第八十八話 補填しよう
一列になって十人は座れるような長テーブルで、食事を取りながら今後について話し合う。
それぞれのパーティが人員不足に陥っているので、真っ先に挙がったのがパーティを融合するアイデアだった。
「そりゃ、ローザちゃんの所もそれなりに評価が上がってきてた訳だし、ここで解体なんてのはあまりに可哀想だし」
「でもでも、それならアーヴィンさんの所が各自バックアップについてあげれば問題は解決なんじゃ?」
「あ、それはいいですね。アーヴィンさんお願いします」
「私は目に入ってないのね、あなた……」
まぁ、別の目的も背後にちらほら見える事は確かだが、ベテランパーティを相手によく踏ん張るな、ローザ。
カロンの所がヤージュさん脱退で大きく評価を落としたとはいえ、真っ向から意見を突きつけてる。
「とにかく、それぞれのパーティで不足してる人材を提示してみよう。ウチは前衛と回復役、特に回復役が必須だ」
「僕のところは前衛ですね。後衛はむしろ充実しています」
「私のところは前衛と火力が不足してるわ。特に前衛の不足が致命的。カイン一人だもの」
「それぞれが人員募集を掛けて、ゆっくり待つって選択肢は無いの?」
スプーンを咥えながら、センリさんが意見を述べる。
その横ではアリューシャが握り箸ならぬ握りスプーンで、必死にパエリアモドキを掻きこんでいた。
よく食べる子供はかわいいね。
「無いですね。僕としてはヤージュさんから受け継いだパーティを解体なんてしたくない」
「俺も無いな。事実上引退したとは言えルディスとクラヴィスが帰って来る可能性だってあるしな」
「そうなると、やっぱりローザちゃんの所が一番理由が無い?」
「うっ!? そ、それはともかく、なんでそんなに戦力の統合が必要なんですか?」
話を逸らすように、現状の再確認を要求するローザ。
そうだそうだ、そもそもボクのところで会議する必要なんて無いじゃないか。
「ヤージュさんも今苦労してるからね。それをいち早く解消してあげるには――」
「確固たる功績を上げる事、ですね」
「私達もあの人には世話になってるからね。できるだけ手を貸してあげたいのよ。でも、そのためにはパーティが機能しないと」
ベテランだったヤージュさんの趣味は後進の育成だ。
将来有望だったアーヴィンさん達は、なんだかんだでヤージュさんの世話になっていたらしい。
その恩を今返そうと思って奮起したいが、人員不足で事が上手く運ばないという事で今回の会議を開く算段となったのだ。
「そりゃ私達は、あの人とはあまり交友が無かったけど……」
アーヴィンさんやカロンとは別に、真の意味で掛け出しだったローザたちは、あまり交友関係が無かった。
彼女が早急に仲間を欲するのは、名実ともに伸び盛りの今を無駄にしたくないからだろう。
実際、この一年で彼女達の実力は目を見張らんばかりに伸びている。
「そうですね、できればカイン君を僕達の、ローザさんはアーヴィンさん達のパーティに入ってもらえれば、とてもありがたいです」
「ローザちゃんは治癒魔法が使えるんだろう? ウチとしては大歓迎だ」
「カイン君は防御に秀でた前衛と聞く。ちょうどうちに不足している役割だ」
「ユミル、おかわり」
「はぁい」
「ダニット、会議に参加しろよ!?」
現在積極的に会話しているのは、カロンとアーヴィンさん。ルイザさんとローザの四人だ。
時折リビさんが口を挟むが、これはリーダーの交渉能力をサポートしつつも計っている感じだろうか?
ダニットさんとアドリアンさんは我関せずと、もくもくと食事している。少し遠慮して欲しい。
カインは上級冒険者に囲まれ、おろおろして混乱してるだけだ。
これではローザも心許ないだろう。
そもそも、前衛と火力役がトラウマ引退した彼女としては、パーティにこだわる必要なんて無い。
この三パーティが集まって、再統合しようという流れになった段階で、彼女としては選択肢なんか無かったも同然と言える。
サラダをもっしゃもっしゃと口に運びながら、アドリアンさんはこっそりとつぶやく。
「今更口出しする必要も無いだろ」
「いや、正にその通り。あ、アリューシャご飯粒ついてる」
「んぅ、どこー?」
「ユミル、おかわり」
「ダニットさんはもう少し遠慮しましょう」
こうして結局、ローザのパーティが解体され、ローザがアーヴィンさん、カインがカロンのパーティに参加する事となった。
「皆様、失礼ですがこの後のご予定はいかがなされますでしょう?」
「ふおぉぉ!?」
「ひゃ!」
食事が終わったタイミングを見計らってイゴールさんが顔を出す。
見慣れていない来賓達は、唐突に現れた迫力満点なデスマスクに、悲鳴を上げて臨戦態勢を取る。
「あ、この人が屋敷の執事長のイゴールさんね。執事一人しかいないけど」
「は、はじめて見たけど、本当にゴーストを雇ってるんだな……」
「ユミルさん、除霊の相談とかあったら承りますよ?」
「アリューシャが居るので大丈夫」
物騒な言葉を返すカロン――いや、神官としてはこれが普通なのか?
