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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

七月十五日

作者: ちょもらん

 彼の瞳には私には見えない『アレ』が映っているのだろう。彼、こと村瀬涼輔は私の頭の斜め上へと視線をさ迷わせていた。

 夏の蒸し暑さがアスファルトから昇り立つ七月、五回目の今日も彼はいつもと同じ台詞を吐く。


「結城、次はお前の番だ」


 きっと『アレ』が消えたのだろう。村瀬の姿をした人間がくるりと背を向け去っていく。

 村瀬はああいっていたが、次に死ぬのは村瀬の方だ。過去四回、二番目の死体は村瀬のものである。私だけでなく、彼もきっと知っているはずだ。私自身は既に経験しているし。それでも『アレ』が出ている間はそれを口には出せないのだ。




 最初に違和感に気付いたのは二回目の七月十五日だった。目覚まし時計がなる前に覚醒して時計を見る。いつもと変わらない動きをしていたはずなのに何かが違う。必死で思い出そうとしたがそんなものは見つからない。何の成果も得られなかったが朝の時間に余裕なんてないのですぐに忘れた。

 次に違和感を覚えたのは神崎の遺体を見た時。私はいつもと同じと思いこんでいる通学路を歩き、いつもと同じと思いこんでいる時間に学校の校門を通過した。そして人だかりを見つける。神崎の遺骸はうつ伏せのままで『結城』が泣いて呼び掛けていた。私はそれを見て、どうして神崎がうつ伏せなのかと疑問に思う。

 そして放課後、今日の『彼』が言ったように『結城』に次の犠牲者はお前だと宣告した。そんなことを言うつもりはなかったはずなのに、『村瀬涼輔だった私』は結城を目の前にした途端に体のコントロールを失い、あの目に入った『台詞』を読み上げて立ち去ったのだ。立ち去り、後ろから首を絞められるまでは全自動。私は誰かに操られる恐怖と自分はあの目覚まし時計に違和感を覚えた時より以前、斎藤啓介であったことを思い出した。

 斎藤啓介は目覚まし時計ではなく携帯電話のアラームで起床していた。七月十五日は部室の片付けに参加するのが嫌で遅刻ギリギリの時間に登校し、救急車から降りた消防士か何かが道を開けろと言った瞬間に仰向けの神崎の遺骸を見たのだ。それから数時間して村瀬が死に『私であった斎藤』が殺された。

 斎藤だった私が知る全てを思い出してしまった後は、思い通りにならない体のまま殺され、また何も知らない『私』である飯島伸二は違和感のある目覚めを迎える。




 わかっていることは幾つかある。『私』が殺される度に七月十五日の朝に戻ること。戻ると別人であり何の記憶もないこと。殺される直前は体も口も思い通りに動けず、宙に浮かんだ台本が見えてその通りに操られること。台本を見上げる人を見るか死の直前には以前経験した七月十五日からを思い出せること。今、台本を読み上げた村瀬を見て五人分の経験を確認したこと。

 五人の記憶を繋ぎ合わせると死ぬ順番は同じであった。神崎、村瀬、斎藤、飯島、荒井の順。この中で私が経験していないのは神崎だけだ。斎藤をして村瀬をして飯島をして荒井をして。今が五回目の結城。どうやって死ぬのか、もしかしたら死なないのかもわからない唯一遺骸をみていない人物である。

 村瀬が立ち去る場を見つめながらこれらの情報が一気に頭に広がってきた。混乱の中で一番にしなければならないことのために私は走る。


 このままだと村瀬が殺されてしまう。


 台本が見えなかった私も体が動かなかったのだろうか。最初の走り出しが遅れた。背を向けた村瀬がかつて私がした村瀬と同じ運命にあるのならば、今、村瀬が曲がる路地の先で命を落とす。行ってはいけない。殺される。


「村瀬君! 止まって! 村瀬君!」


 かつての私と同じように、彼も別人の七月十五日を思い出して混乱しているのだろうか。誰よりあの時あの体は自由を失っていたことを知っているのに私は彼を引き留めようと彼の名を叫んだ。


「お願い! 止まって! 村瀬君! 村瀬君!」


 歩く村瀬に走る私。距離はちゃんと縮まっているが、彼に私の声は届かない。私も結城に呼ばれた記憶はないのだ。このまま操られて村瀬は誰かに殺される。

 もしかしたら、私は村瀬が殺される所を目撃するのではないのだろうか? 今までの神崎を除く三人は誰かに殺された。犯人は見ていないが全て同日中に起こっている。同一犯による連続殺人の可能性。私は村瀬の後ろに来るであろう犯人のそのまた後ろを走っているのだ。見れる。次に私が誰になるかはわからないが、体が操られる前に犯人を避けて今日を越えられるかもしれない。今まで死んだのを見ていない結城である私は荒井が死ぬまでは死なないはずだ。

 心拍数がこれ以上なく上がっているのを感じる。私は犯人を見れる。見ても荒井が死ぬ夜まではきっと死なない。見ていいのだ。かつて私であったかもしれないが、今の中身は誰なのかわからない村瀬を見殺しにしてもいい。私の足は走ることを止めた。それでも操られているであろう村瀬は陽炎のようにフラフラと歩くので距離は縮んだ。

 もう少し。あともう少しで彼の首を絞める人物が現れる。炎天下で走っていた私の皮膚には汗が吹き出すが、目をそらさないためにも拭わず歩く。暑さと汗で私の周囲の不快指数も上がっている気がする。そんな肉体の不快感などどうでもいい。見るのだ。犯人を。村瀬を殺す犯人を。私は村瀬との間をただ見つめていた。


