第五十七話 初めての友達
午前中一杯を橇の試乗に当て、午後からはゆったりとだらけて過ごす事にした。
出発は明後日で、それに備えて食料などの買い物もしないといけないけど、生鮮食品などの影響もあってそれは前日の方がいい。生物は一日でも長持ちさせねばならない。
もちろんインベントリーに入れておけば、いくらでも持つのだけど……無駄に使用してはどこから疑いの目が飛んでくるか判らないのだ。
二日前に大量の買い物をしたのに、馬車に積み込むでもなく、部屋に持ち込むでもなくというのは、流石に怪しまれると思う。
街のおばちゃんネットワークは侮れ無いのだ。
「それにアリューシャもお休み、取らないとね?」
「えー、剣ふりたいよぉ」
「ダメ。ほら、こことか結構強張ってるじゃない」
アリューシャのぷにぷにの足をマッサージしてあげる。
触ってみると、やはり凝りが残っているのが判る。続けて訓練するのは二日程度に抑えた方がよさそうだ。
「そもそもアリューシャは、どうしてそんなに剣を覚えたいのかな? 戦士にでもなりたいの?」
「んー……わたしも、ゆーねみたいにカッコよくなりたいから!」
「ボクが? かっこいいかなぁ?」
しょっちゅう判断ミスしてる気がするし、他の冒険者達に弄られてるし……
まぁ、戦闘力だけはあるから、最低限の威厳くらいは保ててると思うけど。
「アリューシャだって同じ歳の子供に比べたら、すっごく強いんだよ?」
「そーなの?」
「そりゃ、周りに子供がいないから自覚ないだけ。普通の子供はカロン程度とはいえ冒険者と引き分けたり出来ません」
そもそも大人だって、百メートル八秒台で走れたりしない。
アリューシャの価値の基準がボクだから、おかしな事になってきている。
同年代や一般人の付き合いが少ないから、いろんな価値観がずれてきているんだ。冒険者達だって、鍛えれば鍛えるほど身体能力を上げていくので、元の世界の基準からしても運動能力がおかしい。
やはり、街に引っ越す必要があるかも知れない。
「それはともかく、せっかくお昼だしどっか遊びに行こうか?」
「じゃあ、セイコとウララの『ぐるーみんぐ』するー」
「何でそこで馬なのさ……?」
だが、馬達の世話をするのも悪く無いか。
午前中橇を牽いて走り回ったせいで汗をかいているだろうし、軽く水浴びさせてやってもいいだろう。
「じゃあ表に繋いで、身体を洗ってあげよう」
「ぴかぴかにするの!」
馬の身体を洗うのに厩舎では狭すぎる。
シーナさんに許可を貰って裏庭に引き出し、そこで洗ってあげる事にした。
裏庭には井戸もあるので、水に困らない。ついでにこっそりインベントリーの水袋も補給してやろう。
アリューシャとお揃いのオーバーオールのような作業着に身を包み、二頭を繋いで水をぶっ掛けてあげる。
春先を過ぎ、気温がジリジリと上がりつつある今、この水浴びが嬉しいのか二頭とも楽しそうな嘶きをあげる。
アリューシャと二人で踏み台に乗り、タオルで水滴を拭き取ってあげる。
濡れたままでは、馬といえど風邪を引いてしまう。
だが、二頭とも流石の巨体で拭き取るだけでも一苦労だった。
途中でアリューシャを休ませたりしつつ、水分を拭き上げてやると、毛艶が見違えるようにぴかぴかになった。
そのまま、ブラシ掛けへと移行する。ここでアリューシャも再び参戦。
そこでふと、視線に気がついた。
裏庭は低い柵で通りと隔てられているけど、その向こうから小学生くらいの少年が数人、こちらを眺めていた。
歳は六から八歳くらいか……アリューシャより少し上だ。
「でっけぇ……あんな馬見たことない」
「うん、おっきいね」
「あの姉ちゃん達も『ぼーけんしゃ』なのかな?」
「違うだろ、ちっちゃいもん」
「ちっちゃい言うな!?」
聞こえて来た、いわれなき誹謗中傷に思わず声を上げる。
いや、確かに小さいアバターを設定したけど、なんか別の『部位』を指して言われた様な気がして、反射的に反応してしまった。
「なに、君達、近所の子供?」
「うん、おれジョッシュ。家はそこの古着屋」
「僕、ラキって言います。商人の生まれ」
「俺はテマ。親父は肉屋だ」
三人の子供が次々と自己紹介してくる。
ジョッシュは背が一番小さくて、少し舌ったらずだ。ラキはおとなしそうな文学少年風かな。
テマは強いて言えば……ジャ○アンっぽい?
