第四話 はじめての戦闘
アリューシャを外に連れ出す前に、やっておかないといけない事がある。
それは彼女の防備を調えること。
今のアリューシャはただの五歳くらいの幼女に過ぎない。
進んで戦闘を行うつもりは無いが、万が一獣に襲われ、戦闘に巻き込まれてしまったらと思うと、扉を開けることすら恐ろしい。
そこで彼女を強化するべく、手持ちの装備を漁っていたのだが……
「うーん、基本的に三次職用の装備ばかりなんだよなぁ」
三次職とは魔導騎士を始めとした、最高位職の事だ。
ミッドガルズ・オンラインでは、最初ノービスという初心者クラスで基本を学び、そこから各人の好みによって基本職へと転職していく。
近接戦闘をこなす剣士や盗賊。
魔法を使いこなす魔術師。
回復や支援を引き受ける侍祭。
遠距離攻撃の要である弓手。
売買を行える商人。
さらには銃士や忍に至るまで。
基本職と言いながらも、多種多様なバリエーションが用意されている。
そしてさらに上の二次職になると傾向が細分化され、さらに三度目の転職である上位職で細分化された能力が特化していく。
トドメは三次職で、ここまで来るとレベルや能力の上限値が解放され、特化した能力はさらに先鋭化し、エリアボスをソロで狩れるほどの戦闘力を発揮できるようになる。
ネタキャラ弱職と言われたユミルですら、そこらのボスなら余裕で狩れてしまうのだから、その戦闘力は推して知るべしである。
もちろん装備もそれなりに特化されており、クラスやレベルによる制限が付いている物が多い。
俺も、ボスと連続で戦闘する事になる無限氷穴に挑むに当たって、そういった装備を優先的に持ち込んでいた。
「お、これはいいんじゃないか?」
アイテムインベントリーから取り出したのは、大天使の翼。天使の羽を模した肩装備だ。
これは初期クラスから装備できるのに、HPがそこそこ増加する付与がされている。
しかも俺の持っている物はさらに攻撃速度を十パーセント強化する性能まで付いている。
HPの増加量も、俺からしたら微々たる物だが、ノービスから見れば十倍以上にも跳ね上がる良品である。
「アリューシャ、これ付けて」
「ん、はぁい――こぉ?」
「おぉう……」
ここに全裸の幼女天使が降臨した。アリューシャちゃんマジ天使!
「ヤバい、鼻血でそう」
「おねーちゃん、お鼻いたいの?」
「だ、大丈夫……まだ大丈夫だよ」
持ちこたえろ、俺の理性!
そういえば見つけた時から、彼女は服を着ていなかった。
あまりにも幼すぎて性的に興奮することは無いけど、抱き寄せて撫で繰り回したい愛らしさは充分にある。
「ま、まずは服と靴だな……というかアリューシャの職業とかどうなるんだろうな? やっぱノービス扱いか?」
「んぅ?」
「いや、こっちの事。とりあえずこれを着てみて」
「はぁい」
取り出したのはドラゴンの皮で作られたシャツだ。敏捷性を引き上げる効果がある。
これは一レベルから装備できるが、上位職以上という職業制限が付いている。
これを着れたら、アリューシャは上位職以上ということになる。まず着られないだろうけど。
「おねーちゃん。おもい、着れない」
「あ、やっぱりかぁ。仕方ない、とりあえずこれを着ていて」
先ほどタオル代わりに使っていた胴衣を渡す。タオル代わりに使用していたが、すでに乾いている。
俺だと股間が辛うじて隠れる程度の長さしかない物だったけど、アリューシャの身長なら丁度いいサイズのはず。
一度羽を外して、胴衣を着せてから、再度装備させる。
続いてガラス飾りの付いた靴を履かせる。
さすが魔法の装備だけあって、足を入れた瞬間サイズが自動的に調整された。ゲームだと気にしなかったけど、こんな機能とかあったんだな。
この靴は魔法防御力が微増する効果がある上に、HPを十パーセント増強する付与も行っている。
これでアリューシャのHPは初期作成のキャラの十倍近いHPを保持している事になるはず。
