第五十三話 うまく乗せられたかも?
食事を終えてアーヴィンさん達と別れた。
アリューシャの育成方針は未だに悩んでいるが、慌てて実戦を経験させる必要は無いと判断する。
何しろまだ五歳だ。もうすぐ六歳か? とにかくまだ彼女は幼い。
斬った張ったをやるのはボクだけで充分、護身程度のスキルさえ覚えさせて、きっちり身体作りを行ってからでも遅くない。
「宿に帰ったら、剣の練習しようね」
「うん、新しい剣使うの!」
「張り切り過ぎない程度にね」
「はぁい」
腰に剣を差したまま、くるくると踊るように歩くアリューシャ。
その姿はとても楽しそうにしている。
覚えたての剣を凄く楽しみにしているのが判かる。
宿に戻って動きやすい服に着替え、宿の裏庭に出る。
オバちゃんにはすでに許可を取っている。裏庭にはボク達以外にも鍛錬をしている冒険者が数人いた。
「あ、こんにちは」
「こんちはー」
「おう、嬢ちゃん達も――って、げぇ! 烈風姫!?」
「はぁ?」
なんだ、その烈風姫って?
「なんです、それ?」
「あ、ああ。昨日の試合で誰ともなく言い出したんだ。あまりにも速い、烈しい風のような剣だってな」
「スッゴイ恥ずかしいのでやめて頂きたい。切実に」
「ゆーね、かっこいーね!」
「ボクは恥ずかしいから、アリューシャは呼ばないでね?」
「えー」
何か妙な展開になってきてるみたいだ。これ以上恥ずかしい名前を付けられないように、今度からおとなしくしておこう。
とにかくアリューシャの訓練を優先しよう。
「それじゃアリューシャ、軽く素振りして身体を温めよう」
「はーい!」
ボクも新しいクレイモアの感触を確かめたかったので一緒に素振りする。
アリューシャも嬉々として新しいショートソードを引っこ抜いた。
幼いアリューシャがボクと同じ回数をこなせる訳がないので、二十回程度で一休みさせておく。
刃を付けてないだけの実剣だから、この回数でもかなり辛いはずだ。
「いーち、にーぃ、さーん……」
「えぃ、やぁ、とぉ!」
ボクの掛け声にあわせてアリューシャが剣を振る。
まだ少し筋力が足りていないのか、その身体がフラフラと揺れる。いや、これは剣の重さに体重が付いてきてないのかな?
アリューシャはボクみたいに図抜けた腕力がある訳ではないので、剣の重さに引っ張られるのはよくあることだ。
それにしても一昨日指摘した送り足の甘さが、今日は解消されている。
上半身にふらつきは認められるが、重心はしっかりとしてるので、剣に威力が有りそうだ。
彼女はここでも高成長振りを発揮している。
「アリューシャ、凄く上手になってるね……」
「ほんと!?」
「うん、ちょっと普通じゃ考えられないくらい」
足元の甘さは指摘されてすぐ直るという物ではない。自分の体重移動のクセを叩きなおす事になるから、結構な時間が掛かることが多い。
それこそ、数日では普通は無理だ。
「これもレベルの高さ故かな?」
「ちがうもん、わたしの実力!」
「はいはい、それじゃ軽く打ち合ってみる?」
「やる!」
そういいながら、剣にクッションを巻いていく。
もちろん反撃する気は無いのだが、あくまで念のためだ。そしてアリューシャの剣には何も巻かない。
剣の重さに慣れるのも、この時期の重要な訓練と言える……多分。
剣なんて習った事が無いので、はっきり言えないけど。
クッションを巻き終わったところで、アリューシャがこちらに向けて剣を構える。
幼い顔を真剣に引き締め、こちらに剣を構える姿は見ててほわぁってなった。
そのまま抱きつきたい衝動を堪えて、こちらも体勢を整えておく。と言っても、軽く膝を溜めたくらいで、剣すら構えない。
「ゆーね、いいの?」
「いいよ。いつでもきて」
