第五十八話 帰還前日
早いもので、タルハンに逗留して早六日目である。
明日には出発しないといけない事を考えると、短い期間だけど感慨深い物がある。
とにかく明日の出発に備えて、買い物だけは今日中に済ませておかねばならない。
橇は荷台の側面に四つの突起が存在し、そこに車輪を取り付けることで簡易の馬車として使用できる様に作られていた。
これはカザラさんのアイデアで、街中では橇を牽くと足の部分が傷むからという心使いかららしい。
荷台を浮かせてジャッキのように固定し、車輪を取り付けると少々不恰好ではあるけど、大型の馬車が完成した。
早速それに乗って街へと繰り出していく。
「まずは保存食と水だね。アリューシャは何か欲しいものある?」
「えとね、ヨモ――」
「うん、もう判った」
野菜好きな子供というのは珍しい。いや、元の世界でもひじきが好きな子供とかいたけどさ。
アリューシャはこれだけ野菜好きなのに、なぜかニンジンは食べられないらしい。
まぁ、今はともかく食料である。
今回は馬車が存在し、幌を付ければ人目を遮断できるので、インベントリーも使用できる。
だが、いくらなんでも生物を二週間出し続ければ怪しまれるので、やはり乾物は必要になってくる。
干し肉や干し果物、野菜といった類を買い込み、ついでに魚も見て回る。
タルハンは海沿いの街なので、海産物も豊富だ。
「ああ、泳ぎに行きたかったなぁ」
「海ー?」
「うん、海水浴」
「迷宮にもあるじゃない」
「それはそれ、これはこれ、だよ」
いつモンスターに襲撃されるか判らない迷宮で泳ぐのと、安全を確保して娯楽で泳ぐのはやはり違うと思う。
布製の鎧を着て海水を泳ぐのは意外と気持ち悪い。
水着とか着て爽快に……水着?
「やはり女物着ないとダメなんだろうか……いや、このアバターでトランクス一丁とかだと痴女そのものだけどさ」
「ゆーねは『ちじょ』なの?」
「ちがいますっ!」
そんな格好したら、夜想曲風投稿サイトみたいな目に遭っちゃうじゃないか。
この世界に来て性別は意識しないように暮らしてきたけど、ボクの本質はやはり男なのだ。
掘られたり挿されたりするのは、遠慮願いたい。
そんな事を考えると、ふとアクセサリーを売っている露店が目に付いた。
反射的に馬車を止めて、商品に見入ってしまう。
「アクセサリー、か。似合うかなぁ……?」
「お嬢ちゃんは可愛いから何でも似合うと思うよ。でも、しいて言えば濃い金髪にはこっちの翡翠か瑠璃が合うかねぇ」
ボクを鴨と見たのか、店主が早速オススメを見繕ってくれる。
濃い緑色の木の葉をかたどった髪飾りと、深い青の鳥を模した髪留め。
その彫刻は露店で売っている物にしては精緻で、それなりの品に見える。
「いいかも……アリューシャは何か欲しいの、ある?」
「剣が欲しい!」
「いや、そうじゃなくて……」
「じゃあ、鎧?」
なぜアクセサリーを見てるのに武具を欲するんだ……これはボクの教育の賜物なのか?
