第五十四話 アルバイト
翌日は朝からランデルさんのカフェの給仕をやる羽目になった。
馬の引き取りは夕方なので、それまでという条件付きだ。
彼の店は通りに面した壁を一面ガラス張りにして、外の光をふんだんに取り入れた、元の世界のレストランやカフェと似たような構造をしていた。
明るい店内の食事風景が外からも見えるので、それが集客効果にもなっている……はず。
それなのに彼の店にはお客が少ない。その理由はおそらくランデルさん本人にあるのだろう。
三十代半ばでややお腹の肉が気になりだした年頃と言う彼だが、一見すると普通の中年男性にしか見えない。
だが彼は、異常な汗っかきなのだ。
建築や営業では、この汗かきという特性は『仕事を頑張ってる風に見える』というメリットになる場合もある。
だが料理を振舞うこういう店では、その泥臭さが逆効果になってしまうのだ。
そこで彼が考えたのは『自分は一切表に出ず、給仕を他の人に任せる。できれば若くて可愛い娘』というアイデアだった。
そこでどうしてボクに白羽の矢が立ったのかは、実に謎だが……
どうしてこんな事態になったのか、憮然とした表情で考え込んでいると、カランカランと来客を告げるドアベルが鳴った。
「ひ、いらっしゃい、ませぇ」
「いらっしゃーませ!」
引きつった笑顔、引きつった声、引きつったお辞儀で一人の男性客を迎える。
その横ではアリューシャが元気一杯の応対をしている。
今のアリューシャは濃い青色をした膝丈のエプロンドレスと、ヘッドドレスを付けて、お盆を持っている。
その姿はまるで、不思議の国のアリスを髣髴とさせるセンスのいい物だ。
対してボクはというと――
膝上十数センチという短い黒のスカートに、腰巻きタイプのカフェエプロン、上は薄手の白のブラウスで、サスペンダーでスカートを吊るしている。
これがクセモノで、フワリとした緩めのブラウスを押さえ込むため、妙にボディラインが目立つ。
少年だったら一直線に降りるラインが、女性ゆえのふくらみで微妙にその線を歪める。それが身体のラインを連想させて、色っぽさを演出している。
ボクはあまり大きい方じゃないけど、大きい人だったら破壊力抜群だっただろうな。
スカートも短いので、かがむと後ろから見えてしまいそうだ。よく女の子はこんな無防備っぽい服装が出来るなと、今になって思う。
魔導騎士の衣装もミニスカートではあるが、あれはマントやら前垂れやらが付いているので、実は防御力が高い。
とにかく、これをランデルさんが狙ってやっているのなら、彼のセンスは軽く十年は先を突っ走ってる事になる。
「お、お一人様ですか?」
「え、あ……あぁ、うん一人」
「こちらの席へどーぞっ」
おっかなびっくりというボクの応対と比べても、アリューシャのそれは堂に入っている。
お客さんの手を引いて案内する姿は本来ならアウトな行為なのだろうけど、幼女であるなら許される。カワイイは正義だ。
「こちら、メニューになります。ご注文がお決まりになりましたらお呼びください」
席に着いた客に水を出しながら、記憶にある接客の光景を思い出して言葉をひねり出す。
確かこんな感じのセリフだったはずだ。
最後に小さく小首を傾げつつ、ニッコリと笑ってあげると、その客は少し顔を赤らめながら『わかった』と返した。
これで悪印象は持たれなかったはず……よし、最初の難関は越えたぞ。
しばらくして男性客がコーヒーとトーストとスクランブルエッグのモーニングセットを注文する。
それをランデルさんに伝え、彼が手早く料理を済ますと、アリューシャに運ぶようにお願いした。
今はともかく客が増えてくると、ボク一人では対応できないだろうし、アリューシャの練習がてら頑張ってもらおう。
けして、ボクが恥ずかしいからではないぞ!
