第八十六話 地下室
その後、街の衛視達がやってきて、船に積み込まれた子供達を保護して行った。
数は馬車から攫われた五人以外にも数人いて、総数で十を超える子供が保護された。
これは、組合が把握している数よりも少し多いらしい。
どうやら路地裏の孤児や、旅人の子供も餌食にしていたようだ。
目を覚ましたアリューシャが、子供達の毒を抜いて周り、ボク達はようやく組合へと戻る事になった。
「はわあぁぁぁぁ、ドイル君、お顔がぁ! 足も!?」
「あの兵士っぽいのと戦ってこうなったんだ。アリューシャ、治して上げて?」
「うん、【Exヒール】!」
そんなやり取りと共に、ドイル達の怪我はあっという間に治療されていった。
もっとも、その心に刻まれた恐怖までは治せるものではない。
そこを乗り越えれるかどうかは、彼らの心の強さ次第だ。
ウララもアリューシャの手によって、失った足を取り戻すことができた。
この脅威の再生力こそ、大司祭の本領と言える。
アリューシャがウララたちを癒している間に、ボク達はレグルさんと込み入った話をすることになった。
なお、ルイザさんやダニットさん達は、引き続き街の出入りを監視してもらっている。
あれほどの大事件だ、残党が出入りする可能性は充分にあるからだ。
結局アーヴィンさんとボク、それとレグルさんだけの三者会議となった。
「今回は済まなかったな。俺の尻拭いをさせちまった」
「いえ、アリューシャに手を出したと言う事は、他人事じゃありませんので。それであの、銃を持った男の遺体ですが……」
「銃? ああ、あの武器か。ありゃあすげぇモンだな」
この世界にも大砲くらいはあるのだそうだが、あれだけ小型化された火器というのは存在しないらしい。
まぁ、魔法があるのだから、無理に開発する必要性も無かったのだろうけど。
それよりも今のボクにはもっと気がかりな事がある。
「あいつの遺体はまだありますよね?」
「普通は遺体は消えたりしないぞ……アンデッド化しない限りはな」
と言う事は『死に戻り』は不可能と言う事なんだな、この世界。
ゲームっぽい世界だからといって、油断したら怖い事になりそうだ。
「判りました。では遺体の埋葬ですが、少し待っててもらえますか?」
「いいけど、何でだ?」
「少し実験したい事があるんで」
侍祭系二次職の司祭には、【リザレクション】と言うスキルがある。
これは戦闘不能状態のキャラクターを復活させるスキルなのだが、もしこれが有効に働いたとすれば、死亡したあいつを復活させる事ができるかもしれない。
もちろん、生かしておくつもりなんか無いけど、そのスキルが効くかどうかの実験台にはさせてもらおう。
プレイヤーキャラクターの死体なんて、めったに見ることができない。つまりこれは恰好の好機なのだ。
「まぁ、そっちについては判った。保存しておく。それであの男達なんだがな――」
そういって小屋や船を調べた結果をボクとアーヴィンさんに報告してくれる。
ちなみにアーヴィンさん、ローザさんに纏わりつかれて、ようやく一息ついた状態である。
そのナチュラルなモテ男振りに、殺意を抱かざるを得ない。そのうちもいでやる。
「見事なまでに身元に繋がる品が無い。銃? を持った男だけ、ようやく『らしい文字』を見つける事ができたんだが……」
「それはどこです!?」
レグルさんの調査結果に、アーヴィンさんが食いついた。
剣術バカで脳筋の彼としても、今回の事件は腹に据えかねているらしい。
「それがよく知らん国なんだよ。『じゃーまにぃ』とか『ゆないてっどすていつ』とか……あと『おーすとりあ』ってのもあったか?」
