第五十九話 大氾濫
翌朝、馬車に幌をつけてから南側の門へと向かう。
通常は市街中央の広場を集合場所にすることが多いらしいけど、今回は牧畜が多数いるという事で街の外が待ち合わせ場所だ。
門の外にはすでに牧畜を数珠繋ぎにして、キースさんが待機していた。
牧羊犬も二頭見かけることが出来る。
そして……
「おはようございます、キースさん。それと……少し多いです?」
待ち合わせ場所にはキースさんと使用人二人、牧羊犬二頭、アーヴィンさん達とドイルさん達。
その他に家族連れらしい男女が八名追加されていた。
「おはようございます。申し訳ありません、彼らも村へ随行したいそうでして……なにぶん、昨日の夕方という急な申し出でもあり、ご連絡が付かず面目次第も無い限りです」
「……アーヴィンさんは許可出したんですか?」
「はい、『どうせ大して手間は変わらない』との事です」
「今回はユミルもいるしな。水と食料があれば何とかなるだろう」
だからと言って、急な増員は色々と問題があるはず。
なによりも、信頼できる人間かどうかという問題がある。
これから二週間、人目のない草原を行くのだから、盗賊なんかを呼び込まれたりしたら手に負えない。
そこらへんを確認するため、キースさんに顔を寄せて囁き声で確認を取る
「信頼できる人たちなんですか?」
「ええ、私が懇意にしている農場の従業員達です。草原での栽培法を聞いて一旗揚げようと思ったらしく……私もその農場にはお世話になってますので、あまり無碍には出来ませんでした」
うーん、それなら大丈夫……なんだろうか?
見た所、下は十四、五歳。上は四十絡みの朴訥そうな家族だ。ボクと同い年くらいの少年がこちらをチラチラ見ては、隣の少女に肘鉄を食らっている。幼馴染かな?
武装も持っている風でもないし、直接的な危険はなさそうかも知れない。
農場の従業員というのもポイントは高い。村では決定的に生産力が足りていない。
冒険者達が資材を持ち出してくると言っても、そこは人の手による所で、おのずと限界はある。
一般的な住民の存在は歓迎すべき所だ。
「すみません、急な申し出をしてしまって……私達も話を聞いたのが五日前でして、慌てて家族で話し合い、引越しを決定したのが一昨夜という有様だったもので」
申し訳なさそうに、年長のおじさんが話しかけてくる。
ボクが渋そうな表情をしたのを見られたのかも知れない。
「こういう長距離の移動ですから、疑われるのは無理も無いと思いますが、ここは私の顔を立てていただけませんか?」
「……まぁ、そういう事もあると思いますよ。信頼できる入植者の方なら大歓迎です」
取り成すように仲裁に入るキースさん。
本人も急な割り込みである事は理解しているし、こちらとしても人が増えるのはありがたいので、ここは彼を信頼することにしよう。
もしアリューシャに害があるような事をしたら……人間相手でも、容赦しないけど。
「ユミルさんの了承も得れたことですし、そろそろ出発しましょう。皆さん、二週間ほどよろしくお願いします」
キースさんの号令と共に、それぞれのパーティが出発の合図を送る。
アーヴィンさん達とドイルさん達は四頭の馬を連れていて、交代で乗って疲労を軽減する方針だそうだ。
ボク達二人は橇を利用することを知っていたので、この計算には入っていない。
全員が馬に乗らないのは、小回りを必要とするトラブルに対応するためだとか。
しばらくは道が舗装されているので、橇ではなく馬車形態で進むことになる。
この一週間世話になった門番の人に軽く会釈をして、出発しようとした時……遠くから冒険者達が数人、慌てふためいたように駆けつけてきた。
「おい、早く引き返せ! 門番は門を閉じるんだ! 『大氾濫』が起こった!」
「なんだと!?」
冒険者の言葉に驚愕を浮かべる門番達。
その言葉を聴いて、すぐさま取って返すアーヴィンさんとキースさん。ドイルさんもすぐさまその後に続く。
「アーヴィンさん、『大氾濫』ってなんです?」
「それ――いや、そうか君達は知らなくて当然か……大氾濫というのは――」
モンスターの突然変異的大量発生の事を指し示すらしい。
基本的にモンスターというのは多産多死だ。それは自然環境で淘汰される例もあるし、冒険者に狩られるという事象もある。
だがそれを運よく集団で生き延びてしまったらどうなるか?
