第六十七話 環境の変化
前方からシャドウウルフが襲い掛かってくる。
その数、六匹。
「ガルルルル!」
「ギャフ、ガフ!」
こちらが一人と判断して、まるでマヌケな獲物を見るような目で襲い掛かってくる。
そこへボクの後方に控えていたアリューシャからの支援が飛んで来た。
「【アジリティブースト】!」
敏捷性を強化させる魔法だ。回避力や攻撃速度……ひいては攻撃力へと直結する、侍祭系の必須スキル。
加速された脚力を活かして、ボクは地面を強く蹴った。
そのまま壁に向かって飛び、勢いのままに駆け抜ける。
背後に着地する時に一匹、残った逆手の剣でもう一匹。
「ギャアン!」
「グギュッ!?」
余裕のある距離から一気に群れの中央に現れたボクに、狼達が混乱する。
そこへ更に追撃の一打。
「喰らえ、【エンドセクション】!」
ドンと迷宮全体が揺れるほどの衝撃。
開発師の攻撃スキル【エンドセクション】は【フレイムビート】と同系統の範囲攻撃スキルだが、より高威力で、その分技後硬直時間が長い。
主にトドメの一撃や、一撃必殺が可能な時の範囲攻撃に使用される技だそうだ。
残り四匹の狼が――いや、三匹がまともに喰らって吹き飛ぶ。
一匹は運良く範囲を逃れていたようだ。
「あ、悪い、一匹残っちゃった」
「任せて」
前のめり構成のボクは、狼程度にスキルはいらない。
そのまま十字に剣を振り抜き、最後の狼を殲滅して見せた。
「アリューシャ、あの程度の敵なら支援とか大丈夫だから」
「でもお姉ちゃん、油断とかよくするし」
「ぐふっ」
戦闘後の素材剥ぎ取り作業をセンリさんに放り投げて、ボク達は休憩していた。
ボクもアリューシャも転職間も無く、自分の能力やスキルに振り回されている状態だ。
コンビネーションも、未だ微妙な齟齬が存在している。
「まぁ、ユミルちゃんがドジッ子なのは否定できんけどなぁ」
「センリさんまで……そう言えばなんで【フレイムビート】を使用しなかったんです? あっちの方が消費が少ないのに」
攻撃力がやや劣る【フレイムビート】だが、連射が効く点と消費の少なさで手数を稼げるのが利点だ。
シャドウウルフ程度なら彼女でも一撃で倒せる訳だし、そっちでも良かったと思うんだけど。
「あれは火属性だから。素材が傷んじゃうじゃない」
「あ、さいで」
あくまでそっち優先か、この人は。
「短剣の調子はどう? 刃が欠けてたりとかしない?」
「大丈夫ですよ。破壊系のスキル使ってないし」
今装備してるのは、短剣のピアサーとファイアダガーの二本。
この世界に来たとき、丁度持ち合わせた短剣がピアサーとムーンダガーのこの二つしかなかったのだ。
だけど、ピアサーはともかく、ムーンダガーはMP回復のために持っていただけなので、あまりにも火力不足がキツイ。
そこでセンリさんに打ってもらったのが、火属性を持つファイアダガーだ。
今回の探索はこの短剣の調子を見るのも兼ねている。
「ただ、やっぱり間合いが違いますね。微妙に踏み込みが足りなかったりするし」
「一刀両断しておいて、今更?」
「それは元の攻撃力が高いからですよ」
さっきの一刀だって、剣を降り始めてから半歩浅いのに気付いて、慌てて調整していたのだ。
近距離ならともかく、遠距離の間合いの使み合いで一歩遅れる。
「それであの余裕は異常だね。二百レベルオーバーの余裕か」
「ここは成長が早いですから、センリさんもすぐですよ」
「わたしも? お姉ちゃんみたいになれる?」
アリューシャがワクワクした視線でこちらを見るけど、どう考えても職業の系統が違う。
大司祭は回復の切り札ではあるけど、近接攻撃は苦手なはずなのだ。
「うーん、魔法は凄くなるよ。多分」