とにかく、今のところはボク達を立ててくれているし、害は無いので強引に除霊するつもりは無い。
ちょっと……その存在自体がビックリ箱みたいなだけだ。
「宿泊なされるのでしたら、こちらで部屋を用意致しますが?」
「用意って……イゴールさん、物に触れないでしょう?」
「ユミル様の雇われたスライム達が、実によく働いてくれますので」
まぁ、屋敷を取り仕切るのはイゴールさんに任せて、実質労働力としてスラちゃんを動かすのは、ある意味効率がいい。
「でも、シーツとかベッドの用意はスラちゃんではできないでしょ?」
「問題ありません、スライム本人がベッドになるので。掛け布についても大丈夫だと主張しております」
それはあれか……完全にスラちゃんが上下から包み込むと?
確かに保温性も抜群だし、暑ければ放熱してくれるから快適ではあるだろうけど、それはどうなんだ?
ルイザさんとかローザをスラちゃんが包んで、うねっているところは見てみたいけど、アーヴィンさんやカロンが悶えているシーンは少しばかり遠慮したい。
「あー、うん。ベッドの用意はボク達でやるよ。泊まるなら、だけど」
「それを聞いて泊まると思うお前の頭が信じがたい。悪いが俺は帰らせてもらう」
「うん、私も」
ローザはこくこくと首を振るだけで留まっている。
いや、単に言葉が出ないだけかもしれない。
「スラちゃんベッド気持ちいいのにぃ」
「まぁ、あれは少しばかり特殊ではあるからね。それにスラちゃんも人数分居ないから大変だよ」
「あ、そっか。うん、ルイザさん、おやすみなさいっ!」
「スライムの数が足りないと知るや、追い出しにかかるアリューシャちゃん、まじ鬼畜……」
にこやかに手を振る薄情なアリューシャに、がっくりと膝をつくルイザさん。
この年頃というのは、現金なモノだから仕方ないね。
「別にルイザさん一人だけ泊まってくれてもいいんだけど? ハァハァ」
「遠慮するってば!」
速攻で却下された。
ちょっと鼻息荒くして尋ねたのがいけなかったかも知れない。
そんな訳でタルハンでの戦力衰退問題は、ローザ達を補填する事で解決したのだった。
もっとも、彼らが周囲の戦力と並べるようになるまでは、しばらくかかるだろうけど。
翌朝、センリさんと二人でアリューシャを送迎した後、ラキの家に顔を出すことにした。
センリさんはそのまま屋敷に向かってポーション作りである。
彼女は今回の一件で、目が回るほどに仕事を押し付けられているのだ。
ラキの店は表向きこそ何とか取り繕っているが、内部はまだ火事の痕跡が至る所に残っている。
特に目に付くのは、焼け焦げた、何も陳列されていない棚。
ボクの撃ち込んだフリーズブラストで建屋の焼失は免れたが、在庫が軒並み燃えてしまい、売り物が無くなってしまっていたのだ。
「ああ、ユミルさんですか。お久しぶりです。私とした事が、恩人の方にお礼にも伺えませんで……」
「いえ、お気になさらず。今日は少し様子を見に来ただけですので」
そういって出迎えてくれたラキのお父さんは、かなり憔悴していた。
これはかなり状況が悪いみたいだ。
アリューシャはすでにジョッシュと言う友達を引越しで失っている。
この調子ではラキの家族も家を売って街を出る事になってもおかしくない。
彼女の数少ない友達なんだから、できるだけ力にはなってあげたい。
とはいえ、この街で役に立ちそうな商品を提供できるあても無いし……
センリさんのポーションは、組合がその流通量を制御している。
彼女の高品質すぎる品はそうやって管理しないと、他の製造者や商人に迷惑がかかるのだ。
草原用の橇は、アコさんの所が商っているので、おいそれと手が出せない。
こうなると新しい商品を提供したいところだが、この発展した街ではボクの知識なんてほとんど役に立たない。
そもそも、ボクはサバイバルで代用品を売って糊口を凌いでいただけで、新規の商品開発なんてあまりやって無いからなぁ。
