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ゲームキャラで異世界転生して、大草原ではじめるスローライフ  作者: 鏑木ハルカ
本編 ゲームキャラで異世界転生して、大草原ではじめるスローライフ
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第七十三話 お引越し

5600字あるので、いつもより少し長いです。ご注意ください。

 トーラスさんの銭湯は無事完成した。

 難題とされた人員の問題は、スラちゃんの存在が解決に大きく寄与したのだ。

 清掃は夜の間浴場に放っておけば、新品のように綺麗にしてくれる。

 毎日の水替えも、スラちゃんが取得した新しい能力が解決してくれたのだ。


 ――捕食対象選択。


 一度浴槽の水を取り込み、不純物のみを捕食して水だけを吐き出す。

 毒や雑菌まで完全に取り込んで消化してしまうので、水は常に綺麗に保たれている。

 結局店側が行うのは、脱衣場を始めとした施設のメンテと湯沸し程度にまで軽減されたのだ。


 そういう能力もあるので、スラちゃんを真っ先に株分けしておいた。

 元々がトイレ用スライムなだけに、最初は凄く抵抗感があったけど、しばらく乾燥と水を食わせるのを繰り返して浄化してある。

 そもそも、スライムは捕食した対象はきれいに分解消化するので、汚れると言うことが無いのだけど。


 そんな訳でスラちゃんは村の清掃員として、大増殖を果たしたのである。




 どかどかと地面を蹴りつけ、神馬が走る。牽かれた(そり)も加速する。


「せ、セイコ! もう少しゆっくりいぃぃぃ!」

「ちょ、崩れる! 荷物が雪崩をおぉぉぉ!?」

「きゃー、ウララはやーい!」


 ボク達は今、セイコとウララを利用してタルハンへと向かっている。

 スレイプニールに進化した馬達は一頭でも充分に橇を牽いて走れる。しかも相当な速度で。

 その速さはサラブレッドの全力疾走に匹敵する。


 アコさんが考案し、ボクが発展させた橇は、この一年で草原の輸送手段として大きく普及していた。

 アルドさんも井戸作りの傍ら、この橇を手がけ、村でも十台前後の数が常駐しているのだ。

 この橇と馬を利用することで往復二週間かかった村との距離が、半分の一週間へと短縮されている。無理をすれば五日で到着できる。

 ボクも馬達の進化に併せ、もう一台を購入。輸送能力を大きく発展させることにした。


 その理由が――引越しである。

 

