第九十三話 スニークミッション
捜索する範囲は大体目星を付けた。
問題はそれが海上であると言うことだ。
「海を調べるなら船が要りますね」
「ああ、それなら私がさっきの水面歩行の魔法をかけてあげようか?」
ルイザさんは少し得意げに、そう主張してくる。
ボクに珍しくいい所を見せる事ができたので、得意になってるようだ。鼻の穴がピスピスしてる。
なにこの人、可愛い。
「でも人数、結構多いですよ。六人いますし、センリさんも合流すれば七人です」
今は馬車の方を見てくれているが、アーヴィンさん達パーティが四人にボク達が三人。
これは意外と大人数での捜索になる。
各自に魔法をかけて回るとか、かなりの負担になるはずだ。
「うーん、なら……馬車にかける? それなら二回分で済むし」
ふむ……ウララは冒険者に任せて、残りの荷物と生徒の送迎に当たってもらい、セイコに馬車を牽かせて、それに全員が乗ればいいのか。
でも全員で一緒に移動する分、捜索範囲が狭くなってしまう気がするが……それは船でも同じかな。
「その魔法の持続時間は?」
「一回掛ければ、大体一時間は持つわね」
「何回くらい掛けれます?」
「十回は余裕ね」
馬と台車に掛ければ五時間くらいか。
セイコの足なら、かなりの範囲をフォローできる。MP自体は一晩休めば回復できるし、この線で行こうか。
「なら、ウララと馬車と生徒の送迎を、残りの冒険者にお願いしてきます。その間にセイコを馬車に繋いでおいてください」
「私がやってもいいかしら!」
ローザはセイコの毛並みに興味深々だった。
アリューシャも負けじとピョンピョン跳ねて自己主張してるので、二人に任せるとしよう。
馬車に七人が乗り込み、海面を駆ける。
冒険者の四人はキチンと防具を着込んでいるが、ボク達は水着姿のままだ。
インベントリーには防具は入っているんだけど、それを取り出すのは問題がある。
アーヴィンさん達には秘密なのだ。
武器は装備しているけど、今回はセンリさんとアリューシャには後衛の役回りが回ってくる事になる。
ボクは奇襲役以外は戦闘に参加しない事にされた。
「ユミルも女の子なんだし、治せるとは言え、できるだけ肌に傷は残さないようにしないとね」
「でもボク、前衛ですから。それよりアリューシャの事、頼みますよ?」
ルイザさんはボクの事を心配してくれているんだろうけど、ボクは前に出ないと正直やれる事が無い。
剣の魔法で単体攻撃するくらいだ。
センリさんも前衛だったのだが、前回の事件でオックスと言う男が持ってた銃器をいくつか買い取っている。
今回はそれを利用して後衛に回るらしい。
よく売ってくれたと思うけど、うまく行けば複製できるかもしれないと言う組合の思惑もあるのだろう。
だが、ボク達としてはそんな気はさらさら無い。
銃と言う兵器は、広めるには危険すぎるのだ。
「海流の流れから見て、そろそろ投棄地点のはずだ。ここら辺を中心に海賊の根城を調べて行こう」
アーヴィンさんの宣言で目のいいボクとダニットさん、それにアリューシャが乗り出して周囲を見張る。
その間、センリさんは馬車の操縦に集中してもらう。
セイコは頭のいい子だけど、この波の上を駆けるとなると、いつもと違う感触に戸惑う事もあるだろうし、サポートが必要だろう。
「探索を始めて三十分。かつてない危機がボク達を襲っていた」
「どうしたのよ、ユミル。目が泳いでるわよ?」
「センリさん、酔いました……」
そりゃ草原と違って、凹凸の激しい波間を時速六十キロで駆け抜けるのだ。
しかも目を凝らして周囲を監視しているとなれば、目や三半規管へのダメージはそれなりにある。
こちらに来る前からインドア派だったボクとしては、こういう激しい上下運動は負担が大きいのだ。
