第五十二話 教育方針
翌朝、帰りの依頼の打ち合わせに行く事になった。
牧畜を連れて行くということなので、結構多くの冒険者がこれに駆り出されているそうだ。
アリューシャの体調はすでに完璧で、今日は跳ねる様な足取りで組合に向かっている。
ついでに買い食いするのも忘れない。
朝食を食べたばかりだというのに、元気なものだ。
ちなみに今日の朝食はミートボール入りの野菜スープにスクランブルエッグを乗せたパンと香草茶。
買い食いはあっさり系のクリームを乗せたワッフルである。
アリューシャはジャム系を欲しがってた様だけど、手がベタベタになるので却下。手を繋いで歩けないじゃないか。
「ほら、ほっぺたにクリーム付いてる」
「んぅ~」
まぁ、アリューシャがあちこちにクリーム付けまくるので、結果は同じだったけど。
組合から連絡された待ち合わせ場所は、街の中央広場。そこでは何人もの依頼者が冒険者と面談していた。
広場はそういう場所としても利用されているらしい。
「えーと、確か赤い旗を持って来てるって……あ、いた。あれかな?」
広場の中央部分、噴水が設置されているそばに赤い旗を持った商人風の男性がいた。
そばには二パーティほどの冒険者の姿もある……っていうか、あれは――
「あー! るでー、るーざぁ!」
「あ、アリューシャ、待ちなさいって!」
依頼主のそばにいたのは、アーヴィンさん達だ。そしてルディスさんとルイザさんももちろんそばにいた。
それを見て、アリューシャが駆け出していく……全力で。
「え、アリューシャ――きゃああぁぁぁぁぁ!」
人込みの隙間を疾風のように駆け抜けていく幼女。
そしてルイザさんがその接近に気付いた時には、アリューシャはすでにルパンダイブ並の勢いで腹に飛び込んでいっていた。
ドズッという、鈍い音がここまで響く。
スカートの裾を巻き上げながら、ルイザさんは地面に押し倒されていた。
そのまま苦痛に悶え転がりまわる。
うん、スカートの中がチラチラ見えて、中々にナイス。アリューシャ、グッジョブ。
女の身体になっても、女体にエロスを感じる心は残っているのだ。
「あ、アリューシャちゃん……ひさ、久しぶりですわね……」
そのいきなりの惨状に、ドン引きしながらも挨拶をするルディスさん。相変わらずの礼儀正しさと『ですわ』口調が懐かしい。
だがその反応はバッドだ。
今のアリューシャにとって、それは標的を変更させる合図でしかない。
「るでー!」
「うきゃあぁぁぁぁ!?」
ギラリと肉食獣の眼光を発し、幼女らしからぬ瞬発力で吶喊。
もちろん後衛専門のルディスさんに避けられるはずも無かった……ヘッドバッドなボディブローをもろに受けて轟沈。
真昼間の広場で、わずか数秒の間に二人の女性が押し倒されるという珍事が発生した。
「ルイザさんは水色で、ルディスさんは黒ですか」
「お、俺は見てないからな……」
「いや、陰になってるせいで黒に見えたが、アレは紫だな。俺の目に間違いは無い」
「…………知らん」
アーヴィンさん、クラヴィスさん、ダニットさんも相変わらずのようで安心した。
きっとクラヴィスさんは後で折檻を受けるだろう。そしてなぜかアーヴィンさんも。
「えーと、あなたは……」
そんな惨事を遠巻きに眺めていると、商人っぽい人が声をかけてきた。
「あ、ユミル村への護衛を引き受けた冒険者のユミルです。よろしくお願いします」
「ああ、あなたが三番目の……え、ユミル?」
「はい、ボクが一応権利者という事になってますね」
「あなたが! うわさの権利者はかなりの腕と聞いていたのですが……いや、人は見かけによりませんな。ああ、私はキースと申します」
キースさんはヒョロリとした印象の、身体も目付きも細い男性だった。その外見から狐のようなイメージを受ける。商人というより……間諜っぽい?