「ああ、それは跡を追うだけ無駄です。えーと、その……工房? みたいな名前なんで」
あっちの世界の国名出されても、そりゃ理解できないだろうな。
「ほう、あの武器を作れる工房があるのか! そりゃ是非パイプを繋いで起きたいな」
「あ、いや……そうではなく――」
「ユミル、記憶が戻ったのか? 故郷で剣を習ってた事は知っていたが」
「あ、いや、そうでもなく……」
やばい、ちょっとボロを出した。
どうにかして取り繕わないと。
「た、たしか……えと、そう! 剣を習ったときにこの武器の対処法を一緒に聞いて、その由来を教えてもらったんですよ」
「そうか! で、どこの工房だ?」
「あ、えと、もう滅んじゃったらしいです?」
「なんで疑問系なんだよ……」
「あーうー、記憶が曖昧なので?」
よし、これで追及は免れるはず。たぶん、きっと。
あとは話を逸らせてうやむやにしよう。
「それはそうと、屋敷に侵入した男の尋問はどうなりました?」
「ああ、あの野郎か……こっちが手を打つ前に殺された。どうも組合の内部は滅茶苦茶になってるらしい」
心底悔しそうに、顔をしかめるレグルさん。
だがそれも仕方ないことだろう。ボク達の介入で損害は少なかったとは言え、皆無ではなかったのだ。一年前の大氾濫は。
むしろたった一年でよくここまで持ち直したとも言える。
街を歩いていると、一年前にモンスターに襲われた街とは思えないくらい活気があるのだから。
「今回の件は、まぁ、責任を取らなきゃいかんだろうな。だがそれも組合の手綱をきっちり締めなおしてからだ」
「そこまでの事ですか? 明らかに外部の妨害工作じゃないですか!」
レグルさんが責任を取ると聞いて、アーヴィンさんが激昂した。
彼にとってはレグルさんは父も同然の上司なのだから、怒るのも無理はない。
「確かに外部が原因ではあったがな。それで納得できるものじゃないだろう。特に、被害を受けた道具屋連中はな……」
今回最大の被害者は、店を焼かれ、在庫を焼失した道具屋商人達だ。
さらにラキの両親に到っては息子の誘拐まで発展している。
怒りのやり場は必要だろう。
「そりゃ気持ちは判りますが……いえ、言っても詮無い事ですね」
今回の黒幕に改めて怒りを覚える。
ギリリと拳を握り締めて悔しさを表すボクに、レグルさんはなんとも微妙な表情を返してくれた。
この事件で一番わりを食った人が受け入れているんだ。でも……
「代わりに怒ってくれるのは嬉しいがな。まぁ、こういうのも権力持った人間の仕事の一つさ。そのためにこの首がある」
「首って、まさか!?」
「おいおい、俺をそんなに殺したいのか!? モノの例えだよ、例え!」
物騒な単語が出たので、ボクは思わず席を立ってしまった。
あんな単語が出たら、そりゃ処刑を連想しても仕方ないだろう。
「いや、待てよ……まだ完全に糸が切れた訳じゃないか」
「ん、どういうことです?」
「あいつらはなぜお前の屋敷に忍び込んだんだ?」
「そりゃ……」
ヤツらの行動を見るに、目標はアリューシャだ。
誘拐のために屋敷に潜り込んだとしてもおかしくない。それが上手く行かなかったから街で暴動を起こしたんじゃないのか?
こっそり拉致できなかったからこそ、彼らが最も警戒していたセンリさんを引き離すため、道具屋を焼いた。
そして、その騒動が落ち着く前に、間髪入れずに誘拐を強行。
「って流れじゃなかったんですか?」
「だとしたら、なんでわざわざ厩舎へ寄った?」
「……それは、確かにおかしい、ですね」
あの時はただの馬泥棒と思ってたけど、それならば厩舎には寄る必要がない。
となると、目的は厩舎の方にあったのか?