「前から思ってたけど、実はあなた乗り物に弱い方?」
「むしろアリューシャやセンリさんがなぜ平気なのかと問い詰めたい。小一時間ほど」
同じ世界からやってきて、どうしてここまで差が出るのか、切に説明を願いたい。
乗り出した顔を少しうつむけ、海に栄養豊富な養分を与えながら、ボクはぼやいた。
胃袋に限界まで詰め込んだ後と言う条件も悪かったのだろう。
「ひょっとしたら暗殺者になったせいで、平衡感覚が敏感になりすぎてるのかしら?」
「そう言えば壁とか天井とか、平気で蹴って走ってるなぁ」
上下運動と言えば、戦闘中のボクはまさに漫画の忍者さながらにアクロバティックに動いている。
その動きには平気なのに、この海面の動きには慣れないとは……
「他人の車に乗ると酔う人とかいるみたいだし、そういうのと同じなのかも?」
「あー、居るみたいね、そういう人。私は免許持ってないから判んないけど」
「へぇ、センリさんは持ってないんだ?」
「だって私未成年だもの」
「なんですと!?」
感性的に若い人だとは思ってたけど、実は年下だったのか。
ちなみにボクは免許を持っている。営業で外回りするには必須だったのだ。
「ねぇ、車に免許って……なに?」
「あ、いや……」
ボクらの会話に疑問を抱いたローザが、ツッコミを入れてくる。
この世界の車というと、主に馬車を刺す言葉だ。
もちろん馬車といっても牽くのは馬に限った物ではない。牛やラクダが引く場合もあれば、ゴーレムが引く物もある。
そういった『何かが牽く台車』を総じて車と読んでいるのだ。
「馬車の操縦に免許なんて要らないでしょ?」
「あー、それは――」
「お姉ちゃん! あそこ、なんかある!」
「なんだってー!」
問い詰められて口ごもるボクに、マイエンジェルからナイスなフォローが入った。
少しばかり棒読み口調で席を移動し、アリューシャが指差す方向に視線を向ける。
ボクに不満げな表情でローザも後に続いた。
アリューシャの指差す先は切り立った崖があり、その崖の海面すれすれの部分に黒く開いた洞窟らしきものが見える。
距離がかなりあるため、豆粒のようにしか見えない洞窟をよく見つけたものだ。
「どこ? よく見えないんだけど」
「あそこです。確かに洞窟のようなものが見えますね」
ボクほど目が良くないルイザさんは、目を凝らして遠くを見つめるが、はっきりとは判らないようだ。
「確かにあそこなら陸からは見えない場所だな……」
ダニットさんがポツリと補足した。
洞窟の上部は、海に侵食された影響かオーバーハングした形になっているので、崖下を窺う事はできないだろう。
周囲にも岩が多く、横から覗きこむことも不可能だ。
隠れて船を着けるには絶好の場所と言える。
見張りが居たかもしれないが、アリューシャが早期に発見してくれたので、おそらくこちらは気付かれていないだろう。
「どうします? このまま突っ込む?」
「いや、まだあそこが海賊の根城という確証は無い。まずは偵察だな」
そのためには馬車は邪魔になる。
遠回りに陸に上がり、そのまま崖の上からボクとダニットさんが斥候に出る事になった。
身の軽さやスキルの都合の組み合わせだ。
二人で出るのは安全性と確度を上げる為。
一人がヘマをして捕まったとしても一人が無事なら逃げ出して、後続に連絡を取る事ができる。
そのため二人一組のツーマンセルを取るのが基本らしい。
ただし、少人数で動く冒険者にとって、それは贅沢な行動と言える。
今回は七人という大人数だから可能になったのだ。
いつもは剣帯に吊るしている剣だが、この行動ではぶらぶらと揺れるそれは邪魔になる。
ピアサーを太ももに縛りつけ、紅蓮剣と蒼霜剣は背中にX字に背負うことにした。
さすがに水着でこの固定の仕方だとオッパイが強調されるな。
