第九十七話 局地戦
視点変更がありますのでご注意ください。
それと今回少し長めです。
階段を駆け登りホールへ向かうと中の枝道も検索して行く。
これから奥へ進もうと言うのに、途中の敵を見落としたら、挟み討ちにされる可能性があるからだ。
さいわいと言うか、当たり前と言うか、途中に罠などは存在しないため、全速力で厨房やらトイレやらの部屋に掛け込んで、誰も居ないことを確認して行く。
そして最後のホールに到着した時、そいつらは待ち伏せていた……人質付きで。
「お、お前、ガキじゃねぇか!」
そう声を上げたのは、海賊風の男達四人。それぞれが女性を抱きかかえ、首元にナイフを突き付けていた。
女性達は命の危機だと言うのに、声一つ上げず、虚ろな視線を宙にさ迷わせている。
中には切っ先が皮膚を抉っている人も居るのに、無反応だ。
――完全に、心が壊れている。
そう判断せざるを得ない。
同時にやはりこいつ等はここで滅するべきだと、強く決意した。
「酷い事を……」
「あ? なに言ってやがる。それより武器を置いて投降しろ。そうすりゃ、命だけは助けてやる」
「彼女達にもそう言って、降伏させたんですか……?」
その結果、ああなったのだとしたら、それは死よりも苦しい生にしか過ぎない。
「テメェも可愛がってやっからよ。ほら、おとな――」
その戯言を最後まで聞くのは、不快の極みだ。
完全に油断してる隙を突いて、一息に全速力で掛け抜け、背後回りこむ。
「しく、あ――?」
男がゲラゲラと濁声を発していたのは、そこまでだった。
背後に回り込んで振り向き様の一刀。
それで男の首が宙に舞う。
時速二百キロに迫るボクの脚力は、至近で目にすると人の知覚の限界を超える。
人間の神経の伝達速度は時速三百キロと言う話だ。
もちろんこれは基準でしかなく、今のボクならもっと早い反応ができる。
それはボクの神経伝達がその速度を大きく上回っていると言う事でもある。
そして、こいつ等はその領域には到底及ばない。
故に反応できない。
返す左の剣でもう一人の首を刎ねる。
男達が攻撃を受けている事に気づいた時には、残りの二人の首も宙に舞うことになっていた。
男と言う支えを無くし、どさりと床に倒れこむ女性達。
流れ出る血に汚れても、何の反応も返さない。
「ごめんね。今は先を急がないと行けないから。後から必ず迎えに来るよ」
ここまでカシラと呼ばれた男は見かけなかった。そしてダークエルフも。
それはつまり、予想通り奥の通路へ逃げ込んだと言う事だ。
ならば一刻も早く助勢に向かわねばならない。
ルイザさんの魔力はほぼ限界。ダークエルフがどんな魔法を使うか判らない以上、手は多い方がいいのだ。
そう判断して、ボクは奥の隠し通路に駆け込むのだった。
◇◆◇◆◇
細い通路を利用して、道の中央に立ちふさがる。
何人がこちらに漏れて来るのかは判らないが、この地形を利用すればアーヴィンは一人で敵を押さえ込む事ができると判断していた。
「ルイザ、無理はするな。護身が第一だ」
「ん、判ってる」
時間さえ稼げば、敵の後ろからユミルがやってくる。
あの問答無用に無慈悲な剣ならば、足止めを喰らうと言うことも考えられない。
時間を稼げば勝ちは確定したような物なのだ。
「カシラ、急いで」
「ああ、判ってる! だが卵が持ち辛くて……」
闇の向こうにかすかな明かりがちらついて見える。
声からすると、こちらに向かってくるのは二人。その数の少なさにアーヴィンは安堵の息を漏らした。
どうやら敵を正面に引き付ける事には、成功していたようだ。
闇に包まれた洞窟に、光が見え、そこから二人分の影が伸びる。
一人はおそらくダークエルフ。
あの種族は暗視能力があるから、あの光は首領の為のものだろう。
一人は人間の男。
肩から大きな包みを吊るし――おそらくはあれがドラゴンの卵なのだろう――腰には両手用の巨大な斧を固定している。
その後ろには背後を警戒するかの様に付き従うダークエルフ。
こちらは軽装の革鎧に短剣を複数装備していた。
その二人組は立ちふさがる奴らに気付き、驚愕の声を上げた。
「な、なんだお前らは! どうしてここが――」
「悪党ってのはこういう抜け道を用意しているものだからな。先回りさせてもらった」
隠れて不意を打つ手ももちろん存在しただろう。
だが、下手に乱戦に持ち込まれると、MPの切れ掛けたルイザが心配になる。
だからこそ、アーヴィンは敢えて姿を現し、言葉を交わしたのだ。
そうする事で、わずかでも時間が稼げるのだから。
「どうやってこの抜け道を……」
