第六十三話 もう一人の転移者
視点変更が二箇所あります。
三人称→ユミル→センリと移動します。ご注意ください。
地に沈んだオークを見届けてから、女性は背後を振り返る。
そこには魔術を放った状態で残心している幼女の姿があった。
「へぇ、お嬢ちゃん、やるじゃない! それにそこらの兵士とは格が違うみたいだし……」
気安くアリューシャに話しかける女性。その視線は鷹の目のように鋭く観察してくる。
「ま、いっか。私はセンリ。開発師――クラフトマンよ」
「あ、わたし、アリューシャ。よろし、く?」
アリューシャは、突然話しかけられて戸惑う様子を見せる。
その姿にセンリは感性を直撃され、抱きついてきた。
「ヤダ、この子可愛いじゃない。お持ち帰りしたい!」
「ひゃわ!?」
「おいおい、まだ戦闘は終わってねぇぞ。油断――」
遠距離攻撃手段がない故に、一足遅れてやってくるレグル。
だが、彼が駆けつけるより早く、倒したはずのオークジェネラルが起き上がった。
完全に不意を突かれ、反応が遅れるアリューシャ。
その彼女をかばうべく、身体ごとその身を盾にするセンリ。
慌てて駆け出すレグル。
その全ての行動が間に合わない。
オークジェネラルは手に持った棍棒を振りかざし――
閃光が走った。
◇◆◇◆◇
テマを背負って、ボクはやや控えめな速度で街に向かう。
全速力じゃないのは周囲を警戒しているからだ。五百以上の戦力を引き連れて離れてしまったのだ。他の敵がこちらに流れてきているとも限らない。
「テマ、大丈夫?」
「う、うん。でももう少しゆっくり……」
「それはダメ。早く街に戻りたいからね」
全速力のおよそ半分。時速にして八十キロ相当の速度で草原を駆け抜ける。
正直、背中でチビられてもおかしくない速度だ。自分だったら確実に漏らす。
ノーヘルでしかも背負われた状態でこの速度だ。体感的な恐怖は速度以上の物があるはず。
男の子の意地か、よく頑張っていると言っても過言ではない。
「悪いけど、門の近くに行くと戦闘になる可能性が高い。だからキミにはそばで隠れててもらいたいんだけど――」
「うん、俺も巻き込まれたくないから隠れてる方がいい」
「聞き訳が良くて大変結構」
五百ほど減らしたとは言え、まだ敵の四分の三は健在だ。ボクの場合、交戦を開始してから【狂化】を使用し、五分ほどで殲滅したけど、この世界の兵士の基準や敵の多さを考えると、一時間やそこらでは倒しきれてないはず。
テマの安全を考えると、そこらに身を潜めて戦闘が終わるのを待つのが定石だが、あの街には今アリューシャが居るのだ。
それが襲われているのを黙って見ているなんて、ボク的にはありえない。
しばらく進むと戦闘の喧騒が聞こえてきた。
速度を落とし、身を潜めながら戦場に近付いていく。
「テマはここで残ってて。見つからないように気を付けてね」
「うん、姉ちゃんも気を付けてね」
「任せといて」
素人でも余裕を持って隠れる事ができると思われる距離でテマを降ろし、身を潜めながら迂回気味に近付いていく。
迂回しているのは発見された時に、延長線上にテマが居る事を隠すためだ。
その分時間が掛かってしまったけど、今の位置ならテマが発見される可能性は少ないだろう。
状況的に背後に回りこんでいるので、ここから攻撃を仕掛けるなら挟み討ちの効果が出るはず。
攻城戦中に退路を絶たれるのほど、気持ちの悪いことはない。
後方から範囲を持つ魔法を何発か打ち込んでやれば、敵も混乱するはずなのだ。
問題は、その後姿を晒して敵を引き付けないと、後方の敵を探す索敵網にテマが引っかかってしまう可能性があるということ。
つまり、一撃入れたらボクは否応無く乱戦に突入しなければならない。
できるなら、街側と連絡を取ってタイミングを計りたい所ではあるが……見た感じじゃ、まず無理だろうな。
広範囲の魔法を使うために、こっそりと武器を変更しようとコンソールを開いた時、戦場で大爆発が起きた。
最初に一発。
続けて二発、三発――そして数え切れない連撃。
突如起きた一方的な蹂躙に、ボクは目を見開いて呆然とした。
数分後にはモンスターの群れは消えてなくなっており、屍の山の中に屹立する敵のボスらしき姿が残るのみとなっている。
「あれは……オークリーダー?」
