第九十四話 スネークミッション
明らかに何かを見張っているらしい、二人組。
偵察に来た身としては、ぜひともその先を見ておきたい所ではあるが……【クローク】した状態では扉を開くことができない。
つまり、あの二人を倒してスキルを解除し、扉を開く必要がある。
単独行動中の現在、無駄に死体という痕跡を残すというのは遠慮したい。
死体をインベントリーに仕舞うという手もあるけど、それでも見張りがいなくなるという不信感を与える事態にはなる。
「さて、どうしたものか……」
影の中で首をひねって頭を悩ませていると、籠にパンを山のように盛った男が一人、やってきた。
腰には大きめのビンも二つ下げている。
男はボクに気付くことなく通り過ぎ、扉の前の見張りと言葉を交わす。
「お、商品の飯か」
「まぁ、そうだな。品に手を出しちゃいないだろうな?」
「出すかよ。価値が下がっちまう。それにバレたらカシラに殺されちまわぁ」
「それもそうか。せっかく上機嫌なんだから、怒らせるようなことするなよ」
「わかってるって」
なんともお約束なやり取りをしてから扉の鍵を開け、中に入って行く。
ボクもこのチャンスを見逃すほど間抜けじゃない。
男の背後の影に潜むように、一緒に中へと移動した。
部屋の中には、大型動物用と思しき檻が二つ設らえられていて、その中には三人ずつの男女が閉じ込められていた。
男四人に女二人。
男のうち一人は商人風で、残り二人は水夫のような格好をしている。女達は――商人の家族だろうか?
中年に差し掛かった女と、十五、六位の少女だ。
片方の檻には商人と水夫風の男三人。もう片方には女二人と冒険者風の男だ。
女と一緒に閉じ込められている男は、今にも死にそうなほどの大怪我を負っていた。
こちらはガタイがいいので、護衛をしていたのかもしれない。
その包帯の一部が引きちぎられたように、ささくれている。
おそらく、あれがメッセージに使われた布なのだろう。
おあつらえ向きに、檻のそばには小さな窓が開いていたし。
「おら、飯だ!」
その男は檻の一部を開き――それは人が通れるほどの大きさではなかったが――そこからパンと水の入ったビンを放り込む。
その声に、閉じ込められていた商人風の男が反応した。
「た、頼む! どうか助けてはくれないか? 金ならいくらでも払うから」
「無理だろ。お前が運んできた商品の方が、お前ら全員の命より高ぇ」
「それを買い付けてきた金が隠してある! そこはおいそれと手を出せない場所で――」
「ならそれもいただいて行くさ。あの『ドラゴンの卵』が孵化してからな」
「くっ、この外道め……」
ガックリと膝を突く商人風の男。
だが今、聞き捨てなら無い言葉を発したな?
――ドラゴン。
この世界にもドラゴンという存在はあり、大陸北部のマクリームの街の周辺の山岳地帯に生息しているという。
もちろん最大級の脅威でもあるため、滅多に手を出すようなバカはいない。
そしてこの商人はその類だという事は判った。
ドラゴンの卵をどうにかして手に入れたのか、それを売買するために南へと渡ってきたのだろう。
だがそんな物は本来なら危険極まりない爆弾みたいなものだ。
孵化したばかりのドラゴンでも、小さな村程度なら焼き払えるほどに、脅威なのだから。
そこへか細い懇願の声が割りこんできた。
少女の声だ。
「あの……お願い、せめて薬を……さもないと、この人死んでしまう」
「あ? 野郎なんざ死にゃいいのさ。どうせ船底の漕ぎ手になるか二束三文で売るしかねぇんだから」
「そんな!」
洞窟の艀に停泊していた船は船腹から櫂の突き出た、いわゆるガレー船という方式の船だった。
もちろんそれだけではなく、帆船としての機能も持たせるための帆も持っているハイブリッド型。
おそらくこの下には、捕らえられた捕虜や奴隷達が繋がれているのだろう。
だとすれば、船を沈めて逃げ足を奪うという手段は取りにくいか。
「お前もあんまりピーピー囀ってると……ぶち込むぞ?」
