第六十八話 銭湯作り
薬草を集めてきて翌日。
今日はセンリさんは調薬で引き篭もっている。というか、最近素材集め以外で家から出てくることがほとんど無い。
元々娯楽が少ないこの村だけど、これは少々問題なのではなかろうか?
だがよくよく考えてみれば、出かける場所が迷宮しかないのだから仕方ないか。
「という事でアリューシャ。娯楽施設を作ろうと思う」
「ごらくー?」
「つまりブランコとかハンモックとか、あんな風に遊べる設備?」
「おもちゃ!」
ピョコンと飛び上がって喜びを表現する。
大司祭はきわどい衣装なので、かぼちゃパンツがちらりと見えた。
うん、やはり、全然色っぽくないな。
「問題はなにを作るかなんだけど……やはり定番の温泉かなぁ?」
「お風呂、おウチにもあるよ」
「うん、タルハンで入ったみたいな、みんなで入れる大きなお風呂ね」
この村は土地の広さ自体は腐るほどあると言っていい。
放置しておけば雑草がワサワサ生えてくるので、枯れ草を燃料にしておけば、それなりに効率は稼げる。
最近では米の水耕栽培や、麦の水耕栽培といった試みも成功しつつあるので、藁なんかも大量に出回っている。
なにせ一晩あれば鬱蒼と稲穂が実るのだ。水の入れ替えや刈り入れの手間、脱穀などの後処理が入ったとしても、この一年で十度ほど収穫できている。
水耕栽培ゆえに面積を用意できないと言う難点を補って余りある収穫高である。
そしてその分、糠や籾殻、藁といった廃材も大量に発生している。
「米糠石鹸とか用意するのも悪くないなぁ」
「お姉ちゃん、石鹸は今のがいいよ」
アリューシャはスーリの香りの石鹸を愛用している。
米糠は肌への影響がいいけど、香りは確かに劣る。まぁその辺は温泉が完成してからの事だね。
そもそも温泉とは、天然の地熱で熱せられた湧出水を利用しなければならない。
しかも一定の成分が溶け込んでいる必要があるため、熱源のないこの大草原では、正直見込みがないと言える。
成分として一番近いのはやはり、迷宮の泉の水なんだろうけど。
「となると温泉は諦めて、銭湯の路線で考えた方がいいのか? ああ、タルハンが懐かしいなぁ」
「タルハン、また行くの?」
どこかワクワクした表情でこちらを見上げるアリューシャ。
一年会っていない友達との再会に期待しているのだろうけど……
「残念、まだ予定は無いね」
「むぅ」
「でも近いうちに行こうね?」
「うん!」
否定してしょんぼりと肩を落としたのを見て、慌てて取り繕っておく。
まぁ、確かに引越しもそろそろ頃合かも知れないな。
「それはそれとして、銭湯の経営とかとてもじゃないけどボクらには無理です」
「えー」
「なので施設は宿に作って、宿屋のトーラスさんに押し付けちゃおうと思います」
「さんせー!」
自分でもわりと外道な意見だと思うのだけれど、アリューシャはノータイムで賛意を示した。
この子もかなり染まってきてるな……
「という訳でアルド親方とトーラスさんの所にお話しに行こう」
「行こうー!」
ってな訳で、今日は久しぶりに新施設の建造に着手する事にしたのだ。
村の建築が一段落付いて、最近暇を持て余してるアルドさんを引っ張り出し、宿の食堂で会議を開く。
冒険者達の朝食を捌ききった直後のトーラスさんを捕まえて、四人でテーブルを囲んでいる。
「で、今度はなにをやろうってんだ?」
「なんだか、いつも何かやらかしてる風に言わないでくださいよ」
「まぁ、ユミルさんは専門の方には敵わないですが、『何かを始める』ことに掛けてはピカイチですからね」
「お姉ちゃん、すごいでしょ」
ムフンと鼻息荒く胸を張るアリューシャ。
ゴメン、半分皮肉混じってるんだよ、それ。
「お風呂をね、作ろうと思ってるんですよ。みんなで入れるくらい大きいの」
「でっかい風呂か? 確かタルハンにはあったが……」
「みんなで入ると言う発想はあまり無いですね。大体個別の施設を作るか、川で水浴びで済みますし」
