第四十九話 試験されました
結局、これといった対策は立てられなかったので、各方面に警戒の報告を飛ばすだけに留まった。
その後ムーンストーンの買い取りの様子を見に行ったのだけど、そこには途方に暮れたアドリアンさんとカロンの姿があった。
「カロン、どうかしたの?」
「あ、ユミルさん……いえ、買い取りは済んだのですけど、これ……」
そう言ってカロンの差し出した書類に目を通す。
そこに刻まれた数字は……
「は、四十M?」
「M?」
「い、いや、こっちの話」
うっかりゲーム内の単位を利用してしまったくらい、戯けた数値が記載されていた。
Mとはメガの略である。基準になる数値を一とした場合、千がキロを略したK、その千倍がM、更にその千倍がギガを略したGという風に使用される。
つまり、1Kは千、1Mは百万、そして1Gは十億となる。
四十Mという事は、四千万ギルという事になる訳で……
「さすがに現金で一括お支払いという訳には行きませんので、組合証での数値登録ということになりますけど……」
あんぐりと顎を落としたボクに、カウンターのお姉さんが声を掛けてくる。
いや、これどっか間違ってません?
「あの、これ計算とか……間違ってません?」
「あー、気付かれましたか。その、この街では結構月長石は採掘されているので、他所に比べて少し割安ではありますね」
「いや、これで安いって……」
四千万ギル、つまり四億円相当。マジかぁ。
「という訳で、ユミルさん受け取ってくださいな。こんな大金を預かってるのは手が震えます」
「へ? 分配しないの?」
「なに言ってるんです、倒したのはユミルさん一人じゃないですか」
「俺達は最初っから気絶してたしなぁ。リビの奴も魔法一発打ち込んだだけだし。さすがに受け取れねぇって」
この人達、欲が無さ過ぎませんかね?
目の前にサラリーマンの生涯年収が転がってるんですよ!
「そりゃ俺達だって金は惜しいが……まぁ、そこそこ稼いでるしな。それに、こいつを受け取るのはプライドに関わる」
「それを言うなら最後の一撃はリビさん無くして語れませんから、せめて半分は受け取ってください」
半分でも、ボクの目標金額には充分届く。多分。
この町に家を買って、アリューシャと二人でのんびり過ごす事は可能なはずだ。
まぁ、まだしばらくは先の話だろうけど。
とにかく、小市民的思考のボクにとって、この金額を受け取るのには、狼狽するしかない。
すったもんだの末、四分の一をリビさんに押し付ける事に成功したけど、なんだか頭がフワフワして落ち着かない。
「ゆーね、ふらふら?」
「うん、ちょっとね……」
「話は済んだか? じゃあ俺と一手手合わせ――」
「それはしません」
ひょっこり割り込んで、手合わせを申し出るレグル支部長。
この人は何でボクと戦いたがるんだろう?
「そりゃ、前にも言ったが俺はこの街の冒険者の力量を把握しておきたいってのが一つ。もう一つはお前さんの人柄を量りたいってのもあるな。剣にはそいつの性格が滲み出るもんだ」
「そりゃ……そういうのはあるかもしれませんけど」
確かに勝負事になって勝ち負けを競うなら、そこに性格というのは表れてくるものだ。
手段を選ばず勝ちに行く者、潔く負けを認める者、闇雲に攻める者、まずは防御を固める者。その過程、結末は性格の表明といっても過言ではない。
タルハン支部長の彼は言うなればボクの後ろ盾みたいなものだ。そして、後ろ盾になったボクがどういう性格なのか、初対面の彼には理解できない。
だから手っ取り早く、理解するために剣を交えようというのか……ある意味脳筋だけど、実にシンプルな思考だ。
「まぁ、そういう事なら構いませんけど……あくまで試合ですからね?」
「おう、誰も殺し合いまでやろうとは言わねぇよ。裏に修練場があるから来てくれ」
そういう訳で、支部長と試合することになってしまった。メンドクサイなぁ。
「支部長さんって強いんですか?」
控え室で剣にクッションを巻きながら、ヤージュさんに尋ねてみた。
試合はそれぞれの武器を使用するのだが、冒険者の武器は多様性が高い。練習用の木剣ならともかく、斧や槍、戦鎚や槌鉾といった武器まであるので、とてもフォローしきれない。
そこで刃や打撃部にクッション性の高い素材を巻きつけることで、安全性を確保するのだそうだ。
これにはアーススパイダーというモンスターの糸を利用したクッションが使われている。
柔軟で軽く、しかも強靭なのでこういう用途に向いているのだとか。
「支部長は強いぞ。この大陸東方面では、最強の一人に数えられているくらいにな」
「うわぁ、そういうのと試合とか、遠慮したいなぁ」
ギュッ、ギュッと買ったばかりのクレイモアにクッションを巻きつける。
軽く振り回してバランスを確認してから、修練場へ向かう。
「ま、ユミルなら余裕で勝てるかもな」
「そうだといいんですけどねぇ」
「自覚してないようだが、さっきの素振りですら、俺みたいな凡人には芸術レベルに見えるんだぞ」
「ヤージュさんもかなりの腕と聞きましたが?」
この街の現役冒険者ではトップだと聞いた気がする。
その下がアーヴィンさんレベルだとか。
「そうだなぁ。アーヴィンで国に仕える騎士レベルかな。俺は……自惚れていいなら、ちょっとした中隊長レベルといったところか」
「アーヴィンさん、意外と低いんですね?」
「アホこけ。どこの師にも付かずに、あの若さで正騎士レベルってのはかなりのエリートだぞ」
そういえば、彼はボクが誰の下で修行したのか知りたがっていたっけ?
