第五十五話 リーダー交代
馬を購入した事で、今日の予定は全て完了した。そのままセイコとウララを連れて、宿に戻る事する。
「ゆーね、ゆーね。わたしウララに乗りたい」
「え?」
「お馬さん、乗りたい!」
セイコもウララも二トン近い巨体を持つ、いわゆる農耕馬だ。
その体高も推して知るべしである。
「むぅ、セイコはおとなしく待っててね。アリューシャ、ほら」
「わぁい!」
バンザイをしてボクに抱え上げられるアリューシャ。
だが問題はそこではない……
「と、とどかない!?」
ウララの巨体は背までですら一メートル五十センチを超える。
それはつまり、ボクの身長より高いという事なのだ。
そもそも騎乗を想定していないので鞍すら付けていない。裸馬に人を乗せるというのは、とても難易度が高い。
「えと……アリューシャ、ボクの肩踏んでいいから、自力で跨って?」
「わかったぁ」
少女が幼女を抱えて馬を相手に背伸びしてる姿を見て、周囲の人がくすくすと笑っている。
悪意がある笑みではないので、そう気分が悪くなるものでもないが、恥ずかしさはある。
ここは格好良く馬に乗せてあげたかったけど、最後は自力で跨ってもらう事になった。
「すごい、高い! ウララはすごいねぇ!」
馬の背に乗り、たてがみにしがみつきながらアリューシャは歓声を上げている。
「ま、楽しそうにしてるからいいか」
ボクはそのまま二頭のハミを両手に持って、宿に向かう事にした。
セイコもウララもキチンと調教を受けていたのか、暴れる事もなく連れ帰る事ができた。
アリューシャを乗せたウララですらおとなしく従ってくれている。
キースさんは中々いい馬を紹介してくれたようだ。
宿に入り、シーナさんに厩の使用を求めると、快く許可してくれた。
そのまま裏手に回り、いつも剣の練習をしてる裏庭のそばにある厩舎に二頭を繋ぐ。
アリューシャは少し寂しそうにしていた様だったが、これから夕食の時間である。
「ほら、もうご飯の時間だし」
「ウララ、セイコ、また遊びに来るからね」
「今日はダメだよ。お風呂にも入らないといけないでしょ」
「えー、じゃあその後で――」
「ダメ、臭いが移るでしょ」
さすがに馬小屋は獣の臭いが充満している。
お風呂上りに来たら、せっかく洗った意味がなくなってしまう。
「どうせ明日は橇の試作品を試さないといけないんだから、今日はウララたちにもお休みさせて上げなさい」
「はぁい……」
しょんぼりと承諾したアリューシャと一緒に、二頭に飼い葉を与えておく。
これだけの体躯なのだから、きっと大喰らいだろうと判断して、他の馬より少し多めに与えておいた。
いつもの様に、食事、訓練、入浴と済ませて部屋に戻るけど、アリューシャはやはりソワソワしたままだ。
セイコとウララを余程気に入ったらしい。
「もう、仕方ないなぁ……それじゃ、二頭の馬具を買いに行く? 組合ならきっとあると思うし」
「いく!」
時間はすでに夜の九時に近い。だが冒険者の行動は二十四時間、絶え間なく続く事がある。
なので、タルハンの組合は一応二十四時間営業でもある。
人手不足で九時には閉まる村の組合とは大違いだ。
外出着に着替え、護身用にクレイモアを背負う。
アリューシャも同じくスティックをボクと同じように背負っている。本来片手剣なのだけど、子供の体型だと両手剣と同じくらいの比率になるから仕方あるまい。
ボクを真似てムンと胸を張る仕草に、クスリと笑いが漏れた。
「よし、それじゃお出かけしよう。夜は危ないから、手を放しちゃダメだよ」
「りょーかいです」
ビシッっと敬礼して見せたアリューシャに、ボクは今度こそ笑いを堪える事ができなかった。
タルハンは比較的治安は良い方らしいけど、それでも夜になると酔客が往来を闊歩するようになる。
酔っ払いというのは気が大きくなっているので、うっかりぶつかったりしたら面倒になることも多い。
ましてやそれが、気性の荒い冒険者だったりした日には目も当てられない。
ボクはしっかりとアリューシャと手を繋ぎ、彼女の動きを制御しながら組合に向かう事になった。
さすがのタルハン支部も、夜は人が減っていている様で、やや寂しい雰囲気がある。
ボク達がそんな組合の入り口をくぐると、その雰囲気に不似合いな大声が響いてきた。
「無理です!」
「まぁ、落ち着け」
入り口から、声の方に視線を向けると、ロビーのテーブルにヤージュさん達が座っているのが見えた。
中でもカロンは顔を真っ赤にして、ヤージュさんに食って掛かっている。
ひときわヤージュさんに敬意を払っている彼にしては珍しい雰囲気だ。
「なぜボクなんですか、リビさんやアドリアンさんもいるじゃないですか!」
「俺のポリシーでな。理性と知性は切り分けておくべきだ、って」
「そりゃリビさんが知性担当なのは判りますけど……じゃあ、アドリアンさんに――」
「いくらなんでもそりゃ無理だろ」
「おいおい、本人を前にしてそういうか?」
なんだか込み入ってそうなので、こっそりとカウンターに向かおうとしたら、カロンに見つけられた。
「あ、ユミルさん! ユミルさんからも言ってくださいよ。僕にリーダーなんて無理だって」
「ハァ!?」
くそぅ、カロンの奴、こんな時に目の良さを発揮する事も無いだろうに!
それにしても、カロンがリーダー? ヤージュさんは引退でもする気なの?
