第六十五話 実は違ってた
翌日になって改めて出発する事になった。
前日と違うのは、センリさんが新たなメンバーとして、ボク達のパーティに参入した事だ。
正直襲撃で少しばかり荒れた街を放置して旅立つのは、心苦しい所もあるけど、ボク個人の心象でキースさんたちの予定を崩すわけには行かない。
移民する人たちなんかは、家すら処分して旅の準備を整えていたのだから。
経験の豊富なアーヴィンさんを先頭に隊の左右をドイルたち新人パーティが囲み、最後尾をボクとアリューシャの橇が行く。
元々余裕を持って大きめに作っておいた荷台なので、センリさんが乗り込んでもまだ余裕がある。
そのセンリさんは荷台に寝そべって、御者席のボクに色々と話しかけてきた。
主にゲームや故郷の日本での話だ。
「へぇ、そっちのゲームはカンストが二百なのかぁ。私ん所は九十九だから、能力に差が出ちゃうのも当然よね。せっかく異世界転移無双できると思ってたのにな」
「最初はボクもそうだったよ。まぁ、ボクの場合は弱キャラ構成だったので、そこまで強いとは思ってなかったけど」
「あのオークジェネラル――オークリーダーだっけ? まぁどっちでもいいや。あれを倒したスキルも凄かったね。一息でズババババーって。あれ何回斬ったの?」
いや、あれはただの通常攻撃だったんだけど……スキルで攻撃速度を加速はしていたけど。
どうやら、センリさんはあの攻撃をスキルによる物だと思っているらしい。
「えと……十二回かな。あれは別にスキルじゃなくて――」
「一秒足らずで十二回かぁ、こっちでは八回ってスキルがあるんだけど、一.五倍もあるじゃない。私は敏捷性が低いから手数がやや足りないんだよね」
速射砲の様に会話が流れ出すセンリさん。どうも彼女は会話に飢えていたらしい。
三日もこちらで一人ぼっちだったのなら、その気持ちも判らなくは無いかな?
ボクがアリューシャと出会ったのは二日目だったし。
「むぅぅぅ!」
「わわ、危ないよ、アリューシャ」
ボクがセンリさんとばかり話をしていたのが気に入らないのか、アリューシャがボクの膝の上に移動してきた。
それを見てセンリさんもクスクス笑いながら空いた御者席に移動してくる。
「ゴメンね、アリューシャちゃん。お姉ちゃん独り占めしちゃってたわ」
「別にぃ」
うわぁ、アリューシャがかつて無いくらい不機嫌そうな声上げてる。
ご機嫌取りに、果実の風味をつけた干し肉を取り出し、口の中に放り込んであげた。
干し肉を両手で受け止め、不機嫌もあっさり忘れてあぐあぐ噛みだす様子は、やはりかわいらしい。
「まぁ、能力もレベルも、アリューシャがいるならもっと上がっていきますよ」
職業制限解除なんて馬鹿げた能力をバラしてしまった以上、アリューシャの能力について黙っているのも難しくなってしまった。
彼女にその能力を口止めして居なかったボクのミスだ。例え転移者であっても、油断が禁物だ。センリさんは凄くお人好しっぽいから安心したけど。
「そうね、もう少し鍛冶とか製造の能力も上げたいし」
「そっち優先なんですか……」
こんな殺伐とした世界に来ても、まだ製造能力上げたいんだ、この人。
「おーい、そろそろ夜営の準備に入ろうと思うんだが?」
「あ、はぁい」
先頭のアーヴィンさんから、今日の行軍を中断する声が飛んできた。
ボク達はセイコとウララがいて、新兵器の橇も用意しているからあまり疲れてはいないけど、徒歩のキースさんや移民組の人たちはかなり疲労している。
更にいつもの夜営と違って、牧畜も連れているので、その準備がいつもより手間が掛かるのだ。
まず牧畜を集め、逃げないように杭を打ち込みロープで簡易の柵を作る。
牛や山羊は基本臆病なので、こんな柵でもキチンとおとなしく待機してくれる。
そもそも現代でも、牛とかはその気になれば柵をブチ破るだけの自重とパワーを持っているのだ。