 引越しに踏み切った理由は複数ある。

 一つはセイコとウララの進化だ。

 これにより橇二台を運用できるようになって、大量の家具や素材を運搬できるようになった事。

 そしてその二台を運用する操者、つまりセンリさんが引越しについて来てくれること等が挙げられた。


 もう一つはアリューシャの魔法である。

 触媒としてブルークリスタルと言う鉱石を消費するが、侍祭系の初期クラスには転移を可能にする魔法が存在する。

 【ポータルゲート】というその魔法は、一度に八人までを記録した場所へ転送する事ができる。

 安全を確認できる場所にしか転送できないので、迷宮内への転送は不可能だが、これで村へいつでも戻れるようになったのが大きい。


 最後の理由が、アリューシャの年齢である。

 すでに彼女は七歳。日本では就学年齢を超えているのだ。

 そろそろ同年代の友人との付き合いも学ばないと、人間関係の構築能力に支障が出る可能性もある。


 それに彼女も、タルハンの友達達ともすでに一年以上会ってない。

 そろそろ会いたくなる頃合だろう。 




 時速六十キロ前後の高速移動。

 その振動もまた生半可な物ではない。

 橇の荷台に積み上げた家財道具や素材の山が音を立てて崩れ始め、御者席のセンリさんの方へ降り注いでいる。

 彼女の乗るそりを引くセイコも、人並み以上の知性を持つようになっているので、別に御者席に座る必要はないのだが、それでも座っていないと不安はあるらしい。

 それが荷物の固定の甘さを生み、彼女の方へ雪崩を起こしたのだ。

 これを見て、ボクは一度休憩を取ることを提案した。


 村からタルハンまでおよそ四百キロ。

 時速六十キロで疾走する橇ならば、七時間かければ到着する計算だ。

 馬の疲労も考えると、二時間ずつ走って三度も休憩を挟めば到着できるはず。

 無理をすれば一日で踏破できてしまう距離になったのだ。


 セイコとウララの方はまだまだ余裕があるようだけど、これ以上の速度は橇の方が持たない。

 この速度で行っても一泊程度で到着できるのだから、問題は無いだろう。


「それにしても、一時間で二日分くらいは来てるわね」

「スレイプニールの脚力、恐るべし……ですねぇ」

「わたし、えらい?」

「うん、とっても助かってる。でも勝手にパーティに入れちゃ駄目だからね?」


 褒めて、撫でてと言わんばかりに、頭を差し出してくるアリューシャ。

 その頭を乱暴にかき回して、ふと思った。


 ――ロリ大司祭のコスプレとか、地球に持ち帰ったら人気出るだろうなぁ。


 お持ち帰りと叫ぶ腐女子共の気持ちが、少しだけ判った気がする。

 ましてや金髪碧眼の美少女である。洋風の衣装は殊更映える。

 そんな不埒なことを考えていたら、いつのまにか体全体で抱きしめてワサワサ撫で回してしまっていた。


「お姉ちゃん、くすぐったい!」

「あ、ゴメン。アリューシャが可愛すぎるからイケないんだよー」

「もう、なんか時々親父臭い話し方するわよね、あなた」

「ふぐっ!?」


 そうだった、センリさんにはボクが『元男』であることはまだ話してない。

 もしバレたら、ただでは済まないだろうな……一緒にお風呂とか入ってる訳だし。

 これは是が非でも極秘にしておかねばなるまい。さもなくば命に関わる、まじで。


「それはそれとして――橇の様子はどうですか?」

「まだ一時間程度だから、それ程傷んではないわね。一応【修復】掛けておくけど」


 開発者(クラフトマン)の職歴があるセンリさんは、こういった構造物の修復もスキルで行える。

 ミッドガルズ・オンラインでは、装備は武器しか作れなかったのだが、彼女は防具や道具類も製造可能だ。

 その上、錬金術師(アルケミスト)に転職しているので、今の彼女に作れないものはないとも言える。

 そういった意味でも、彼女が同行してくれるのは非常にありがたい。


 センリさんが橇のメンテをしてくれている間、ボク達はお茶の準備を進める。

 といっても、一般の冒険者のように火を熾したりする必要は無く、インベントリーから直接取り出してテーブルの上に並べるだけだ。


「こうやって見ると、わたし達ってホント反則よねー」

「ですね、普通ならお茶を飲むまで三十分は掛かりますよ」

「おもちうまー」


 アリューシャはお茶請けに出した大福をもちゃもちゃついばんでいる。

 セイコとウララは橇から解放されて、そこらで食事中だ。

 草原というのは、馬の餌には困らなくて便利。

 なおスラちゃんは瓶に入ってもらってインベントリーに収めている。

 さすがに街中にスライムを持ち込むのがばれたら色々と厄介そうだから。


 一息入れてから、荷物を固定しなおして出発する。

 こうして一時間走っては休憩を入れてと繰り返して、翌日にはタルハンへ到着することになったのだ。

 いや、さすがスレイプニールである。




 街に入るにはさすがに今のセイコとウララでは目立ちすぎるので、どうにか手段を講じなければならない。

 とは言え八本足を誤魔化すというのも土台無理な話なのだった。

 幻覚系の魔法が使えるなら可能だったかも知れないが、ボクは剣士兼盗賊で、センリさんも脇のスキルは生産オンリー。アリューシャも神聖系魔法しか使えない。

 この状況では誤魔化すのは至難の業だ。


 そこで毛布のような布をバッサリと上から掛けてしまう事にする。

 蹄のそばまで覆う布で体全体を隠してしまおうという訳だ。

 もちろん足元を見れば一目瞭然なのだが、人通りの多い往来ならばそこまで見る人は少ない。

 見られたら、そこは開き直るとしよう。


「という訳で、目立つので布を掛けている訳ですよ?」

「いや、疑問形で言われても……」


 もちろん、そんな怪しい馬を門番がスルーするはずが無かった。

 あっさりと尋問され、入り口でばれる事になる。まぁ、これはまだ想定内だ。


「スレイプニールねぇ。幻獣、いや神獣レベルのレア種を調教(テイム)したとなると確かに騒動が起きそうだな」

「でしょ?」

「暴れたりしないだろうな?」

「しないよ! セイコとウララはいい子だもん」


 横に乗っていたアリューシャが抗議の声を上げる。

 その頬は、愛馬を疑われた不満でぷっくりと膨らんでいた。


「はは、まぁそういう事情なら仕方ないが、馬の起こした騒動の責任は全部君に行くからね? まぁ、烈風姫(かぜひめ)にケンカ売る馬鹿は居ないと思うけど」

