第五十一話 練習用の剣
カザラさんと橇の開発を詰め、出発までに試作品を完成させる事を約束してくれた。
この大きさの物を一週間以内に作り上げてくれるというのだから、感謝の念が溢れそうになる。
「試作は三日後くらいに完成できると思う。そこから細部を詰めて四日後くらいかな?」
「そんなに早く? 他の仕事とかあるのに、いいんですか?」
ボクは鍛冶場の周辺を見回して、そういった。
そこには預かり品らしき武器防具がゴロゴロと転がっている。
「構わんよ。別に急ぎの物はないしな。それにこの橇が実用化できれば、草原の往来が容易になる。これは世界が変わる発明だぞ」
「そこまで大袈裟なんですか……いや、功績はアコさんの物ですけど」
あくまで橇を発案したのは彼だ。ボクは使いやすいように改造案を出したに過ぎない。
でも、これでアリューシャが、簡単にタルハンとを往復できるようになるのは助かる。
「じゃあ、三日後にまた来ますね」
「ああ、それまでに試作を完成させておく。それと――」
「なにか?」
何か言い淀むような表情で言葉を切らすカザラさん。なんだろう?
「そっちの子、アリューシャちゃんだっけ?」
「あ、はい」
「ん?」
「その子に剣を教えているのか?」
「え、判るんですか?」
アリューシャに剣を教えている事は、まだ伝えてなかったはずだ。
「あー、うん。剣を始めた初心者独特の身体の傷め方をしてるようだからな」
「身体を傷め――!? どっか悪い所があるんですか! アリューシャどっか痛い所ない?」
「んー、全身? ぴきぴきぃ」
子供だから回復が早いのかと思ったけど、まだ筋肉痛は残っていたようだ。
それでも普通に動けているから、問題は無いかと思ってたけど、どこか壊していたらどうしよう!
「そこまで心配する事じゃない。剣を始めて無理をした奴特有の動き方をしてるってだけだから。だがこの状態を続けると、治りきらずに本当に身体を潰す事になるぞ」
「あ、とりあえず今日はお休みにして、ゆっくり休ませようとは思ってますけど……」
「ならいい。まだ幼いんだから、無理はさせないようにな。そうだ、これを持っていけ」
カザラさんは唐突に立ち上がって、戸棚から一本の剣を取り出した。
かなり短めの……小剣?
「その体格なら、これくらいの物で始めないと負担が掛かりすぎるからな」
「いいんですか?」
代わりにボクが受け取り、二、三度振ってみる。
バランスは悪くない。むしろ上等の部類だ。やや撓る印象はあるが、表の店で売っていた商品よりも遥かにしっかりと作られている。
刃は潰されていて……いや、焼入れしていないのか? とにかく、切れ味には期待できないが練習用なら充分な出来栄えに見える。
「かなり良い剣に見えますけど、刃は付けないんですか?」
「練習用に作った奴だからな。剣を知るために作った試作品で怪我してもつまらんだろう」
「ふむ、アリューシャ、どうかな?」
アリューシャに剣を手渡し、軽く振ってもらって様子を見る。
彼女はもボクを真似て、二、三度振ってから驚いたように顔を上げた。
「ゆーね、軽い! すごい!」
「そりゃ短いからね。でもいい剣なのは確かだよ。刃は付いてないけど。正直もったいない」
「気に入ったのなら持ってけ。そして腕が上がったら俺の剣を買ってくれ」
「おじさん、ありがとう!」
ニパッと笑って小剣を抱きしめようとする。
ボクはそれを見て慌てて止めに入った。いくら刃が付いていないとはいえ、そのまま抱きしめるのは危ない。
というか、見てて冷や冷やするからヤメテ。
「鞘はこれを持ってけ。雑な物だが、刃が付いてない剣なら充分に役立つ」
「何から何まで、ありがとうございます」