「さて……どうだろうな? 実は内通者がいるのかも知れんぞ。そこのダークエルフとかな」
「貴様、言うに事をかいて!」
アーヴィンとしては時間が稼げればそれでいい。
そのつもりで言った冗談だったが、首領の男は疑わしげな視線をエルフへと向けていた。
「ジャニエ、まさか貴様が――」
「カシラ、こいつの言う事を真に受けないでください!」
「あ、ああ、そうだな。どうせ俺達を仲間割れさせようとした法螺に決まっている」
頭を振ってアーヴィンへと鋭い視線を向ける男。
だが一瞬でも迷いを見せたその態度に、アーヴィンは肩が落ちる思いだった。
「いや、そこで迷いなんて見せるなよ。仲間なんだろ」
「うるせぇ!」
男は肩から吊るした包みを床に降ろし、両手に斧を構えた。
「そこ動くな、ぶった斬ってやるぞ、小僧!」
「そういわれて動かん奴はいないだろう?」
軽口を叩きながらも、アーヴィンは盾を構え、攻撃に備える。
そしてダークエルフの方も短剣を構えて呪文を唱え始めていた。
それに対応するかの様に動く、ルイザの気配。
アーヴィンとしてはもう少し時間を稼ぎたかったが、あのダークエルフは状況を良く見ている。
こちらの意図を察したのか、首領を正気に戻した後は、即座に攻撃の体勢に入っていた。
対して首領は未だ迷いがあるのか、武器を構えた後もこちらへ向かってくる気配は無い。
おそらくは背後を心配しているのだろう。
「仕え甲斐の無い主だな、ダークエルフ!」
挑発の言葉と共に、首領へと踏み込んでいくアーヴィン。
これは攻撃魔法の範囲に首領を巻き込む事で、攻撃をためらわせるためだ。
だが、突如としてその足元が崩れる。
まるで落とし穴を掘られていたかの様に崩れた足場に、体勢を崩す。
そこへ首領の斧の、重い一撃が加えられた。
「落とし穴、だと!?」
「ダークエルフが攻撃魔法だけを使うと思うなよ、若造!」
「掛かったな、バカが!」
振り下ろされる斧をかろうじて盾で受け止める。
そのタイミングを見計らったかのように、閃光がアーヴィンの目前に炸裂した。
盾をかざしていたアーヴィンはその影響を受けなかったが、首領とエルフはまともにその光を直視してしまった。
ルイザの【ライト】の魔法だ。
だが通常とは違い、光量を最大に、逆に維持時間を一瞬に切り詰める事で視界を奪うほどの効果を生み出している。
逆に視界を奪われた首領に、すかさず斬り込んで行くアーヴィン。
だがその目前に突如土の壁が立ち上がる。
「【ストーンウォール】か!」
指定した地点に土の壁を立てる魔法。
これは攻撃魔法とは違い、対象を認識するのではなく、起点を認識すればいい魔法だ。
故に視界を奪われていたとしても、記憶にある場所に魔法を発動させることができる。
攻撃の機を潰されたアーヴィンは一度背後に飛び退って体勢を立て直す。
その隙に今度はルイザが岩の弾丸を作り出して壁を破壊した。
壁の向こうには、こちらも体勢を立て直した首領の姿。
お互い、完全に仕切り直しの形となって対峙している。
「チッ」
思わず舌打ちするアーヴィン。
結果として時間稼ぎにはなっているが、予想していたよりもダークエルフが手強い。
単純なパワーファイターの首領は如何様にもあしらえるが、小手先の技が上手いあのダークエルフには油断が出来ないと判断したのだ。
だがそれに【ライト】や【ストーンバレット】という、消耗の少ない魔法で対抗しているルイザも大した物だ。
あの程度の魔法ならば、後五回は放てる。
首領は後ろをちらりと見やると、再び雄叫びを上げて突撃してくる。
この攻撃は、威力はともかく脅威と言う程ではない。
「うおおおおぉぉぉぉぉぉぉ!」
威勢はいいが、それで萎縮するほどアーヴィンは素人ではなかった。
この攻撃も、何の脅威も感じてはいない。盾をきちんと使って受け止めれば、何の問題も無い攻撃だ。
アーヴィンの防御を突破する技量も、首領には備わっていない。
だからこそ、背後で常に詠唱を途切れさせないダークエルフに警戒を隠せなかった。
それはある意味、首領に対する油断と言ってもいい、わずかな隙。
首領はアーヴィンの直前で不意に右へと跳躍した。
それは彼の盾の影に入る位置。
だがその先は壁が存在しているため、回りこむ事は不可能――本来なら。
「【トンネル】!」
「なに!?」
ダークエルフの叫びと共に、壁が抉れてスペースを作る。
そこを首領が駆け抜けて行く。
【トンネル】は穴を掘るだけの魔法だが、迷宮ではこの魔法に干渉するため、穴が掘ることができない。
迷宮専門の探索者にとって、あまり使い道の無い魔法だ。
だが考えてみれば、この抜け道は怪しくなかったか?