オークリーダーとは、ミッドガルズ・オンラインに存在するモンスターで、エリアボスとまでは行かない中ボス程度のモンスターだ。
取り巻きを召喚する能力があり、HPもそこそこ多い。強敵……ではあるけど、脅威にはならない存在。そんなレベルの敵だ。
もちろん、この世界の人間にとっては、そんな敵でも充分な脅威になる。
そして街壁の上から一人の女性が飛び降り、そのまま駆け出していく。かなりの高さなのに、まるで平気そうだ。
手に持った機械的な武器を仕舞い、大斧を取り出して一閃。
「なんだ――スキル? 機工師か?」
機工師とは商人系の三次職で、武器製造から修理開発、果てはロボット系のスキルまで取得してしまう、もはや初期クラスの商人から盛大にかけ離れてしまった最高位職業だ。
耐久力もそこそこあり、使い勝手のいい範囲攻撃を持つ、そして荷車を引くことで大量のアイテムを持ち運べるクラスでもある。
それはすなわち、戦場での持久力が高いということ。
長く狩場に居座れるこのクラスは、ミッドガルズ・オンラインでも人気の職業の一つだ。
「ボク以外にも転移者がいたのか……そりゃそうだよな」
丸一年草原に隔離されていたけど、『自分だけが特別に』転移したなんていう特権意識はボクには無い。
アリューシャに癒され、色んな事に追い回されていた一年で忘れていたけど、ボク以外にも転移者が居る可能性はもちろんあった訳だ。
そもそもアリューシャだって、おそらくは転移者な訳だし。
「だとすれば、協力者になってもらえるのかも知れないな」
最近忘れ気味だけど、ボクの目的は元の世界に戻る事だ。
それは多分、彼女だって同じのはず。
ならばここは強引に協力プレイに持ち込み、恩を売るしかない。
「機工師なら、オークリーダー程度瞬殺しちまうからな!」
だけど、駆け出していく途中で、その足が少しずつ遅くなる。
奇妙な違和感……それは――
「動きが鈍い? それにあれだけスキルを連発していて倒せてない?」
レベルカンストまで行かなくても、そこそこの高さがあれば苦戦する相手ではないはず。
ひょっとして、転職したてとか、そんなキャラで転移してしまったのか?
だとすると、少し危ないかも知れない。
そんな逡巡が足を遅める。その間にも戦闘は続き、やがて【フォーススラッシュ】らしき閃光に撃ち抜かれオークリーダーが倒されてしまった。
よく見ると、女性のそばにはアリューシャの姿があった。
考えてみると、アリューシャの魔法攻撃力は高位レベルの魔術師に匹敵する。
レグルさんのような腕利きが、そんな戦力を見逃すはずがなかったか。
「でも子供を戦場に出すなんて……後できつく抗議しないと――」
戦闘が終わったと思って完全に気を抜いてる女性とアリューシャ。
その背後でオークリーダーが突然立ち上がった。
レグルさんも駆けつけているけど、まだ距離がある。
「アリューシャ! くそ、【アクセルヒット】、【狂化】!」
咄嗟にスキルを発動し駆けつける。
いつも使っている【オーラウェポン】や【エンチャントブレイド】を発動する時間すら、惜しい。
【狂化】による強化された脚力で大地を蹴り、全速力を出してオークリーダーへ斬りかかる。
その速度はいつもの全速力よりも、更に速い。おそらくは【狂化】による筋力強化が最高速度に影響を及ぼしているのだろう。
轟々と風を切り裂き、オークリーダーを擦れ違い様に斬り捨てる。
そのまま反転して、勢いを殺さずに攻撃を続ける。
袈裟切りに、逆袈裟に、横薙ぎに、斬り上げ、唐竹割りに、逆薙ぎに、突き通し――
それも足を止めて斬り付けたのではない、体重を乗せるために踏み込み、擦れ違い、飛び上がって斬り続けた。
結果、その姿は残像すら残し、分身している様にすら見えただろう。
たった一秒。その合間に斬りつけた回数、十二回。
オークリーダーは一瞬にして五十を超える肉片と化し、飛び散っていった。
◇◆◇◆◇
突如起き上がったオークジェネラル。
私はそばに居た子供――アリューシャちゃんを護るべく、背後にかばう。
一発や二発なら、ステータス的に耐えられるはず……とはいえ、実際に殴られるとなると、その恐ろしさは想像以上の物がある。
――ゲームなら……こんなの、なんて事無いのに……!