 そこに文字が現れる。文字が、文字が。台本だ。これは死ぬ前に見る台本だ。五回目の台本だ。何度も経験したからわかる。死ぬのか? 私も? 村瀬が殺された後に? いや、村瀬の訃報はすぐにクラスメイトから連絡が来たが結城の訃報は一度として聞いていない。遺体が残らなかった?どちらが先かはわからないが殺されて遺体を持ち帰られていたら?今まで殺される人物ばかりをやらされていたのだ。今回だって死ぬ可能性は高い。何よりこの宙に浮く台本は死の前触れだっただろう? 死にたくない! 死にたくない! 後か? 私の後に今も迫っているのか? 振り返ろうとしたが振り向けない。台本があり、思うように動けない。もうどうにもならない。いつものように私はこれから死ぬまで操られるのだ。またか。またなのか。せめて次に変わる前に犯人を知りたかった。


 操られている私の体は振り向けないまま道を歩く。抵抗なんてできないことを覚えさせられている私は生きることを諦めた。せめて痛みがマシなものになるようにと入らない力をこめるように意識だけを堅く守る。それでも肉体の操縦権は別の何かにあった。私は村瀬を見つめていたのに少し顎をひいて私の目は、瞳は、角膜は台本に向く。読みたくもない台本が目に入る。


『結城綾乃はふらつく村瀬涼輔に追い付き、彼の首に手を伸ばす。汗で滑り狙った場所からずれたが、それが結城には幸運で村瀬には不運であった。一声上げることもなく、村瀬の生涯は』


 あれだけ暑苦しかった太陽光が汗が凍るような気がした。私が、犯人。私が殺す。かつての私、知らない私。村瀬を、中身はわからないが村瀬を。頭が台本の文字を理解するのを拒否している。拒絶に合わせて忘れていた記憶もまたやってきた。

 そうだ。死ぬ直前までに思い出した記憶は完璧ではなかった。前回の私、荒井であった私は死ぬまでに二回これを経験している。斎藤が殺されるのを見てしまい、台本が出なくとも立ち合うだけで思い出すことを知った。同時に荒井である私と背格好が似た飯島が死ぬことを思い出す。飯島が殺される原因は目撃者である私と判別がつかなかったからかもしれない。飯島が死んだら自分の番が来るかもしれない。飯島が死ぬことに抗い、流れを止めようと夜中に家に来るようにしつこく誘った。そして飯島を待っていたのに。

 思い出した。これで全てなのだろうか? 神崎の自殺で虐めの主犯だった村瀬は精神的なダメージが大きいにも関わらず、次はお前の番だと結城を脅した。斎藤は村瀬の死は神崎と比較的仲の良かった結城との関連性を疑って駅に呼び出していた。飯島は荒井の家近くのコンビニから何か金属を引き摺る結城を見つけて声をかけた。荒井は斎藤が結城に、結城に突き飛ばされて線路に落ちるところを……その結城が今の私だ。


 寒気がする。殺されるのではなく、殺す『(ゆうき)』が怖い。どう考えても一連の犯人は今の(ゆうき)だ。嫌だ。殺したくない。殺されるのも嫌だが殺したくもない。お願い、止まって。お願いだから、お願いします。結城、結城、結城さん! あなたは優しい人だったじゃない! 虐められていた私とも会話してくれた優しい人だったじゃない!


「神崎さん……?」


 結城の手は村瀬に吸い寄せられず、そこで止まった。今まで何を呼び掛けても反応しなかった村瀬が結城から漏れた言葉を拾い振り返る。


「結城か」


「村瀬君、ごめんなさい。私、やられる前にやろうと今」


「はぁ? お前も自殺するって? 虐められる前に?」


「ううん、私ではなくあなたを」


「俺を殺すって? やめろよ! 神崎が死んだばっかだぞ。もうやめてくれよ! どうせすぐに俺が虐めの主犯ですってあちこちにばら蒔かれて社会的に死ぬんだ。どこに転校しても晒されて潰される人生なんだ! 下手に生き残っても死ねても地獄には変わりない! これ以上はやめてくれよ! 神崎、満足かよ! 自殺した分俺の人生潰せて満足かよ!」


 あなたは反省が足りないのね、村瀬君。私、死ぬほど苦しくて辛くて。こうして心残りだった結城さんを救うために何度も何度も何度も何度も七月十五日をさ迷っている身の上なのに。あなたになってこの狭い世界を見たこともあるけれども、ちっともあなたを理解できなかった。それどころか憎悪が増すよ。

 そろそろ四十九回目。この閉じた時間がまた動き出すことがわかっている。結城さんを助けてこのまま成仏するつもりだった。けれどやっぱりあなたは置いていけないわ。村瀬君、あなたを連れて逝くことにする。

 肉体のない『私』の足下にぽっかりと底の見えない穴が開く。結城さんが何かを言っているけれどもう私には何も聞こえない。代わりに魂に絡まる鎖を感じる。村瀬君の魂に繋がるこの鎖を掴みながら私は穴に向かって飛び込んだ。二度目の飛び降りだが鎖があるので怖くない。じゃらじゃらと音をたてて延びた鎖の先に倒れた村瀬君の肉体が見えた。あなたがここに落ちてくるまでずっとずっと私はぶら下がり続ける。肉体から引きずり出されて魂が腐り落ちるその日まで。

解説

幽霊は憑依したら意識や記憶がひっばられる。

操作権があるとおもっていたけど合致しているだけでしてなかった。

事件の概要は神埼が自殺したせいで結城大暴走。

神埼はその結城を救いたかっただけ。

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