第六十一話 狂戦士
雲霞の如く押し寄せるモンスターの群れ。
もちろん五百程度では、そこまで派手な訳じゃない。だが、たった一人でこれに立ち塞がるとなると、話は変わる。
「t起動、パワーアーム――b起動、マインドリジェネート。s起動、ライフストリーム……」
敵の到着までに戦闘の準備を済ます。
先ほど使った魔刻石は持続時間のあるものばかりだ。
tは筋力を強化する効果を、bはMPを持続的に回復させる効果を持っている。
そしてsは回復アイテムの効果を強化する。ただし、MPの自動回復を停止させてしまうのだが、これはbの効果で補ってくれる。
sを使ったのは、回復アイテムが心許無いからだ。アイスや焼き魚などは未だそこそこの量をキープしているが、ゲームと違って一瞬で食べられなくなっているので、戦闘では使用し辛い。
結局戦闘で使用できそうなのは、残り三十本程度の濃縮ハイポーション位の物なのだ。
もちろんこの世界にもポーション類は存在するけど、その効果はゲームの最下級のポーション程度しかない。この数で遣り繰りするしか無いのだ。
「【アクセルヒット】、【オーラウェポン】、【エンチャントブレイド】、【コンセントレイト】、【ソードパリィ】――」
恒例のスキルで、自身を強化。大多数戦闘において、通常攻撃を使用する事はほとんど無い。
大きな範囲を持つ攻撃スキルで一気に薙ぎ払うのが、ゲームでも基本戦術になっていた。
今回もおそらく個別に倒す時間的な余裕は無いだろう。
地響きを立てて、迫り来る集団。
そこに――
「うおぉぉぉおおおああああああ!」
雄叫びを上げて、自ら飛び込んでいった。
最大戦速で接近し、敵の先頭に攻撃スキルを仕掛ける
「【リバウンドスマッシュ】!」
このスキルは二次職の攻撃スキルだが、詠唱時間が短く、技後硬直時間も少ない。
その分仕様にクセがあるので、熟練を要する技ではあるが、慣れれば使い勝手はいい。
この技は攻撃を仕掛けられると、数メートル吹っ飛び、当たった先で再びダメージを発生させる技だ。
今のように一方向から群れが襲い掛かってくる状況では、存分に威力を発揮できる。
逆に言えば、飛んだ先で当たらなければ第二のダメージを発生させない技でもある。
スキルの使用位置と方向を考えないと、単なる単体攻撃スキルと化してしまうのだ。
だが大多数に囲まれるであろうこの状況ならば、弾き飛ばす方向なんて考える必要無い。
敵を弾き飛ばして稼いだ時間で、コンマ何秒以下の技後硬直時間と次のスキルの詠唱時間を消費する。
「【マキシ――ブレイク】!」
火炎系範囲攻撃であるブレイク系最高位のこのスキルは、高い攻撃力も然る事ながら、広い攻撃範囲が魅力だ。
あっという間に包囲しつつあった敵を、一瞬にして吹き飛ばしていく。
再び開く、ポッカリとした空間。
この二撃で敵を十数体は薙ぎ払っている。
この調子で敵を接近させる前に吹き飛ばし続ければ、なんとかなるかもしれない。
もう一度敵に自分から近付いていって【リバウンドスマッシュ】を仕掛ける。
あくまで自分から技を仕掛けることが重要だ。
敵に主導権を渡したら、微妙なタイミングのずれで包囲殲滅されてしまう。
「譲るな、退くな、恐れるな――【マキシ、ブレイク】ッ!」
自分に言い聞かせながらスキルを使用する。二度、三度と繰り返し、きわどい綱渡りの末、周囲を屍で埋めていく。
これでおそらくは百程度は仕留めたはず。この調子で行けば……
「――え?」
そこで奇妙な錯覚に捉われた。いや、錯覚ではない。
見える景色が――敵に埋め尽くされたその光景が、変わらない。
――いや、むしろ増えている?
敵の増援が到着したのか、一瞬そう思ったけど、どうやらそうでは無いらしい。
敵から最初に削り取った五百、その中に……
「オーク、ロード――!?」
一際派手な頭飾りをつけた、一回り大きな個体。
ミッドガルズ・オンラインで、稀に見かけるエリアボス。
それがここに居た。
「なん――うわっ!?」
驚愕に一瞬身体が止まり、その隙に包囲されて攻撃を受ける。魔導騎士のHP量ならそれほど大きなダメージでは無いが、数が多すぎる。
慌ててノータイムで撃てる【バーストブレイク】で敵を吹き飛ばしつつ殲滅するが、状況は一気に悪化した。
オークロードはそれほど強いボスではない。
HP自体も多くない上、レアドロップが美味しいので、見かけることができれば、むしろ率先して倒していたくらいだ。
だが今は回復アイテムに制限が掛かっている状況だ。
しかも現状、ヤツはボクにとって最悪のスキルを使用してくる。
「ああ、もう! なんでこんな時に――」
愚痴をこぼしている間にも、オークロードはそのスキルの詠唱を開始している。
「GRRRROOOOOOO!!」
すでに敵の中央にあったボクは、距離を稼ぐ事もできずに、まともに攻撃を受ける事になった。
オークロードの叫びと共に発生した地震。大地がひび割れ、隆起し、起き上がった地面に身体が叩きのめされる。
必中広範囲攻撃――【アースクエイク】。
防御魔法も意味は無く、ダメージを減衰させるには数を揃えて的を分散させるしか無いと言う極悪スキルだ。
配下のオーク達には一切効果を発揮せず、その他モンスター達も友軍判定を受けているのかダメージを受けた様子は無い。
ただボクだけが、瀕死の大ダメージを受ける事になった。
「がっ――かはっ!?」