「お前さんも俺の剣を買ってくれると、俺の生活が楽になるんだがな」
「あはは……」
ボクの力を受け止められる剣と言うのは、そんじょそこらの技術じゃ難しいと思います。
でも、彼がそこらの鍛冶師よりは腕がいいのは確かだ。いざというときは力を借りねばならないかも知れない。
この縁は大事にした方がいいだろう。
カザラさんの工房から宿に戻ると、丁度食事の時間帯だった。
相変わらず食堂は盛況で、多くの冒険者や街人で溢れかえっている。
シーナさんも忙しそうにテーブルの合間を飛び回っていた。
「あ、おかえりなさぁい、ユミルちゃん、アリューシャちゃん。お食事にします?」
「あ、はい。お願いします。メニューは今日のオススメで。後アリューシャにはヨモギ入りの何かを」
「またあの葉っぱ? 苦いのに妙なのが好きなのね」
ヨモギの葉はそのまま食べると非常に苦味がある。
そこでこの世界では、付け合せや、乾燥させてパセリのように使用するのが一般的なのだそうだ。
甘い穀物に少量混ぜ合わせて饅頭にしたボクの料理は、この世界では邪道だったのかも知れない。
「この子はこう見えても野生児なんですよ」
「ちがうもん、えいよーがあるから食べてるんだもん。わたし、ゆーねよりおっきくなるんだから!」
「ボクがちっちゃいと申すか、このぉ!」
確かにちっちゃく作ったけどね!
ちょっと生意気な口を利くアリューシャが可愛くて、ニヤニヤ笑いながらほっぺをぐにぐにとつつく。
キャーキャー言いながらテーブルに逃げていったので、ボクも後を追って席に着く事にした。
生温い水を飲みながら料理を待っていると、アリューシャがソワソワと腰の小剣に手をやっている。
新しい武器が気になって仕方ないのだろう。
「食堂で抜いちゃダメだよ?」
「しないよ。早く使ってみたいけど」
ショートソードは刀身が四十センチ程度しかないため、アリューシャの腰に差しても問題が無い。
スティックなどは刀身が長いため、大剣の様に背中に背負っていたのだから、扱いが気になるのだろう。
「今日はお休みの日なんだから、しっかりと疲れを抜かないとダメだよ。それを振るのは明日から」
「えー、今日からにしようよ。ちょっとだけでいいからー」
「だぁめ! 今日はお休みするの。ほら、後でマッサージとかしてあげるから」
本当は素人がマッサージとかしたら逆に傷める可能性があるんだそうだけど、軽く揉んであげるくらいは許されると思いたい。
それに【ヒール】やその他の回復魔法があるのも心強いのだ。
「おまたせー、今日はホーンラビットの煮込みハンバーグだよー。アリューシャちゃんにはヨモギとニンジンのグラッセ付き!」
「わぁ!」
「うぁ、にんじん~」
この世界ではミンチをいちいち手作業で作らないといけないので、ハンバーグはとても手間の掛かる料理だ。それを考えると、今日の料理はかなりの贅沢品になる。
シーナさんの話では新しくミンチメーカーなる道具を仕入れたので、試しに使ってみたらしい。
肉になっているホーンラビットは、この街の迷宮の一層に出るモンスターで、盾さえ持っていれば子供でも倒せるほど、弱い相手でもある。
弱いわりにその身体は余す所なく利用できるので、小遣い稼ぎに丁度良いらしい。
盾を構えてジリジリ近付いていくと、頭の角で飛び掛ってくるのだ。これを受け止めさえすれば、後は楽勝で倒せてしまう。
その毛皮はフカフカで銀貨十枚程度で買い取ってもらえる。しかも肉もそこそこ美味しいので肉屋が買取をやっているし、角も柔らかいので武器には利用できないが、カメオのような工芸品に使用される。
骨もスープなどで出汁が取れるので、安いけど無駄にはならない。
