第七話 必需品を作ろう
アリューシャのセリフは、子供っぽさを出すために意図的に平仮名を多くしています。
読みにくいかも知れませんが、ご容赦ください。
明けて四日目の朝。
トイレと水汲みを行った後、いつの間にか寝ていたらしい。
岩の上の窪みに身を隠すようにして眠っていたとはいえ、あまりにも無防備すぎた。
「おっはよー、おねーちゃん!」
ズドン、と腹の上にダイブしてきたアリューシャによって、強引に起こされる事になった。
俺は眠い目をこすりながら周囲を確認。
アリューシャがちゃんと夜食の魚と水を飲んでいたのを見て一安心する。食欲が無くなると体力が回復しなくなるからな。
「おはよう、アリューシャ。できれば朝はやさしく起こして?」
「えー、わたしやさしいもん」
「お腹にダイブするのは優しくないよ。びっくりしちゃった」
「それより今日は何するの? たびに出る?」
「それはまだ」
朝からテンションの高いアリューシャを宥めながら、トイレに向かう。
穴の中を覗くと、昨日確保したスライムがおとなしく鎮座していた。
足場の穴に跨って用を足すと、排泄物をジュルジュルと吸収していくスライムが見える。
「うーん、これはあまり気分が良くないかも?」
だが、これでトイレ関係はほぼ完成なのだ。精神的なアレコレはこの際度外視しよう。
トイレを出ると入れ替わりにアリューシャも入っていく。
しばらくして驚いた声が上がり、飛び出してくる。
「おねーちゃん、スライム! スライムがいるよ!?」
「うん、いるね。そこでおトイレの役をがんばってもらう事にしたんだ」
「えぇー、なんだかきもちわるい」
ハの字眉と肩を落とし、全身でしょぼんと表現してアリューシャは中に戻っていった。
しばらくすると、両手を万歳したいつものポーズで飛び出してきた。
「おねーちゃん、すごいよ! じゅーって吸ってくの!」
「はいはい、わかったから先に手を洗おうね」
「あ、はぁい」
空き瓶に汲んだ水の残りで手を洗わせ、今日の作業の説明。
まず小部屋に移動して、狼の胃袋を使って水袋を作成する。これができれば、少しはまとまった量の水を運ぶ事ができるようになる。
次に皮をなめして服作りだ。
特に俺のパンツ。転移してきたときは履いてなかったし、魔導騎士の衣装でもパンツまでは設定されていなかった。
つまり俺は、今でもノーパンだ。
さすがに革のパンツというのは履き心地が悪そうだけど……贅沢はいえない。
そしてもう一つ、水袋より最優先で作りたい物があった――
「というわけでアリューシャ、この毛皮をなめしておくから、毛の部分をきれいに洗ってくれる?」
「毛の部分?」
「そう。おねがいね」
小部屋に移動し、短剣を取り出して皮を剥ぐ。
剥いだ皮の脂肪層をこそぎ落として慎重になめしていく。ユミルの器用度はそれほど高くはないけど、それでも一般前衛並にはある。
自分の思った通りにはを刃物を扱う事ができるので、時間は掛かったが予想よりも遥かにいい出来の毛皮が出来た。
「後は皮の部分を洗って脂肪を流して乾燥させれば、毛皮の完成」
「わー、パチパチパチ」
「で、アリューシャはこの毛を丁寧に洗ってね。ボクはこっちで別の作業しておくから」
「うん!」
まずやらねばならないのは、紐を作る事。
尻尾の毛を数本纏めてより合わせ、数十センチの紐を作る。
これを数本作ったところでアリューシャの洗濯が終わったようだった。
俺は毛皮の尻尾部分から毛を数束切り落として、次の指示を出す。
「よし、じゃあこの紐で毛を纏めて縛るんだ」
「こんなかんじ?」
アリューシャが自分の髪をつかんでツインテールにしてみせる。
あーもう、天使羽ツインテール幼女とか、可愛すぎるんですけど!