もっともボクらも見た目という点では大差ない。ボクやアリューシャなんて、見かけからすると冒険者にはとても見えないだろう。
背中に背負った剣がなければ、町娘の姉妹と見分けが付かないはずだ。
「昨日はレグルさんと試合させられましたよ。勘弁して欲しいです」
「ハハハ、あの方らしいですな!」
握手して他の冒険者たちとも自己紹介を交わす。
アーヴィンさん達とはすでに面識があるが、もう一つのパーティは初対面だった。
「今回はよろしく、俺はドイル。このパーティのリーダーをやっている」
ドイルさんは十代後半くらいで、アーヴィンさんよりかなり若い。駆け出し冒険者をようやく卒業したくらいだろうか。
他のパーティメンバーも総じて若い。
「よろしく、ユミルです」
「俺はハンスだ。昨日の試合、見たよ。すっげぇ強いんだな!」
「俺カイン、よろしく」
「私はローザよ。あなた、なかなかやるじゃない」
優等生っぽいドイルにやんちゃっぽいのがハンス、朴訥な印象のカインに、ツンデレ系のローザね。
カロンより年は上で落ち着いてるようだけど、腕はカロンの方がマシっぽいなあ。
「一応俺が今回の隊全体を率いようと思ってるんだけど、ユミルも異論は無いか? なんだったら君が率いても――」
「面倒なので遠慮します」
「まぁ、そうだと思ったけどね。どうせ世話焼きな君の事だから、しっかりフォローしてくれるだろうし」
「うわ、イヤな方向の信頼感ですね、それ」
ボクは地味におとなしく、平穏に生活したいだけなのだ。
手を回さないと面倒になるから、色々手を広げているだけで……
「この街の注目株のアーヴィンさんが護衛に付いてくれるなら、私も安心ですよ」
「戦闘力では彼女の方が上ですよ。俺もコテンパンにノされたからな」
「ほほぅ!?」
商人であるキースさんは、昨日の試合は見ていなかったようだ。冒険者組合内の出来事なので、当然かも知れないけど。
まぁ、別に見て楽しいものでもないけどね。ボク的に。
「あ、そうだ。キースさん、今回は牧畜用の獣を連れて行くという話でしたが……」
「ええ、牛を八頭に、山羊を四頭ですね。牛に荷を積んでいくので、結構な量が運べますよ」
「それで、荷馬とか手に入りませんかね? できれば二頭」
ボクの要望を聞いて、キースさんはしばし首を傾げた。
しばし黙考したのち、顔を上げる。
「二頭なら何とかなりますね。牝馬ですがよろしいですか?」
「構いません。荷を牽かせる馬なので、頑丈であれば」
「それならオススメのがいますよ。今すぐ必要ですか?」
「三日後……いえ、二日後に必要なので、それまでに」
「では明日の夜、引き渡しましょう。お代は……そうですね、あの馬なら一頭八万ギルほどになりますが」
日本円にして八十万? 安い気もするけど、馬の値段ってそんなものかな?