ちらりとダニットさんに視線をやると、顔を真っ赤にして目を逸らしていた。
やはり気になっていたらしい。
「ま、非常時だからいいですけどね。警戒はしててくださいよ」
「……すまん」
律儀に謝ってくるが、女としての積み上げが少ないボクは、それほど恥ずかしいとは思わない。
それが無防備さとなって危なっかしいと、ルイザさんやセンリさんには注意されるのだが。
険しい崖を回りこむように降りて行くと、遠めで見るより大きな洞窟の入り口が姿を表した。
周辺には見張りなどの姿は無い。だが確実に人の気配はあった。
「これは居るな」
「はい。人が通った跡も残ってます」
ボク達が降りてきた岩場には、結構な数の足跡が残されている。
岩にこびり付いたコケや海草が、その部分だけ剥がれ落ちているのだ。
他にも踏み潰されたフジツボなどから、その頻繁さが見て取れる。
「さて、どうしたものか……できるだけ内情を探って来たいが」
「それじゃ、ボクが行ってきます」
「大丈夫なのか?」
「はい、まず確実に見つかる事はありませんよ」
【クローク】スキルを使用したら、それを見咎める事のできるものなど、ほとんど居ない。
あのFPSの男は熱感知という手段を取ってボクを探知したが、そんな機材はこの世界には存在しないのだ。
トントンと岩を渡り、影に入ったところで【クローク】を発動。
ダニットさんは不意に姿を消したボクに驚愕の視線を向けていた。
ここが海賊の根城で、救助を求めてきたメッセージの主がここに居るという確証はまったく無い。
だが、だからこそ、調べに行く価値がある。
アリューシャのように捕まって酷い目にあっている子が居るのなら、できる限り助けたいのだ。
洞窟はやはり人の手が入っており、中央部は船が出入りできるほどの水深があるのだが、脇には人が通れる通路が設置されていた。
これがもし水に入って中に入らないといけないのなら、【クローク】の効果が薄くなっていたところだ。
ボクとしてはありがたい。
内部にはちょっとした大きさの……とはいえせいぜい中型程度だが、帆船とガレー船を合わせたような船が停泊しており、そのそばには木箱や樽が乱雑に積み上げられている。
こういう洞窟に出入りするためには、帆船構造だけでは不可能だからだろう。
さらに洞窟の奥は階段で登れるようになっていて、潮の干満にも対応してる様子だった。
そして階段の上には、さらに奥へと続く洞窟が見て取れる。
おそらくは、あの奥が居住空間になっているのだろう。
「なかなかに手が込んでるな。結構大掛かりな組織なのか?」
【クローク】中に発した声は外に漏れる事が無いので、堂々と一人ごとを発するボク。
これは迷宮のそばで、アリューシャと二人で居たときから付いた癖だ。
船にはタラップが掛けられており、そこから出入りする事ができる。
もちろん、そこには見張りも付いていた。
さすがにそこまで無防備にはしていないか。
見張りの男はヒゲ面で、如何にも不潔そうな風貌をしている。これに比べたら汗まみれのアーヴィンさんの方が遥かにマシだ。
なおアリューシャは汗まみれでも可愛いから許す。
センリさんも色っぽいので許す。
男のそばを【クローク】で通り過ぎるけど、気付かれた様子は無い。
そのまま船内の捜索に移る。
甲板には三名ほどの男が居たが、これは掃除を担当させられている下っ端だろう。
【クローク】を維持したままでは船内に入る扉を開けないので、周囲を警戒しながら一度解除。
内部に入ったところで再び影の中に身を潜ませた。
船内を見て回ったところ、船内に船員が二名いた。これで六人。
さらに船倉で二人の男が扉の前に張り付いているのを発見した。
あからさまに何か護ってる風の二人に、ここに何かあるとボクは直感したのだった。