「うん、じゃあ――行く!」
その言葉が終わるや否や、アリューシャはそれこそ烈風の勢いでこちらに駆け出してくる。
「やぁ!」
可愛らしい掛け声とは裏腹に結構な速度の攻撃を、ボクは半身をずらして躱してみせる。
全力で振り切ったが故の体の流れを突いて、頭を素手で軽くポカンと小突く。
「ほら、体勢が崩れちゃってるよ。素振りの時を思い出して」
「むぅ、わかった」
今度は大上段に構えて、踏み込みながら振り下ろしてくる。
もちろんアリューシャの身長ではボクの頭に届かないので、狙う場所を手首に変えている。剣道で言う小手の攻撃だ。
これは手を引いて避けておく。するとアリューシャは剣を振り切らずに突きに攻撃を変化させた。
「とぉっ!」
「お? 中々考えたね」
半歩前に出ながら身を躱しつつ、体勢を入れ替える。
こんな感じで、十数回攻防を繰り返したところで、今日の練習は終了と言う事にした。
幼児の身体で実剣を振り回すのは、想像以上に負担になってるはずだからだ。
その間、ボクは一切体に触れさせずに避け続けた。アリューシャはこれが甚く不満だったらしい。
「もぅ……今度は、ぜったい……当ててやるん、だから!」
「えー、ヤダよ。痛いじゃない」
「ゆーね、だから……はぁ、大丈夫!」
「その信頼は要らなかったなぁ」
ほんの二分程度の攻防。それだけでアリューシャの息はすでに上がりきっている。
学生の空手の公式試合が二分だったはずだ。そう考えればちょっと引っ張りすぎたかも知れない。
アリューシャは動きが良いので、どうにも適正な時間を計り間違えてしまう。
アリューシャの顔の汗を拭いてやりながら、そんな事を考えていると、周囲のざわめきに気が付いた。
「おい、今の動き……あれ、幼女の動きじゃねぇだろ」
「そしてその攻撃を掠らせもせず、受ける事すらしなかった烈風姫も半端ねぇ」
「これが新しい迷宮の育成力って奴か……俺達も行ってみるか?」
「やめとけよ、あのレベルじゃないと敵わないような迷宮らしいぞ」
「とりあえずお持ち帰りしたい」
とりあえず五番目の奴には拭き終わったタオルを投げつけておく。
そのままアリューシャを抱きしめて宣言。
「アリューシャは誰にも渡しません!」
「ゆーね――ちょっと恥ずかしい」
いいんだよ、アリューシャはボクが買約済みなんだから。
怪しい視線の男共を威嚇しながらお風呂で一汗流す。入り放題のお風呂があると、どうしても入り浸ってしまうけど、無料だし良いよね。
お風呂でアリューシャの体をチェックしてみると、やはり少し無理が祟ってたみたいだ。結構熱を持っている。
明日は一分半を目安に訓練しておこう。
お風呂から上がって首にタオルをかけて食堂を横切ろうとした時、シーナさんから声を掛けられた。
「あ、かぜひめ~、お客さんが来てるわよ」
「ぶふぅ! シーナさん、どこからその呼び名を……」
「この宿のお客さんから。大活躍だったみたいじゃない?」
「恥ずかしいのでやめてください。それで、お客さんって?」
「お風呂に入ってるって伝えたら待つって。だからそっちの別室に案内してあるわ」
この宿も一応冒険者が頻繁に活用している。なので、密談用の個室なんて物も用意されているのだ。
シーナさんに案内されて個室に入ると、そこには三十代半ばと思しき中年男性が席に着いていた。
彼は入室したボクを一目見るなり立ち上がり――
「ユミルさんですか!?」
「は、はい?」
「よかった……イメージ通り、妖精の様な人だ」
「あの、何か用です?」
なんだか妙な事を口走られた気がする。
すぐさま会話が始まったと察したのか、シーナさんは滑らかな動作で部屋から出ていった。