「それ、やめてくださいよ。ホントに……」


 あの恥ずかしい二つ名は一年経った今でも現役だったようだ。

 そろそろほとぼりが冷めた頃だと思っていたのに。


「なに? ユミルってば烈風姫(かぜひめ)とか呼ばれてたの? うぷぷ……」


 横の橇から目を細めてネコの様な顔になったセンリさんが口を挟んでくる。

 彼女もタルハンに居たのはたった三日、しかもその大半は組合の試験で街から離れていたので、ボクの存在は知らなかったようだ。

 ボクが滞在して四日目の時だから……あ、ウェイトレスのアルバイトしてた時か。

 そりゃ会えないわけだ。


「それに『爆炎の女王』も一緒だしな」

「は? なにそれ」

「アンタの事だよ。組合加入したばかりの新人が、二千のオークを焼き払ったんだ。伝説だぜ、伝説!」


 彼女の場合は、ボクよりも目立ってただろうし、そりゃ二つ名も付くって物だ。

 仕返しするいいチャンスである。


「それは心強いですね、何せボクは『姫』だけど、センリさんは『女王』ですから」

「ニヤニヤ笑いながら言っても説得力が無いわよ! なによその呼び名、抗議してやるんだから」

「もう一年も前から広がってますよ、今更変更なんて無理ですって」


 そう言って門衛の兵士は肩をすくめて見せる。

 その表情に少しだけ、面白がるような感情が浮んでいたとしても、ボクには責められない。

 なにせ、ボクは隠しきれなかったのだから。


「うくく、爆炎の女王――女王様ですか、うぷぷぷ」

「ユミル、あなた後で覚えてなさいよ!」


 入市料を支払って逃げるように街の中へ進む。

 センリさんもボクの後を追う様に付いてきた。


 そのまま一直線に組合に向かう。

 この街に移住するのなら、まずは家の確保が先決だ。

 いきなり一軒家を購入するだけの資金は持っているが、物が無い事にはお話しにならない。

 組合ならば、住居の斡旋なども行っているはず。


 組合の裏手にある厩舎にセイコとウララを預け、管理人に橇の監視も頼んでおく。

 ここくらい大きな街になると、手癖の悪い人間も出てくる。見張りは必要だろう。


 そのまま表に回って、入り口をくぐると懐かしい声が掛かってきた。


「いらっしゃいませ、タルハン冒険者組合へようこそ――って、アリューシャちゃんだぁ!」

「こんにちわ、エミリーさん。相変わらずお元気そうで」

「それにセンリお姉様も!」

「はいぃ!?」


 なんだ、その『お姉様』と言う呼称は……

 エミリーさんに詳しく問い詰めると、一年前の防衛戦でセンリさんには熱烈なファンが付いたのだとか。

 まぁ、なんというか……ご愁傷様。

 とりあえず、センリさんの猛烈な抗議により、『お姉様』は取り下げさせたようだけど。


「それでですね、エミリーさん」

「あ、はい? お仕事の話ですか?」

「いえ、実はこちらに家を構えようと思いまして――」

「家? 移住なさるんですか!」


 なんだかキラキラした目でボクを……というか、アリューシャを見つめるエミリーさん。

 もうね、なにに期待してるのかバレバレですよ。


「ええ、まぁ。この街には学校があるそうだし、アリューシャをそこに通わせようと」

「じゃあ、少なくとも数年は定住するんですね! やったぁ、アリューシャちゃんと遊べる!」

「せめて本音は隠して置いてください」


 こんな有様で冒険者組合の受付業務は本当に大丈夫なんだろうか……


「そういうことなら早速物件を当たってみましょう。確か……まだ、買い手の付いてない品があったはずです」


 そう言って、カウンターの後ろの本棚からファイルを取り出し、パラパラとめくっていく。

 その手付きは、一年前よりも熟練を感じさせる程、上達している。


「ご予算の方は……って聞くまでもないですね。『ユミルの迷宮』は結構な稼ぎを弾き出してるって聞いてますし」

「あはは、おかげさまで。しばらく働かなくても大丈夫なくらいにはなってますよ」

「うらやましい……嫉妬で気が狂いそうです」

「なんか、スンマセン」


 エミリーさんが提示してきたのは、庭付き一戸建て、センリさんも同居可能という条件を満たす物件で、金貨にして三百枚――三百万ギルほどの物だった。

 他にもいくつか提示してきたのだが、見取り図を見る限り、どうにもピンとくるものがない。

 正直、すんなり家が見つかるとも思ってなかったので、しばらく宿暮らしするのも考えていたくらいなので、焦っては居ないのだけれど。


「なんかこう、いい感じのインスピレーションがこないですね」

「いきなり来て無茶言わないでくださいよ……お、あー、これは――」

「なにかありました?」


 エミリーさんは一枚の書類を横に避けた。

 同じファイルに入っていたということは、条件は満たしている物件のはずなのに。


「あ、えーと……いわゆる事故物件ってヤツです。前に住んでた住人が孤独死しちゃって、それ以来幽霊が出ると噂が……」

「幽霊?」


 このファンタジーの世界でゴーストねぇ? なんていうか、斬っちゃえばいいんじゃないかな?


「その書類、見せてもらえますか?」

「はい。広さは結構ありますね。部屋も一階ホールを中心に左右四部屋ずつで三階建て。元は貴族の屋敷だったので、造りはしっかりしてます」


 差し出された書類を見ると、結構な大きさの庭が付いていて、馬を繋ぐ厩舎もある。

 豪邸と言うほどではないけど、これならセイコとウララも窮屈な思いはしないだろう。

 部屋数も必要以上に多く、他にもリビングやキッチンも充実している。

 それなのに価格が二千万ギルと凄く格安だ。普通ならば十倍はしてもおかしくない。


「これ、いいですね。ここに決めていいですか?」

「直接物件を見ないで大丈夫ですか?」

「なんとなくピンときました。きっと運命ですよ!」


 これが運命の出会いというものだろうか?

 この屋敷を買えと、本能がささやいてくる。


 こうしてボクは、衝動のままに家を買ったのだ。幽霊付きの。


唐突に引っ越したように思われるかもしれません。

ただ、村の方を書き続けていると、いつまで経ってもこの章の目標に辿り着けないような気がしてきたので、少し強引に場面を転換してみました。

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