「何より燃料がな。水浴びで済む所を、薪使ってまで湯を沸かすってのが、貧乏人にゃ苦しいんだ」
入浴という娯楽は、生活の向上があって初めて成り立つと言う事か。
でも最近は一層の泉も少し汚れてきてるんだよね。
井戸で身体を洗う人以外に、あちらで洗う人が増えてて。
まぁ、真っ先に利用してたボクが言うことじゃないかも知れないけど。
「一層の泉も汚れてきてますし、身体を洗える格安の施設とかあれば便利だと思うんですよね」
「確かにウチも宿ですから、綺麗な身体で部屋に入ってもらえた方が、結果的に仕事は楽になりますけど」
「そこでお風呂屋さんを併設しましょう!」
ドバンとテーブルを力強く叩いて主張する。
衝撃でアリューシャがピョコンと跳ねる。
更に、うっかりテーブルにヒビが入ってしまったのは見なかった事にする。
「ウチのテーブル、荒くれ者対策に、凄く頑丈なヤツにしてあったはずなんだけど」
「まぁ、ユミルだしな」
「仕方ないですね」
「そ、そんなことはいーんですよ、銭湯です銭湯!」
呆れたような二人の声に、慌てて話題を逸らせる。
「井戸ができて飲料水の確保ができているから問題は少ないんですが、それでも迷宮の泉が汚れっぱなしと言うのは気分がよくないんです」
なにせ長らくボク達の生命線だった場所だ。
探索すれば土やら返り血やらで汚れるので、泉で洗うのは納得できる。
飲用に使用する泉のそばで洗うのではなく、こちらを使っているのも、気を利かせての事だろう。
後始末も現状ちゃんとやってくれているようだが、それでも度重なる使用で汚れは蓄積する。
身体を洗う専用の場所を用意する必要性は、確実にあると思う。
「その意見も判らなくはないですが、ウチの労働力もギリギリなんですよ」
「なんせ数十人の冒険者が押しかけてくるからの」
村はすでに町と言っても差し支えないほど、入居者が増えている。
そして比例して冒険者も。
対して、料理と言う特殊技能者を抱える食堂はなかなか増えていかず、未だ宿を兼任するトーラスさん一人が支えている状況だ。
「ボクが食堂を開くのはさすがにノーサンキューですね」
「わたしやってもいいよ?」
「いろんな人にがばーってされちゃうぞ?」
「う、それはヤダぁ」
アリューシャにとって食堂は楽しい経験だったかも知れないけど、今のボクはいろんな冒険必需品販売と言う仕事もある。
休みを入れる時は、前もって看板で告知しておかないと、苦情が来るくらいには、必要とされている。
正直、お金は迷宮からの副収入でかなり安定しているので、『そんなもん知るか!』とスルーする事はもちろんできる。
だが、それだと多くの人に迷惑が掛かってしまう。
それに、アリューシャの教育上にもあまりよろしくない。
もちろん、そうならない様に、組合から何人か弟子志望を雇い入れて、技術の継承もやっているのだ。
センリさんのポーションや、ボクの保存食、救命胴衣や浮き輪や水袋の作成等々。
毎日のように学びに来る職員の人も、結構な数になっている。
「まぁ、そろそろ全部任せてもいい頃合かも知れないけど……そもそもトーラスさんがいるなら、ボクが食堂開いてもお客来ないから」
「えー」
「だって、アリューシャ。ボクとトーラスさんのご飯、どっち食べたい?」
「トー、お姉ちゃ……うん、お姉ちゃんの方!」
「うん、気を使ってくれてありがとうね?」
日本風に言えば、暖簾分けを許されたレベルのトーラスさんと、ボクのサバイバル料理では、まさに格が違う。
例え今からボクが食堂を開いたとしても、こちらに客が流れるはずが無いのだ。
「じゃあ、清掃業務をボクらが受け持つと言うのはどうでしょう?」
よろず屋業務は、朝と夕方が一番忙しい。その時間が一番冒険者が訪れるからだ。
逆に言えばお昼辺りは結構暇があったりする。
朝一でよろず屋を開き、お昼から二時間ほどかけて清掃。
そこからまた店に戻れば、生活の影響も少ないし、客の理解も得られるのではなかろうか?
