表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ゲームキャラで異世界転生して、大草原ではじめるスローライフ  作者: 鏑木ハルカ
本編 ゲームキャラで異世界転生して、大草原ではじめるスローライフ
84/272

第八十三話 襲撃事件


 血まみれの姿で組合に転げ込んできたのは、アリューシャの送迎を行っているはずのドイルだった。

 突然転がり込んできた少年に、ロビーが騒然としだす。

 それもそのはずで、彼の顔は半分崩れ、片足が千切れている。


「ドイル君!? どうしたの、その姿!」


 エミリーさんが慌てて駆けつけ、その身体を支える。

 同時に治癒術師の手配を命じている所は、さすが場慣れしていると言えよう。

 ボクも【ヒール】を付与した髪飾りを着けてから、駆け寄って行く。

 後ろには、少しだけ治癒術の心得のあるルイザさんもついてきた。


「ドイル、何があったの? アリューシャはどうしたの?」


 【ヒール】を掛けつつその問いを発するが、彼はいまだ意識朦朧としている。

 そんな中でかろうじて絞り出した言葉が――


「し、襲撃……アリュ、シャ……攫われ……」


 アリューシャが攫われた!?

 駆けつけてくる、専業の治癒術師の姿を認め、ボクは組合の外に飛び出した。

 そこには足を一本失ったウララが倒れていた。

 彼女を繋いでいる馬車には、同様に瀕死の重傷を負ったハンスとカインの姿もある。


 ――子供たちの姿は……ない。


 すぐさま組合に引き返し、治癒術師に声を掛ける。


「外にまだ怪我人がいます! 二名と一頭!」


 ドイルは組合の治癒術師に任せ、ルイザさんとボクでハンスとカインを癒しにかかる。

 やんちゃ坊主のハンスが、軽口一つ叩かない。

 朴訥なカインが、癒しの礼も口にしない。


 二人ともかなり危ない状況だった。

 そして、出血のいまだ止まらぬウララも。


 ボクの【ヒール】では……いや、ブリューナクが使えない現在のボクでは、部位の再生などは行われない。

 失われかけた命を繋ぐのがせいぜいの回復量だ。

 この髪飾りではせいぜいブリューナクの三分の一程度しか回復しないのだ。


「これじゃ、間に合わない……」


 威力不足で、回復が間に合わないと判断したボクは、迷わず切り札のホワイトポーションを利用した。

 これは少々重量があるけど、回復量はピカイチの物を持っている。

 どろりとした液体をウララに振り掛け、しばらくすると出血はピタリと収まった。

 だが足を再生するには――足りない。

 これはアリューシャレベルの癒しの力が必要なのだ。


 判るのは相手が攻勢を掛けてきたこと。

 そしてアリューシャが攫われた事だ。

 そうなればこの先に待っているのは戦闘のみ。ならば、これ以上切り札のポーションは簡単に使う訳には行かない。

 ハンスとカインには悪いが、ボクとルイザさんの【ヒール】で我慢してもらおう。

 ホワイトポーションはその重量ゆえに、余り多く持ち歩けないのだ。


 ウララも意識は取り戻したが、失血状態でまともに身体が動かせない状況だ。

 組合の中に二人を連れ込み、ウララを厩舎の係りの人に見ていてもらう。

 ウララの巨体では、移送するのは手間がかかるのだ。


「それで、何が起きたのか話してもらえる?」


 ロビーでいまだ朦朧としているドイルに、そう詰問した。

 口調はきつい。それは自覚しているが、今は気を静めている余裕すらない。


「襲撃を、受けました……」


 その後ドイルが語るには、帰宅途中に何者かの襲撃を受けたらしい。

 ある程度子供たちを送って、残り三名。アリューシャとラキと、もう一人の女の子。

 ラキともう一人の女の子を送って帰宅するだけという状態で、襲撃が起きた。


 最初に狙われたのはウララだった。

 パンと何かの破裂するような音がして、足が一本吹き飛んだ。

 そのまま横倒しになって、馬車が止まる。