ひょっとして、自己流って言うのが彼のコンプレックスなのかも知れないな。
廊下を抜け、階段を降りると地下の修練場へと辿り着く。
ここなら剣や弓、魔法だって撃ち放題なのだそうだ。もちろん怪我は自己責任。
「おう、来たか。待ちかねたぞ」
「ちょっと待てえぇぇぇぇ!?」
修練場の中央には、レグル支部長が武装して仁王立ちしていた。
修練場の周囲には観客席のような物も設えられ、見学できるようになっている。
支部長が久々に出張っているせいか、そこには観客が数十人詰め掛けていた。
それはいい。それより――
「それ、クッションの意味あるんですか!」
「あ?」
そう、支部長の武器は二メートルを越える長柄にハンマーを取り付けた超重量武器だった。
あんなもので殴られたら、クッションの意味なんて無いじゃない!
「安心しろ、手加減はしてやる」
「いや、潰れますって。こっちはか弱い乙女なんですから」
「か弱い?」
「ヤージュさんは黙ってて!」
茶々入れてきたヤージュさんを一喝して黙らせておく。
ボクはそもそも臆病なので、あんな威圧的な武器を見せられたら、せっかくのやる気が萎えてしまう。
「ああ、逃げたい……かえりたい……」
「ゆーね、がんばれー」
「ユミルさんなら勝てますよ!」
がっくりと肩を落としたボクに、観客席からアリューシャの声援が飛ぶ。オマケでカロンも。
「現在支部長の勝ちが八割で、新人の勝ちは二割だ。新人に賭ける奴は居ないかー!」
「俺ユミルに二千賭けるぞ、こんな美味しい勝負って他にねぇだろ」
「では私も。彼女に千だ」
暢気に賭け事に興じているのはアドリアンさんとリビさんだ。
しかも微妙に額がでかい。負けてやろうかな……
「それじゃヤージュ、審判頼まぁ」
「はぃな」
「あぁ、もう……」
進み出て剣を構える。
正直、こんな所で実力を晒すのも馬鹿らしくなってきたので、スキルを使用せずに勝てないようだったら、あっさり負けておこう。
「それでは、レグル対ユミル。一本勝負――始め!」
どこか気楽な、面白がっているようなヤージュさんの掛け声で試合は始まった。
スキルを使う気は無いが、それでもあっさり負けるのも少し癪だ。最初は油断なく、レグルさんを観察してみる事にする。
当のレグルさんはというと、あれだけ積極的にて合わせを申し出たのだから、嵩に懸かって攻めてくるかと思えば、どっしりと腰を落としてこちらを観察している。
こういう、じっくり『見て』来る相手は非常にやりにくい。
ボクはかなりの速度を出せるとはいえ、人の視力を超えるほどの速さはさすがにない。
身体能力任せな戦法が多いので、見られると粗がバレそうで、どうにも嫌な気分になる。
「どうした、来ないのか?」
「そっちこそ、意外と慎重なんですね」
牽制の言葉を飛ばしあうけど、どうやら余裕も向こうの方が上のようだ。これは経験によるものかも知れないな。
睨み合っても仕方ないので、一気に間合いを詰めて、軽く牽制の突きを放つ。
この攻撃の対応で、相手の実力はほぼ把握できるだろう。
レグルさんは案の定、こちらの攻撃を躱し、弾き、逸らす。
一息に放った三連続攻撃を、余裕を持って回避してのけた。
――アーヴィンさんならこれで体勢を崩せたんだけど、やはり格が違うか。
三打目の突きに呼応して、今度はレグルさんの牽制が飛んでくる。
こちらも牽制だ。そう、本気ではない……それなのに三連撃。しかも、その鋭さはアーヴィンさんを遥かに超え、ヤージュさんすら凌駕する。
だが、ボクなら余裕を持って対処できる。
体勢の崩れない範囲で、最小の動きを持って攻撃を全て躱す。
その動きに外野から、驚愕の声が響いた。
「マジかよ! あの支部長のカウンターを躱したぞ?」
「俺、あの技であっさり気絶したんだが……」
「……可憐だ」
訳の判らない感想も混じっていた気もするけど、ここは気にしない。
相手がカウンターを利用してくるなら、こちらもそれに合わせて撃ち返すまでだ。
二次職の騎士のスキルにはカウンターを自動で行うスキルもある。だがここでそれは利用しない。
剣が折れた時に思い知った。ボク自身の技量を磨くため、自分の意思で、カウンターを放ってみせる!
