第八十話 侵入者
序盤で視点変更があります。ご注意ください。
◇◆◇◆◇
その小屋には数人の男が集まっていた。
路地裏にある、薄暗い粗末な建て付けの小さな小屋に、きっちりと武装した男達が寄り集まっている様は、端から見てもいかにも怪しい。
数人の男がたって居る中、唯一椅子に座り酒を嗜んでいた男が、不快気に声を上げた。
「あん? あの屋敷に人が入ったぁ?」
「はい、女が三人。一人はあの『爆炎の女王』だと言う話で――」
「一年前にオーク共を撃退したって、あれか……で? 確かあそこにはゴーストが住み着いてたんじゃねぇのか?」
小さく舌打ちして、不服そうに問いを放つ。
身動ぎと同時にガチャリと重い金属音が響く。
グラスの酒を飲み干し、テーブルに叩きつける。
「それがどうも……上手く丸め込まれやがったようで」
「クソッ、あそこにゃ『在庫』はもう残して無かったよな?」
「それが……」
「なんだよ?」
言い淀んだ男に、手に持った鉄塊を向ける。
それを見て、腰を抜かしたように地面にへたり込む男。
「ひぃ!」
「さっさと言えよ」
「取引用の割符があの小屋の中に――」
パン、と……まるで紙袋が破裂するような、乾いた音が響く。
同時に男の頭が弾け、柘榴の様に砕ける。
「ひ、うわ――」
その惨状を目の当たりにした別の男達が、息を飲む。
この力が、この新参者の男をリーダーに押し上げた原動力だ。
派手な音一つ、たったそれだけでこちらの命はゴミのように散っていく。
この武器だけじゃない、様々な道具を使いこなし、多数の敵をまとめて相手に出来る実力があるのだ。
しかも酒を嗜んでいても、けっして泥酔する醜態は見せない。
それだけじゃない。
この男は危険に非常に聡い。
警戒を怠らず、こちらの接近を未然に感知し、攻撃の隙すら与えず殲滅していく。
今、この瞬間であっても武器は手放さないのが、その証でもある。
「仕方ねぇな、ここも引き払う頃合か……? おい、屋敷に入らなきゃゴーストも手を出してこないんだろ。お前、割符をさっさと回収して来い」
「は、はい!」
指示された男が、慌てたように駆けだして行く。
残された男たちは、居心地悪そうに顔を見合わせる。
「お前らは『出荷』準備だ。明け方にはここを捨てるぞ。『商品』に薬を追加して移送しておけ」
「ハッ!」
「そっちのお前らは、そこのゴミ片して来い」
「わ、判りました!」
死体を運び出す部下を見ながら、男は懐から小さなカードを取り出し、表面を操作した。
カードが光を放ち、いくつかの操作の後、耳に当てる。
「俺だ。ちぃとばかりトラブルがあった。予定を早めてくれないか?」
「――――」
カードから小さな声が漏れる。男はその声を受け、眉間にしわを寄せた。
「んーなこた、判ってるって。いくら俺でもオーク二千匹を殲滅できるようなヤツとは戦いたくねぇンだよ」
「――――――」
「ああ、割符を回収した後、あのガキ確保したらここは引き上げる」
男は、言いたい事を言い放って、一方的に通信を切った。
「まったく、面倒な事になってきたもんだ」
懐をまさぐり、小さな箱を取り出す。そこから紙巻煙草を一本口に咥えて火を付けた。
◇◆◇◆◇
深夜。
ピリピリとした違和感にボクは目を覚ました。
日常生活ではありえない張り詰めた感覚に、精神が否応無く戦闘モードへと移行する。
「お嬢様、屋敷に侵入者が――」
時を同じくして、イゴールさんがボクに報告を届けてくる。
「場所は?」
「何度か侵入してきた者ですね。屋敷内には今まで入ってこなかった連中です。今回も同じく厩舎のそばに」
すでに侵入者は厩舎のそばまで迫っている。それはイゴールさんの監視領域はその辺りまでと言うことなのだろう。
広すぎる敷地が彼の管理域の上限を超えているのだ。
