト「自身の命の危険から出た生存本能、仲間の危機、悪魔との接触、冥幽界と繋がった影響…どれが原因かは判断できん。一つ言えることは、人外の力を持っているということじゃ」
今は奈樹が何の血を引いていて、力の正体が何なのかはわからない。少しの沈黙があったが、話を切り出したのはディアナだった。
ディアナ「そうだ…あのね、紫闇っちゃんから手紙預かってたの」
蒼輝「えっ…? 手紙? いつの間に?」
ディアナ「家にまで来たの。それでね、自分になにかあったら島で助けてくれた人に渡してくれって」
皆は、その紫闇の行動の意図が理解できなかった。何故、危険を冒してまで館から出てディアナの家に行ったのか。何故、ディアナに手紙を渡したのか。何故、ディアナであったのか。
バサラ「悪魔なんて訪問してきたら、ブラックが黙っちゃいなかっただろ?」
ディアナ「んーん。ブラックは危ないよって感じで反応しなかったし、一目でイイ子だって思ったから。それに頭ナデナデしてくれたし、この衣装も可愛いって褒めてくれたの!」
屈託のないニコニコとした笑顔。間違いなく嘘など言っていない。まず、ディアナは嘘を言うような子ではなかった。
マリア「わざわざディアナさんを訪ねてきたということは、紫闇さんと面識があったのですか?」
マリアは皆が思っていた疑問を、ディアナに問いただした。
ディアナ「ないよ? 全然ないよ? けどイイ子だってわかったもん。紫闇っちゃんはイイ子!」
蒼輝「イイ子って……その意見はわからんでも無いけど、まるで自分の方が年上みたいな言い方だなぁ」
蒼輝は呆れつつ言った。ディアナの根拠は解らなかったが、妙な感覚と自信のある発言だった。紫闇の手紙は月花が受け取った。
月花「では…読みます…」
『この手紙が読まれているのであれば、きっと私は冥幽界へ連れ戻されている。
城はまだ建国中で兵は少なく、力不足の者が多い。ならば追っ手は恐らくアスモデス四死公だろう。そうであれば、もう生幽界にも逃げ道はない。私は大人しく戻っているはずだ。
生幽界で君達に出会えたことが、私にとって最後の癒しであり、幸福だった。
心配してくれて、ありがとう。何の関係も無い人間である君達に迷惑をかけた。本当にすまない。
私は妃として元気に暮らしてゆく。できることなら、私のことは忘れてほしい。さようなら。
紫闇』
月花は手紙を閉じた。文面からノスタルジアの者達を気遣っている様子と、己の運命を諦めつつも、無理に強がっている様が伝わってきた。
奈樹「紫闇さん…紫闇さんは…諦めてしまっている…」
マリア「このままでは…望まぬ婚約をさせられることになる…」
バサラ「そんなの…許されるはずない。国を統べる者が、権力を振り翳して横暴であっていいはずがない!」
蒼輝「けど…俺達じゃ悪魔に敵わない…」
悪魔であるゼパイルの圧倒的な力を体感した蒼輝達は黙ってしまった。
月花「紫闇さんを…助けることはできないんですか…?」
蒼輝「…無理だな…。悪魔の強さは異常だ…俺達じゃ束になっても勝てない。それに冥幽界に行く方法は無い…」
風魔「いや、あるね」
部屋に響いた強い言葉。冥幽界に行く方法があると確信しているかのような風魔……果たして、その策とは……?