「こんにちは、ボクはユミル。この子はアリューシャ。二人とも冒険者なんだ」
「こ、こんちは……」
初対面の同年代に、アリューシャもおずおずと挨拶を返す。
今後もこの街に何度か足を運ぶ事になるだろうし、アリューシャの友達を作っておいてもいいだろうな。
「えー、うっそだー」
「お姉ちゃん達もまだ子供じゃない。子供は『ぼーけんしゃ』になれないんだよ?」
「嘘つきはドロボーになっちゃうんだぞ、俺親父から聞いたんだからな!」
いっせいに囃し立てる子供達。
そんなに冒険者っぽく見えないかな……まぁ、今は武装もしてないし、作業用のオーバーオール姿だから説得力は無いか。
「ちがうもん、わたしは『ぼーけんしゃ』だもん! ゆーねは『すっごいぼーけんしゃ』だもん!」
「そんなんに見えないぞー」
「むうぅぅぅぅぅ!」
両手を振り上げて怒りを表すアリューシャを、背後から抱き上げて静止させる。
このままだと殴り掛かってしまいそうな勢いだ。
「まぁ、今は武装してないからね。でも普通の人はこんな馬持ってないでしょ?」
「う……そりゃぁ……そう、かも」
昨日買ったばかりの馬を引き合いに出して、ごまかしにかかる。
それにこの二頭は、実はでっかいだけの農耕馬なんだけどね。
この子たちも見た事が無いって事は、実は珍しい種類の馬なのかな。少し聞いてみよう。
「ここら辺の馬は、この子達ほど大きくないのかな?」
「うん、馬車とかでもこんなに大きいのはいないよ」
「ぼくんちは馬あんまり見ないから、わかんない」
「俺ン所は歳とって死んだ馬しか運ばれてこないしな」
商人のラキは馬車を見たことがあり、ジョッシュは馬を見かけることが少なく、肉屋のテマは潰しに来た馬の事かな?
どちらにせよ、この近辺では見かけない種類らしい。
「ふぅん、じゃあ珍しいんだね、お前達」
ブラシ掛けを続行してあげると、嬉しそうに嘶いて答える。
こういう反応があると可愛くなってくるな。
そんなボクの姿を見て、子供達は珍しそうな顔をしている。
「ひょっとして……ブラシ掛け、やってみたい?」
「……うん」
「やりたい!」
「やらせろ!」
「言葉遣いの悪い君だけ不許可」
「やらせてください!」
変わり身早いな!? ま、子供は素直が一番だけどさ。
「じゃ、こっち来て。乱暴にしちゃダメだよ? これだけ大きい馬は危ないんだから」
「はぁい!」
裏口から雪崩のように群がってくる子供達。その勢いにアリューシャが押されている。
ちょっと辟易したような表情は珍しいかも。
「アリューシャは鬣を梳いてあげて。上に乗せるから」
「うん!」
アリューシャを乗せようとすると、セイコがしゃがんで乗りやすい姿勢を取ってくれた。
この子達、地味に頭いいなぁ。
ウララはというと、群がってきた子供達におとなしく毛を梳かせている。
「えー、お前迷宮に入った事あるの?」
「うん、ゆーねと一緒だよ」
「この姉ちゃん、そんなに強いのかぁ」
「昨日は『しぶちょー』と戦って勝ったんだから!」
「うっそだぁ。レグルさんに勝てる奴なんていないぞ!」
「むうぅぅ、本当だもん!」
子供達は馴染むのが早い。すでにアリューシャはタメ口で、いつもの調子を取り戻している。
「いいけど、アリューシャ。手付きが乱暴になってるよ。セイコが痛そうにしてる」
「あ、ゴメンね、セイコ」
慌てて謝ると、セイコが気にするなとばかりに首を振る。
言葉判ってんじゃないか、この馬……少し怖くなってきたぞ。