彼等は柵があって、ここで大人しくしてろというこちらの意思を汲んでくれている。
この杭打ちの作業は、ボクとセンリさんの馬鹿力が大活躍する事になる。
センリさんは鍛冶用のハンマーで、ボクはそのまま、槍を地面に突き刺す要領で杭をおっ立てていく。
物凄い勢いで柵を作り上げ、その間にアーヴィンさんたちが草を刈り、焚き火を焚くスペースを作る。
刈り取った草はボク達の馬車の屋根の上に固めて積み上げておき、乾燥させて翌日の燃料にするらしい。
この大草原では、薪の補充すら困難だ。とりあえず初日は持ち込んだ薪で何とかなる。
熾した火で早速ルディスさんがご飯の支度を行っていた。
その間新人のドイルたちは右往左往して、あまり役に立ってなかったけど、これは割愛しておこう。
カロンの例もあるけど、新人のうちは足を引っ張るものだ。
アーヴィンさんの指示で寝床を用意できただけ上等の部類だろう。
「そうだ、ユミルちゃんって、あれまだ残してるんだよね?」
「あれ?」
食事の最中にセンリさんが話しかけてきた。
『あれ』とやらに心当たりはない。
「ほら、ベヒモ――」
「しーっ、しーっ!」
実はボクのインベントリーの中には未だにベヒモスの死骸が放り込んだままだ。
死骸アイテムという事で重量は一になってるし、死骸はまとめて『モンスターの死骸』という事になって枠も一つしか消費しないので、ほとんど害は無いからそのままにしてある。
「私ン所にも居たんだけどね。『そっち』と違いとかあるのかなーって思ってさ。ちょっと見てみたいのよね」
あ、そうか。違うゲームから来てる人もいるなら、モンスターの違いとかある可能性も存在するのか。
この辺は好奇心ゆえの発言だろうけど、見落としてたな。
「わかりました。じゃあ夜番の時に……」
「オッケー」
「なんだ、隠し事か?」
そこにアーヴィンさんが空気を読まずに割り込んできた。
彼はとても善良なのだが、脳筋なだけあってそういう所で無遠慮な面がある。
「女性同士の話題に割り込むのはマナー違反ですよ、アーヴィンさん」
「アーヴィン君は下着談義とか興味あるのかなぁ?」
別に下着の話はしていなかったけど、こういう風に言って置けば男性としては退かざるをえない。
この辺はさすが本物の女性という所かな、男のあしらい方が上手い。
案の定アーヴィンさんは顔を真っ赤にしてすっ込んで行った。
「ま、ちょっと悪い事したかなぁ?」
「いい人ではあるんですけどね。無神経なだけで」
「おお、ユミルっちはアーヴィン君が気になるお年頃?」
「誰がユミルっちですか。それにボクはアリューシャ一筋です」
隣で熱々のシチューと格闘していたアリューシャを、ギューって抱きしめる。
突然抱きしめられて、シチューをこぼしそうになってたのは失敗だった。
「もー、ゆーねは時と場合をわきまえなさい!」
「ごめんなさぁい」
フワフワ金髪の幼女がほっぺ膨らませながら怒っても、可愛くなるだけである。
ボクはにへらと表情を崩して、適当に謝っておいた。
深夜、ほとんど朝方の夜番に回してもらい、みんなが寝静まったのを確認する。
周囲に脅威が無いのを確認して、少し離れた場所に移動。
ベヒモスの死体を出すなら広い場所が必要だからだ。
「よっと、これがベヒモスです。特徴はひたすら硬くてタフ」
「へ? これ? ちょ……これ……」
ベヒモスの死骸を指差し、センリさんは口をパクパクと動かした。
その様子は酸欠の金魚の様にも見える。
「これ、ベヒモスじゃない……キングベヒモス……レイドボスよ?」
「はぃ?」
彼女は開発師という職業柄、鑑定という能力を持っている。
ミッドガルズ・オンラインの商人は、アイテムに限って鑑定するスキルを持っているが、彼女のそれはモンスターにも有効らしい。
