第六十話 テマを探せ
近場の林ではテマの姿を見つけることはできなかった。
子供が基地を作るというと、他にどんな場所があるだろう?
ボクは昔からアウトドア派ではなかったので、そういう記憶はあまりない。
だけど、思い出せ……友人と遊んだ時は、そういう場所に招かれた事があったはずだ。
「子供と言っても、結局は実用性って重要だからな。となると……水場か!」
街から離れる以上、水は重要になってくるはずだ。
どこの世界でも思いっきり遊べば喉は渇く。それにトイレの問題だってある。
もちろん冒険者になると、そこら辺の道端で用を足すことは多くなるが、それでもそれなりの場所があるのなら、そちらを使用したくなるのが人情。
子供だって水場があったら使うだろう。
「この近くの水場というと、ロマール河か」
この世界では街を構成する要素は二つある。
川や水源のそばに町ができるのは、元の世界と同じ。そしてもう一つが迷宮のそば。
タルハンは迷宮を中心に発展した街ではあるが、近くの川を街の方に引く治水工事も行っている。
街の外でロマール側沿い。そして人目に付かない程度の障害物。
それならば目測は立てやすい。
最大戦速で川沿いに移動する。
上流から下流までを一望すると、街のそばに岩場ができていた。
街壁を作る時に資材置き場として使用した名残だろう、切り出した岩の残りが積み上げられている場所があった。
「川があって、岩があって、登って遊ぶ事もできる、か。子供の好きそうな場所だよな」
当面の目標に定め一気に駆けつけると、なにやら甲高い悲鳴が聞こえてきた。
「きゃあぁぁぁぁぁ!?」
「グギャギャギャ!」
女の子の様な悲鳴だけど、子供が全力で大声を出すとあんな感じかも知れない。
どうやら今度は間違いじゃないみたいだ。
時速百六十キロという速度で悲鳴の元に駆けつけると、そこにはテマとゴブリン、それに豚顔の巨人が鬼ごっこを展開していた。
散乱する岩場を最大限利用して逃げ回っている所を見ると、テマの足はかなり速いようだ。
ジャイ○ン風味な性格は伊達じゃ無いと言うところか。子供の力関係は運動能力によるところが大きいし。
とは言え、のんびりと見物してる訳には行かない。
「テマ、伏せて!」
クニツナを抜き放ち、剣を水平に寝かせて突撃を掛ける。
腰を抜かした様にへたり込んだテマの脇を駆け抜け、もっとも強そうに見えた豚顔を串刺しにする。
そのまま勢いを殺さず体当たりで押し込んで、背後の岩に磔にしてやった。
豚顔の生命力は中々強いのか、それでもまだ息がある。何とか剣を引き抜こうと足掻いているが、ボクの全力で押し込んだ剣がそう簡単に抜けるはずもない。
この隙にボクは予備のクレイモアに持ち替えて一歩下がり、残ったゴブリンたちを睥睨した。
「――残り、七匹」
ゴブリン達はこの時になって、ようやくボクという脅威に気付いたようだった。
目標をテマからボクに変更し、おっとり刀で斬りかかってくる。
だがその判断は大きく間違っている。生き残りたいのなら、テマを人質にでも取るべきだった。
ボクは無言で間合いに踏み込み、剣を数回振り回す。もちろんテマが巻き込まれないように、注意はしている。
初撃で二匹の首を刎ね、次撃で三匹の胴を両断する。
続く二振りでゴブリンたちを一匹ずつ縦に断ち割ってやった。
血振りをして剣身に付いた血を振り払い、まだ息のある豚顔を見やる。
鍔元までねじ込んだクニツナはびくともせず、未だ巨体を磔ていた。
「ガ……ガァ! ブファ!」
「判んないよ、人間の言葉で喋れ」
そう言い捨て、柄を持って一気に斬り上げてやる。
岩ごと上半身を両断され、豚顔はようやく死亡した。
クニツナも血振りしてから鞘に収め、テマの様子を確認する。
「テマくん、無事?」
「あ……うん。あり、がとう……」
気丈にも立ち上がろうとしてるけど膝が笑っているのか、うまく行かない様だ。
これは背負っていった方が早いかな?
