第五話 知識チート
洞窟を出ると、さすがに日が傾いていた。
なので、その夜は前夜に続いてキャンプして、アリューシャの指示で鳥を捌く事になった。
ただの営業社員の俺が、剣を持って戦い、生物を殺し、解体するというのは覚悟のいる事かと思っていたが、意外とあっさり解体する事ができた。
どうやらユミルとして生まれ変わった事で、精神的にかなり強靭になっているようだ。
戦闘の際、躊躇いも無く生物の首を刎ね飛ばしたことからも、その変化が窺える。
羽を毟り、腹を割いて内臓を取り出し、複数の剣を組み合わせた台に吊るして血抜きをする。
血の落ちる場所は穴を掘っておいたので、後で埋めれば血の臭いで獣が集まる可能性も少ないだろう。
内臓を処理するのは大量の水が必要なので、再び洞窟に戻らねばならない。
日も暮れてきた中、もう一度戻るのは億劫なので、勿体無いが焼却処分にする。
聖火王の冠をかぶり、穴の中に【ファイアボール】を撃ち込んで、完全に灰にしておいた。
潅木のそばから薪を集め、聖火王を火種にして焚き火を熾す。
塩も胡椒も無いので味気ないが、アイテムインベントリーにまだ魚の塩焼きがあったので、その塩分で多少は緩和された。
「おねーちゃん、おいしいね!」
はぐはぐと鳥の脂で顔を汚しながら、アリューシャがにぱっと笑う。
その無邪気な笑顔に、解体や戦闘で疲れきった俺の心も癒される。
俺はまだ若いので子供とか持った経験は無いが、これが父性愛という奴だろうか? いや、今女だから母性愛?
「あんまり急いで食べると、喉が詰まるよ。水、あまり多く持ってきてないんだから」
幸いな事に攻撃速度増加用のポーションを飲んだ後も、空きビンは残っていた。
せいぜいショートサイズの缶ジュース一本分の量しか入らない小瓶だが、これを二つ空けて水を入れてきている。
よく考えたら、水を運ぶ瓶などが無いので、ここから離れるならこれは致命傷になる。
アリューシャを連れてここを離れ、旅をするなら、食料はともかく水分の補給方法は考えておかないといけない。
攻撃速度増加ポーションは十本程度しか持ってきていないし、その他のポーションを全て空にしたとしても、三リットル程度しか運べない事になる。
もしここを離れ長旅をするとなると……この量では到底足りない。輸送手段を考えないと、旅に出るのは無理だ。
「水を入れる瓶とか用意しないとなぁ」
「ガラスのつくりかたはしらないよ?」
「さすがにそこまで期待していないさ」
彼女の頭を撫でながらデザートのアイスを取り出して渡す。
彼女は満面の笑みでそれを受け取り、早速口に運ぶ。
一口、口に運ぶと目を閉じて身体を強張らせ、ふるふると震えてみせた。
「おいしー、でもつめたーい」
「そりゃアイスだからね。あんまり食べるとオネショするから、その一個だけだよ」
「はぁい」
食事が終わると、近くの草を刈って岩の上に運んで寝床の用意。
上に装備のマントを敷いて寝心地を良くする。装備品のマントは複数種類あるので、さらに掛け布代わりにも使う。
アリューシャも積極的に手伝ってくれたので、昨日のように孤独な作業にならずに済んだ。
それでも寝床の準備が整った頃には、月が真上に来るほど時間が経っていた。やはり時間は掛かる。
作った寝床に、少し早いけど二人で潜り込む。明かりは草に火が付くといけないので、魔剣『紫焔』の赤光を使っている。
仄かな明るさが、常夜灯に丁度いいと思わなくもないけど……これは寝る前に鞘に仕舞っておかないと。
空から見ると目立ってしまう。洞窟内に居た鳥が、外に居ないとも限らないのだから。
「おねーちゃん、キャンプみたいでたのしいね!」
「ボクはもう二日目だけどね」
アリューシャはキャンプ気分でテンションが上がりっぱなしだ。
寝るための寝床を作ったのに、すっかり目が冴えてしまっている。
俺がつまらなさそうに返したので不安になったのだろうか、眉をハの字にして尋ねてくる。
「つまんない? 草のにおいが気持ちいーよ?」
「うん……そうだね。あ、鳥の羽が手に入ったんだから布団とか作れないかなぁ?」
「おふとん! つくろう!」
鳥の羽は燃料代わりになるかも知れないので、インベントリーに仕舞いこんである。
羽を包み込む布のような物が手に入れば、羽毛布団も夢じゃないな。
「でもそれじゃ量が足りないか……もっと鳥倒さないといけないな」
あの程度の強さなら、不意を突かれない限りは問題なく倒せる。奇怪な声にビビッて尻込みしてたのが、間抜けに思えてくるくらい弱かった。
この洞窟のモンスターがあの程度なら、一度内部を徹底的に探索してみるのもいいかもしれない。
問題があるとすれば……
「アリューシャの事か……」
一番いいのはアリューシャをあの小部屋に匿っておいて、俺が一人で探索する事だろうか?
