第六十六話 2年目に突入します
「ドーモ、ユミルデス。アサシンニ、ナリマシタ」
「お姉ちゃん、何言ってるの?」
「いや、なんとなくね」
あれから一年が経ち、村を取り巻く状況も大きく変わってきた。
まずボクの職業が魔導騎士から交霊師を経由して、盗賊系の盗賊から暴徒、そして暗殺者にクラスチェンジ。
これはアリューシャの職業制限解除の能力の恩恵で、転職を果たしたものだ。
暗殺者とは、盗賊系の上位二次職に当たり、盗賊から暴徒を経て暗殺者へと転職することができる。
高い回避力と攻撃力を持った、まさに前のめり一辺倒なクラスである。
役割的に魔導騎士と被っているが、長時間狩場に篭れるという点で、こちらの方が人気が高い。
装備できる武器は短剣・カタール系・そして片手剣と片手斧も一応可能だ。
短剣を装備時には【ダブルアタック】という攻撃回数を増加させる常時発動系スキルがあり、武器の弱さを補う事ができる。
しかもこのスキル、【ダブルアタック】を付与するエンチャントを行うと、長剣やカタールでも発生させることが可能なのだ。
残念ながら現状ではそのエンチャントは不可能ではあるのだが……
他にも毒などを使用するスキルもあり、その攻撃力は魔導騎士に勝るとも劣らない。というか、通常攻撃的には、こちらの方が高い。
心配された以前のクラスのスキルだが、これは武器の適性さえあっていれば、問題なく使用することが出来た。
つまり、両手剣を使用しないといけないスキルは使えなくなったが、片手剣で使えるスキルは問題なく使用できるのだ。
続いてアリューシャだが、彼女はタルハンでの戦闘でめでたくレベル九十九に到達。
それを機に、侍際へと転職し、そのまま司祭、高司祭、大司祭へとクラスチェンジしている。
彼女の場合、驚くべきことにミッドガルズ・オンラインのジョブツリーとマギクラフト・オンラインのジョブツリーが両方表示されたのだ。
これはおそらく、ボク達の影響を受けて成長してるからだと思われる。
とにかく、おかげで回復アイテムの心配が大きく減少して、非常に助かっている。
その回復力はもはやカロンなど足元の爪の先にも及ばず、ボクのブリューナクを使用したヒールですらゴミに思えるほどだ。
更にアンデッドや悪魔系に対して、独自の攻撃魔法も所持しており、一部のモンスターにはボクですら攻撃能力が及ばない。
センリさんもボク達とパーティを組んだことで、アリューシャの能力の恩恵を受ける事ができた。
と言っても彼女の趣味は製造なので、錬金術師一直線のクラスチェンジだったけど。
結果、彼女が洒落にならないほど高性能なポーションを作り、それをボク達の店で販売する事で大きな利益を上げることが出来た。
ちなみに彼女が精錬に使う薬草類を集めるのが、最近のボク達の仕事である。
ちなみにレベルも相応に上がっており、僕はすでに二百三十、アリューシャで百五十、センリさんも同等まで上がっている。
攻略階層も十一層まで潜れるようになっていて、おそらく次の十二層ではボスが待ち受けていると思われるため、足踏み中である。
一般冒険者達も難関だった四層を突破し、五層をうろついている。
次の層にキングベヒモスが存在するとあっては、なかなか足を運べないらしい。
センリさんはボク達と一緒に潜っているので、戦ったことはないが、いずれはやりあってみたいと言っている。
もう一つ変わった事というと、アリューシャの滑舌が少し良くなり、ボクを『ゆーね』から『お姉ちゃん』と呼ぶようになっている。
アリューシャは『なんだか子供っぽいじゃない』と言って変えたようだが、親近感が薄れたようで、ボクとしては少し残念。
でも『お姉ちゃん』も最近悪く無いと思っては、少し自己嫌悪している。
できれば『お兄ちゃん』と呼んでほしかった所存。
そんな訳でいつもの通り、よろず屋を営業中なのである。
「ユミルちゃん、この初級ポーション頂戴。十個」
「ほほぃ。三千八百ギルね」
この初級ポーションはセンリさん特製なのだが、これがこの世界の基準に直すと高レベルの治癒魔法と同等の効果を発揮するのである。
それをこの値段で買えるとあっては、バカ売れ状態なのも無理はない。
「お待たせしましたー」
アリューシャがポーションを包装して冒険者に渡す。
それを受け取った冒険者がほっこりした顔で、彼女の頭を撫でる。
アリューシャもくすぐったそうに、その手を受け入れている。
「む、売り子さんに手を触れないでくださーい」
「ちょっと位いいじゃないか!?」
「アリューシャはボクのお嫁さんなのです」
「じゃあ、ユミルちゃんはボクの嫁ってことで」
「とっとと出てけ!」
ついには百二十に届いた豪腕を活かして、冒険者を外につまみ出した。
こういう時は非常に役に立つステータスである。
「アリューシャちゃん、この中級ポーション買うから一緒にケーキ食べに行かない?」
「そこのお姉さん、そんな羨ましい真似はさせません!」
隙を見てナンパ(?)していた斥候のお姉ちゃんも一緒に放り出す。
最近、アリューシャは七歳になって、背もぐんと伸びている。
おかげで以前のコロコロしたぬいぐるみじみた愛らしさから、フランス人形のような美しさまで滲み出してきている。
その結果男女を問わず、彼女に触れたがる輩が続出。こうして店から放り出される冒険者が見受けられるのも、日常茶飯事と化している。
対してボクはというと、全く成長の跡が見受けられない。
どっかの丸い監督が『まるで成長していない……』とぼやく姿が脳裏に浮ぶほど、変化が見受けられないのだ。
組合証の年齢欄だけが増えていくのが、悲しみを誘う。
年齢といえば、どうやらボクの誕生日はこの世界に転移してきた頃を基準に設定されているみたいだ。
頃、というのは、こちらに飛ばされた日付がはっきりと判らないからだ。
「ユミルー、赤羽草が切れそうなんだけどぉ?」
そこにひょっこり顔を出したのは、隣に越してきたセンリさんだ。
彼女は武器防具の製作から、ポーション作成までこなす職人と化したため、この村では非常に重宝されている。
赤羽草と言うのは、初級ポーションの材料になる薬草の事で、赤い羽根のような外見からそう呼ばれている。
「もうですか? この間百枚ほど毟ってきたのに」
「冒険者達が十個単位で買っていくから仕方ないわよ」
「もう少し値上げしておけばよかったかなぁ?」
一個三百八十ギル。日本円にして四千円程の価格は、そう気安く使えるものではないが、それでもちょっとした時に使える程度には安い。
この迷宮の難易度的に、こういった回復アイテムの利用は激しくなりそうだと思って、少し安めに設定しているのだが、これは安すぎたかも知れないか?
