第六十四話 情報を交換しよう
戦闘の後始末で大分時間を食ってしまったけど、何とか一息吐く時間ができた。
すでに日は中天に差し掛かり、お昼を食べる冒険者の姿も散見できる。
そう言えば、あれだけの騒ぎだったのに、まだ四時間程度しかたっていないのか。
「とりあえずボク達も、お昼を食べようと思うんですけど?」
「いいわね、わたしもお腹空いてきちゃった」
一緒に付いて回るのは、先ほどの女性。センリさん。
マギクラフト・オンラインとか言うゲームから来た人だ。
アリューシャは例によって人見知りスキルを発揮していて、ボクのマントの裾をしっかりと握り締めている。
テマは組合の人に預けてきたので、安全は確保されているはずだ。
今頃はレグルさんにこってり絞られている事だろう。
とりあえず組合の食堂は大混雑していて空いている席がなく、また密談にも不向きなので、宿に戻る事にした。
一泊分だけ支払い、部屋に篭って食事を摂る事にする。
今日の昼食用の材料が橇に積み込んであったはずだ。
ボクが部屋から出て食料を取ってこようとすると、センリさんが呼び止めた。
「あ、そんな事する必要ないわよ。ほら」
そう言ってテーブルの上に、いくつかの料理アイテムを取り出してみせる。
アイテムインベントリー、やはり彼女も持っていたのか。
「ちょ、それを人前でホイホイ使うのはダメですって!」
「え、そうなの?」
この人、どうにも世間ずれしてる印象がない。ボクが言うのも変だけど、物凄く危なっかしい。
「この世界の人にはインベントリーの機能は使えないんです」
「いんべんとりー? ああ、アイテムボックスの機能の事ね」
これも呼び方の違う返事が返ってきた。
やはり彼女はボクとは違うゲームからの転移者か。
「それもマギクラフト・オンラインってヤツの機能ですか?」
「そうよ、すごいでしょ!」
「ボクのゲームではアイテムインベントリーって言ってますけどね」
「……違うわね?」
「どうやらそのようで」
食事をしながら、情報交換を開始する。
センリさんはマギクラフト・オンラインというゲームから三日前にやってきたばかりだそうだ。
速攻で冒険者組合に加入して、昨日一日試験のために街を離れていたのだとか。
あっさりと人のいる場所から離れて見せる辺り、ボクよりよっぽどアグレッシブな人だ。
一晩休んで、組合に結果を報告しに行こうとしたところ、今回の騒乱に巻き込まれたらしい。
組合にはまだ加入前だったので、戦闘には最初駆り出されていなかったのだ。
彼女の職業は機工師ではなく、開発師というクラスで、レベルは九十九でカンストだそうだ。
このクラスは似たようなクラスはあるが、ミッドガルズ・オンラインには存在しないクラスで、九十九で上限というシステムも大きく違う。
世界観もややスチームパンクが入っているらしく、これもミッドガルズ・オンラインでは一地方の特色で存在はするが、メインで扱っている世界観とは違う。
つまり、彼女はボクとは違うゲームのキャラでこの世界にやってきたことになる。
「ユミルちゃんはガッツリファンタジー系の世界からきたのね。それでアリューシャちゃんの方は?」
「彼女は記憶を失くしてるんです。ひょっとしたら転移のショックかも」
「それは……悪いこと聞いちゃったわね」
「いえ、アリューシャはなにか変わったことある?」
テーブルに座ってアイスクリームを食べていたアリューシャがきょとんとした表情を見せる。
その口元は、見るも無残にクリームだらけだ。
ボクはマントのインベントリーからハンカチを取り出してみせて、その口元を拭ってあげる。
彼女も意図せずとはいえ、手の内を一つ晒したのだ。協力を申し出るなら、こちらも一つくらいは晒しておくべきかも知れない。
アリューシャは少し顔をしかめながらも、ハンカチを受け入れて顔を拭いてもらっている。
「へぇ、キーボード操作なんだ? 少し手間が掛かるんじゃない?」
「まぁ、それは難点ですね。戦闘中だと、とっさの装備変更ができないので」
「わたしのアイテムボックスは空間から直接取り出せるので、その点では有利かな?」
「見たところ内容量ではボクの方が多いですよ」
変なところで意地の張り合いを発揮してしまった。
ボクはキーボート展開からインベントリー窓を開いて操作。
アリューシャは直接インベントリー窓を開いて操作ができる。
そしてセンリさんは、空間に穴を開けてそこに手を突っ込むことでアイテムを取り出せる。
取り出す速度で言うと、センリさんがもっとも早く、続いてアリューシャ、最後にボクという順番だ。
逆に収納量ではボクがもっとも多く、続いてアリューシャ、最後にセンリさんとなる。
そこでアリューシャが更なる爆弾を投下した。
「んとね、なんだか『職業変更制限解除』って出てる」
「――は?」
「えと、こんなの」
そう言ってアリューシャがなにやらステータス画面をを操作すると、ボクの前に転職可能リストという窓が現れ、そこに職業ツリーが表示されていた。
彼女のあからさまにチートな能力を、初対面のセンリさんに晒すのは不安だけど、アリューシャの能力の確認は急を要するのだ。
「うぉ!?」
「ゆーね、なんだか判る?」
「ま、まさかこれ……」
恐る恐る別系統の職業に指を伸ばす。
軽くタップしたら、続いて『暗殺者に転職しますか?』の文字が現れた。
「転職できるー!?」
「うやっ!?」
「なになに、なんかあるの?」
どういう理論か判らないけど、アリューシャはどうやら転職NPCと同様の能力を取得したらしい。
何この子、チート極まってる。