だとすれば、無骨に育てすぎたかも知れない。反省せねばなるまい、深く。
「ゆーね、なんで壁に手を当ててるの?」
「反省のポーズ」
「なんで反省してるのー?」
「アリューシャをお淑やかに育てられなかったから」
「むうぅ、わたし『おしとやか』だよ!」
「女の子は普通武具を求めたりしませんっ」
ちょっと涙目になって主張する。
そりゃ、問答無用で迷宮を連れ歩いたボクが悪いんだけどさ。
「まぁまぁ。じゃあ、こんなのはどうだい。二つセットの髪飾りなんだけどね」
露店商が取り出したのは、星と三日月の彫刻の入った、瑠璃の髪飾り。
「でも髪飾りって普通一つなんじゃないかな?」
「そうでもないさ。二つ付ける人もいるし、一つを日替わりで使ってもいい。それがこのセットの狙い目さね」
ふぅん、二ついっぺんに着けて派手に行ってもいいし、一つと日替わりで使ってもいいと。
二つの髪飾りで三つのパターンの装飾が楽しめるって訳だ。
「つまり……抱き合わせ販売?」
「絶対違う!」
でもこれを、ボクとアリューシャで使い分けるのはいいかも知れない。
お揃いじゃないけど、二つ一組というのが気に入った。
「うん、悪く無いね。これ、いくら?」
「五百ギル」
瑠璃のアクセサリーが五千円相当。悪くない値段かも知れないけど……これは値切れると見たね。
「高すぎ。いいとこ二百でしょ」
「それじゃ材料費とトントンじゃないか。四百五十までなら下げてもいいよ」
「三百だね。星と月なのに青い瑠璃ってのがなぁ」
「嬢ちゃんの髪に黄色い琥珀系の宝石は似合わないだろ。四百」
「三百五十なら買うよ。あ、こっちの指輪も悪くないな」
「ああもう、三百七十! その代わりその指輪もつけてやるよ。ちゃっかりしてらぁ」
オマケの指輪はガラス製の子供の玩具みたいなものだ。
せいぜい十ギル程度が相場だろうけど、これなら悪くない。
「じゃあそれで。支払いはカードでもいい?」
「冒険者組合のかい? 見かけによらないものだね」
露店商が出したのは商業組合のカードだけど、これは冒険者組合のカードと支払いの互換性がある。
三百七十ギル取り出し、カードを合わせて支払いを完了させる。
「まいどあり。よく似合ってるよ」
「えへへぇ」
「んふふ、そうでしょ」
にへっと笑うアリューシャを見てご満悦になる。
ついでにガラスの指輪も着けてあげる。アリューシャは、なぜか左手の薬指を出してきた。このオマセさんめ!
少し回り道をして、カフェ『ブロッサム』に寄り、ランデルさんに挨拶してくる。
店内は三人のウェイトレスさんが忙しそうに動き回っていて繁盛しているようだった。
「いらっしゃい、ユミルさん。今日はお食事ですか?」
「いえ、ライスの種籾が欲しくて……そういう農家さんとか紹介してもらえないかなぁって」
「ああ、それでしたら農業組合がありますよ。そちらを紹介します」
そういうと、わざわざ店の奥に戻って一枚の書状をしたためて来てくれた。
丁寧に御礼をして別れを告げ、農業組合に向かう。
そこで種籾を少量分けてもらい、栽培方法について丁寧に教えてもらった。
その後も回る所は多い。
鍛冶屋のカザラさんにお礼をいい、商人のアコさんに橇の経過を報告し、組合のレグルさんにも顔を出しておく。
たった六日程度だというのに、結構知人が増えたものだ。
買い物の荷物で馬車が埋まりだし、そのまま外で食事をして戻る頃には昼を大きく回っていた。
そして昼過ぎになって、お子様三人衆が襲撃をかけてくる。
「アリューシャ、遊ぼうぜー!」
「アリューシャちゃん、あそぼ?」
「また馬乗せて。おれ乗りたい!」
奔放なテマに、控えめなラキ。自分の欲求を真っ先に口にした、まだ我が侭なジョッシュ。
よくもまぁ、こう性格の違う子供が一緒にいるものだ。
とはいえ、馬達もずっと厩舎ではストレスが溜まるだろう。午前中はひたすら買い物に荷馬車を牽かせてた訳だし。
でも、だからと言って街の外に連れ出すのはやはり問題がある。
「え、俺達よく街の外出てるけど?」
「こらぁ、危ないでしょ!」
「だって街のそばなら見回りがいるから安全なんだぜ。ユミル姉ちゃん知らないのかよー」