「むー、やっぱり剣士系にした方が良かったかなぁ」
「やめて。侍祭系に転職してくれて、とても助かってるんだから!」
そりゃもう、安心感が圧倒的に違う。
回避力、命中力、ダメージ、防御力。あらゆるパラメータを上昇させることができ、回復に至っては他の追随を許さない。
今のアリューシャはボク達の生命線なのである。
「えへへ、じゃあもっと頑張るね!」
満面の笑みを浮かべる彼女の頭を一撫でして、立ち上がる。
そろそろセンリさんの作業が終わりそうだ。
そこに割り込んできた者たちがいた。
「お、道具屋トリオじゃないか。今日は素材の調達か?」
「あ、アーヴィンさん。今日は村の見回りはいいんですか?」
「そっちはドイルたちに任せてるよ。あいつらも成長してるしな」
ドイル君たちはあの後、村に居座って、迷宮での修行に明け暮れていた。
新人ゆえにかなり危なっかしい時が何度もあったけど、最悪の事態は器用に避けつつ今に至っている。
あのしぶとさは、ある意味実に冒険者らしい。
今回は、そのしぶとさを買われて村の警備を任されたらしい。
「っていうか、それアーヴィンさんの仕事じゃ……」
「俺にもたまには戦わせろ」
「それ、あなたが言っちゃダメでしょうに」
スパンと景気よく後頭部を叩くルイザさん。
彼女のノリも相変わらずだ。
「今日は五層まで行くんですか? ボク達は三層までだけど、一緒に行きます?」
「おう、俺も成長してるって所を見せてやるよ」
そういう訳でアーヴィンさんと久しぶりに同行する事になった。
ちなみにパーティは組まない。組んでしまうとアリューシャのチートがばれてしまうからだ。
群れを成したエルダートレント達をボクとアーヴィンさんが薙ぎ払っていく。
サポートに入るはずのクラヴィスさんが、呆れたような声で後ろから声を賭けてきた。
「お前ら、ちょっとは俺の分も残せよ」
「遅れるお前が悪いんだろ」
「早く来ないと残しませんよー」
後ろでダニットさんが溜息を吐いているのが判る。
アーヴィンさんはかなり調子に乗っているのも確かだが、何より腕がかなり上がっている。
ボクが身体能力に任せて薙ぎ払っているのに対して、最短の距離を最速に動いて敵に斬りかかっていた。
これは戦場を全体的に俯瞰できている証だ。
戦士というより指揮官として成長を果たしているように見える。
「ふぅん?」
「見たか? 今度こそ一本取ってやるからな」
「いや、剣の腕はそれ程……」
「なにぃ!?」
ボクの辛口評価に声を荒げるアーヴィンさん。ところでセンリさんはなぜ戦闘中にも拘わらず木材を集めているのか……
あとルディスさん、アリューシャと一緒になってお菓子食うな。
「武器が変わったのに器用なものよね、ユミルちゃん」
「……武器そのものの扱いが上手いな。それに力任せの様に見えて、倒す敵の選択は的確だ」
乱戦にあってどの敵をどの順で倒すかと言うのは、かなりの重要事だ。
ダニットさんは相手の攻撃を封じつつ一体ずつ殲滅しているボクの実力を把握している。
この観察眼の高さはさすが斥候職。
敵に攻撃されない位置に位置取るアーヴィンさんと、攻撃しようとする敵から倒して行くボク。
その剣の颶風に二十体を超えるトレント達は、なす術もなく倒し尽くされたのだった。
バックパックを木材でパンパンにしたセンリさんが、フラフラと立ち上がる。
「木材はもうお腹一杯だわ」
「センリさん目的忘れてますよ」
ボクはその光景を見て、呆れたような声を出した。
薬草集めに来たはずなのに、木切れを集めてどうする。
「や、つい目の前に素材があるとねぇ」
「まぁ、持てなくなったら捨てればいいんだし」
「それを捨てるなんてトンでもない」
「小ネタ挟んでる場合ですか」