「ひっ」
情欲に濡れた視線を受けられ、少女が怯えた様に喉を引きつらせる。
成人したばかりという少女には、その欲望剥き出しの男の視線はかなりの恐怖を与えたようだった。
そんな少女に満足したのか、ゲラゲラと笑いながら扉を出て行く海賊。
ボクもその後に続いて部屋を出る。
できれば残って一声掛けて上げたい所だけど、それはスキルを解除しないといけない。
無駄に騒乱を起こしていい段階ではないのだ。
男は再び船の厨房へと移動した。
見るべきものが無いと判断して男の追跡をやめ、人目の無い部屋に潜りこんで一時的にスキルを解除する。
【クローク】は使用していると、継続的にMPを削っていくのだ。
高知力型のボクだから、長時間利用できるといっていい。
減ったMPをインベントリーから取り出した大福を食べて回復させる。
ミッドガルズ・オンライン時代は一瞬で食べれたのだけれど、今はそういう訳には行かない。
しかも昼には胃袋の限界に挑戦してきたばかりだ。
「うぷ……回復がこんなにキツイとは思わなかった……」
ゲーム時代は百個でも足りないくらいだったのに、今は三個も食べれば限界である。
アリューシャ並のぽっこりお腹になった腹部を撫でさすって刺激を与え、胃を活性化させて消化する。
もちろん待機している間にも、自然回復でMPは回復している。
ひょっとすると食べる必要は無かったのかもしれないと、後悔した。
「ま、偵察の最中だし、あまりゆっくりはしてられないし」
そんな風に自分に言い聞かせ、再び【クローク】状態を維持しつつ、偵察を開始する。
現在、船の中に四人、見張りが一人。人質は六人を確認している。他にも船底に奴隷達。
さらに首領となる男の存在は居るらしいし、ドラゴンの卵の存在も確認している。
「これはできればボクが確保したいな……」
もしこれを乗りこなす事ができれば、今まで使い道の無かった竜騎乗スキルと、その派生スキルが一気に活きてくる。
むしろ竜が本体とまで言われた魔導騎士の本領を発揮できるのだ。今は暗殺者だけど。
その後も船内を見て回ったが、確認した以外の海賊はいなかった。
代わりに予定通りの者達を見つけた。奴隷だ。
船底には漕ぎ手達のスペースが設置されていた。
そこは血と汗と糞尿、そして肉の腐る腐臭が立ち篭めていたのだ。
奴隷の人数は二十人ほど。
ガレーの規模としては少ない方だが、それは海賊達がそれ以上養えないからかもしれない。
とにかく、この人数でこの船を動かすとなると、相当の重労働のはずだ。
「ここもかなり危ないな……」
今は船を動かすことはないので身体を休めてはいるけど、今にも死人が出そうな雰囲気が漂っている。
ここの救助も、早めにやらねばなるまい。
奴隷達以外の人員は見当たらなかったので、船のタラップを降り、見張りの脇をすり抜けて桟橋の奥へと向かう。
奴隷部屋に長くいると、臭いが移って【クローク】の効果が薄れてしまう可能性もある。
あまり長居はしない方がいいだろう。
桟橋の奥は食料や衣類などの荷物が入った木箱が放り出されており、中は相当に荒らされていた。
そしてさらに奥、壁際の階段を登って、洞窟の奥へと向かう。
そこはまるで、あしらえた様に居住に適した空間が広がっていた。
居住区、食堂、トイレ、倉庫……
地形を記憶しながら探索を進めると、奥のホールで複数の男達の、と言うか宴会のような喧騒が聞こえてきた。
そこには十数人の男達が酒を飲み、肉を喰らい、女を抱いて騒いでいた。
女達はすべて捕虜だろうか? 全員が虚ろな眼をしている。
何人かは押し倒され、まぁ、うん……あいつらは殺しても後腐れなさそうだ。
食料はおそらく、襲った船から直接持ち出した物を口にしているのだろう。
調理などろくにされていない、粗雑なモノを喜んで口に運んでいる。
男達の数は十六名。女達は四名。
そして一番奥の椅子には、一際体格のいい男が、女ではなく卵を抱いて座っていた。
あれがカシラと呼ばれていた男だろうか?