地面に転がり、血反吐を吐いて苦痛に耐える。
転がったボクに殺到するモンスターたち。今からじゃ【マキシブレイク】の詠唱は間に合わない。
【バーストブレイク】では範囲が狭い――
「h――テンペスト!」
ベヒモスを内部から打ち砕いた攻撃スキル。
このスキルの特徴は、魔術師系の広範囲攻撃に匹敵するほどの攻撃範囲の広さと、ノックバック性能だ。
その広さは【マキシブレイク】よりも更に広い。
時間を稼ぐ、今のような状況ならば最適のスキル……だが、切り札の魔刻石をまた一つ、消費させられてしまった。
吹き飛ばした敵が、力尽きて地に倒れる。
そしてそれを補うかの様に現れるオーク。
おそらくは、オークロードの召還スキルだ。
「アイツを倒さない限り……戦闘は終わらないか」
しかも今までのように一対一ではなく、取り巻き共を処理しながら。
ゲームなら雑魚は無視して、ひたすらボスを殴ればいいだけだったけど……
「――いや、ここはゲームと同じで行く!」
多少殴られる覚悟を決めて、いくつかのスキルを準備しておく。
回復剤が心許無い以上、必中攻撃を撃ってくるオークロードは危険極まりない存在だ。
アリューシャのヒールも無いのならば、このままジリ貧になる可能性が高い。
ならば、打って出るしかない。それも尋常じゃない覚悟を持って。
hで敵を押しのけた隙に武器を持ち変える。
装備したのは魔剣『紫焔』と、天使の光輪という頭飾り。
「うらあぁぁぁぁぁ!」
絶叫しながら、オークロードへと踏み込んでいく。
【リバウンドスマッシュ】を利用して血路を開き、オークロードの元で【マキシブレイク】。
これで取り巻きを剥がしながら、連続攻撃を仕掛ける。
オークロードも再度取り巻きを召還して陣容を固めようとするが、紫焔によってオートキャストした【メテオクラッシュ】と、天使の光輪によって発生する【ファイアボール】によって、湧き出す端から蒸発していく。
さらに【ミストブリーズ】や【ファイアボルト】もオートキャストされるため、豪雨の様に魔法の渦が発生していく。
「GRRRRRROOOOOOOOO!!」
召還しては消えていく取り巻きに業を煮やしたのか、オークロードは【アースクエイク】へとスキルを変化させた。
ボクの方としても、瞬時に取り巻きを蒸発させているとは言え、ただでは済んでいない。
HPはジリジリと削られている。このままではおそらく、次の【アースクエイク】には耐えられないだろう。
だから、【アースクエイク】の発動寸前に、最後の切り札を解放することにする。
「――【狂化】!」
【狂化】。
二次職である騎士時代に習得できるスキルだが、その効果はまさに決戦スキルといっても過言ではない。
HPは二倍にまで伸び、全回復する。攻撃力も五十パーセント増加、攻撃速度だって上昇する。
状態異常も一気に回復し、まさに万全の状態以上になって戦闘を続行するスキルだ。
だがもちろんデメリットも存在する。
回避力や防御力は半減し、アイテムの使用だってできなくなる。
致命的なのは回復魔法すら受け付けなくなり、HPが一になるまで継続的に消耗していく状態になる。
つまり、このスキルを使うと、回復手段がなくなってしまうのだ。
殺るか、殺られるか。
ノーガードでの殴り合いを行うスキル――それを、使用した。
「GRRRRRRAAAAA!!」
「ぐるあああぁぁぁぁぁぁぁ!!」
【アースクエイク】が発動。
だがこちらのHPは二倍に伸びているため、大きな被害ではあるが致命傷には程遠い。
そしてこちらの攻撃。
様々なブーストを掛けられた物理攻撃が、更に強化されてオークロードに降りかかる。
それだけではない。
【狂化】すれば、スキルは使用できなくなるが、オートキャストは別だ。
そして、攻撃力強化の計算式には、魔法攻撃力だって乗るのだ。
つまり、五十パーセント増しの物理攻撃と魔法攻撃が、同時に降りかかる事になる。
結果、オークロードは地面に叩き伏せられ、魔法で擂り潰され、細切れになって、土と同化するまで切り刻まれる事になった。
オークロードは沈んだ。
だが、戦闘が終わった訳ではない。
いまだ、数百のモンスターがボクを取り囲んでいる状態にある。
「おおおおぉぉぉああああぁぁぁ!!」
「ピ、ピギィィィィィィィィィィ!?」
威嚇の叫びを上げ、残存したモンスターに襲い掛かる。
端から見ると、それはまるで、モンスターと人間の立場を入れ替えたかの様な光景だっただろう。
明らかに様子がおかしい大剣を抱えた騎士。
しかも自分達のボスを圧倒してのける程の戦闘力。
そんなバケモノを超えたバケモノが、雄叫びを上げて襲いかかってくるのだ。
ボクなら確実に逃げる。
そしてモンスター達も、そう判断した。
蜘蛛の子を散らすように、逃げ惑うモンスター。それを追い掛け回し、無慈悲に狩り散らすボク。
「くふっ、ふはは、あはははっはははははハハハハハハHAHAHAHAHA!」
「グギャアア! ブルギャアアアアァァァ!」
かなりイッちゃってる笑いが込み上げてくる。
それが更なる戦慄を呼び起こすのか、数匹のモンスターが腰を抜かしている。
容赦なくその首を刈り、次の獲物の姿を追っていく。
恐怖に捉われ、背を向けて逃走を図るモンスターたちを駆逐するのに、大した時間は掛からなかった。
なお、ROのバーサークではmatkの上昇効果はありません。