それともこの世界の馬はそれなりに普及してるから、値下がりしてるとかだろうか。
なんにしても、今のボクには痛くも痒くも無い金額だ。
「では二頭お願いします」
「了解しました」
「馬に乗ってくのか、さすが権利者はリッチだな」
「あはは、まぁね……」
大量の月長石を持ち込んだとまでは、知られてなかったらしい。
「では出発は五日後の朝九時だ。各自遅れないようにな」
「了解です」
「はぁい」
最後にアーヴィンさんが仕切って、その場はお開きとなった。
打ち合わせが終わったからといって、別にその場で別れる必要もないことだし、お昼はルディスさんとルイザさんが同席する事になった。
クラヴィスさんなどは女性陣が一堂に会して食事すると聞いて、無駄に張り切っている。
「お、俺も一緒に行っていいか?」
「別に構わないけど……あんたが来て何するのよ?」
「私達はアリューシャちゃんが目当てですけど……まさかユミルさんを狙っているのですか!?」
「ちげぇよ!」
顔を赤くしてルディスさんに怒鳴るクラヴィスさん。怒鳴った後でがっくり肩を落としているところを見ると……
「ははぁん……?」
「なんだよ、その意味深な表情は!」
「いえいえ、そちらのパーティも春爛漫ですねぇ」
「この、子供がナマ言うな!」
照れ隠しなのかこちらに手を伸ばすクラヴィスさんを、歓声を上げて躱す。
アリューシャも同じく走り回って避けていた。
そんな一幕もあり、結局アーヴィンさん達全員と昼食を摂る事になったのだった。
クラヴィスさんの案内で、いつもの食堂ではなく少し小洒落た感じの店で昼食を楽しむ事になった。
窓はあまり大きくなく店内は少し薄暗いが、その分なんだかクラシカルな雰囲気が漂っていて、それなりにいい感じ。
空気にかすかに混じる、豆茶の香りが通っぽいぞ。
「はい、アリューシャちゃんケーキ」
「あぁ~ん」
「あぁっ、もう! この子ってば、相変わらず!」
アリューシャの左右にルディスさんとルイザさんが陣取って、ボクが向かいに座る形になっている。
おのれ、その場所はボクのだぞ。
そしてボクの並びにはダニットさんとクラヴィスさんがいて、なぜかアーヴィンさんはお誕生席状態である。
彼、リーダーなのにハブられてることが多いな……
「へぇ、アリューシャちゃんが剣をねぇ」
「ええ、身体能力が高いだけあって、かなりいい筋してますよ」
「……ユミルはここの迷宮にも潜るのか?」
「暇ができたら挑戦してみたいですね。アリューシャでも倒せるなら実戦もさせてみたいし」
「いくらなんでも危ないんじゃない? まだ五歳よ、この子。あ、もう六歳になったかしら?」
「まだー」
アリューシャは暢気に答えているけど、さすがにルイザさんも心配そうだ。
正直ボクも少し心配ではある。でも剣の腕を上げるのに、もっとも手っ取り早いのが実戦なんだよなぁ。
アリューシャが強くなる事を熱望してる以上、ボクもその要望に応えてあげたい。
「まぁ、行くにしてもボクがそばを離れる事はないですし、それほど危険はないと思いますよ」
「それはそれで問題なんだけどな。やはり冒険というのは痛い思いをして覚える事も多いし、そっちの方が有益である事も多々ある。過保護すぎるとどこか歪に育つんじゃないか?」
「むぅ、そう……なんですかねぇ。でも……」
アリューシャを危険な目にあわせるなんて、トンデモない。いや、すでに何度か危険な目にあわせてしまってるけど。
それにボクと一緒に迷宮に潜っているだけで、レベルは上がっているのだ。
最悪、それを繰り返すというのも……いや、やはりダメか。
結局それでは、今のボクと同じように身体能力だけ高くて、冒険に関して素人の戦士が出来上がるだけだ。
「やはり、経験は積ませないとダメですよねぇ」
ポツリとそう呟いてアリューシャへと視線を送る。
そこには、いつの間にかルイザさんの膝の上に乗せられて、ルディスさんにケーキを差し出しているアリューシャの姿があった。
「るでーも、あーん」
「はぃ、あーん」
ぱくっとフォークに食いつき、そのままアリューシャに抱きつくルディスさん。
それを見てボクの我慢が限界を超えた。
「ああ、ルディスさんもルイザさんもずるいですよ! ボクにもアリューシャ分を補充させてください!」
「なによそれ? って、あぁん、連れて行かれたぁ!」
俊足を飛ばしてテーブルを回り込み、アリューシャを強奪。
そのままアリューシャの座っていた席に着いて膝に乗せる。
「これでよし」
「よくないですわ、次は私の番でしょう!」
「ダメです、アリューシャは渡しませーん」
「にゃー! ケーキ食べられないのー」
結局、昼食は男性陣を放り出して女性だけが楽しむ席と化した。
いや、ボクは中身男だけどね。