だがそれでも、この広さをカバーしてくれるのはありがたい。
この屋敷にはボク以外にもアリューシャやセンリさんが居る。
今回は戦闘特化したボクだから感知できた。半製造のセンリさんや後衛職のアリューシャでは、もっと接近されるまで気付かないだろう。
アリューシャを起こさないように身を起こし、ピアサーとファイアダガーを装備し、薔薇模様のローブを纏う。
距離があるからこそ、鎧を纏うまで可能だった。
スラちゃんの一体がボクの傍にやってくる。アリューシャに気を使って単独行動しようとするボクを支援しようと思っているのか。
その時、ズドンという打撃音が遠くで響いた。
「あ、そういえば……厩舎にはセイコとウララもいたっけ」
おそらくは侵入者を察知して、あの二頭が仕掛けたのだろう。
幸い音はそれ程大きくなかったため、アリューシャが少し身動ぎする程度で済んだ。
ボクはそのまま部屋を出てロビーへと向かう。
そこでセンリさんと合流した。彼女も先ほどの音を聞きつけたのだろう。
パジャマに斧だけを持ってきていた。
「さっきの音はなに!?」
「イゴールさんが言うには侵入者だそうです。多分セイコとウララが迎撃したんでしょう」
「……侵入者は一人?」
「イゴールさんが言うには、そうです」
二人並んで庭へ出る。
イゴールさんにはアリューシャの護衛に付いていてもらう。
彼の感知では一人のはずだけど、追加で敵が来ないとは限らない。
屋敷には他のスラちゃんも居ることだし、おそらくは大丈夫だろうと思うけど。
厩舎には案の定、侵入者がいた。
顔面に蹄の一撃を受け、重傷のまま昏倒している。
「これはヒドイ……」
辛うじて息はある様子だったが、まさに生きているだけの状態だ。
顔の形状がグシャグシャである。
「蹄の血痕からして……やったのはウララか。今後はもう少し手加減してね?」
「ブルルル――」
考慮すると言わんばかりの横柄な態度で首を振るウララ。
ウララの方が、アリューシャへの忠誠心が少し高いみたいだから、それが暴走した結果なのだろう。
とりあえず、【ヒール】を使用できる髪留めを装備して、回復させる。
これは以前はアリューシャが装備していたものだが、今のアリューシャはこれを必要としていないので、ボクが持つことにしている。
暗殺者になった事で、槍のブリューナクを使えないため、【ヒール】を使用するにはこれに頼るしかなくなったのだ。
「どうしよっかね、これ?」
「そうですね、とりあえずは組合に報告しておいた方がいいかも。件の行方不明事件に関わってるかも知れないし」
単なる馬泥棒の可能性もあるんだけどね。
スレイプニールなんてレア種が放し飼いになってる訳だし。
侵入者をグルグル巻きに縛って馬車に放り込んだあと、屋敷をセンリさんに任せて組合に向かうことにした。
組合は一応二十四時間営業だから、深夜のこの時間でも開いているはずだ。
組合に入るといつもの声と共に用向きを尋ねてくる。
ロビーは昼間ほどの明るさは無いが、それでも充分書類仕事ができる程度の明るさはある。
さすがに夜も更けているので、エミリーさんは居ない。でも――
「何で居るの、レグルさん」
「居ちゃ悪いか? ここの上は俺の居住区でもあるんだぞ」
そんな話は初耳です。
とにかくなぜか堂々と受付に鎮座していたレグルさんに事の次第を報告する。
スレイプニールたちの起こした問題は僕の責任になるのだから、下手な隠し事はしない方がいい。
「不審人物ね……確かに越してきたばかりのお前んちに的を絞ってたとあっちゃ、怪しむのは当然だわな」
「あ、信じてくれます?」
「こんな時間に馬車出して散策中に人を跳ねたって訳でもあるまい? 傷の形状が蹄の痕だし、顔の他に傷はない。顔面をわざわざ蹴り上げる事故なんざ聞いたこともねぇ」
きっちりと怪我の状況から、こちらの事情を察知してくれている。