引き延ばされた時間の中で、そんな事を考えながら攻撃に備え、身を硬くする。
目は瞑らない。接近戦で目を瞑ればそれが隙になり、そのまま致命傷になる。
現実世界では武道の経験は無いけど、何かの本……ライトノベルだったかも知れないけど、そんな事が書いてあった記憶があるから。
そこへ……一筋、いや、二筋の閃光が割り込んできた。
金色の髪をなびかせ、銀の刃を翻す少女の姿。
私が視認できたのは、そこまでだ。
それからの一秒は……まさに幻想の様な出来事だった。
オークジェネラルと擦れ違ったと思ったら、少女の姿は更に反対側へと飛ぶ。
右に、左に、上に、下に……
一瞬とて同じ場所に居座らず、変幻自在に位置を変え、嵐の様に切り付けていく。
最初の剣閃が消えぬうちに、次の剣閃が、そして次の……そんな速度で攻撃を繰り返し、まるで光の檻にモンスターを閉じ込めるかのように動く。
そして、その光の一筋ごとに、モンスターがバラバラになっていく。
ほんの一瞬。
見る間にオークジェネラルは細切れと化し……宙に飛び散っていった。
その景色は、まさに血の雨。
「……すご…………」
呆然と……ただただ呆然とした感情に支配された中、何とかそれだけの言葉をひねり出した。
手に持った両手剣を一振りし、血糊を払って腰の鞘に収める。
鞘が足より長くて地面に引き摺っているのが、まるでチャームポイントの様だ。その愛らしさが、先ほどの恐ろしさを緩和している。
「ゆーね!」
「アリューシャ、無事!?」
背後にかばっていたアリューシャちゃんが、彼女を見て飛び出していく。
あの子の反応からすると、どうやら彼女は敵ではない様子だった。
安堵の溜息が我知らず、漏れる。あれが敵だったら、さすがに死を覚悟しなけりゃならない所だった。
「敵じゃない、みたいね?」
「あ、アリューシャを守ってくれて、ありがとうございます」
ペコリ、と擬音が聞こえてきそうな勢いでお辞儀する彼女。
その姿から、アリューシャちゃんをとても大事に思っている様子が窺えた。
「こんな子が戦場にいたら、そりゃあね……私はセンリよ。よろしく」
「ボクはユミルです。魔導騎士やってます」
「魔導騎士……?」
私が浮かべた疑問符に、ユミルちゃんが不思議そうな表情を返した。
「えっと、あれ? 知りませんか、魔導騎士」
「ごめん、マギクラフト・オンラインにそんな職業あったっけ?」
「へ、『まぎくらふと・おんらいん』……?」
私の言葉に、今度はユミルちゃんが疑問符を浮べた。
どうやら、少しお話をしないといけないようだ……
ようやく出せました、センリさん。
予定では40話台で出そうと思ってたのに、どうしてこうなった……