「ちょっと待って。今用意するから」
背負った大剣二本を腰の剣帯に移動させる。
剣身が長すぎて、先を引き摺ってしまうけど、この際贅沢は言えない。
次にマントを捻り、絞ってロープ代わりにする。これでテマの体を固定するのだ。
ここまでゴブリン達が来てたんだ。早く帰らないと、敵の本隊と鉢合わせとかになったら困る。
テマの右腕を肩に、左腕を脇に通して縛り上げる。
足も腰の辺りで縛りつけてがっちりと固定した。これで全力で移動しても落ちないだろう。
「でも、まさか男の子にだいしゅきホールドかまされるとは思わなかったなぁ」
「だい……なに?」
「なんでもないよ。凄く揺れるから、ぜったい落ちないでね? 落ちたら、死ねるよ。マジで」
「死……わ、わかっ――ひゃああぁぁぁ!?」
返事も待たずに、全力で駆け出していく。
テマが了承しようとしまいと、全力で戻らないと危ないのだから、合意は必要ない。
数秒後には腰元に生暖かい感触が広がり、風圧による気化熱で一気に冷たくなっていく。
アリューシャですら耐えられなかったボクの全速力だ。テマ程度の一般人が耐えられるはずもない。
背中越しの頭の位置もグラグラしていて、おそらく気を失っているであろうことが判る。
だけど、ここで足を止める訳にはいかない。時間は一刻たりとも無駄にできないのだ。
「それにしてもあの豚顔……オークって奴かな? あんなのまで居るなんて聞いてなかったんだけど」
そもそもここまで先遣隊が来ていると言うこと自体が、すでにおかしい。
斥候の持って帰ってきた情報と、大きく食い違っている。
「どうも、妙な事が起きすぎてるな。この間のゴーレムといい――なんだ?」
思考に没頭しすぎたせいか、前方に上がる土煙に気付くのが遅れた。
それもただの土煙じゃない。まるで巨大な軍隊が行進してるかのような――
「まさか、本隊!? もう来たの?」
悲鳴と驚愕の入り混じったような声を上げて、急停止。
その突発的な行動がいけなかったのだろうか、ザリザリと音を立てて停止した足元から、盛大に土煙が上がってしまった。
前方にはモンスターの集団、およそ二千。この数は斥候の報告通りだけど、到着時刻が違う。
よく見るとゴブリン共はウルフの背に跨り、豚顔――仮称をオークとするけど、こいつは猪の様な獣の背に乗っている。
「モンスターが騎乗するとか聞いてないよ!」
ミッドガルズ・オンラインでも、騎乗しているモンスターがいなかった訳じゃない。
むしろその種類は他のゲームに比べても多い方だっただろう。だが実際の所、それらのモンスターは騎乗動物とモンスターが一体となった、一固体のモンスターとして扱われていた。
実際に他のモンスターに騎乗しているなんてのは初めて見る。いや、そもそもモンスターがそんな知恵を見せた事自体に驚愕する。
少なくとも迷宮では、モンスターがなにかに騎乗するような行動は取っていなかった。
とにかく、急ブレーキを掛けたせいで巻き上がった土煙。これがまずかった。
土煙を目聡く見つけたモンスター達が一部が、こちらに向かって移動を開始している。
数は四分の一ほど……つまりは五百。
「くっそ、マズイ……ボクだけならともかく、テマを背負ったままじゃ――」
アリューシャと違って、一般人のテマには、彼女と同等の立ち回りは期待できない。
まず確実に剣風に巻き込まれて死ぬ。もしくはパニックを起こしてモンスターの注意を逆に引いてしまうとか。
それに、背負ったまま戦うのも不可能だろう。
ボクの高速機動では、テマの体が耐えられない。特に今は気を失っている。
