第八十二話 後始末
一晩中街を駆け巡る羽目になって、くたくたになって組合に戻ってきた。
一応街の依頼と言うことで報酬が出るらしいから、組合に来てくれとの事だからだ。
いくら高知力型とは言え、元の係数の低い暗殺者では余裕を持って、とはいかない。
これは魔導騎士でも同じだったのだろうが、とにかくMPの枯渇と連続の消火活動でヘトヘトになっていた。
ぐんにょりとソファで伸びていると、受付のお兄さんがやってきて報酬を払うからカードを出すように告げてくる。
億劫に手を動かし、報酬を受け取った所で、ボクの目蓋はもう限界に達していた。
「ああ、このまま寝たい……でもアリューシャを、学校に連れて行かないと……」
「あの、寝るのなら別室を用意しますけど?」
「足を動かすのも、メンド、くせー」
ずるずるとソファに沈み、撃沈寸前。
そこへ聞き慣れた声が降りかかってきた。
「ユミル、なにしてんのよ、こんなところで?」
「あ、センリさん」
声は返すが体勢は崩れたままだ。
少々衣服がだらしない感じになってしまっているけど、どーでもいい。
「センリさんこそー、こんな時間にぃ、どーしたん、です、かー?」
「声が間延びしてるわよ?」
ボクのあまりにもだらしない格好に呆れた様な声を上げる。
でも仕方ないじゃない。もう限界なんだよ。
そんなボクを見かねて、受付のお兄さんが代わりに今夜の出来事を説明してくれた。
「ああ、なるほど……それで私が呼び出されたのね」
「センリさんが呼び出された?」
もう消火活動は終わりを告げている。センリさんのスキルは火系の物が多く、消火には向いていない。
せいぜい破壊で延焼を防ぐくらいじゃないだろうか?
あとは……ポーションで怪我人の治療かな。
「あ、そうか。ポーション」
「そ、道具屋が焼けたとあっては肝心のポーションも品薄になる訳だしね」
「それだけじゃねぇよ」
そこにやってきたのはレグルさんだ。
さすがに疲労が蓄積しているのか、顔色が悪い。
「おはようございます、レグルさん」
「おう、今日はご苦労だったな。礼をしたいところだが、その様子じゃちょっと無理そうだな……お前さんも今日は休んどけ」
「でもアリューシャを学校に送らないと。今だって屋敷は組合の人だけになってますし」
他にもスラちゃんやセイコとウララがいるので、そう簡単には屋敷に手を出せる状況ではないと思うけど。
「ああ、そういや子持ちだったな。なら派遣してる冒険者にそのまま送迎もさせればいい。スレイプニールは使えるんだろう?」
「そりゃ、まあ……でも大丈夫なんですか?」
セイコとウララ達も、なんだかんだで自分の価値を知っているのか、人見知りが激しいのだ。
「顔見知りだったらそれほど警戒しないだろ。丁度ドイルも戻ってきてるし、あいつらにやらせよう」
「ドイルもこっちに来てたんですか。まだ会ってないから気付きませんでした」
アーヴィンさんが戻ってきているのなら、ドイルもこっちに戻ってておかしくはない。
それに、あの妙にしぶとい新人達も、この一年でかなり成長している。
「お前らの屋敷の監視はアイツらにやらせてるんだよ。まぁ、ついでだ」
「でもセンリさんもこっちに来てるって、色々問題なんじゃないですかぁ?」
「センリには別口で依頼があるんだ……今夜の出来事で、街のポーションの在庫が大幅に減っちまったのは判るな?」
道具屋が主軸に狙われたって事は、きっとそうなるんでしょうね。
「他にも解毒薬やら、解痺薬、他にも保存食だのなんだのと……頭が痛いわ」
「あー、そうですね。そういう問題も――」
「事はそれだけに収まらねぇんだわ。お前ン所の村への支援も滞る」
「それは困る!」
ガバッと身体を起こして抗議する。とはいえ、今夜の惨事ならばそう言うこともあるかも知れない。
いや、むしろ狙いはそっちか?
この街は契約を果たせないと世間に知らしめ、不信感を煽るのが目的?