お盆に料理を載せて、おっかなびっくりという風情で運ぶ。
意外と足取りはしっかりしていて、これは剣の修行の効果が出ているのかも知れない。体幹が以前よりしっかりしている様に見える。
「おま、たせ――しましたっ」
「ああ、ありがとう」
見るからに一生懸命なアリューシャの姿に、男性客もほっこりした表情で礼を述べる。
その姿を外から見ていたのか、今度は女性客の二人組が来店した。
「ほら、あの子!」
「ほんとだ、可愛いわね」
小さくアリューシャを指差して、ひそひそと話し合っている。どうやら看板娘効果は早速効果を発揮したようだった。
「いらっしゃいませ、お二人様ですか?」
「ええ、お願いね。あの子、妹さんかしら?」
「そうですね、そんな所です」
ボクも見かけは少し幼い雰囲気があるので、気安く話しかけてきた。まぁ、アリューシャは妹と言うか家族なので、そう外れてはいないだろう。
席に案内して、注文を聞き、アリューシャに料理を運ばせる。
そのローテーションで来客を捌いていると……いつの間にか、店内は満員になっていた。
「アリューシャちゃん、パンケーキ食べる?」
「食べ――ないもん! 今『おしごと中』だからっ」
「あら、このサラダ美味しいわね。ドレッシングが新しい」
「ユミルちゃん、こっちお水ちょうだーい」
「はぁい」
「ついでに今度デートしよう」
「おととい来やがれ、です」
女性客はアリューシャが、男性客はボクが人気という感じで、変な住み分けが出来ている。
それなりに広い店内を二人で駆け回っていると、それが外から見えてまた客が来るという好循環。
これがランデルさんだったら、ここまでの客入りはなかっただろう。
世は中年男性には辛いのだ。
「あ、見えた。青だ!」
「残念、白です」
「そうなのか!?」
「ウソですよー」
本当は白だけど。
セクハラ客をあしらい、ふとアリューシャを見やると、女性客に捕まって頭を撫でられほっぺをぷにぷにされていた。
「はーい、踊り子さんに手を触れないでくださぁい」
「あぁん、もう少しだけ――」
「ダメでーす、この子はボクのモノなので」
そんな感じで何度か捕獲されたアリューシャを救出しつつ、昼のピークを乗り越える。
話しかけてきた女性客の何人かに、この制服に興味を持った人たちもいた。
「その服、可愛いわね。この店のオリジナル?」
「はい、店長がデザインしたそうですよ」
「へぇー、いいなぁ」
「給仕の募集も受け付けてますので、よかったらどうぞ」
「それはちょっと考えるわね。今仕事してないし……」
わりといい反応だったので、ひょっとしたら今後、新しい給仕が増えるかも知れない。
実はランデルさん、服飾店の次男坊だったらしく、縫製についての知識は一通り有るのだそうだ。
この服のセンスも実家で培ったものに違いない。
だが彼は料理好きを高じて、この店を出してしまったのだとか。
この路線が成功すると、この世界で初めて目で楽しむレストランが誕生してしまうかも知れないな。
大きなトラブルもなく、夕方の五時まで勤務をこなして、お役ゴメンとなった。
途中でエミリーさんが冷やかしに来たので、蹴りだしたりしたのはトラブルのうちに入らないだろう。
後、組合の冒険者が多数押し寄せたのも……その、なんか、ごめんなさい。
とにかく、馬の取引はキースさんの営業が終わる夕方六時なので、もうそろそろ取引場の広場に向かわないとマズイ。
ボク達が解放されるまでに、三人ほど給仕希望の女性がやってきたので、今後もこの店は大丈夫だろう。
「いや、とても助かったよ。これ、組合の達成票と追加のお礼」
「え、報酬は別にあるのにいいんですか?」
「かまわないよ。おかげで従業員も増えたし」
「えーと、じゃあ遠慮なく」
これは見られたり触られたりされそうになりながら、任務を達成した報酬なのだ。
ここで遠慮するのは失礼に当たる……いや、ホント大変だった。
ボクのエプロンのポケットには『後で連絡して』とねじ込まれたアドレスが三つは入っていた。もちろん即行でゴミ箱行きの刑に処したけど。
アリューシャに至っては十数回に渡って捕獲されたのだから、哀れという他はない。
さすがに料理を運んでいる最中では、彼女も避け切れなかったのだ。
女性客の方が、遠慮がなかった感じ。
「今日のお客さんの反応を見ると、これで店も軌道に乗せれると思います。ユミルさんとアリューシャちゃんのおかげですよ。もし私に出来る事があれば、何でも言ってください。出来る限り協力しますから」
「そんな大袈裟な――」
そこまで言って、ふと思いついた。
彼は食事を扱うだけあって、市場とかに顔が利くんじゃ無いだろうか?