全力で身体を切り返したら、首の骨がボッキリ逝ってしまいましたとか、あるかも知れないのだ。
「一旦戻るか……まずはテマの安全を確保しないと」
石切り場に戻って、石を組み合わせて安全圏を作る。
そこにテマを隠してから……敵と戦うしか無いか。
こうしてボクは、再び石切り場に引き返すことになった。
石切り場に戻ると、まず真っ先に大きめの石を組み合わせて、小さな隙間状の空間を作った。
ボクの馬鹿力をフル活用して、おそらくはオークでも動かせないような、岩の隙間を作り上げる。
そこにテマを押し込んで念を押す。
彼も戻るまでの時間に目を覚ましていた。正直気を失ったままの方がマシだったかも知れないけど。
「テマ、いい? モンスターが追ってきてるから、ボクはここで迎え撃つ。君はここに隠れて待ってて欲しいんだ」
「で、でも――」
「入り口は石で塞いで隠しておく。だから声さえ上げなければ、万が一ボクが負けても君は安全。判る?」
「う、ん……」
ボク達が逃げる跡を、モンスター共は的確に追跡していた。
速度差でまだ少し時間的な余裕はあるけど、程なくここに殺到してくるだろう。
もちろんひたすら逃げ続けてもよかったのだが、そうなるとテマの体力が持たないと判断した。
ボク自身は疲労しない身体なので何も問題はない。だが馬に乗るのも一苦労なのに、手足を縛られたまま数時間となると、子供の身体では耐えられないだろう。
ここに彼を残したまま別の場所に引き摺り回すと言う手も考えたけど、やはりこの状況で子供から目を離すのが怖い。
それにボクが別の場所で負けてしまったら、彼を閉じ込めた場所が判らなくなってしまう。
そうなったらテマに残された道は、緩やかな餓死しかない。
ここで戦ったのなら、負けたとしてもその痕跡は残る。そこを調査するくらいはレグルさんならやってくれるはずだ。
それに少しでもここで数を減らせば、その分タルハンが楽になる――それはすなわち、アリューシャの安全に直結するのだ。
「怖かったら、目と耳を塞いでていいから。とにかく声を上げない事。音を立てないことを心掛けて」
「わがっだ……」
涙と鼻水で濡れた顔を上げて、テマは答える。
腐ってもガキ大将。ここで弱音を吐かない所は評価できる。
「大丈夫。こう見えてもボクは強いよ。さっき見たでしょ」
「うん。信じてる」
「任せろ」
ポンポンと頭を叩いて、励ます。
そして、隙間に大きな岩を立てかけて、蓋をした。
最後に目印になるように、×字に斬り付けて印を残す。
近付いてくる土煙。五百匹近いモンスターの群れ。
本来、敏捷度偏重のステータスを持つユミルは、こういう大量のモンスターを相手取るのは苦手だ。
敵に囲まれると、回避力が大きく低下し、打たれ弱さだけが際立ってしまい、あっという間に蒸発してしまう。
だがここはゲームの世界ではない。
モンスターだってお互いの身体が邪魔になって、百どころか十匹だって同時に攻撃できたりなんかしない。
もちろん押し寄せてくる敵の量で、ボクの逃げ場なんてほとんど残らないだろうが、ゲームの様に一瞬で蒸発する事はないはず。
ダウングレードされたとは言え、未だ五万を超えるHPは伊達では無いのだ。
それならば、戦い様は充分にある。
「来いよ、バケモノ共。魔導騎士の本気を見せてやる――」
大地を踏みしめ、自らを鼓舞するように、そう吼えた。
通算PV200万突破しました。
そしてライト文芸賞MF2次選考も抜けたようです。
いつも読んでくださる皆さんに感謝します。本当にありがとうございます。