「こんばんは。ヤージュさん、冒険者やめるんですか?」
「おう、いい夜だな。ちなみに俺はまだやめる気はないけどな」
「じゃあ、何でリーダーをカロンに譲るなんて……」
半ば巻き込まれるようにテーブルに着く。
アリューシャはエミリーさんの所に行くよう指示しておいた。仕事を一つ押し付けられたのだから、これくらいの面倒は見てもらおう。
ててててっとカウンターに向かうと、お姉さんたちが挙ってアリューシャに群がっている。いや、仕事しろよ。
「ああ、この足がな。しばらくすりゃ治るンだが、さすがに一ヶ月も二ヶ月もパーティを遊ばせる訳にはいかんだろ」
「リハビリにでも専念するんです?」
「ま、そんな所だ。それに、この間のゴーレム戦でな――」
ゴーレム……ムーンゴーレムの一件か。
そこでヤージュさんは声を潜めるようにして、こちらに囁いた。
「俺達もそれなりにレベルが上がっててな。カロンなんて三つも上がって六になってるんだぞ」
ちなみにヤージュさんが九から十一に、リビさんとアドリアンさんは八から十に上がっているそうだ。
参考までに中堅よりも上のアーヴィンさんですら、七である。
だが上昇率はボクやアリューシャより低い。これはゲーム的に考えると、パーティ単位で経験値が入って分配された結果と見るべきか。
最大ダメージを与えたボク達の方に大半の経験値が振り分けられ、リビさんたちのパーティには魔法一発分の経験値が振り分けられた、と。
それでも、リビさんの一撃でここまで伸びるという事は、やはりかなり強敵だったんだな。
「レベルだけ見れば、カロンももう一人前だ。だがそれだけでは『一流の冒険者』には、なれん」
この世界の基準では、五レベルもあれば標準的冒険者である。
九十六レベルになったアリューシャや、二百六レベルのボクが異常な数値を持っているだけだ。
だがレベルというのは、あくまで戦闘力としての指標でしかない。
カロン自身の持つ『集中力の高さ』を活かすためには『注意力』を育てなければ一流とは言い難い。
「それで、リーダーですか?」
「ああ、指導者ともなれば、常に周囲に気を配らねばならん。こいつの育成にはもってこいじゃないか」
「でもリーダーは……まだ荷が重くないですかね?」
判断一つで仲間を死地に追いやる事だってあるのだ。
カロンはヤージュさんが言う通り未熟な冒険者で、正直重荷になるとしか思えない。
「もちろん、こいつ一人の判断なら、そうだろうな。だがそれは俺だって同じでな」
ヤージュさんの信条には、判断を下すリーダーを理性に、そして指標を与える知性を別個に用意する事で、安全性を高めるというのがあるそうだ。
つまり、参謀を配置する事で判断の偏りを無くそうという考え方だ。
これまでは、理性をヤージュさん本人が、知性をリビさんが受け持っていた。
そして、今度はカロンを理性役に配置し、彼の成長を図ろうとしているという訳だ。
「ふむぅ……」
「もちろん、ずっとじゃないぞ。俺が復帰するまでの一ヶ月の間だけだ。この期間なら何とかやっていけるんじゃ無いかと判断した」
「だから一ヶ月だって、ヤージュさんの代わりなんて無理ですって!」
「やってみなければ判らないだろう」
カロンは無理の一点張り。ある意味彼にとって、ヤージュさんは偉大すぎたのかも知れない。
その指導者の代役となると、重荷に感じるのも無理はない……かな?
だが、これはカロンにとっても、成長するいい機会だ。何よりも、注意力が増せばきっとセクハラも減る。
ここはボクの心の平安のために、是非受けてもらいたい。
「いいんじゃない? カロンの成長を考えての事だろうし」
「リビさんが参謀役なのはいいとして、アドリアンさんが納得する訳ないじゃないですか!」
「え、俺? 全然構わねぇよ?」
「アドリアンさぁん!?」
マイペースなアドリアンさんは快諾してのけた。
そりゃそう言うだろう。ここで賛成しておかないと、リーダーという面倒事が自分の方にやってくるのだ。
自他共に認めるフリーダムな彼が、リーダーなんてやりたがるはずがない。
「リーダーはカロンでいいとして、前衛はどうするんです? ヤージュさんの穴は埋まって無いでしょう」
「そこはユミルが――」
「全力でお断る」
「即決かよ。まぁ、組合の方に募集をかけておくわ。アッドもレベルが上がってるし何とかなるだろう」
斥候兼軽戦士のアドリアンさんは、そこらの戦士に負けないくらいには腕が立つ。
前衛の穴を多少は埋めることは出来るだろう。だが圧倒的に手数が足りない。
初めて出会ったとき、シャドウウルフ三匹に後れを取っていたのも、前衛が二枚だけという少数精鋭の欠点を突かれた結果とも言える。
ヤージュさんとアドリアンさんで二頭を防いでも、残り一頭が気絶したカロンを狙ったかも知れない。
前衛の最大の仕事は、敵を倒す事ではなく戦線を支える事なのだ。そして、戦線を支える最も簡単な手法は、数を揃える事。
魔導騎士没落の一端も、実はここにある。盾が持てない魔導騎士は前線職の中でも一段薄い。
豊富なHPがそれを補っていたのだが、アップデートでHPの係数を下げられてしまった。
これが決め手になって、不遇職街道をまっしぐらに転げ落ちていったのだ。
「ま、カロン頑張って? 君ならできるよ。ボクは信じてるから」
「…………判りました、やります」
無気力、無責任に軽く言ってみたんだけど、なんだかカロンの琴線に触れたらしく、あっさりと引き受けてしまった。
こうしてヤージュさん達のパーティは一時的にリーダーが交代する事になった。