アリューシャの話によると、噴水のある小部屋は、なぜだか敵が入ってこないっぽい。
だが、幼い彼女が一人で留守番など、正直言って怖い。
いつ飽きて部屋から飛び出してしまうか判らない。そしてその後に起こる惨事も容易に想像できる。
彼女の安全を考えると、常に目の届く範囲に置いておいた方がいいかもしれない。
そうなると常に戦闘に巻き込んでしまう事になるが……元々臆病な俺なんだから、無理するとは思えない。
それに彼女が一緒に居れば、いいストッパーになってくれるかも。
洞窟の敵が弱いなら、いつの間にか自信過剰になって迂闊な行動を取ってしまうかも知れないのだから。
それに水の問題もある。
いつまでもここに居座る気は無いので、旅に出る準備をしないといけない。
だが水の目処は立ったが、水を運ぶ手段が存在しない。
水筒か、それに準じた何かを手に入れないと……
「ファンタジーと来れば水袋なんだけど……アリューシャは作り方とかわかる?」
「うん、しってるよ? おっきぃ動物の『いぶくろ』を乾かして、葉っぱのしるにつけてなめして、上と下をしばって完成!」
「アリューシャは物知りだなぁ。ボク、そんな作り方初めて知ったよ」
現代日本人では水袋の作り方とか知ってる人の方が少ないだろうし。
それにアリューシャは歳の割りに物凄く知識量が多い気がする。これがこっちの人の平均なのだろうか?
だとすると教育水準は意外と高い世界のようだ。
「でもおっきぃ動物じゃあ、ボクは倒せないかもなぁ」
「そんなことないよ、おねーちゃんつよいもん」
「あはは、ありがと。お世辞でもうれしいね」
子供におだてられて自分の力量を見誤るほど、俺は間抜けじゃない。
俺はあくまで現代日本人で、しかも剣術をやっていたとか、古武術を学んでたという特殊な背景も存在しない。
ただゲームが好きなだけの一般人で、しかもネタキャラに愛情を注ぐ特殊性癖の持ち主だ。
「でも小さい動物なら狩れると思うから、小さい水袋をいっぱい作ろう。それで人のいる場所までがんばろう?」
「ん……うん……」
アリューシャはすでに船を漕ぎかけている。
子供の彼女に夜更かしは強敵だったのだろう。健全でよろしい。
ひとまず、当面の目標は水袋製作と保存食の確保だな。
一メートル級の鳥三羽倒して捌いているので、肉が大分余っている。
残った肉は、とりあえず草に包んで地面に埋めて隠しておいたので、獣に掘り起こされる可能性はあるが、この場所は多分安全だろう。
翌日の予定が立ったところで、魔剣『紫焔』を鞘に仕舞い、眠る事にした。
翌朝、俺は最大の問題に直面した。トイレである。
「おねーちゃん、ちくちくする」
穴を掘って用を足し草で拭くのは今まで通りだが、さすがに掘って埋めるだけではいずれこの場所がトイレだらけになってしまう。
ここは埋めるのでは無く、別の処理方法を考えねばなるまい。
それに紙代わりに使う物もだ。
草を刈って紙代わりに使用しているが、アリューシャの感想通り、使用感が非常に悪い。おそらく中にざらついた感触の草が混じっていたのだろう。
雑草といっても種類は豊富にあるため、拭くのに適した草を探したほうがいいかもしれない。
「うーん、とりあえず埋めるんじゃなくて焼くか」
聖火王の冠の【ファイアボール】で焼き払えば処理には困らないかも知れない。
穴は掘ってあるので、飛び散る事も無いだろう。
洞窟の小部屋には排水溝も設置されていたが、飲用を予定している水源の排水溝で用を足すというのも、精神的によろしくない。
焼いて蓋をすればトイレとしての機能を果たす事もできるだろう。
