第七十二話 徒競走
「おいユミル」
「なんです、アーヴィンさん?」
「お前ン所の馬、足八本だったか?」
「そーですよー、前からそーでしたよー」
とりあえず、農耕馬から飛躍のスレイプニールへとクラスチェンジしたセイコとウララを連れて、村の外で能力を確かめようとした所をアーヴィンさんに捕まった。
日が昇ったばかりの早朝、起き出しているのは水耕栽培の農家さんだけという状況なのに、この男は真面目に素振りなんてしてやがったのだ。
目敏く詰問されたので、死んだ魚のような目で投げやりな返事を返す。
「ウソ吐け。何がどうなって、こんな意味不明な状況になってる!?」
「あー、うー……」
さすがにアリューシャの特殊能力で変化したとか、口にできない。
かといって、上手い具合な言い訳も……まぁ脳筋だから適当でも大丈夫かな?
「セイコとウララは、ボクも大型馬と思ってたのですが、実はスレイプニール種の幼駒だったようです」
「んな訳あるかぁ!」
「いやありますって。アーヴィンさんもスレイプニールの子馬って見たこと無いでしょう?」
「そりゃ、無いけど……」
よし怯んだ。ここで一気に押し切るぞ。
「つまり、スレイプニールの子馬は一見大型馬の様な外見だったので、商人さんが間違って売りつけちゃったのですよ」
「そんな事が……ある、のか?」
「あるんです」
「いや、しかし――」
「あるんです」
「だがな」
「あるんです」
「あ、ああ……」
よし、言質を取った。これでアーヴィンさんは今後文句を言っても『あの時は納得したじゃないですか』と言い返せる。
だからどうしたという話だけど。
「まぁ、普通の馬より良い馬を売って貰えたと思えばいいんです。儲け物ですよ」
「一応魔獣……いや、幻獣なのか? とにかくそういうのだし、注意はしておいてくれよ?」
「はい、その時は責任持ってシバキ倒します」
「お姉ちゃん、ひどーい」
ボクの一言にセイコとウララが一歩離れた。
そこまで警戒しなくても、悪い事しなければ優しくするのに。
「そう言えば昨日はスライムを連れ歩いていたとか?」
「うぇっ!? あ、あれは迷宮で運良く見つけまして。知能も高いですし、ペットとしてはカワイイですよ?」
ミッドガルズ・オンラインでもスライム系のマスコットモンスターを捕獲飼育できたし、そういうのもありだろう。多分。
スラちゃんは上手く活用すれば、村の清掃員さんとして大活躍してくれそうなのだ。
あとマッサージも。あれは癖になる。
「そういやトイレもスライムだったな……今さらか」
「そうです。今さらですから、気にしないでおきましょう」
「元凶が気楽にいうな」
ついでに汗臭いから水浴びくらいする様指示しておいてから、ボク達は村の外に出たのだった。
ルイザさんもセンリさんも、このムサイ男のどこがいいのだか……
村から結構な距離を取ってから、セイコとウララの試運転を始める。
なにせスレイプニールである。どれだけの速度が出るか判ったものじゃない。
「アリューシャは少し離れててね。ボクは【騎乗】スキルがあるから、セイコに乗って走ってみるよ」
「わたしは乗れないのー?」
「落ちたら危ないから、もう少し待ってね」
そう言って颯爽と跨ってみせる。
また少し成長したのか、馬具のサイズがそろそろ危ないかも知れない。
これはあとでセンリさんに、調整をお願いするとしよう。
問題はボクの【騎乗】スキルは【竜騎乗】なので、その前提スキルである【馬騎乗】は最低限しか取っていないことだ。
これではスレイプニールに対応しきれるかどうか判らない。
だがボクのHPならば、馬に轢かれたくらいではビクともしないはず。
よく競馬の騎手が落馬して大惨事になってるニュースは見かけるので、少し怖くはあるけど。
「それじゃセイコ、最初はゆっくりね――って、ひわぁぁぁぁ!?」
ゆっくりと言ったのに、セイコは一駆けで数十メートルを移動してのけた。
「ああああぁぁぁぁぁぁあああああぁぁぁぁぁ!!」
「わー、お姉ちゃん、はやーい!」
アリューシャから数十メートル離れたところをぐるぐると回る。
その速度はかなり速い。ボクの全速に匹敵するくらい?