「その可能性も、もちろんある。だからといって支援の手を途切れさせる訳にはいかない」
「でも肝心の物が足りないなら、どうしようもないんじゃ……」
「そこでセンリだ。ポーションの在庫はこの街で使うだけで精一杯だ。だから作れる人間を送る」
「在庫を送ってセンリさんを手元に置いた方がよくないですか?」
作れる人間と在庫を二つの街に振り分ける。それは判る。
現状取れる手はそんな所しかない。
だがセンリさんを手放すと言うのは、正直不安だ。彼女の戦闘力は、ボクと比べてかなり劣る。
「それでもセンリに手を出せる人間なんて、そう居やしないさ。それにそっちにはスレイプニールがあるだろ」
「そりゃ……いますけど」
「あの神馬の足なら一日で向こうに着ける。一日で向こうに行って三日ほど薬を作ってもらい、また一日で戻ってくる。そう言う予定を立ててもらいたい」
「センリさん、どうです?」
「出来なくも無いわね。かなり強行軍になるけど」
セイコとウララの足なら、通常十日掛かる日程を半分で済ませることができる。
この足の事は、今回の敵の計算には入ってないはず。そう判断しての申し出なのだろうか。
だとすれば、事が収まらぬ明け方のうちに動いたことも納得できる。相手の裏をかくための動きだ。
元々センリさんはあまり表に出歩く性質ではない。
五日位なら引き篭もっていると思われてもおかしくは無い。
そう思わせているうちに、こちらの問題を解決してしまおうと言うのだ。
「悪くない手、ですかね?」
「少なくとも俺はそう思ってる」
何が鍵だったのかは判らないが、昨夜から敵はかなりアグレッシブに行動している。
そして今まで先手を打たれっ放しだ。
ここらでイニシアティブを取り返さないと、大事になってしまう気がする。
正直アリューシャの【ポータルゲート】を使えば、さらに短期で往復できる訳だけど……転移魔法の貴重なこの世界で、おおっぴらに使っていいのかどうか?
そういえば、ここにもその術者はいると言ってたな。
「転移魔法の術者は? これだけの騒ぎなら使ってもいいんじゃないですか?」
「転移の魔法は使用に領主の許可がいる。この街は――」
「そっか、領主がいないんだ……」
現在この街には領主が不在だ。代行しているのは国王。なら許可は国に直接申請せねばならない。
だが、それでは遅すぎる……
領主の許可。それが足枷になって、レグルさんの行動を縛っているのか。
「なら、仕方ないわね。それにしても越してきてまだ一週間程度なのに、また出戻りなのね」
「センリさんは村の生命線ですから」
「おっと、この街でもそうだぜ」
手に職があるというのは、やはり強い。
その分あちこちで必要とされる訳で、彼女のようにフットワークのいい腕利きは手放せない存在といえる。
そういう『望まれている』のは、ボクからすれば、かなりうらやましい。
「はぁ、判ったわよ。で、今すぐ出ればいいのかしら?」
「できるだけ早い方がいい。今のところは相手もこちらを警戒して、そっちには目が行ってないだろうからな」
「了解、日が完全に登る前に街を出ることにするわ。ユミル、後のことは頼んだわね」
「任せてください。アリューシャの事は」
「それ以外にもよ!」
いつも通り、アリューシャ最優先の返事をするボクをパカンと叩き、センリさんは組合を出て行ったのだった。
「それで、お前はどうする?」
「どうって……」
MP自体はすでに回復しつつある。
高知力型のボクは、回復力も相応にあるのだ。
三十分も休めば、MP自体は全快する。
身体の倦怠感もすでに抜けつつあるため、この疲労しない身体なのに纏わりつく倦怠感という矛盾は、MPの減少による物だろう。
そういえば、オートキャスト型というのは地味に自分のMPを消耗しない型のため、ここまでMPを減らしたことはなかったっけ。
そもそも戦闘中のMP切れは死に直結するため、危ないと思う前にbの魔刻石で、MPを自動回復状態にしておくのが定石だし。
もっとも、今夜の場合はそれだけではない。
徹夜明けによる精神的な疲労も含まれているのだろう。
消火活動と救助活動を続けざまに行ったため、精神的に休息を欲しているのだ。
自分以外の命がかかった現場というのは、思いの外消耗が激しいらしい。