「もしそうだとすれば……まだ、厩舎に何か痕跡があるかも?」
「だな。早速向かうぞ」
「レグルさんが直々に来るつもりですか!?」
「信頼できる人員が、今は少ないんだよ」
今の組合は誰が味方か判りにくい。ならば彼が直接出向くのは、確かな手段かもしれない。
そうと決まれば善は急げだ。
ボクの屋敷には組合の人員なら自由に出入りできる。
一応イゴールさんやスラちゃんが残って見張っててくれてるけど、証拠隠滅をされる可能性だって無い訳じゃない。
むしろ時間を置けば、確実にされる。
「ボク、アリューシャを呼んできます」
「馬車はまだ裏手にあったな。乗せてってくれ」
「判りました!」
そういうわけで、急遽屋敷を探索することになったのだ。
回復したばかりのウララに無理をしてもらって、即座に屋敷へと帰投した。
出迎えるイゴールさんにレグルさんが腰を抜かしかけたが、そこは歴戦の雄。即座に立ち直って、取り繕った。
「いや、本当にゴーストが居るんだな。前もって聞いてたけど驚いた」
「人の顔を見て腰を抜かすなど、失礼極まりないお客様ですね。ユミル様、叩き出してもいいですか?」
「イゴールさん、昼間は物に触れないでしょう。それより誰か来ましたか?」
「いえ、誰も敷地には入っておりません」
奇妙な言い回しの様な気がしたけど、よく考えれば夜に侵入者があったばかりだ。
『来た』という言葉を『来客があった』ではなく、『侵入者が来た』と捉えて、こう返したんだろう。
「それは結構。厩舎にいるから、誰か来たらすぐに知らせて」
「かしこまりました」
イゴールさんの感知能力は、ボクより確実な物がある。
その範囲は屋敷から厩舎に届くか届かないか位。およそ五十メートルくらいかな。
「スラちゃんには屋敷への侵入者は『捕獲』するように伝えておいて。けっして『捕食』はしないように」
「伝えておきます」
そのまま屋敷の敷地内に入り、厩舎へ向かう。
イゴールさんが姿を消して敷地内を巡回してくれるので、不法侵入があればすぐにでも感知できるはずだ。
厩舎の外に馬車を停めて、アーヴィンさんとレグルさんを連れて中に入る。
アリューシャとウララは外の監視――と言う名目で少し隔離しておく。
この先には何があるか判らない。下手をすれば、教育上よろしくないモノだってあるかもしれない。
子供の死体とか、暴行された女性とか。船着き小屋では、実際そういう現場になりかけてた訳だし。
「賊が倒れてたのはどの辺りだ?」
「確か壁際です。その辺」
奥の方の一角を指差して、へこんだ壁の辺りを指示する。
このへこみはセイコが賊を蹴飛ばしてできた物だ。
そのセイコは今、センリさんを連れて村へ向かっている。
レグルさんはへこんだ壁の周辺を調べているが何も見つからなかったようだ。
ボクも一応盗賊職ではあるが、そういった知識がないので、こういう場面では役立たずなのがもどかしい。
手持ち無沙汰に周囲を見渡していると、妙な感覚に囚われた。
注意して見ると、なんだか、小屋が妙に……狭い? 歪? とにかく変だ。
「レグルさん、少し外に出てみます」
「ん、ああ」
調査に専念するレグルさんはから返事をボクに返す。
アーヴィンさんもレグルさんについて、床を調べているが、成果は芳しくないっぽい。
外に出て、小屋の周囲をぐるりと回ってみて、やはり違和感を覚える。
そのまま、屋根に飛び乗ってみると、ようやくその正体に気付いた。
あわてて厩舎の中に戻ると、二人はまだ壁を調べていた。
「レグルさん、反対側です! 蹴り飛ばされて壁に当たったんだから、最初はへこみの反対側にいたんですよ。それと小屋の中と外で形にずれがあります!」
「ずれだって?」
「はい、この厩舎、外から見ると長方形なのに、中はどちらかと言うと正方形に近い。壁の一面に隠し部屋があるんですよ、きっと」
へこみの反対側を調べると、そこにあっさりと隠し扉を発見することができた。
細長い部屋が壁沿いにあり、そこに階段が設置されている。
階段の先は地下室になっていて、薄暗い部屋と牢屋が存在していた。
心配したような死体が転がっているという事態はなく、小さなテーブルの上にコインが一つだけ置かれているだけだ。
「このコインは……半分に割れているな。割符か?」
「みたいですね。ユミル、心当たりは?」
「もちろんありません」
そこにひょっこりイゴールさんもやってきた。
「この部屋は私の記憶にもない部屋ですね。探知範囲の外側で少しばかり勝手をされていたようです。不覚の極み、申し訳ありません」
「ここは屋敷から遠いからね。それは仕方ないかと」
敷地に不審人物が出入りしているような事を彼は言っていたが、ここまで好き勝手やられてたとは気付かなかったようだ。
彼の守備範囲が屋敷内に限定されていた事と、馬すら居ない厩舎に興味を持たなかったことが失態の原因だろう。
もっとも知ったところでイゴールさんには驚かす程度の事しかできないけど。
「そうか、これは俺が預かっていてもかまわないか?」
「レグルさんは信頼しているので、かまいませんよ」
レグルさんはコインを皮袋にいれ、懐に仕舞う。
ボクにこれを精査する知識も技能もない。おそらくはセンリさんもそうだろう。
少しばかり謎が残ったけど、これでこの一件は落着として置いた方がいいだろう。
後は組合の仕事だ。
あまり深入りすると大事になりそうだしね。
連休中の連続更新は終了です。
次の更新は土曜日を予定しています。