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ゲームキャラで異世界転生して、大草原ではじめるスローライフ  作者: 鏑木ハルカ
本編 ゲームキャラで異世界転生して、大草原ではじめるスローライフ
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第八十四話 FPS

 目標を確認した所で、アーヴィンさんが小さく手を上げてハンドサインを出す。

 それを見た六人の冒険者が、まるで闇に消えるように姿を消した。


「まだ昼なのに……すごい隠密能力ですね」

「この街でも有数の斥候を集めてくれたらしい。さすがだな」


 視線を外さず、アーヴィンさんはレグルさんに感謝している。

 それよりも、まずは見張りに付いている男をどうにかしないといけない。

 監視の目が無いせいか、ややだらけた態度で見張りを続ける男は、それほど腕が立つ様には見えない。

 せいぜいが一般的な兵士レベル。ドイルと互角と言うところか。


「大した事は無いな。問題は見晴らしのいい、この距離か」

「ボクなら一撃で仕留められます。任せてください」


 そういって早速スキルを起動する。


 隠密行動用スキル――【クローク】。

 その場で隠れて動く事のできない初期クラスの盗賊スキル【ハイド】と違って、自由に、隠れたまま移動できるスキルだ。


 まるで足元の影に沈むかのように消えるボクに、アーヴィンさんは驚きの表情を浮かべる。

 実際スキルとしては、足元の陰に隠れているんだけどね。

 物理的にどうなってるのか、正直自分でも判らない。


「それじゃ行ってきます。倒したらすぐに来てください」

「あ、ああ……」


 ずるりとした感触と共に移動を開始する。

 堂々と道の真ん中を移動しても相手が気付いた風な素振りは無い。

 もっとも気付かれたとしても、時速百八十キロを超える俊足を活かして、一気に懐に飛び込むだけだ。

 それに、援軍に出てくるのなら、むしろ手間が省ける――皆殺しにしてやる。


 やつらは手を出しちゃいけない領域に手を出したのだ。




 紙巻タバコを吹かしている男の背後にこっそりと忍び寄る。

 本来なら桟橋上であるここは足音が盛大に上がるのだが、【クローク】中ならばその心配は無い。


「まったくよう。女連れ込んだんなら、早く味見させろっての……」


 タバコを咥えたまま、ブツブツとぼやいている声が聞こえる。


 ――女? そういえばローザさんの姿が見えなかったな。あの時は頭に血が上っていて気に止めなかったけど、一緒に攫われてたのか。


 アリューシャ以外にも顔見知りが攫われているのであれば、余計()る気も出るって物だ。

 それにまだ手を出しているという風ではないとは言え、こいつの言葉では救出は急いだ方がいいっぽい。


 背後で実体化し、無言でスキルを発動する。


 ――【スマッシュ】!


 戦士系の初期クラスの攻撃スキル。武器を選ばず使用できるのは、本当に強みだ。


 そして現在のボクにとって、ゲームでは存在しなかった副作用も出ている。

 それは、盗賊系と戦士系を併せて取得した事による副次効果。

 つまり、両手の武器に【スマッシュ】を乗せて同時に攻撃する事ができるのだ。

 結果、二倍程度の威力しかない【スマッシュ】が更に倍の威力を持つに到っている。


 左右の手に持った武器を、スキルを乗せたまま叩きつける。

 最初に左のファイアダガーで薙ぎ、次に右のピアサーで貫いて、吹っ飛ぶのを抑える。

 ここは桟橋なので床は板張りだ。倒れただけでも大きな音が鳴る。


 最初の一薙ぎで頚椎が、次の刺突で肋骨をへし折り心臓を穿つ感触が伝わってくる。

 その感触にボクは一瞬我を忘れた。


「そういえば……人を殺すのは初めてだ」


 人型のゴーレムを倒した事はある。

 生物のウルフ達を倒した事もある。

 人間のアーヴィンさんと戦った事もある。


 だけど人間を殺した事は初めてだった。


「思ったより、動揺しないんだな」


 それは始めて動物の皮を剥いだ時と同じような感覚だった。

 背筋に氷の塊を付きこまれたような悪寒と、それが一気に氷解して行く感覚。

 これは、人型のモンスターとも戦った経験から来る、感情の補正値ともいう物だろうか?