タヌキ親父だけど、この人は話が早くて助かる。
「こいつはこっちで預かってて構わないか? どうも裏が有りそうだ」
「それはまったく構いません」
侵入者の男は駆けつけた治療師に追加の【ヒール】を掛けてもらい、今では多少マシな顔に戻っている。
だが意識が戻って居るわけではないので、話は聞けない。
できれば、ボクも話は聞いておきたいところだけど――
「悪いな。お前さんも被害者だとは思うが、事が事だ。できれば情報の取捨選択をする権利は、こちらに渡してもらいたい」
「むぅ、組合がそう言うなら仕方ないですか……」
事件は街ぐるみで起きている。
こちらが被害を受けたからと言って、全てを開示してくれると言う訳には行かないのだろう。
「話せる範囲なら後で知らせると約束する。それと屋敷の周辺には俺の部下を張り込ませておこう」
「それは助かりますね。イゴールさんの感知もありがたいですけど、外に目があると言うのはやはり違う」
「イゴール? 誰だ、そりゃ」
そういえば組合には、イゴールさんの事は話してなかったか。
外壁を掃除するならスラちゃんの事も見られるかも知れないし、ここらでレグルさんには報告しておいた方がいいだろうか?
「うーん……」
本人の前で、顎に手を当て思案する。
隠しておく必要も実はあまり無いのかも知れないけど、スライムって一応モンスター扱いだからな。
神格化しているスレイプニールとは、扱いが違うかも知れない。
もし討伐とかになったら……少し困る。
でも、こちらとしても組合には切り札がある。
センリさんの作るポーションや、ボクの戦力は手放したくは無いはず。
それにセンリさんはこの街の恩人でもある訳だし、あまり無体な真似をするとは思えない。
「なら、話した方がいいか?」
「おいおい、なんか怪しいな。何隠してる?」
「いや、それ程の事でもないけどね」
そういって、スラちゃんとイゴールの事をレグルさんに話すことにした。
屋敷に住み着くモンスターたちの事を話し終えると、レグルさんは頭を抱えて突っ伏した。
「メルトスライムに、ゴースト……それにスレイプニールまで居るのか、あの屋敷。越して数日なのに、すでに人外魔境じゃねぇか」
「スラちゃんはさらに株分けしてあるので五体くらいいますよ? あの子に自己と言うものがあるのか謎ですが」
「ほとんど迷宮並み、いや深層に匹敵するだろ、それ。見張りとか要るのかよ」
残念だが、それは欲しい。
戦力云々以前に、見張る者がいると言う事は予防効果を呼ぶことがあるのだ。
交番などのシステムも、この効果を誘発させるために設置される所が大きい。
「まあいい。男に二言は無いからな。見張りの人員はすぐにでも送ることにする」
そう確約してくれた所で、侵入者の男が目を覚ました。
男は状況がよく飲み込めず、キョロキョロと周囲を見渡した後、盛大に暴れだした。
もちろん縛られた状態では、大した事も出来ない。
あっさりとレグルさんに襟首を捕まれ、奥の部屋へ連行されることとなった。
「聞き出すまで、時間が掛かるかも知れませんが……どうします?」
「そうですね……」
レグルさんが消えたことで、ボクの応対は別の男性職員が受け持つ。
その男性が恐る恐ると言う体で話しかけてきた。
そんなに怖いかな、ボク?
「とりあえず明け方まではお邪魔します。それでも間に合わない場合は一旦屋敷に戻りますので」
アリューシャを放置したままなので、心残りではあるのだ。
それに、学校に送る準備をしなければならない。
ロビーの脇に設置されたソファに腰掛けようとしたところで、扉が蹴り開けられる様な勢いで開いた。
転がり込む様に飛び込んでくる、一人の冒険者。
「た、大変です! 道具屋が――複数の店が火事です!」
彼は、新たな火種が抱えてきたのだった。