自分で走る分には怖くないんだけど、何かに乗ってこの速度というのは本気で怖い。
アリューシャが昔ちびっちゃった気分が、よく判る。
「す、ストップ、セイコ止まって!?」
「ブルルルル――」
ボクの少し半泣きの請願に、物足りないと言わんばかりに足を止めるセイコ。
この子だけのテストでは無いのだ。この後ウララも調べねばならない。
持ってきた巻尺を使って百メートルの直線コースを計り、組合証の時計機能で速さを調べる。
結果、ウララとセイコの速度は時速百五十キロ相当。敏捷さでいうと百四十程度の数値があるという事かな。
「これはかなり早いね。ボク程ではないけど」
そう結論付けたのが気に入らなかったのか、ウララがボクに頭突きを入れてくる。
「ほう……キサマ、昨日まで農耕馬だったのに、ボクに勝てるとでも言うのかね?」
「ブルルル!」
「わたしも! お姉ちゃん、わたしも競争やるの!」
そんな訳で、セイコとウララとボクとアリューシャの徒競走が始まったのであった。
合図は銅貨を弾いて地面に落ちたタイミング。
草原なので、落ちる音が聞こえやすいように地面に盾を敷いておく。
二頭と二人が並んだ状態で、ボクはコインを弾いた。
「行くよ、よーい……」
「【アジリティブースト】!」
「あ、アリューシャ、ズルイ!?」
ピンと、コインを弾いたあとでアリューシャが敏捷度増加のスキルを使った。
彼女の敏捷度は成長限界突破を含めておよそ百二十まで伸びている。
そして【アジリティブースト】の効果はプラス二十ほど。
ちょうどセイコ達と同等程度になる計算だ。
驚愕でボク一人、スタートが遅れる。
出遅れたボクに、ウララが後ろ足で土を蹴り上げ、目潰しを仕掛けてきやがった。
「わっぷ! クソ、お前らなんで本気なんだよ!?」
言ってる間にすでに三分の一を走破している。
慌ててスタートを切るが、いくらボクでもこのハンデはさすがに覆せない。
それも普通ならば、だ。
「【狂化】――!」
全身の筋力を狂化する【狂化】。
タルハンでの防衛戦で、このスキルに脚力の強化も含まれていることは把握している。
現在のボクの脚力とこのスキルを合わせれば、充分に追い抜けるはずだ。
地面を踏みしめ、抉るほどに蹴りつけ、爆音の様な足音を立てつつ、轟然と二頭と一人を追いかける。
残り二十メートルほどで、二頭に追いついた。距離にまだ余裕がある。
これなら――勝てる!
「フハハハ、小細工を弄したところでボクには勝て――ふげっ!?」
抜き去りながら勝利宣言を残してやろうと思ったところへ、セイコが軽く体当たりを仕掛けてきた。
いつもならバランスを崩す事も無い程度なのだが、今は全力疾走中で、しかも【狂化】中である。
半減した防御力や不安定な姿勢が災いし、見事にすっ転んでしまう。およそ百八十キロという速度で。
「ぶぎゅががががふぎゃあばばばばば――」
顔面から地面に突っ込み、そのまま勢いを殺さず転倒。
残り二十メートルを顔で地面を抉りながら走破するハメになった。
もちろん他の選手はすでにゴールしている。
「やったー、わたし一着!」
「ぶるるる♪」
勝ち誇るアリューシャを褒め称えるかのように、顔を擦り付けて喜ぶ二頭。
キミ達、ボクと態度が違いすぎないか?