 しかし、今、変に狼狽しないのだけはありがたい。


 軽く手を上げて合図すると、アーヴィンさんがこちらにやってきた。

 彼は金属鎧を着けているので、少しばかり騒々しい。


 ボクが先行して船着場の小屋の扉をゆっくりと開ける。

 その向こうには気絶したローザさんと、それに群がろうとする四人の男の姿があった。

 衣服もかなり剥ぎ取られており、本当にぎりぎりだったと言える。


 他の子供たちの姿はないが、壁際に気を失ったアリューシャが鎖で繋がれていた。

 その口には猿轡が嵌められている。

 おそらく魔法を警戒しての事だろうが、ボク達は声を出さずともスキルを使える。

 薬で気を失わせているのも、きっとその辺を警戒しての事だろう。


 ドイルの話では、襲ってきたのは四人。追加で一人。

 先ほどの見張りを含めても一人足りないが、大多数はここにいる事になる。

 ならここで、一気に一網打尽と行こうじゃないか。


 アーヴィンさんと一つ頷きあうと、タイミングを合わせて、背後から急襲を掛ける。

 女に目を奪われていた男たちは、完全に不意を突かれた形になった。

 まったく、男どもときたら……いや、ボクも中身はそうだけどさ。


「せやああぁぁぁぁ!」

「おおぉぉぉぉ!」


 気合一閃で男の首を一息に刎ねる。

 続いてアーヴィンさんの剣が袈裟斬りに振り下ろされ、二人は反応することもできずに命を落とした。

 残り三人も反撃の隙など与えず、一人を斬殺し、残り二人を気絶させる。

 気絶させたは話を聞き出すための処置だ。


 全員を無力化したのを確認した後、アーヴィンさんはローザさんを縛っていたロープを斬り飛ばす。

 その間、ボクは気絶させた二人を縛り上げて、騒がないように猿轡を嵌めておく。


「無事か?」

「あ、ああ! うぁあああぁぁぁぁ!?」


 ローザさんは言葉にならない叫びを上げ、アーヴィンさんに取り縋って泣き出した。

 できれば騒がないで欲しいところだが、気持ちは判らないでもない。

 ボクはその間にアリューシャの無事を確認するべく、二人のそばを離れた。


 その瞬間、パン、パンと、まるで火薬が破裂するかのような音が響いて、二人の体が跳ねる。

 続いて舞う血飛沫。

 びくびくと痙攣を繰り返し、血溜まりが広がっていく。


「よう、派手にやってくれたじゃねぇか。いきなり敵の反応が現れたから驚いたぜ」


 気軽く声を発しながら、船着場の方から入ってきた男が一人。

 その格好は……この世界では異端と言える物だった。


 濃緑のまだら模様の服。各所にポーチの着けられた装具。そして脇や太ももに吊られたホルスターに、背に掛けたライフル。

 手にはホルスターから抜かれた拳銃が一丁。


「まさか……FPSゲームから?」

「お、ってぇ事はお前も転移者か? センリって女とこのガキだけかと思ってたぜ」


 FPSと言うのはファーストパーソン・シューティングゲームの略で、主に一人称視点からの射撃戦を展開するゲームだ。

 その構造をもっとも効果的に発揮できるシチュエーションは、現代戦の戦場であり、主に銃火器を使用した戦闘を楽しむものが多い。


 ――そのプレイヤーまでこちらの世界に転移してきていたのか。


 反応と言った事から、おそらくはこちらの位置を探るレーダーのような機能を持っているのだろう。

 反応がそばに来るまで出なかったのは、ボクが【クローク】していたからかもしれない。


 見た目二十歳程度の青年なのに、その雰囲気は驚くほど殺伐としている。

 仮想的な軍事行動を楽しむゲームだけに、そのロールプレイに嵌った物はそういった空気を演出することが多いと聞くが、彼もそのクチなのだろう。


「アーヴィンさん、彼女を連れて逃げて!」


 銃火器と言うのは、魔法よりも早く、剣よりも強い。

 ドイルの顔を潰したのは、間違いなく彼だ。

 アーヴィンさんの腕もかなりの物になってきているが、それでも武器の差は覆し難い。


 アリューシャがいる以上、ボクは逃げることができないのだ。

 そして、アリューシャは頑丈そうな鎖で壁に繋がれていて、そう簡単に外せそうに無い。

 そこへこの男の登場。