結果として起こるのがモンスターの人口爆発である。
爆発的に増えたモンスターたちはまず食糧難に襲われ、食料を求めて彷徨いだす。それこそ川が氾濫したかのように、群れを成して近隣の町や村に押し寄せてくるのだ。
彼らだって知っているのだ。街や村には大量の食料と、食料になりうる人間が住んでいることを。
モンスターの増殖力というのは人間の比ではない。故に冒険者や各街の兵力は積極的にモンスターを狩ってまわり、その数を減らす。
そういった監視網を逃れた集団が辺境の村を襲撃し滅ぼすというのは、この世界ではかなりの頻度で起こっている事らしい。
「だが、タルハンは冒険者が多い。もちろん迷宮内に潜っている者が多いのもあるが、周辺への監視だって減らしちゃいない。これほど唐突に大氾濫が発生するというのは聞いた事がない」
もちろん大氾濫が唐突に発生する事は、ほとんどない。
冒険者や兵力が極端に減った地域や、モンスターの発生頻度の高い地域、そういった『条件』があって、初めて発生する現象だ。
だがタルハンは冒険者が多く、周辺でのモンスターの目撃例も少ない。
この唐突な大氾濫は、まさに寝耳に水の出来事だったらしい。
すぐさま冒険者組合から伝令が走り、街の外に出ていた農民達を収容する。
八方に散った伝令たちはそのまま周辺の旅人に警告を発して回り、ついでにモンスターの姿を確認してくる。
半日後には、その数、二千というウルフやゴブリンを確認し、レグルさんはホッと胸をなでおろしたという話だ。
ボクも組合に詰め、状況を確認しに来ていた。
キースさんは一度商人組合に顔を出して、牧畜を預かってもらっている。
アーヴィンさんとドイル達パーティは、この状況を解決するための兵力として、組合の緊急依頼を請けていた。
よく見るとカロンの姿も見える。そのそばには、杖を突いたヤージュさんも。
レグルさんは町長として動かざるをえないため、現状は代理の人が組合を仕切っている。
冒険者だけでなく、街の兵力も動かさないといけないからだ。
「なんだか、大変な事になったねぇ」
「うん、ゆーね大丈夫?」
「ボクは平気だよ。それに数が多いって言っても来てるのはウルフ程度だって話だしね」
かく言うボクにも緊急依頼の報が届いている。面倒事はゴメンだけど、この事態が収まらない限り、街から出ることも適わない。
アリューシャを組合で預かるという条件で、ボクはこの依頼を請けることにしている。
そこに見知った顔を見つけることが出来た。ジョッシュとラキだ。
「って、テマがいない?」
「んぅ? あ、らきー、じょしゅー!」
「アリューシャちゃん、いたんだ!」
「うん、朝からいるよ」
こちらに駆け寄ってくる子供二人。今の組合に不似合いな子供たちは、その顔に焦燥を浮かべている。
「どうしたの? なにかあった?」
「テマが……いないんです」
「え――」
「朝から、秘密の場所に行くって……」
「秘密の場所ってどこ!?」
「……しらないんだ」
どうやらテマは、秘密基地とやらを作っていて、それが街の外にあるらしい。
だがそれが何処にあるのかは、ラキたちにも内緒にしていたという話だった。
「それじゃ、大氾濫の連絡とか……」
「多分受けてない。きっとまだ外にいるんだ」
ラキのその言葉を聞いて、アリューシャは駆け出していた。
それはもう、ボクの反応すら上回るほどの速度で。
「アリューシャ、待って!」
「やだ、たすけにいくの!」
物凄い速さで組合を飛び出したアリューシャを追うべく、ボクも外に飛び出す。
ついでにエミリーさんに子供二人の面倒もお願いしておいた。後を追ってこられたら面倒なことになる。