子供達の手つきはやや乱雑だったけど、ウララも目を細めている所を見ると気持ちがいいのだろう。
その子供達だけど……少しうらやましそうにアリューシャを見上げているのに気がついた。
「乗ってみたいの?」
「え、いいの?」
「のせてくれる?」
どうやら乗りたかったので間違いが無かったみたい。
まだ日も傾き始めたばかりだし、少し散歩に出てもいいかも知れない。
「じゃあ、軽く街を一回りしてみようか。準備してくるから待っててくれる?」
「やったぁ!」
「ゆーね、わたしも! わたしも!」
「はいはい、降りられないんだね……」
街中とはいえ、武装した冒険者や、それ以外の連中がうようよしているのだ。
こちらもしっかりと装備を整えておいたほうが良いだろう。
道具を片付けてから、部屋に戻って服を着替え、クレイモアを装備する。使うとは思わないけど、念のためクニツナも背負っておく。
大剣二本差しという奇妙なスタイルになったけど、まぁ気にしない。
アリューシャもいつものスティックを背負っている。
天使の翼や聖火王の冠は装備していない。あれは良くも悪くも目立ちすぎるのだ。
ざっと装備を整えて裏庭に戻ると、子供達が『おおぉぉぉ』と歓声を上げた。
「スゲェ、冒険者に見える!」
「君ら、服装だけで判断してるね?」
「これ本物の剣? 杖みたい」
「刺す専用の剣なんだって。アリューシャの『せんよーそうび』なの」
「姉ちゃん、俺も剣欲しい!」
「自分で買えや」
会ったばかりのお子様に、高額な刃物を渡すほどボクは酔狂じゃないぞ。
セイコにアリューシャと、一見おとなしそうなラキを乗せ、ジョッシュとテマをウララに乗せる。
そのまま裏口から通りに出て、散歩開始だ。
二頭の巨大馬をボクが牽いて、街を歩く。
この二頭はおとなしくて頭が良いので、特に暴れたり逆らったりする事は無いけど、時折頭を上げてボクを釣り上げようとする悪戯を仕掛けてくる。
ハミの引き紐は普通の長さなので、この子達が頭を高めに上げると、ボクの身長の低さも相俟って足が浮いてしまうのだ。
「こらぁ、ボクで遊ぶな!」
「セイコ、ダメでしょ。ゆーねはちっちゃいんだから」
「アリューシャに言われたくありません!?」
ついでに店でリリンを買って、子供達に渡す。
汁気の多い果物は喉を潤すのに丁度いい。せっかく洗った毛並みに汁が付くけど……
ついでに馬達にも一個ずつ食べさせてあげると、物凄い勢いで食い尽くされた。
街の人達も、近所の子供がでかい馬に乗っているのを見て最初は驚いていたけど、アリューシャと一緒に笑ってるのを確認すると笑顔で見送ってくれる。
広場まで散歩し一休みした後、それぞれの家まで馬に乗せて送る事になった。
「なぁ、姉ちゃん。明日も遊びにいっていい?」
「午前中は買い物に出てるからいないよ。午後からなら良いけど。それにボク達は明後日には街を出るんだ」
「え……そうなの?」
ラキ君がアリューシャに確認を取ってる。
アリューシャも少し寂しそうな顔をして答えていた。
「うん、わたしたちは草原の村に住んでるの。『おーふく』で一ヶ月掛かるから、あまり長くいられないの」
「そうなんだ……でも、また遊びに来るよね?」
「うん、ぜったい」
馬の上で子供たちが友好を深めているのを見て、この街に来てよかったと確信する。
アリューシャも言っていたけど、絶対また遊びに来よう。
明日には帰省しますので、投稿、感想返しなどがしばらく行えなくなります。
ご了承ください。