ついでにお昼も食堂で食べさせてもらえば、一石二鳥である。
更に言うと、銭湯の営業が軌道に乗れば、清掃員を別途で雇ってもいい。
「ふむ……清掃さえしてもらえれば、後は管理とお湯焚きくらいですね。それなら何とか……」
「問題ないなら作るかの?」
「いやいや、薪の問題とかありますよ? この草原じゃ木は貴重品です」
当初はタルハン基準の価格で材木の取引をしていたが、村興しにあたって大量に消費されたため、材木価格が急騰しているらしい。
草原の繁殖力を活かした植林計画も何度か出ているんだけど、治安の問題で頓挫している。
森というのは監視の目を掻い潜るには持って来いの地形で、ヘタに大繁殖されたら、そこがモンスターや野盗のアジトになってしまいかねない。
大草原が大森林と化したら、ただ出さえ困難な街間移動が、更に困難になってしまう。
そういう訳で、現在は慎重論が優勢になっているのだ。
「農家の人から藁や籾殻を燃料に分けてもらうとして……足りないですね。どう考えても」
「ですよねぇ」
「じゃあ、適当な価格で魔術師を雇ってお湯を沸かせてもらえばどうです?」
「魔術師を?」
【ファイアボール】をぶち込めば、安定して低価格で湯を沸かすことができる。
最近のボクは魔法剣士として認識されつつあるので、そういった知識をひけらかしても問題ないだろう。
特に暴徒以降、二刀流を取得してからは、魔法スキル付与の剣を両手に持てるので、ちょっとした魔術師感覚が味わえるのだ。
もっとも蒼霜剣ならともかく、紅蓮剣は取得できるのが【メテオクラッシュ】なので、使い勝手がイマイチ悪い。
ちなみに蒼霜剣は【フリーズブラスト】という単体凍結魔法が、紅蓮剣は【メテオクラッシュ】がそれなりのレベルで使用できる様になるのだ。
「銀貨二枚……二百ギルと食事とお風呂、とかならどうでしょう?」
大量の湯を沸かすとなれば、二百ギル程度の薪では済まない。
湯船二つを沸かして食事風呂付。これならば、副業ならばかなりいい条件だと思う。
「入浴料には三十ギル取れば、一日七人で元が取れるというくらいですかね」
「うん、悪くない価格だと思いますよ」
日本円で三百円程度なら、通常の銭湯と変わらない料金だ。
それに冒険者はパーティ単位で行動することが多い。ニパーティも来れば元が取れるなら、やってみる価値はあるだろう。
後はアルドの親方に払う建築費程度だけど……
「ま、それはこっちの話ってことにしておくか」
「木材の在庫は大丈夫ですか?」
「ああ、なんとかな。攻略の帰りに持って帰ってくるヤツがそこそこいる。もっともそれで足りるかどうか怪しい所だが」
在庫はそこそこあるが一軒建てるには足りるかどうかという程度。
これは建築屋としてはかなり少ない方だろう。
やはり木材の需要が高まっているらしい。
「また何本か取ってきます?」
「いや、あの像の破片で漆喰が作れそうだし、粘土もあるから何とかなるだろう」
こうして銭湯建築大作戦が始まったのである。
次は木曜日に更新予定です。