ポーションの不足は冒険者の生存率にも直結する。
特にこの迷宮は拠点になる村がボクの村しかなく、そこにある商品がそのまま迷宮で消費される。
他の町からも遠いため、センリさんのポーションはほぼ売り切れ状態が続いている。
初期の頃と違って今は消耗品の供給安定などもあって、探索が安定化しているのだ。
それが滞ってしまうと……アイテムの使用に慣れてしまった冒険者がうっかり事故を起こしてしまう可能性もあるだろう。
「というか、センリさん。この村を離れられなくなってません?」
「かも知れないわね……」
彼女の実力に追随する錬金術師は他にいない。
一応組合の調合師も派遣されてはいるけど、彼は初級のレッドポーション以外は安定して作れないのだ。
ましてや中級のオレンジポーションとなると、調合成功率が五割程度まで落ちる。
「まぁ、それはそれ、これはこれよ。私の行動を組合が縛る訳には行かないだろうし」
「そりゃ、まぁ……でもこの迷宮の権利者としては安定攻略して欲しい所ですけどね」
「その最先端を走ってる人がよく言うわ」
ボクは十一層まで行けるので、倍は攻略速度が違う事になる。
「ま、センリがここを離れるまでにはあいつも鍛えてやらないといけないな」
「アーヴィンさんのシゴキについていけますかね?」
組合所属の線の細い調合師の姿を思い出して、余計不安になった。
どちらかと言うと研究者気質なんだよね。見るからに。
「だいじょーぶだよ、わたしでも行けるんだし」
「アリューシャは基準にならないから」
「そうよねぇ……」
「えー」
不満そうに口を尖らせて見せるけど、この子もボク並に常識が欠落しつつあるな。
そのうち百メートル十秒切って当たり前とか言い出したりしないだろうか……?
「ほら、無駄話してないでそろそろ行こうぜ。五層までまだ距離があるし」
「おお、そうだったな」
五層までとなると、片道で三時間は掛かる。
この距離が五層の攻略を遅らせている一因でもある。ベヒモスを倒せば、転移室が使えるので、ゆっくりと調べられるんだけどね。
三層でアーヴィンさんと別れ、本格的に薬草摘みに取り掛かる。
センリさんは木切れをアイテムボックスに放り込んでついでに材木も数本用意していた。
赤羽草は目立つので、集めるのは容易い。
「ついでにユミルちゃん用に白詰草も集めとこうか」
白詰草は最高級のホワイトポーションの材料になる。
現在これを利用してなおHPが余るような人材は、ボクたち三人くらいだ。
そこでボクは変わったものを見つけた。
「蜂の巣だ……」
「蜂の巣? じゃあハチミツが手に入るかも!」
「甘いの? やったぁ」
「キミたち即物的だね?」
そこには木の洞を巣にしたミツバチの巣があった。
「モンスターじゃ無さそうだけど、どこかから迷い込んだのかな?」
「そういや、一層さえ抜ければ、二層はトレントの巣だし……樹液には困らないかもね」
という事はこれ、トレントの樹液のハチミツなのか……?
「そう言えば草原ってミツバチが少ないよね?」
「巣になるものが少ないからね。逆にスズメバチ系は多いらしいわよ。あいつら土で巣を作るから」
「それはいらないなぁ」
おそらく人の往来がミツバチの生存域を広げ、結果として迷宮内にも巣を作るに至ったのだろう。
「ウーン、せっかくここまで来て巣を作ったんだから、壊すのは可哀想かな?」
「甘いねぇ、ハチミツ並に」
「お姉ちゃんは優しいだけだよ!」
「はいはい」
とりあえず、その日は蜂の巣を見過ごすことにした。
巣分けが行われたら少しずつ回収する事にしよう。
草原の環境も、人の影響を受け少しずつ変化していると実感した出来事だった。
次の更新は火曜日の予定です。