その肉質はどちらかと言うと鳥に近く、やや淡白なのが難点ではあるが、ハンバーグの様にして他の肉と混ぜればボリュームが増し、しかもあっさりと食べられるのだ。
「よかったね、ハンバーグ好きでしょ?」
「でもニンジンはきらいー」
「栄養あるよ。ボクより大きくなるんでしょ」
「むぅぅぅ」
困った顔してるアリューシャをくすくす笑いながら見やる。食べれないようだったら、後でボクが食べてあげよう。
結局アリューシャはニンジンの攻略に失敗して、ボクの支援を要請する事になった。
代わりにボクのハンバーグの三分の一を提供してあげたので、量的には同じくらいになったはずだ。
今日は米の代わりにパンが付いていたので、煮込みソースまでしっかり拭って食べたら、お腹一杯になった。
食事料金は宿代に含まれているので、料金は払わずに風呂に向かう。
代わりにチップとして、シーナさんに二百ギル手渡しておいた。
備え付けの石鹸をたっぷりと使って身体を洗った後、ゆったりと湯船に身を沈める。
温かいお湯に身体を浸けていると、溜まっていた疲労感が浮かび上がってくる様な感じがする。危ない、このまま眠ってしまいそう。
目覚まし代わりに、隣に入ってきたアリューシャの手足を触って凝り具合を確認してみる。
ふにふにした手足の中に少し筋張った感触が残っている辺り、かなり無理していたのかも知れない。これは反省しないと。
「やっぱり今日はお休みだね。大分凝ってるみたいだよ」
「うぅ、はやく使ってみたかった」
「体調管理も修行のうちだよ。お風呂上がったらアイスクリーム出してあげるから」
大分目減りしているが、まだインベントリー内に残っていたはずだ。
今度ドロップ装備付けて補充しに行こうかな……この街の迷宮で。
アイスを食べさせて宥めながら、アリューシャと床に就く。
こんなに早くお布団の中に入るのは久しぶりな気がする。
ボク達が泊まっている部屋は元々一人部屋なんだけど、ボクもアリューシャも体が小さいので、ベッドがまるでダブルサイズだ。
こういう点では少しだけお得な気分を味わえる。
「ゆーね、明日はぜったい、ぜぇーったい練習しようね!」
「うん、アリューシャの体が治ったらね。だからってウソついちゃダメだよ? ちゃんと痛いところがあったら教える事」
「うわぁん、わかりましたぁ」
薮蛇、みたいな反応で毛布を頭から被るアリューシャ。
まぁ、こういう気分も判らなくは無い。初めて習い事した時は、早く次の新しい事を教えて貰いたくて気が逸った物だ。
近いうちに迷宮で実戦させてみるかな……ここの敵は初心者向けだって言うし。
「そうだな、肝心の盾は……一つだけあるから――ふぁ、ねむ……」
ボクも昨日の疲れが抜けてない上に、今日の試合で神経を使ったせいか、妙にまぶたが重い。
「ゆーね、つかれた?」
「うん、少しね。ボクはアリューシャみたく、回復が早くないんだ」
「うそだぁ。ゆーね、怪我すっごく早く治るじゃない」
「怪我と精神的疲労は違うよー。それにどうにも身体の動きにズレがある感じで……」
レベルの限界値を突破していたので、筋力と耐久度を補完しておいた。そのせいか妙に身体のバランスが重く感じる。
本来設定されて無い領域のレベルだからかも知れない。この妙な感覚のズレは早く直しておかないと。
それに、そもそも明日は牧畜を連れて行く商人さんと、打ち合わせしに行かないと。ボク達以外の冒険者も来るらしいから、顔合わせの意味もあるらしい。
そんな事を考えながら、珍しくアリューシャより先に眠ってしまった。
タルハン編は色々なパイプ作りに励む話にしたいので、あまり派手な事は起きません。
それでも今回は全く話が進んでないけど……ちょっとした日常話が書きたかったので、つい……