「ボクじゃ、ほとんど気休めにもならない回復量なんだけどな」
「私もそうよ。まさかこんな所でこんな物を量産する羽目になるとはね」
「しょうがない、明日にでも材料集めに行きますか」
「あ、私も連れてって。そろそろベヒモス討伐の遠征があるそうなのよ」
センリさんはいつもボクと一緒に迷宮に入っているので、ベヒモスと戦った事がない。
つまり彼女はボクと一緒じゃなければ、ベヒモスと戦えるのだ。
なので、次のベヒモス攻略の遠征では主戦力と目されている。
「それまで、少しでもレベル上げておきたいしね」
「あ、わたしも行く!」
「アリューシャちゃんを置いていくとか、ありえないわね」
ボク達が受けているチートの恩恵は、全てアリューシャが起点になったものだ。
彼女を置いていくなんてありえない。
むしろ最近は、彼女なしの冒険がありえないのだ。
さすが大司祭様、そこにいるだけで安心感が違う。
「そうそう、アリューシャちゃんにはこういう武器を作ったのよ」
そう言って、にょっと空間に手を突っ込むセンリさん。
いつ見ても心臓に悪いな、彼女のインベントリーは。
「って言うか、人前でインベントリー使わないでくださいよ」
「人目があるなら、使わないから安心して。これ、名付けて『ブーストハンマー』!」
取り出したのは戦鎚っぽい外見で、槌尻にジェットエンジンっぽい何かがついた、メカメカしい鉾槌だった。
現代日本出身でちょっとばかしオタクを齧った人間なら、真っ先に想像できるものがある。
「それ、どこの魔法少女ですか……」
「髪の色があれだけど、年齢的にはそろそろかなぁって」
「アリューシャを玩具にしないでくださいよ」
「待って待って、性能的にはメチャクチャいいのよ、これ」
ボクはセンリさんと違って【鑑定】なんてスキルは無いので、一旦アリューシャのインベントリーに仕舞ってから、そこのヘルプを見て性能を把握する。
確かに攻撃力は一級品に匹敵する。
更に、後部のエンジンを点火する事で、更に威力向上効果は発生するらしい。
「確かに凄いですね……」
クニツナ程ではないが、スティックを大幅に超える威力は目を見張るものがある。
というか、大司教に転職したアリューシャでは、片手剣に分類されるスティックは使用できなくなってしまっているのだ。
せっかく剣を覚えようとしていたのに、ままならないものである。
「でもこれ、魔法攻撃力は上がらないですよ?」
ミッドガルズ・オンラインの回復魔法の回復量は、魔法攻撃力に由来する。
そしてボクは魔導騎士としてこちらに転移したが故に、大司祭用の武器なんて持っていなかったのである。
ボクの約六倍の回復量を叩き出しながら、なお全力ではないアリューシャ恐るべしである。
もっともそのアリューシャのヒールですら、十数発無いと全快にならないボクの生命力も、これまた大概だけど。
暗殺者もわりとHPの係数は高い職業なのである。
「そっちはまだ研究中なのよ。魔力を強化する素材とかあればいいんだけどね。そっちはどう?」
そっち、というのはボクの魔刻石の事である。
暗殺者に転向したのは、魔刻石の在庫が少なくなってきていたから、と言うのもあるのだ。
幸い転職してもスキルが消える訳ではないため、魔刻石製造のスキルは使用できる。
だが、肝心の材料が存在しない。
まず魔刻石の原石だが、月長石で試したけど上手くいかず、水晶を使用しても無理。
そもそも原石の他にも、オーガの牙だの、蛇女の髪だのという材料になるモンスターの素材も発見できてないのだ。
……狼の毛だけは大量に確保できてるけど。
「あまり上手くはないですね。在庫は減る一方です」
翌日休業の看板を扉にかけながら返事を返す。
魔刻石の不足、この魔導騎士最大の弱点がいよいよ牙を剥いて来た訳である。
「ま、今は暗殺者に転職してますから、攻撃力の不足は何とかなりますよ」
「あまり無茶しないでよね? アリューシャちゃんもそれを心配して大司教になったんだから」
「うん、お姉ちゃんはいつも無茶ばっかりだもん」
「ちぇ、反省してまぁす」
全然反省していない意味も込めてそう返したら、センリさんに軽く叩かれてしまった。
とにかく、明日の準備だけでもしておこう。久しぶりの迷宮だ。
おまたせしました。
9月後半までは安定して更新できると思うんですけど、はてさて……