海老反り状態でゴールしたボクは、ゆらりと起き上がる。
無言でアイテムインベントリーを展開し、ピアサーを取り出した。
ボクの迫力に押され、セイコとウララが一歩退く。
「お前ら……覚悟しろぉ!」
「ヒヒィン!?」
結果として、凄まじい速度の鬼ごっこが開催されたのであった。
「で、丸一日追いかけっこしてたの?」
「はい……」
その後アリューシャに最上位回復魔法の【Exヒール】を掛けてもらい、村に戻った。
泥だらけの汗まみれなボク達を見て、何事かと言う表情でセンリさんが問い詰めてきたのだ。
「まぁいいわ。お風呂より先に報告させてもらうわね」
センリさんは錬金術師に転職している。
その系統のクラスはホムンクルスを扱うスキルもあるため、スラちゃん達の様な『進化』に関しての知識が深い。
「まずスラちゃん。これはまぁ……二年もあなた達のような高レベルの相手の『体の一部』を食べ続けてたんだから、経験値があふれてた状態だった訳ね」
「体の一部……まぁ、間違いじゃないですけど」
「そこへアリューシャちゃんの『転職制限解除』と『成長限界突破』がまとめて来たものだから、一気に進化してしまったと判断して間違いないでしょう」
「それ、他のスライム達も、そういう状況とかあるって事ですか?」
村中のスライムが進化して知性を持ったらと考えると、少しばかり背すじが寒くなる。
ボク達以外にもアーヴィンさんや、ルイザさん、それに今は村に居ないけど、ヤージュさんたちの様な腕利きも存在するのだ。
他の小屋のスライムも進化レベルの経験値を積んでいたとしても、おかしくないはず。
だが、センリさんは事も無げに断言して見せた。
「無いわよ」
「そう、ですか?」
「ええ、そもそもあなた達の様な、バケモノレベルの冒険者でも二年も掛かったと考えなさい」
ボク達のレベルは他の人たちのおよそ二十倍。
それが二年って事は四十年分? しかし宿とかだと質を量で補えることも……?
「そうね、でも決めの一手を持ってないわよ」
「決めの一手?」
「アリューシャちゃんの能力」
「あ……」
そうだ、アリューシャが居たから進化できた。ならばアリューシャがパーティに組み込まなければ、成長限界突破の効果を受けられない。
「そういう訳で他のスライムについては心配しなくていいわよ」
そう言ってテーブルに出された果実水を一口含む。
最近はお茶もあるけど、砂糖が高価なのだ。甘味料代わりに果汁を利用するのは致し方ないところなのである。
「で、あのバカでっかい馬達だけど」
「ウララとセイコだよ。ちゃんと名前呼んであげてー」
「うん、ゴメンね。でそのセイコとウララに関しては……これもあなた達のせいね」
「ふぇ!?」
おもむろに立ち上がって、ビシッとアリューシャを指差す。
「あのオークジェネラルの前にパーティに組み込んでたわよね?」
「あ、うん。戻る直前だったから」
「で、戻った時一回解除した?」
「うん、テマのHP見たかったから組みなおしたの」
なんと、ボクが放り出してたパーティ機能を、アリューシャは一年前から使いこなしていたのか……
さすが有能幼女でボクの嫁、そつが無い。最近は油断も隙も無い、だけど。
「その時の経験値を受けてたみたいね。で、それから解除されたので『進化』は停止してた」
「あの時はごたごたがあって、そのまま帰っちゃったんだっけぇ?」
かくんと首を傾げて当時を思い出すアリューシャ。
その移り気の速さは、さすが子供である。できれば一生忘れていて欲しかった。
「そうみたいね。スラちゃんが進化したのを見て改めてパーティに入れてみたら、ああなったとそんな所でしょう」
「うん!」
元気に返事するんじゃありません! なんて事したんだ、この子は……もう。
「それとアリューシャちゃん」
「なぁに?」
「増えた『スキル』って『管理者権限解放』と『成長限界突破』と『転職制限解除』の三つだけよね?」
「うん、そうだよ」
ボクもその三つしか聞いた事が無いね。
「じゃあもう一つ聞くけど……スキルは全部で幾つ?」
「四つー!」
「ぶふぉ!?」
一つ多い……どういうことなの!?
「なんで四つ!?」
「最初から付いてたのよ。多分」
「うん、『成長速度増加』だってー」
「どーりで、ボス1匹倒すだけで五つも六つもレベルが上がるわけだ……」
アリューシャはスキルが増えた時は、増えた物をキチンと報告してくれる。
だが逆に言えば増えなければ報告しないのだ。最初から持っていたのならばもちろん報告してこないだろう。
普通なら疑問を持つところだけど、当時五歳、今でも七歳の子供にそこを疑問に持てというのは……難しいかも知れない。
そういう訳で、『謎の進化』事件は名探偵センリによって解明されたのであった。