それに彼女に預けておけば、事情が組合側にも伝わるはずだ。
通りに飛び出したアリューシャは、その体躯の小ささを活かして、人ごみの中を縫う様に走りぬける。
ボクもかなり小さいほうだけど、彼女のそれには及ばない。
それに今全力で走れば、跳ね飛ばされた人がただでは済まない。
ボクがアリューシャに追いついたのは、結局閉ざされた城門に立ち往生してる間だった。
「アリューシャ、戻るよ」
「やだ、たすけに行く」
「ダメだよ。アリューシャじゃ、まだ戦えないでしょ」
「でも行くの!」
日頃見ない、頑なな態度。
初めての友達の危機とあって、冷静ではいられないのだろう。
「代わりにボクが行くから。絶対助けてくるから」
「……ほんと?」
「ボクがアリューシャにウソついたことある?」
これは少しズルイ取引かも知れない。でも、ここで彼女を外に出す訳には行かない。
助けに行くとしても、彼女がいれば全力で走れない。
「ゆーね、おねがい。テマを助けてあげて」
「まかせて」
そのまま兵士の一人にアリューシャの事をお願いする。
正直、見ず知らずの人間に彼女を預けるのは不安で仕方ないけど、今は一刻を争う。
外に子供が一人取り残されている事情を話し、ボクだけ街の外に出してもらった。
とりあえず街を離れ、マップ機能を展開して地形を調べる。
モンスターの群れは、到着までまだ数時間は掛かると見られているので、無事なはずだ。
子供の作る秘密基地とやらが何処にあるのかは知らないけど、それが街からそう離れているとは思えない。
とりあえず人目に付かない場所だろうから、まずは木の茂った雑木林を目指す事にしてみる。
久しぶりの全力疾走で、物の数分で林まで到着した。
もちろん途中でもテマの名を叫び、反応が無いかも確認している。
「テマー! テマ、いない? いたら返事して!」
出来る限りの大声で叫びながら、木々の合間を疾走する。
これだけ全力で走ったのは、この世界に来て初めてかも知れない。
疲労しない身体だからこそ可能な事だけど、そうでなかったらとっくにへたり込んでいる距離を走っている。
「テマー! テ――!?」
大声で走り回っていたボクの視界に、小さな影がよぎった。
「テマ……?」
そこにいたのはテマ――ではなく、ゴブリンだった。
ボクは大声で走り回っていたので、当然こちらの事は気付かれている。
「グギ? グキャキャキャ!」
なんだか判らない言葉でボクを指差し、こちらに走りこんできた。
その武器に真新しい血の跡がないのを見て安心する。着いているのは黒ずんだ、古い血の跡だけだ。
あの様子ではテマには遭遇していない。
「こっちは急いでいるってのに――このぉ!」
問答無用でクニツナを引き抜き、薙ぎ払う。
剣風はそのまま周囲の木立ごとゴブリンたちを真っ二つに断ち割った。
「そりゃ、ウルフならともかく、ゴブリンもいるなら斥候位は出してくるか……」
ゴブリンの死体を検分し、テマと遭遇していない事を確認しながらそう呟く。
人型の魔物は知能が高くなる傾向があるらしい。ゴブリンなどは食料さえあれば、そこに集落を築くこともあるので、意外と油断はならない。
ゴブリンが徘徊していたのなら、この林にはおそらくいない。
そう判断して、ボクは次の場所に向かったのだった。
三章目のクライマックス開始です。次の更新は土曜日を予定。
半竜は夜に更新します。
後、短編とか書いてみました。よかったら息抜きにでもどうぞー
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