「そうなん? 安全なの?」
「安全ですよー。街の回り程度ですけどね」
そこに割り込んできたのは、シーナさんだ。彼女にもこの六日間、とてもお世話になってしまった。
「そうなんですか?」
「城壁には見張りが常駐してますし、周辺の巡回もあるので、街の周囲二、三キロ程度なら魔物の心配も無いんですよ」
「へぇ……でもそりゃそうか。モンスターが徘徊してるってことはいつ襲われてもおかしくないって訳で、見張りを配置して当たり前ですもんね」
「壁があるだけじゃ、さすがに安心できませんしねぇ」
空を飛ぶ魔物だっている以上、監視を外すわけには行かない。
しかも周辺が危険となれば、交易やライフラインにも影響が出る。
そもそも畑の類は全て街の外だ。周囲の安全を確保しないと街が干上がってしまう。
「じゃあ問題ないかな? でも家の人にはちゃんと言って来る事。さもないと連れて行かないからね!」
「わかった!」
「待っててね」
「いってきまーす」
蟻の子を散らす様に駆けだして行く子供達。
それを見てアリューシャにも注意しておく。
「アリューシャも武器は絶対手放さない事。何かあったら戦うより先にボクを呼ぶんだよ?」
「うん、ゆーねをちゃんと呼ぶね」
「いい子」
ビシッと手を上げて宣誓するアリューシャをぎゅっと抱きしめてあげる。
こういうのが出来るのは女の身体だからこそだ。男だったら下手すれば事案になってしまう。
そんなわたし達を見て、シーナさんは溜息をついた。
「あいかわらず仲良しさんですねぇ。はいこれ、洗濯物です」
「あ、ありがとうございます」
この宿の洗濯サービスで預けていた服類を返してくれる。
キチンと畳んで、ボタンなんかの解れも修復してくれているので、とてもありがたい。
部屋に洗濯物を戻してくると、子供達も戻ってきていた。
余程近くに家があったんだな。
「それじゃしゅっぱ――あわわわ!?」
馬に子供達を乗せ、ハミを牽いて歩き出そうとしたら釣り上げられた。
馬にまでからかわれるとは……不覚!
そのまま草原に出て、子供達を乗せたまま早足で走らせる。
いつもと違うスピード感に子供達は歓声を上げて喜んでいた。
もちろん、目を離す訳には行かないので、ボクも一緒になって走るわけだけど、農耕馬の二頭とちょっとした自動車並のボクでは速さが違う。
余裕で馬に付いて走るボクを見て、子供達は驚きの声を上げている。
もちろん、馬を全力で走らせたのなら、それに併走するボクはまさに大問題になっただろう。
だけど身体能力のずば抜けた冒険者のいるこの世界では、農耕馬程度なら併走できる冒険者はいない訳ではないらしい。
なのでこの程度の速さならば、見られた所で問題は無い。
それに子供達を乗せた状態で馬を全力で走らせる訳には行かないので、速度もせいぜい自転車レベルに押さえてある。
日が暮れるまで散々駆けずりまわされ、馬達も久々の開放感で満足した所で町に戻る。
子供達も汗を拭いてやったりブラシを掛けてあげたりと、甲斐甲斐しく世話を焼いていた。
「そろそろ帰らないと、おうちの人が心配するでしょ?」
「うん、でも……」
「なぁ……本当に明日かえっちゃうの?」
「もう少しいてもいいじゃん。ねぇ、残ろうよ」
ああ、この子達はボク達が明日草原に帰ることを知っている。
だから帰るのを渋っているんだ。新しい友達と別れを惜しんで。
「ボク達も向こうの生活があるからね。それに護衛の仕事も請けてる。これ以上、滞在は延ばせないんだ」
「また、ぜったい遊びにくるよ」
「ぜったい、ぜったいだからな!」
昨日とは違う、涙交じりの『ぜったい』の約束。
たった二日間の友達だったけど、アリューシャには『初めての友達』はいい経験になっただろう。
「今度来たら、俺達の学校とか案内してやるから、ぜったい来いよ」
「すっげー大きいんだぜ、びっくりするから」
「本とか一杯あるんだ。面白いの、教えてあげる」
「うん、また来るよ」
へぇ、この街には学校があるんだ。しかも肉屋や古着屋が通える程度の。
それはいい事聞いたな。
名残を惜しんで家路につく子供達を見ながら、ボクは貴重な情報を吟味していた。
帰ってきました。