「ここで休みたい所ですけど、アリューシャのことが心配です」
この段階でセンリさんを動かしたことで、相手の動きを一歩先んじたと思いたい。
だが、それでもアリューシャのみは心配なのだ。
スラちゃんやスレイプニール達、それにイゴールさんもいるので、そう心配はしてないんだけど……万が一ということは、やはりある。
「そうか、子持ちだから仕方ないわな。できればお前さんもこっちで確保しておきたかったんだが」
「屋敷の防備は下手な護衛より完璧ですよ」
「いや、それならアリューシャをこっちに呼び寄せておけばどうだ?」
もはや迷宮並といわれる屋敷の布陣だけど、他の所からの救援は望めない。
いざと言う時に人目のあるこちらの方が安全という意見も納得できる。
「ふむ……じゃあ、センリさんにそう伝えて、アリューシャをこちらへ連れてきてもらえますか?」
「判った、ドイルにそう伝えておこう」
こう伝えておけば、センリさんが出かける前にアリューシャを連れてきてくれるだろう。
屋敷を見張る必要性のなくなったドイル君も一緒に来るはずだから、安心できる。
そこまで手を打ってから、ボクは一休みのために目を閉じたのだった。
朝方、アリューシャを見送る時に一旦目を覚ましてから、もう一度睡眠をとる。
結局昼過ぎまで眠ってから、ようやく目を覚ました。
「おはよう、おとなしく仮眠室に移動すりゃいいのに」
「ここの方が人目があって安心できるじゃないですか」
「女だろ、普通はできねーよ!」
そういって目の前に腰を下ろしたのはアーヴィンさんだ。
どうも無防備に寝すぎて、色々チラチラしてたっぽい。
エミリーさんが見かねて毛布を掛けてくれたくらいには、はしたなかった様だ。
「アーヴィンさんのお仕事はもういいんです?」
彼もレグルさんから盛大に扱き使われている。
火を消して終わりではなく、あれが陽動ならば街の出入りも警戒しなければならない。
その巡回も受け持っていたので、疲労はボク以上のはずだ。
「ん? ああ、飯くらいはな。それに徹夜には慣れている」
そういえばボクも結局、そういった経験は薄いままだった。
いざ徹夜で行動するというのは、やはり慣れも必要になってくる。
二年もこの世界にいるのだが、なんだかんだで拠点からあまり離れた冒険はしていないので、こういう強行軍には身体が慣れていないのだ。
「そういう所はさすが逞しいですね」
「え、そ、そうか?」
「ええ、さすが脳筋です」
「てめぇ!」
頭を掻き回そうとしてくる手をヒョイと避けて、顔を洗いに席を立つ。
その頭だってボサボサで、あまり人に見せられた状態じゃない。
「顔洗ってきます。後で状況を聞かせてくださいね」
軽くスキップしながら、足元を確認。
ふらつきもなく、頭もしっかりとしている。体調はほぼ完全に戻ったようだ。
手早く洗顔を済ませ、髪をセットしてからアーヴィンさんに話を聞く。
明け方にセンリさんは村へ向かい、ドイルさんがアリューシャを学校へ送ってくれた。
セイコがセンリさんと共に村へ向かったので、ウララが馬車を引いて行ったそうだ。
屋敷はスラちゃんとイゴールさんが護りに付いてくれている。
イゴールさんの指示でスラちゃんに一時的に株分けしてもらい、戦力を増強しているそうだ。
こういう判断ができる人が居てくれるのはありがたい。
一方、街の方は昨夜の出火を放火と断定して、出入りを禁止している。
流通の要である都市だけに、街に入れないとなると結構大きな混乱が発生したらしいが、そこは強権を発動してねじ伏せたそうだ。
この世界においても、放火はそれほどの重罪なのだそうだ。
道具屋各所の被害も大きく、ポーション系の供給に大きく障害を残したらしい。
レグルさんの見込みでは、復帰までに十日はかかりそうだとのこと。
村への支援も十日は滞る訳で、この十日を半分に潰しに行ったレグルさんの見識も、正しかったといえよう。
そのレグルさんも現在は仮眠についている。
現在はアーヴィンさんが代行として場を取り仕切っているのだ。
話を聞くだけで一時間以上の時が過ぎ、そろそろアリューシャが戻ってくるという段になって……
組合に一人の冒険者が飛び込んできたのだった。