「制限解除ってことは、職業ツリーを無視して転職できるようになるのか。あ、でも前提スキルが取得できないから、結局前提職業も経験しないと……」
詳細を調べてもらった結果、職業ツリーを無視して転職が可能になるが、前提スキルは依然として存在する。
つまり、魔導騎士を例にとって説明すると、アリューシャがいきなり魔導騎士に転職することは可能だが、前提の剣士時代のスキルを取得することができない。
その結果、【スマッシュ】取っていないので、【マキシブレイク】を取得できないなんていう弊害が起こる。
だが逆に、前提の無いスキルならば問題なく取得できるので、そういったクラスならば有効に活用できるかも知れない。
そして転職の回数制限は、存在しない。
つまり根気さえあれば全クラスを網羅する事が可能になるのだ。
そして一度経験したクラスのスキルツリーが消えることもない。
「うわー、うわー、マジかー」
「え、じゃあ私も転職できたりするの?」
「えっと、はい」
再びアリューシャがピッピッと指を動かすと、センリさんの前にも窓が現れた。
「うそ、錬金術師になれるじゃない!」
「あ、その職業はミッドガルズ・オンラインのと同じ名前なんだ」
ミッドガルズ・オンラインにも錬金術師という職業は存在する。
ポーション系の生成と、それらを使用したスキル、それにホムンクルス創造のスキル系統を持っている。
戦闘力としては中の下どころか、最下層クラスだが、ポーション作成能力の有用性が激しく大きいため、一定量のプレイヤーが存在しているのだ。
大手のギルドとかだと、専属の錬金術師が何名か存在するほどらしい。
「っていうか、センリさん実は製造大好き人間?」
「えへへ、材料集めに狩りもしないといけないから、戦闘系も多少は取ってるけどね」
照れたように後頭部を掻いて誤魔化しているが、気持ちは激しく判る。
全国展開しているミッドガルズ・オンラインは海外との比較が可能で、その調査の結果、海外では最も多いのが守護騎士系や弓手系といったダメージディーラーなのに対して、日本では支援職である大司祭がもっとも人気があるという結果が出た。
そして、他国に比べ、機工師や錬金術師の比率が大きい事も判っているのだ。
つまり日本人の傾向として、支援・製造といった職業に惹かれる傾向が現れているのだ。
さらに魔導騎士を始め、大幅なダウングレードを喰らった職業も日本がもっとも多かった。
つまり、他者に手を差し伸ばしたり、コツコツやるプレイヤーが他国よりも多い。
製造なんていう系統はまさにコツコツ系の元祖とも言える。
「半製造かぁ。あ、そうだ!」
ボクはふと思いついて、アイテムインベントリーを展開する。
そこに存在したのは、壊れたままだったストームブレイド。
「この剣、壊れちゃったんですけど、直せますか?」
ミッドガルズ・オンラインでは壊れた武器は鍛冶師の【武器修理】スキルで直す事ができた。
ひょっとしたら彼女でも直せるかも知れない。
「んー、ちょっと待ってね」
センリさんはまず武器を鑑定してから、スキルウインドウを操作している。
そこでいくつかパラメータを弄った後、こう言ってのけた。
「これ改造できるけど、どうする?」
「はぃ、改造?」
武器に特殊効果を乗せるスロットを追加するNPCはミッドガルズ・オンラインにも存在した。
そして、ボクの持つストームブレイドはその付与を行っていない。
つまり彼女は、NPCと同じことができるスキルを所持している?
「そうね、今の私に可能なのは『攻撃力増加』とか『耐久値上昇』だけど……」
「ちょっと待ってください、それボクの所のゲームには無かったです」
「あ、そうなの?」
再び情報を交換。
彼女のゲームでは、武器を修理製造する際に、一定の能力強化系エンチャントを行えるらしい。
もちろんその回数には制限がある。どうやらミッドガルズ・オンラインにおけるスロット数が、彼女にはエンチャント回数として見えているようだった。
ストームブレイドはスロットがついていない武器だが、ゲームではスロット追加のエンチャントを行うと二つのスロットを生み出す事ができる。
もちろん失敗すれば武器消失のペナルティがあるので、迂闊にはできないけど。
彼女には、そのスロット追加数もエンチャント可能数として見えているらしい。
「それはそれですごい有利になるな……」
「で、修理は問題なくできるんだけど、どうする?」
「ん~、正直壊すのはいつでも出来るんだよね」
ぶっちゃけkの魔刻石を使用してぶん殴ればいいのだ。
つまり、エンチャントの機会はいつでもあると判断できる。
「とりあえず、修理だけでお願いします」
「了解」
センリさんは金床やハンマーを取り出して、床に広げる。
更に携帯用の溶鉱炉を取り出して、残骸をそこに放り込んだ。
しばらくしてコロンと転び出る鉄塊。それを金床においてハンマーで殴る。
数回、ガンガンと殴った結果、元のストームブレイドが再生した。
「すごい……いや、これ修理じゃなくてもう打ち直しじゃない」
「ここまで綺麗に粉々にして置いて、贅沢言わないの」
まぁ、色々あったけどようやくストームブレイドが復帰したのは朗報だ。
後、新しい仲間も出来たようだし、少しは取り巻く情況が見える様になるかも知れない。
「おい、うっさいぞ! 何ガンガン叩いてやがる!」
「あ、すみません、すみません! もうしませんから」
隣の部屋から、大声で怒鳴られてしまった。
そりゃそうだ。鍛冶を宿の部屋でやるとか普通はない。
こうしてボクは一つ勉強したのだ。宿の部屋で鍛冶をしちゃいけないと。
そろそろROっぽい状況から逸脱しつつあります。