カウンターの一撃から続け様に放たれる打撃。
一つ、二つ、三つ……それらを躱しながら、タイミングを計る。
「――ここ、だぁ!」
「おっと!」
だがその攻撃はあっさりと捌かれてしまう。
やはり無理か。それにレグルさんの攻防のバランスがいいな。速さはさすがにボクの方が圧倒してるけど、動きに無駄が無い。
すぐさま武器を構えなおして防御に備え、こちらの攻撃が緩むと、容赦なく反撃を入れてくる。
ボクがカウンター主体の戦術を取っているのもあるが、その安定感は確かにヤージュさんを上回っている。
「せやぁ!」
「くっそ、まだ速くなんのかよ!」
安定した防御でこちらの攻撃を捌き、反撃の重い一撃を加える。そのレグルさんの技量に、こちらもまるで釣り込まれるかのように攻撃速度を上げていく。
ガンガンという打撃音が、やがてドラムロールのような激しさを帯び……そこでレグルさんが不意に距離を取った。
「参った、ここまでだ! これ以上は付き合いきれねぇ」
「……へ?」
突然の降参宣言。
その意味を理解して思わず間の抜けた表情をする。
「実力を丸裸にしてやるつもりだったが……俺の方が音を上げちまったよ。これ以上の速さには付いていけねぇ。俺の負けだ」
「では、勝者はユミルということで」
レグルさんの言葉を受け、ヤージュさんがボクの勝利を宣告した。
観客席から驚愕と悲鳴と歓声が湧き上がる。そういやコイツら、賭けやってやがったな。
「すげぇな。俺も冒険者歴は長かったが、現役時代を含めても、ここまで早い奴は見た事ねぇ」
「ゆーね、やったぁ!」
「でしょう? 言っておきますが、彼女の本気はあんな物じゃないですよ」
呆れたようなレグルさんの声に被せるように、アリューシャが修練場内に飛び込んできた。あなた筋肉痛で動けないんじゃありませんでしたっけ?
アリューシャの後を追うように、リビさんも場内にやってくる。アドリアンさんは……賭け屋から金を受け取っていた。ついでにカロンも。お前もか……
「マジかよ。まぁ、こっちが試されてる感じはしたけどよ」
「あー、それは……すみません、試してたのは自分の技量です。少し能力任せな剣を反省してたもので」
「あの速さがあって技まで求めるか。もう手が負えないぞ、それは」
「それが必要なほどの敵と戦いましたからね、彼女」
「――そうだったな」
ムーンゴーレムの一件を示唆しているのだろう。リビさんの声も慎重な響きがあった。
「まぁいいさ。お前さんはどうも勝ちに拘って手段を見失う様な輩とも思えないし、ここは安心しておくとするか。ヒルの事、頼んだぞ」
「あ、ああ。はい」
どうやらボクは、ようやく支部長さんの信頼を勝ち取れたようだった。
月長石の値段は、0.6カラット3000円程度の商品を見かけたので、
1カラット(0.2g)4000円として、ゴーレムの体重200kg、半身を回収したので半分、原石なので1/5として算出しています。
追記:原石だと2gで1500円くらいのを見つけました。これだと買い取り価格がかなり高めになってしまうのですが、まぁマジックアイテムの原料という事で納得していただきたく……