「そ、そう。そんな感じでお願いね。でももう少し小さくてもいいから。指二本くらいの太さかな?」
「わかったー」
神妙な表情で毛を纏めていくアリューシャを見ていると、微笑ましい気分になる。
しかしいつまでも愛でているわけにはいかない。俺も自分の分を作らねばならないのだ。
毛を数本まとめ二センチ程度の太さに纏める。
束ねた毛の片方を聖火王の冠で焼き溶かしてから冷やす。
これで溶けた毛がくっ付き合って固まり、簡単には解れなくなったはずだ。
続いて短剣を使って、焼き固めてないほうの毛と短く切って整える。
最終的に太さ二センチ、長さ5センチくらいの円筒形になっていく。
そしれ最後にバサバサに散らないよう、中ほどでもう一度縛り上げて完成。
アリューシャの分も微調整して作り上げる。
「おねーちゃん、これなに?」
「んー、簡単な歯ブラシだね。知ってる?」
「しってるー、普通は木の枝を解して使うんだよ!」
「そういえば、昔は木の枝を噛み潰して作ったって聞いた事があるなぁ」
だが、その製法だと細かな棘が歯茎に刺さったりして痛そうだ。
狼の毛はゴワゴワして硬めの毛質だから、歯ブラシの感触としては申し分ない。
「という訳でまずは歯を磨くぞ、アリューシャ。女の子は歯が命!」
「おー」
さすがに持ち手が短いため、磨きにくい感触はあったが、毛が歯を擦る感覚は悪くない。
むしろ現代の歯ブラシよりも細い毛先の感触が気持ちいい。
一通り磨き終わったところで口を濯ごうとして、ふと思い出した……
「あの噴水、毛皮洗うのに使ってたっけ? その水を口に入れるのはあまり気分がよくないな……」
「んぅ? じゃあ、あっちからちょくせつ飲めばいいじゃない」
アリューシャはそういって壁際の彫像を指差す。
そこには相変わらず、卑猥な形の先端からビュッビュッと断続的に水が噴出していた。
「……あれに口を付けるのはもっと嫌」
「おねーちゃん、すききらいはいけません」
「いや、好きとか嫌いとかいう問題じゃなくて……」
俺がまごまごしているうちに、アリューシャは突起にぶら下がるようにして口を付ける。
なんというか、その光景は色々アウトだ。
「ほら、おねーちゃんも」
「ボクは噴水の水から――」
「だめ! 昨日体洗った場所だし、さっき毛皮も洗ったじゃない。きたないよ」
「うぐっ」
おずおずと手を伸ばし、口に水を含む。
ほんの一口。それだけで色々失った気がした。
「あうぅぅ……何でこんな目に」
口を濯ぎながら涙目になる。あれ、この水、なんだかしょっぱいよ?
「ふつーのお水だよ?」
「いや、心の涙がね……」
「んー?」
意味不明なことを口走る俺に、首を傾げるアリューシャ。
とにかく心を切り替えて……いや、忘れた事にして次の作業に入る。
昨夜処分した狼の内臓から取り分けておいた胃袋を取り出して、洗浄する。内容物はスライム君に食べてもらった。
念入りに洗って、アリューシャの指示で集めた特定の草の汁を刷り込み、もう一度洗う。
これを何度も繰り返す事で殺菌成分を染み込ませ、消毒を行い、腐敗を防ぐのだそうだ。
次に胃の出口部分を縛って水が抜けないようにしておく。これを干して乾燥させれば完成となる。
「出来た水袋は五つか。いくつか内臓破裂していたのが惜しかったな」
「でも、たくさん入るよ」
胃袋というのは伸縮性に富んでいる。山羊の胃袋を使った水袋は二十リットルも水を入れる事が出来るという。
狼の胃袋でも五リットル以上入るだろう。それが五つもあれば二十五リットルになる。
「そうだね、悪くない。でももう少し欲しいかな? 出来れば倍……いや、それ以上」
アイテムインベントリーに格納すれば、大きさを考慮しなくてもいい。
そしてインベントリーの枠一つに付き、三万もの個数を格納できるのだ。
これは矢や弾丸という消耗品を格納する関係だろう。
「じゃあ、もっと今日も迷宮でたたかうの?」
「いや、今日は色々処理しないといけないからね。毛皮と水袋を干して乾燥させないといけないし、肉も干し肉にしないとね」