焼け焦げた店内で、燃え残った棚に陳列されているのは薬草類だけだ。
これは組合から援助で回して貰った商品らしい。
とにかく売る物が無い……それを用意しない事には、店の再建の目処が立たない。
「何か新しい商品……いや、そうか!」
そうだ、ボクにはちゃんと売る物があるじゃないか。
「お父さん、少しお話いいですか?」
「お父さん……そういえば、名乗ってなかったですね。これは商人としては汗顔の至りです。私はレイモンと申します」
「あ、ユミルです。よろしく」
握手するその力も弱々しい。
これは早めに手を打った方がいいね。
「レイモンさん、ボクは元々、草原の迷宮に潜ってた冒険者なんですが……」
「ええ、ラキから聞いています。なんでも凄腕だとか。さすが烈風姫ですね」
「いや、それは……じゃなくて! そこで手に入れたアイテムがいくらか残ってましてね。こちらで捌いてもらえないかと思いまして」
「アイテム、ですか?」
そういって少し待つように告げて、馬車――と言うか人目の無い場所へ移動し、その隙にインベントリーからアイテムを取り出す。
それをあたかも馬車から持ってきましたという風な体で、レイモンさんに差し出した。
「こ、これは……」
「ベヒモスの角です。いえ、キングベヒモスの角というべきですか」
そう、これは一年半ほど前に組合加入試験で倒したベヒモスの物だ。
これだけで一財産になるほどの価値がある。
そして、草原での忙しい日々のおかげで、今まで処分するのを忘れていた品でもある。
ヒルさんの見立てでは、最低で三百万ギルはすると言っていた。
キング級の物ともなれば、五百万は行くんじゃないだろうか?
「どうでしょう? これはいい武器の素材になると聞きました。これを三百万でお預けします。売れれば、その売り上げから三百万をボクに渡してくれればいいです。無論、売れなければ返品していただいて構いません」
「それは……」
要は棚を貸してくれとの要求である。
そして、その取引手数料として、三百万から上乗せした分を収益として得る事ができる。
ボクも大金が手にはいるし、レイモンさんも大きな商売ができる。悪く無い取引のはずだ。
「いいのですか? その条件だと私はノーリスクで商える事になります」
「構いませんよ。これ、実を言うと処分をすっかり忘れていたんです。それにですね……」
「それに?」
「生物には基本、角は二本あるものです」
そう、キングベヒモスの角は二本ある。そして、その死骸をインベントリーに収めているボクは、もちろんその一本を確保しているのだ。
ここで一本を放出しても、まだ予備がある。
まぁ、ユニコーンやイッカクのような、一本角の生物もいるにはいるけど、ベヒモスは二本だ。
「それは……いえ、お引き受けします。本当に何から何までお世話になってしまって」
「こちらもアリューシャがいつもお世話になってますから」
いまだに屋敷に遊びに来るのはテマとラキだけである。
三人がスラちゃんやスレイプニール達と一緒に駆けずり回る光景は、ボクにとっても癒しなのだ。
それに、これはあくまで商売。その余禄を少しレイモンさんに分けてあげるだけだ。
もちろん、この恩はいつかは返してもらえるとの下心もある。
いろいろと後ろ暗いところのあるボク達は、言い方は悪いが、信頼や恩で縛った『裏切りの無い』交友関係を欲しているのだ。
後はこの商品の情報を、鍛冶屋のカザラさん辺りを経由させて流せば、すぐにでも買い手はつくだろう。
ボクとレイモンさんは、すぐさま契約書を交わし、商品を受け渡す。
これで少なくとも、この店くらいは救えただろう。
ボクは万能じゃないので、全ての店を救える訳じゃない。それでも、少しだけでも役立つことができたのなら、それはとても気持ちのいい事なのだ。
後日、このキングベヒモスの角は、カザラさん本人が五百八十万ギルを出して買い取って行ったらしい。
自分で買うのかよ!?
人物紹介を出した直後に新キャラ……なんて間の悪い人だ、レイモンさん。