後、野晒しというのが良くない。仮にも俺は今乙女。アリューシャも五歳前後といってもレディである。
周囲は五十センチほどの草が茂っているとはいえ、あまり気分がいいものではない。
「うん、壁は欲しいね」
「おといれにかべはひっすだと思うの」
「その辺は材料が手に入り次第考えよう。今は色々足りないから、我慢してね」
「うん、しかたない」
心の中のやる事リストに『トイレ製作』と書き込んで、朝食を取る事にした。
トイレを済ませた後、残った水で手を洗い、食事を済ませてから洞窟内の探索を始める。
アリューシャには聖火王を被せてあるので、成長していけば、いずれは彼女も【ファイアボール】で戦闘に参加できるようになるだろう。まだまだ先の話だろうけど。
だが今必要なのは現在だ。MPの上昇する靴があったので、それを履かせておく。これで彼女も【ファイアボール】一発程度なら撃てるはずだ。
HPが下がるのは少し心配だけど、護身手段は持たせた方がいいだろう。
「アリューシャ、絶対敵に近づいちゃダメだよ? それにボクが戦闘中に【ファイアボール】を撃ち込んじゃダメ」
「わかった」
「後勝手に歩き回らないこと。変な物を見つけても触りに行かない事」
「わかった。ユミルおねーちゃん、しつこい」
「アリューシャの事が心配なの!」
洞窟に入る前に注意事項を教え込み、洞窟に入ってからも事あるごとに口にしているので、彼女もげんなりとしている。
それでも小さな子供なのだから、何度もしつこいくらい言い聞かせないと、すぐに忘れてしまう可能性がある。
アリューシャは頭のいい子だけど、子供である事もまた事実なのだ。
「本当にほんっとうに、忘れちゃダメだからね!」
「うん」
心配性の俺を尻目に彼女はスキップでも踏みそうな勢いで歩いている。
俺の今の装備は火属性のマナブレードを装備している。
これに炎系単体攻撃魔法【ファイアボルト】をオートキャストする炎の手袋と、同じく【ファイアボルト】と【ファイアボール】をオートキャストで発動させる天使の光輪を頭に装備している。
この天使の光輪が眩い光を発しているので、アリューシャの聖火王の冠と並んで光源となっている。
そしてこの明るい光源はモンスターにとって、格好の目印となる。
「来た、アリューシャは下がってて」
通路から響く足音を聞きつけ、彼女を後方に下げさせる。
奥からやってきたのは、体長二メートルほどの犬――狼か?
それが四匹。
「グルルルルル……」
こちらが警戒態勢を取っている事を悟り、遠巻きに威嚇を始める。
だがこの状況で距離を取るのは愚策と言えた。
狼達が俺に意識を奪われている間に、アリューシャが【ファイアボール】を起動して、一気に焼き払う。
さすがに俺より格段に威力が落ちるが、それでも統率を乱す役には立った。
その隙に一気に懐に飛び込んで、剣で切りかかる。
たった四振り、しかも【ファイアボルト】の魔法が発動した物は黒焦げの死体と化して、戦闘は終了した。
「これもそんなに強くないね。反応が遅かったし」
「それ、ぜったいへんだし」
懐に飛び込んだ時の反応の鈍さは、本当に野生かと疑うほどだった。
アリューシャの魔法に掻き乱される打たれ弱さもあるし、この洞窟は初心者向けという奴なのかも知れない。
子供のアリューシャにとっては、あの狼でも強敵に思えたのかな?
とりあえず死体をアイテムインベントリーに仕舞い込み、そんな事を思った。
知識チートなのは幼女でした。
ちなみにモンスターの強さに関しては、アリューシャの意見の方が正しいです。
今日も二話更新を予定しています。