外に戻って、岩の上に毛皮を干してくる。
次に干し肉作りだ。
肉を適当な大きさにカットして、食用に適した草を香草代わりに表面にすり込んでから、日当たりのいい場所に吊るす。
草の種別については俺に野草の知識はないため、アリューシャの指示に従う。まだほんの子供なのに、彼女がいないと俺は生きていけないな。
昨日の鳥の肉もあるので結構な量の野草が必要だった。アリューシャは草原を走り回ってそれを集める。
肉を処理するついでに皮を細長く切って革紐を作る。トイレの壁も草を編んだ紐で固定しているが、耐久性に不安がある。
革紐なら強度は高いはず。雨で腐りやすいのは難点だが、それは追々改善していけばいい。
「それじゃトイレに屋根作るから、板を用意しよう」
「おっけーぃ」
インベントリーから樹木生物の木切れを取り出し、革紐で結ぶ。
簾状に組み合わせた木切れを壁の上に立てかけ、革紐で固定する。
「んー、妙だな」
「なにがー?」
「うん、本来革紐ってもっと時間を掛けて作るものだろ? それなのに工程を済ませた瞬間に加工が済む感じ?」
「そうかなー、職人さんもこんな感じだよ? 鉄をカンカンってやったら剣になったりぃ」
工程が過程をすっ飛ばして製品を生み出すというのは、なんだかゲーム的だな。
商人の二次職、鍛冶師が武器を作る時がそんな感じだったが……
「モノを作り出すのって『れんきんじゅつ』っていうんだよね? わたし知ってるよ!」
「――へ?」
錬金術、それは確かにミッドガルズ・オンラインで設定されていた職業が使用できる。
ただし、使えるのは錬金術師だ。革紐を作る程度では錬金術なんてとても言えない。
「そこの所、ちょっと詳しく教えてくれる?」
「ん、えとね……お料理とかと違って、ある物を別の物に変化させるっていうのは魔法の領分だって」
「魔法……えと、干し肉を作るのは――」
「それはお料理でしょ。えとね、『れんきんじゅつ』っていうのは、道具やおくすりを生み出す魔法なの」
道具や武器を生み出すというジャンルだと魔法扱いになって、料理は魔法じゃない?
技術でモノを生み出すというのは、魔法になるのか……?
「そういえば魔法も素材を用意して効果を発揮させる物もあるんだっけ。資材を材料、効果を製品と見れば同じような物なのかな」
「そーなの?」
「だけど、スキルと認識せずに使用するなんて、ゲームじゃありえない……いや、料理とかも技を使うと思ってやる訳じゃないし? うーん……」
加工工程をすっ飛ばせるというのは現実ではありえない。かといって魔法ならば、そんな工程すら必要ないはず。
そもそも魔法が使用できる時点で物理法則が現実と違う訳だし……深く考えるとドツボに嵌りそうだ。
「おねーちゃんがなんだか判らないこと言ってる?」
「まぁ、ゲームとも現実とも違う物理法則が働いてる世界って事なのかな?」
「んぅー?」
「とにかく今はトイレに屋根をつけることが先決って事。雨が降ってスライムが水吸っちゃうと大変でしょ。ぶくぶくに膨れてトイレから溢れてきたら……」
「うわぁぁぁぁぁん!?」
トイレからはみ出すほど巨大化したスライムを想像してしまったのだろう、アリューシャは手を振って泣き出した。
「そうならないように、屋根をつけないとね?」
「は、はやく! はやくぅ!」
「はいはい」
苦笑して簾板を屋根に固定する。
このままで隙間から中に雨漏りしてしまうので、なめした皮を屋根に被せる。
これで雨の侵食を防ぐ事ができる。
「うーむ……」
「どしたのぉ?」
「このままだと、風で皮が飛ばされちゃうでしょ」
「うん」
屋根に被せ、四方を固定しただけでは強風で飛んでしまうので、四方を木切れで挟み込み、さらに固定する。
壁は意図的に隙間を残して通気性を重視する。出でないと臭いがこもってしまうから。
こうして、ようやくトイレが完成したのだった。
錬金術云々に関してはかなり雑です。
ゲームとも現実とも違う世界という雰囲気を出すための設定ですね。
今日はまた夜にもう一本投稿します。