崖下の洞窟から続く、如何にも抜け道に適した随道。
もし、これが人為的に作られたものだとしたら?
それを成したのが、このダークエルフだとしたら?
「くそ、ルイザ!」
ここに来て、完全に裏を掻かれた。
その焦りが、アーヴィンを振りむかせる。
ルイザは近接戦闘の訓練をしていない。首領に近付かれれば、それだけで紙切れの様に吹き飛ばされてしまう。
「【ストーンウォール】!」
その声に今度はルイザが答える。
抉れた壁に蓋をするかの様に立ち上がる土壁。
抉れたスペースを走る首領は、そこに閉じ込められる事になった。
「な、ちくしょう! 出せこら! 卑怯だぞ」
極小なスペースに封じ込められた首領が、慌てた様な声を上げている。
アーヴィンはそれを聞いて、ダークエルフへと駆け出して行った。
あの様子では、壁を破るのに時間が掛かる。だがダークエルフならばその状況は打開できる。
ならば、ここで相手取るべきはダークエルフの男だ。
「チッ!」
舌打ち一つして、ナイフを投擲するダークエルフ。
それを盾で弾き飛ばし肉薄するアーヴィン。
続け様の詠唱が先か、剣が届くのが先か。
その勝負は結局、結末を見る事はできなかった。
「アーヴィーン――さーん!」
背後から小さく聞こえてきた、間の抜けた声。
だがそれは待ち望んでいた声でもある。
正面から迫るアーヴィンから、反射的に目を逸らし、背後を見るダークエルフ。
そして彼は、見た。
いや、影すら見る事ができなかった。
凄まじい勢いで駆け込み、こちらの視界に入るや否や、床を、壁を、天井を蹴って、まるでゴムボールの様に跳ね回ってフェイントを掛ける少女の姿を。
それが人であると気が付いた時には、左腕が飛んでいた。
左腕を切られたと気付いた時には、両足が。
斬られた足が地に落ち、床に向けて倒れ込み始めた時には、すでに首を飛ばされていた。
そして、首が地に落ちる前に、胴体が四つに切り刻まれていたのだ。
「――あ?」
何が起きたのか判らない。
ただ、空気を漏らす様に呟いた疑問の声。それがダークエルフの最期の言葉となった。
◇◆◇◆◇
とりあえずアーヴィンさんと戦っていたダークエルフを、容赦なく斬り捨てておく。
あの海賊達の中で、最も注意しないといけないのは、間違いなくこの男だ。
明らかに生存不可能なくらい斬り刻んだ後、アーヴィンさん達の様子を窺う。
どうやら大きな怪我はしてないようだった。
「無事な様で何よりです」
「ああ、ちょっと危なかったから、助かったよ」
「もう、アーヴィンってば思いっきり油断してやがったのよ! もう少しでこっちに来る所だったじゃない」
大きく安堵の息を吐くアーヴィンさんとは対象的に、ルイザさんは憤慨を隠せないようだ。
腰に手を当てて、全身で『私怒ってます』とアピールしている。
「スマン、迷宮と同じつもりで戦っちまった。まさかあそこで壁を抉って来るとはな。よく【ストーンウォール】が間に合ったな?」
「本当なら、あの親父とダークエルフの間に立てようと用意してたのよ。とっさに標的変更が間に合ってよかったわ」
自慢気に胸を張るルイザさん。
どうもアーヴィンさんは迷宮のつもりで戦って裏を掻かれ、それをルイザさんがサポートしたらしい。
「それで、首領はどこにいるんです?」
「そこの壁の中よ。閉じ込めてやったわ」
よく見ると……いや、よく聞くと、壁をガンガンと叩く音が聞こえてくる。
「この壁、大丈夫なんですか?」
「いいえ? でもスペースが狭いから、あいつの斧じゃ振る余裕がないかもね」
大型の武器は威力も高いが、相応にスペースを要求される。
こういった狭い随道、しかもその側壁に閉じ込められては充分に振る事もできないのだろう。
「それで、ドラゴンの卵は?」
「それならそこの包みの中ね」
見ると、アーヴィンさんがボロ布でできたカバンを拾い上げていた。
卵の安全は確保。ならばこの首領の存在意義はない。
「じゃ、取り押さえますので、壁を解除してください」
「気を付けてね?」
ルイザさんの言葉と同時に、側面の壁が崩れ落ち、中から男が転がり出てくる。
抜け道の前で座り込んでいた、首領と思しき男だ。
「テメェ!」
即座に立ち上がり斧を振り上げた所で、ボクは蹴りをブチ込んで再び壁に埋める。物理的に。
殺してもいいんだけど、何か聞きだす事もあるかもしれない。
取り押さえておいて、官憲に突き出して置けばいいだろう。
こうして海賊どもは一方的に制圧される事となったのだ。