 ウララが倒れたのと同時に、何らかの煙幕が投げ込まれた。

 ウララに【ヒール】しようとしていたアリューシャが、これをまともに吸い込んで昏倒する。

 同時に子供たちとローザも意識を失ったらしい。


 おそらくは睡眠薬か麻痺毒。

 アリューシャは知力と敏捷度に極振りした能力なので、毒への耐性は極端に低い。

 もちろん解毒系の魔法もあるのだが、彼女はまだ覚えていなかったのだ。

 いや、使えたとしても真っ先に昏倒しているので、そんな余裕は無かったか。


 この状況を察して、ドイルたちが剣を抜いて臨戦態勢を取った所で四名の襲撃者襲い掛かってきた。

 当初は何とか戦況を維持できていたらしいのだが、一分もしないうちにもう一人覆面の男が現れ、手に持った武器をドイルに向けたと思った瞬間には顔が吹き飛んでいたらしい。


 幸い直撃ではなかったようだが、それでも右目が潰れ、耳まで吹き飛ぶ大怪我を負う。

 ドイルはさらに追撃を受け、右足も失うことになった。

 これで戦線が一気に崩れ、残り二人も切り捨てられ、子供たちとローザを攫われたらしい。


 這いずってでも後を追おうとしたドイルを、ウララが咥えて馬車に乗せ、何とかここまで辿り着いて意識を失ったというのが顛末だ。


「一連の連中、だな」


 レグルさんが呻く様に口にする。

 通常ならセンリさんが護衛についていた。彼女なら、撃退もできた可能性はあっただろう。


「昨日からの騒動は、こちらからセンリを引き剥がすためだってのかよ……」


 率先して道具屋を狙ったのはポーション枯渇を招くため。

 ポーションが足りなくなれば、センリさんを動かさざるを得なくなるため、彼女を村に送る手はずを読み切られていたという訳だ。

 村に送らずとも緊急で製薬依頼を出せば、彼女は出歩くことができなくなる。

 そしてボクを徹夜の疲労でダウンさせておけば……残るはあしらい易い冒険者だけ。


 そして、護衛戦力が弱くなったところで所で、満を辞して襲撃を掛ける……


「これだけ派手に動いたんだ。おそらくはこの街から手を引く最後の大仕事ってことなんだろうな」

「もう手を出さないから見逃す、なんて言うなよ」


 自分でも底冷えするほどの低い声が出た。

 口調も、男の時のそれに戻っている。

 取り繕うことを忘れるほど、ボクだ――俺は怒っていた。


「ああ、昨夜の事件で街の門はすでに封鎖してある。港もだ。なら、この街から一歩も出てないはずだ。今度こそ逃がしやしねぇ!」

「だが、連中はどこに潜伏している? 市街の封鎖なんて事を起こせば起こる事は当然予想していたはずだ」


 アーヴィンさんがテーブルの上に地図を広げながら、そう検証する。


「可能性としては、門や港を力尽くで突破することが一番高いな」

「確かにな。アーヴィン、お前ん所の、ちょっと借りるぞ。ダニット、ルイザは北と南へ。俺は西を護る」

「了解した」

「判ったわ」

「港はどうする?」


 人手はあるが、指揮できるものが少ない。

 ヤージュさんが居てくれれば、かなりマシだったのに……


「それは俺たちで引き受けよう」

「クラヴィス、ルディス!?」


 その時割り込んできたのは、懐かしい声だった。

 引退した二人が、そこに居た。


「明日にでも街を出ようかと思ってたんだが、封鎖されててな。顔を出してみればこの騒動だ」

「レグルさんにしては珍しく下手を打ったわね」

「面目ねぇ」


 着慣れた革鎧を纏った二人の姿は、現役時とまったく変わらない。

 そりゃそうだ。数日前まで冒険者だったのだから。

 この二人が動いてくれるのはありがたい。


「じゃあ、港は任す。問題はやつらがどこに居るか……」

「昨日の侵入者は口を割ったか?」

「その声、マジ怖いからやめてくれ。割ったは割ったんだが……もぬけの殻だった」

「じゃあ、この状況はすでに計算通り――と」


 やつらはどこにいる? アリューシャをどこへ連れ去った?