そして、あれが、ドラゴンの卵――
男の背後にはカーテンが掛けられた壁がある。
と言うか、あれはどう見ても抜け道だな。あの先は確認しておく必要がある。
マップを開く事ができれば道があるかどうかは確認できるのだけれど、この状態でマップを開くと外からどう見えるか、確認していない。
それが連中に見られて隠密がバレたとか、センリさんに知られたら一生お笑いネタにされそうだ。
壁際をそろりと移動を始め、最奥へと向かう。
影に紛れ見えていないと判っていても、十数人の宴会の中を切り抜けるのは精神的に負担がある。
冷や汗が流れ落ちる感覚があり……視線も感じた。
「なんだ?」
周囲を見回すと、男達の一人に黒い肌の男が混じっているのが見えた。
痩せぎすで、背が高く、耳の尖った――
「ダークエルフ!?」
思わずそう口走る。
アルドさんの様なドワーフを見た事はある。
校長先生のようなエルフも見た事はある。
だが、ダークエルフと言うのは始めて――いや、それ以上に!?
現在のゲームでは大体のファンタジーに登場するエルフ。
その共通した特徴として存在するのが、暗視能力である。
どうやって闇を見通しているのかはそれぞれだが、中には熱を見ていると言う世界観の物もあった。
もしこの世界でもそうならば、それはつまり、今のボクが見えているという事だ。
ダークエルフが懐に手を伸ばし、ナイフを引き抜いて一息に投げてくる。
これを大きく避けてしまえば、スキルが解除されてしまう可能性がある。
この大衆の面前で姿を現した日には……ボクもそこら辺の女性と同じ目に遭ってしまう!
しかも今、ボクはせくしぃな水着姿である。世の男達がメロメロにならないはずが無い。
まぁ、そんな状況になるくらいなら、大虐殺を敢行する訳だが。
とにかく先にエルフの存在に気付いていて良かった。
気付きさえすれば、銃弾すら見切るボクの反射能力だ。ナイフなんて鼻先で弾き飛ばすなんて、実に他愛も無い。
ギリギリまで引き付けて弾いたので、外から見れば岩壁に弾かれたようにしか見えないはずだ。
もし気付かなかったら戦闘モードに入る事も適わずにブッスリ行かれてたかも知れないな。
それくらいには鋭い投擲だった。
「おい、何やってんだ、ジャニエ? しかも刺さってねぇじゃねぇか!」
「だっせぇ! 貸してみろよ、俺が手本見せてやるぜ」
「いや、そこに誰かいた気がしたんだが……ランプの照り返しか?」
「言い訳してんなっての!」
仲間らしい男から声を掛けられ、視線を外した隙に場所を移動し、ランプの影へ移った。
なるほど、ランプの影なら熱が紛れて見えないのか。
ダークエルフの男は何度か首をかしげながらも、食事へと戻って行く。
それを見届けてから、ボクは大きく息を吐き出した。
ダークエルフと言うと、どのゲームでも魔法にも長けた種族である印象が強い。
この世界のダークエルフも例に漏れず、多彩な魔法を使いこなすようだ。
おそらく奴も例外では無いだろう。
「あいつは要注意だな。さて、今のうちに……」
ダークエルフの視線に注意しながら、首領の背後に回りこむ。
このまま首を切り裂いて逃げ出してもいいんだけど、それをすると捕虜になってるあの子達の身が危ない。
いつここにいる女性のような扱いをされてもおかしくないのだ。
やるなら一撃で、この組織自体を殲滅させねばなるまい。
幸いカーテンは床まで届いていなかったので、下から潜り抜ける事ができた。
カーテンの向こうは案の定、上に登る通路が続いている。
細く湿った洞窟を潜り抜けると、崖の上の街道の脇にある森の中に出た。
周囲に人の目が存在しないことを確認してから、スキルを解除する。
マップ機能を利用して、見落としが無いかチェックして見るが、問題はなさそう。
敵の総数は、見張り一人、甲板に三人、船内に四人、ホールに十六人の二十四人。内ダークエルフが一人。
捕虜が六人に女奴隷が四人。船底には不特定多数の労働奴隷。
これがあの洞窟の内情だ。
この戦力ならば、ボクとセンリさん……いや、ボクだけでも充分に殲滅できる。
問題は如何に逃がさないように、捕虜の安全を確保するかだ。
それについては、アーヴィンさんと合流して相談する事にしよう。