その行動に少し我を取り戻したのか、男性は慌てて場を取り繕う。
「これはいきなり失礼しました。私、カフェ『ブロッサム』のマスターをやっております、ランデルと申します」
「あ、ユミルです。よろしく」
「――ありゅーしゃ」
改めて挨拶を交わすと、席に着いた。この部屋は水差しも完備されているので、アリューシャに水分補給させておく。
風呂上りは脱水症状を起こしやすい。
「実はですね。私の店はお恥ずかしながら経営が上手くいっておりませんで……」
「そりゃご愁傷様で」
「そこで、イメージアップに給仕の衣装を変更しまして……その助っ人を組合の方に募集して貰ったんですよ」
「……なぜそこで組合に頼ったし」
あそこは冒険者を融通する場所だ。カフェと言うのは客商売で、やや無教養なものも多い冒険者には不向きな仕事と言えるだろう。
「いえ、この街の冒険者は有能な方が多くて、意外とそつ無くこなしてくれるんですよ」
「そういう物ですか……でも、レグルさんの方針なら、そういう汎用性は確保するかも知れませんね」
「そこで妖精の様に愛らしい少女がこの町に来たと聞きまして、これは是非と思った次第です」
「お断りします」
速攻で断言してのける。
給仕といえば聞こえはいいが、結局はウェイトレスだ。この職業を貶めるつもりは無いが、やったことの無いボクに務まるかは、甚だ疑問である。
足を引っ張る可能性が高いのに、こういう仕事は請けられない。
「そこをなんとか! アリューシャちゃん用の可愛い服を用意して待ってますよ!」
「何でこの子の分まで用意してあるんですか!?」
この町に着いたのは一昨日。噂が流れたとしても、広がるのが早すぎる。
ボクサイズの服ならともかく、アリューシャ用となると、前もって用意するのは不可能だろう。
「そこはそれ、徹夜で縫いましたし!」
「その努力を営業に向けろ!?」
鍛冶師のカザラさんといい、この街は趣味に走る職人が多くないか?
それにしても、アリューシャ用の可愛い服……ボクが着るのは論外だが、アリューシャに着せるのは是非見て見たい。
しかしそれは、ボクも仕事を引き受ける事に繋がる訳で……
「彼女の容姿を見て確信しました。やはりフリルの付いたエプロンは必須ですね」
「むむ」
「アリューシャちゃんの応対、見てみたくないですか?」
「ぐぬぬ……」
「可愛らしい声で『いらっしゃいませー』って。たまに噛んで『いらっちゃいませー』になったりとかして」
そこまで言われて、ボクの妄想フィルターは全開で起動する。
アリューシャがエプロン姿でくりくり動き回って、ニパッと挨拶して回る。
舌っ足らずな声で注文を復唱し、トレイを両手に持って、チョコチョコ歩き回る姿は……正直言うとボクも見てみたい。
だが、しかし……それを受け入れると言う事は、ボクもコスプレっぽく着替えねばならない訳で……
「もちろんユミルさんとアリューシャちゃん、二人分の給金は出しますし、オリジナルの制服ですよ? 自画自賛になりますが、とっても可愛く出来たと思うのです」
「そ、それは……でもボクらは余りこちらには長居しませんし」
「ずっと居てくれという訳ではありません。1日でいいんです。明日だけ!」
「それ集客効果あるんですかね?」
「ありますとも! 一目その制服を見てもらえれば、他で募集してる求人にも影響があるはずです」
よほどいい出来だったんだろうね、その制服。
そこまで強弁されると、アリューシャに着せてあげたくなってくるな。
「むぅ。明日だけ……で、いいんですか?」
「もちろんです。明日は季節の新メニュー発表の日ですので」
「まぁ、それなら……」
こうしてボクは、アリューシャのウェイトレス姿に釣られて、給仕をする事になったのだった。