米とか小麦とか、砂糖とか……今の村には足りない物が多い。それを定期的に貿易できる相手とか紹介してもらえたら――
「いや、これは先走りすぎか……個人でやるのはリスクが高すぎるよな」
「え?」
「いえ、こっちの話です」
とりあえず今回は、食料関係のパイプが出来ただけでも良しとしておこう。
「それじゃボク達はこれで。今度はお客としてお邪魔させてもらいますね」
「それは嬉しいですが……少し残念ですね。また給仕に来てもいいんですよ?」
「遠慮しますっ」
「えー、わたし、またあの服着たい」
「ああ、では二人の制服をお譲りしましょう」
そういうと奥の部屋から、制服を持ってくる。これは後で洗濯する予定だったはずなんだけど……
「実は組合の冒険者が何名か、『これを売ってくれ』という申し出が――」
「後で名前を教えてください。ヌッコロしてきます」
「それは流石にやめてあげてください」
苦笑しながら制服を小袋に詰めてくれる。
ボク達はそれを受け取って、店を後にした。まぁ、これもいい経験だったか。
先に組合に寄って、ニヤニヤしてるエミリーさんにわりと本気の殺気を放ちつつ、報酬を受け取ることにする。
レグルさんがひょっこり顔を出してからかってきたので、寸止めで【スマッシュ】を放って威嚇しておいたりもした。
初期職の戦士で覚えるスキルだが、近接単体攻撃のこのスキルは、素手でも放てるという長所があるので、とても便利だ。
レグルさんは顔を引きつらせて、ムーンウォークのような挙動で奥の部屋に戻っていった。
その後、時間も押し迫ってきていたので広場へと向かう。
馬二頭で十六万ギルも必要になるので、これはカード払いではなく金貨で用意しておく。
取引の基本はやはり現金なのである。
広場に到着すると、すでにキースさんは待っていて、そのそばには馬が二頭……馬……
「馬ぁ!?」
馬でかっ!? あれなに、黒○号!? 松○!?
そこには、まるでばんえい競馬に出走するばん馬という大型馬の様な威容を誇る馬が二頭、鎮座していた。
「やぁ、来ましたか」
「こんばんは、キースさん……馬、大きいですね」
「ええ、草原で荷を引く馬というを要望でしたので、馬力がある奴を重点的に選んできましたよ」
「これ、一頭八万でいいんですかねぇ?」
「充分です、戦馬ではないので。馬力と頑丈さが取り得ですが、逆に言えばそれしかありません。大喰らいですしね」
アコさんたちの連れていた馬も、ボクが見慣れたサラブレッドと比べて大きかったけど、これは更に一回り大きい。
北海道のばん馬はサラブレッドの二倍と聞いた事があるけど、こいつはそれと同じくらいある。
「これだけの馬を八万なんて、こちらが悪い気がしますね」
「正直速さはあまりないので、期待しすぎないでください。その分力は折り紙付きですが」
「充分ですよ! では、これが代金です」
組合で下ろしてきたばかりの、金貨十六枚を入れた袋をキースさんに渡す。
彼は恭しく受け取って、袋を開き、枚数を確認して懐にしまう。
「確かに。ではこちらが所有証になります。持ち主の証ですから、なくさないでくださいね」
「所有証?」
「ほら、ここに焼印があるでしょう。この番号がこの証書に書かれています。これを持つことでこの馬の正当な所有者だという証になるんですよ」
「へぇ」
「そうでもしないと、誰がどの馬の持ち主が揉める事になりますからね」
確かに、似た馬というのも居るだろうし、泥棒なんかが盗んでいった馬を取り戻す一助にもなるか。
「これはどこかに届け出る必要がありますか?」
「いえ、ありませんよ。万が一の控えみたいな物です」
「ふむ。じゃあ、この二頭の名前は?」
一頭は芦毛の白い巨体。もう一頭は鹿毛の巨体。どちらも牝馬の様だ。
「そうですね、牧場で呼んでいた名はありますが……ここはあなたが、新たに名付けてあげてください」
「え、ボクが?」
「はい。持ち主が変わって心機一転です。彼らにとっても人生……まぁ馬ですが、生涯の転機になるでしょうし」
「判りました、じゃあ……」
巨大な馬というとやはり前述の二頭が代表なのだけど……
「こっちの鹿毛がセイコで、こっちの芦毛はウララで」
「へんななまえー? でもよかったね、セイコ、ウララ!」
まぁ、元になったハ○セイコーは牡馬だし、ハ○ウララは鹿毛だから、どっちも微妙にずれがあるけどね。
こうしてボク達に二頭の仲間が増えたのだった。