 そんな感情だけが渦巻いて、思考がまとまらない。

 その時、アーヴィンさんが一点を指差した。


「レグル、ここはどうしている?」


 指差した先は……街の北部に流れ込むロマール川。

 その流入口。


「そこは定期的に検査してるし、鉄格子も付いてる。人は抜けられねぇよ」

「その、検査した奴は信頼できるのか?」

「……まさか!」


 レグルさんがカウンターの向こうに回り、ファイルを一つ取り出してめくり始める。

 やがてその手が止まり、震える声で一言、絞り出した。


「……やられた」


 河口の検査。そんなルーティンワークに街の古株を派遣するなんて勿体ない。

 一年前の大氾濫で人手不足に陥った職員は、そこに新規に入った新兵を派遣していた。


 いや、その配置を指示した職員すら、勤務数年の新入りだった。


「大氾濫前から準備していた可能性がある、か」

「河口の監視に人を回せ! 柵も見て来い。新人は使うなよ!」


 慌てた声で指示を飛ばすレグルさん。

 アーヴィンさんはそれを無視して、川沿いの部分を指でなぞる。


「レグル、柵の監視は街の外からにしてくれ。内側から監視すれば、連中は雲隠れするかもしれない」

「あ? ああ、そうか……そうだな」


 逃走経路を潰されて、無理に強行するとは思えない。

 『敵』にとっては、どれだけ時間を掛けても街から出れれば勝利なのだ。

 亀のように頭を隠されては、こちらとしては手の打ち様がなくなる。


「攫った子供を運び出すなら、船がいる。船着場は川沿いに三箇所……」

「河口側と入り口側、どっちから出ると思う?」

「海に出れば身を隠す場所がない。軍船を出されれば逃げ切れるとも思えない。なら河口側は可能性が低いと思う」


 淡々と推論を組むアーヴィンさん。

 彼、こんなに頭切れたっけ?


「入り口側から逃げるにしても、子供を乗せての移動だ。目立ちたくはないだろうし、距離は短い方が良い。ならば入り口に近いこの船着場が一番怪しいな」

「ならそこに兵を――」

「いや、今俺たちは完全に連中の思惑に嵌っている。そう思われているなら、それを利用してやろうじゃないか」


 そこでアーヴィンさんはニヤリと笑う。


「ここに、この街の最強戦力がいるんだ。俺とユミルで強襲する。兵は周囲を固める程度で良い。敵を逃がさないように」

「少数で動いた方が目立たない、か」

「元々船着場ってのは川に張り出す形で作られている物が多い。ここもそうだ。逃げ場は少ない」

「ダニットとルイザを呼び戻すか?」


 レグルさんの提案に、アーヴィンさんは首を振って答えた。


「いや、ほぼ確実にここだとは思っているが、確定じゃない。もし他の場所に居て逃げられたら事だ。包囲網の監視は今のままで行こう」

「判った、だが状況だけは伝えておくぞ」

「そうしてくれ」


 その後、レグルさんによって、効率的に兵力が配置され、新兵は後方へと送られる事になった。

 これは裏切りを恐れての事と、監視の名目もある。

 実行犯が押さえられれば、協力者も不審な動きを見せると判断しての配置だ。




 外から見れば、街の外に逃げられたと焦って兵を動かしたように見え、それをダミーに船着場を包囲する。

 経歴の怪しい新人は後方へ下げて監視下へ。


 これらの指示を怪しまれずに出してしまうところは、さすが経験の違いと言える。

 今回、レグルさんは良い様に振り回されたので、ここの指示は張り切っていた。


 俺とアーヴィンさんは武装を整え、こっそりと船着場へと向かうことにする。

 他に付き従うのは六名の熟練兵。

 これはレグルさんの子飼いなので、裏切りの可能性はないと言うことだ。


 船着場には、見張りに付いているものが一名、居た。

 黒塗りの革鎧に、短剣を主とした武装。


「いるな。正解みたいだ」

「ホッとしたよ。間違ってたらお前に殺されそうだったからな」

「そんなに物騒じゃない。失礼な」

「だとしたら、その口調は抑えてくれ。威圧感が漏れまくってるぞ」


 アリューシャを攫われた事で、男の時の口調に戻っているのが怖かったらしい。

 俺――ボクの見かけがこうだから、怖さも倍増と言うところなのだろう。


 とにかく、怒りを叩き付けるべき敵は見つけた。

 後は存分に――蹂躙してやろう。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
[気になる点] 脱字:が この状況を察して、ドイルたちが剣を抜いて臨戦態勢を取った所で四名の襲撃者・襲い掛かってきた。 余字:ところで そして、護衛戦力が弱くなったところで所で、満を辞して襲撃を掛け…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