 おとなしく鎖を外すのを見ていてくれるはずが無い以上、倒すしか道が無い。

 だが銃弾飛び交う戦闘ではアーヴィンさんは足手まといになる。


 とっさにスキルを使用してナイフを投げつけるボク。

 【スローエッジ】と言うスキルで、大したダメージは与えられないが、暗殺者系では数少ない遠距離攻撃が可能なスキルでもある。


 男も横っ飛びでこれを躱し、ライフルを構えて反撃の銃弾を放ってくる。

 ボクもこれは予測していたので、部屋の脇に打ち捨てられていた家具の陰に隠れた。


 アーヴィンさんは一瞬で発生したその異常な戦闘と、ボクの放った言葉の意味を察したのか、ローザさんを抱えて扉に向かって駆けだしていく。

 その背中に銃弾を放とうとする男を、再び牽制するボク。

 今度は一気に懐に飛び込もうとした。


 男もこちらの警戒は解いていなかったので、すぐさま銃口の向きをこちらへと変える。

 タタタンと軽い、しかし大きな破裂音が響く。

 ボクもこちらに注意を引き付けると言う目的を遂げられたので、無理はせず横っ飛びで回避。

 男もお互いの攻撃が不発に終わったのを見て、物影へ隠れて行く。


「転移者ってのはセンリとガキだけだと思ってたよ。それだけ銃弾を躱せるって事は貴様も確定だな?」

「……なぜ、子供たちを誘拐した?」

「ガキってのは色々な用途に使えるからな。欲しがる金持ちも多いんだよ。それよりテメェは何時こっちに来た?」

「誰が裏にいる?」

「おいおい、こっちの質問にも答えてくれよ」


 答える義理も無いので、物陰から【クローク】を使用して男に迫ろうとする。

 だが、男はそれを感知して、銃弾を放って来た。

 とっさに【クローク】を解除して、再び回避。回避特化した暗殺者だからこそ、銃弾を躱しきれると言ってもいいだろう。

 魔導騎士のままだったら、数発は受けていたかもしれない。

 いつの間にか、男の顔にはいかついゴーグルが掛けられている。


「ち、赤外線ゴーグルか」

「お、テメェも少しはこういうのを知ってるみたいだな」


 【クローク】の原理は判らないが、熱までは消せるわけではないのか。

 そういえば昆虫系モンスターなんかには【クローク】が効かなかった事を思い出す。

 あれは熱を見て、こちらの位置を測っていたのか。


 そのまま物陰に転がり込みながら、近代兵器の事を思い出そうとしていた。

 ボクは戦争物のFPSはあまりやった事は無い。

 だが、映画なんかは結構見る方だったし、ライトノベルなんかにもそれらを扱うものが多かったので、そこそこの知識はある。


「じゃあ、こう言うのはどうだ?」


 そんな声と共に、地面を小さな缶詰程度の物体が滑ってくる。

 これも映画で見た事がある。スタングレネードの類だ。


 とっさに目を閉じ耳を塞ぐ。

 だが、この後の敵の行動も予想が付く。おそらくこちらの目と耳を潰し、位置を変えて射撃してくる。

 ならばじっとしているのは危険だ。


 そう判断して【バックステップ】と言うスキルを発動させる。

 これは一瞬で十メートルほど後方に、一気に移動するスキルだ。

 その移動速度はキャラの移動よりも遥かに速く、しかも移動中のダメージが発生しない。

 タイミングよく発動させれば、【アースクェイク】ですら回避してしまう。


 一息に壁際まで移動し、直後に風圧を感じる。

 やはりボクのいた場所に撃ちこんで来た様だ。

 距離を取ったところで目を開け、男を確認。相手もボクが避けきった事に驚いていた。


「ハッ、やるねぇ! じゃあ、こんなのはどうだよ!」


 すぐさま感情を持ち直し、次の手を打ってくる。冷静な相手だ。

 男はライフルをボクからアリューシャに向けて、躊躇無く引き金を引いた。


「お前!?」


 まさかアリューシャを狙うとは思わなかった。

 完全な想定外。


 これにボクは反射的に身を躍らせ、射線に割り込むように動いてしまう。

 いや、動かざるを得ない。


 直後、体の右半身に凄まじい衝撃を受け、ボクはそのままアリューシャの上に倒れこむ事になったのだ。


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