「レイドボスってなんすか?」
「マギクラフト・オンラインでは、運営がイベントなんかで出す、ワールド全体で取り組んで倒すボスモンスターの事よ。幾つものパーティが手を組んで倒すから、レイドボスって呼ばれてる」
「ほおぉぉぅ?」
そう言えばこちらでも、稀にイベントなんかで通常のボスなんか及びも付かないくらい強敵を出して、それを寄って集って倒すイベントが、極稀に開催される。
そういうイベントで出るボスだったのか……異常にしぶとかった訳だ。
「こんなの、よく一人で倒せたわね」
「多分、能力の上限値がそちらのゲームより高かったからでしょうね。後、当時はポーション類がまだ豊富にあったから……」
思えば、このベヒモス戦でポーションが枯渇する事態に追い込まれてしまったのだ。
「それにアリューシャの補助もありましたし」
「あの子ね。高知力型の初心者なんて、初めて見たわ」
「こっちでは結構存在してましたよ。ネタ職業として」
どれだけ役に立たない職業を作るか、という勝負で燦然と一位に輝いたのが、俗に言うスパノビである。
魔法の使えない初心者クラスで、ひたすら知力のみを伸ばしたその存在は、HPが多いだけの初期作成キャラとまったく変わらない。
魔法詠唱装備が追加されて、その存在は大きく変わったけど、それまでは本当にネタとして愛されていたのだ。
他にも一レベル限定、高レベルボス見学ツアーという、訳の判らないイベントや、素手侍祭限定ボス見学ツアーなど、最盛期にはユーザーが挙って無意味なイベントを立てていたものだ。
初期の頃に、そういう効率を一切無視したイベントが多かったからこそ、新規参入しやすかったとも言える。
そこらじゅうにごろごろ転がる死体の山を、ゲラゲラ笑いながら踏み越えていくのは、実に楽しかった。
そして気を抜くと、一瞬で自分もその山に仲間入りするのだ。
「それはともかく、もう仕舞いますよ、これ」
「ええ、いいわよ。それから後でこいつの皮頂戴。鎧とか作れそう」
「まぁいいですけど……」
真っ先にそこかい。
ボクは早々にベヒモス……いや、キングベヒモスをインベントリーに仕舞い込み、夜営地に戻ることにした。
一応安全は確認しているとは言え、やはり目を離すのは落ち着かないのだ。
「まぁ、あんなのが出てくるようじゃ、確かに油断ならない世界みたいね」
「他にも、やたら素早いゴーレムとかいましたよ。ボクと同等以上だったから、時速百六十キロ以上で走れる事になりますね」
「ユミルちゃんがその速度で走れる事の方が驚きなんだけど……?」
「センリさんも結構早いんじゃないですか? アリューシャ並とはいかないだろうけど」
「あの子も大概バケモノじみてるわね」
「しょせんゲームデータですからね」
ボクの敏捷値は更に強化されて、今では百六十を超えている。
時速にして百七十キロを超える速度だ。
レベルも更に強化され、二百十二まで伸びている。
あのオークロードはそれ程の強敵だったという事か。
「いや、ひょっとしたらボク達の基準より、更に上のゲームのモンスターだったのかも知れないな」
「勘弁してよ、九百とか千を越えるのが基準値のゲームとかだったら、勝てる気がしないわ」
「さすがに無いと思いますけどね。それ、世界のバランスが崩れるレベルですもん」
回避や物理防御が千を越えるとか、それはすでに自然災害の領域である。
ボクとしても真正面に立ちたくなんてない。
「それに……不吉な事を口にすると、フラグになるのよ?」
「う、注意します」
兎にも角にも、ボク達はこうして心強い助っ人を得て、村に戻ることになったのだった。
3章はこれで終了です。
火曜日に半竜の4章を上げて、次の章を組み上げて再開は22日くらいを予定しています。
ベヒモスに関しては……後出しじゃないですよ?
当時あったアイデアの一つです。