「どうかな?」
「うん、へいき」
他にも武器や盾装備などが存在するけど、アリューシャに丁度よい物は持ち込んでいなかった。
打たれ強くなっただけでも、良しとしておこう。
頭には聖火王の冠を被せておく。予備の明かりにもなるし。
この装備はレベルも職業も制限が無いので、アリューシャにも装備することができた。
「……って事は、アリューシャも【ファイアボール】が使えるって事か」
「ほんと? わたしも、どーんってできる?」
「多分まだ無理だろうけどねぇ」
「えぇ~」
【ファイアボール】を使用することはできるだろうけど、おそらくアリューシャではMPが足りないはず。
MPを増やす装備ももちろんあるけど……子供に危険な装備を使用させるわけにはいかないから、我慢してもらおう。
「準備できた? それじゃ行くよ」
「うん!」
俺は意を決して、扉を押し開いた。
明かり一つ無い通路を魔剣の赤い光と、聖火王の冠の炎が照らす。
特に冠は予想以上に照明としての役割を果たしてくれて、足元は全く不安が無かった。
「こんな所だったんだ……」
「アリューシャはこの通路は見た事ないの?」
「――うん」
彼女は通路を通らずにあそこに迷い込み、封じられたって事か?
そんな事できるのだろうか……
彼女が一体どこから来て、なぜ捕らえられていたのか……そんな事を考えていたからだろうか、接近する羽音に気付くのが遅れた。
「っ! 羽音?」
「なに?」
状況を掴めていないアリューシャは、キョトンとした表情を浮かべている。
この洞窟には危険な生物がいるかもしれないのに、無防備極まりない。
慌てて前後を確認するが、残念なことに一本道の通路だ。分岐路はかなり前に通り過ぎた。
アリューシャを抱えて部屋まで走って逃げてもいいが、部屋の前に陣取られてしまったら逃げる事ができなくなってしまう。
食料の心配はしばらく必要無いだろうが……それでは俺も封じられた彼女と同じになってしまう。
手前の分岐路の先は多少入り組んではいるが、さらに下層へと続く階段がある事がマップで判っている。
入り口に向かう迂回路は――ない。
「クソ、逃げるか戦うかの二択しかないじゃないか」
こういうダンジョンものでは地下にいけば行くほど、強いモンスターが出るのが定石だ。
もちろん現実の迷宮であるここが、その法則に則っているとは限らないが……それでも賭けるのはリスクが大きすぎる。
小部屋に引き篭もってやり過ごす手も、もちろんある。
食料は魚や餅があるので二ヶ月は持つだろう。水も噴水から湧き出ている分がある。
だが、自分一人ならともかく、そこにアリューシャまで一緒というのは……ダメだ。
幼い彼女は、好奇心が強い。こちらが目を離した隙に部屋から出てしまったら?
俺だって寝ずに監視する訳にも行かない。
「戦うか……アリューシャ、下がってて。でも絶対ボクから離れちゃダメだよ?」
「――うん、わかった」
俺の緊迫した雰囲気が伝わったのだろう。彼女も、表情を引き締めて返事する。
バサバサという羽音はすでに十メートルほど先にまで迫っている。
俺は急いで鳩尾に触れてキーボードを呼び出し、ショートカットキーを操作した。
道幅が広いといっても地下洞窟。
現在装備してる魔剣『紫焔』は【メテオクラッシュ】と【ミストフリーズ】という魔法をオートキャストする。
【メテオクラッシュ】は上空に隕石を召喚し、降り注がせる攻撃魔法。
【ミストフリーズ】は自分の周囲に凍結属性の霧を撒き散らし攻撃する魔法だ。
どちらも範囲攻撃をする魔法で、そばにアリューシャがいる状況では使いにくい。
ゲームでは味方に誤爆することは無かったけど、この世界ではどうだか判らないし、上空から隕石を落とす【メテオクラッシュ】で万が一落盤とか起きたら目も当てられない。
「範囲攻撃の発生しない武器――この際、手数を優先するか……」
アイテムインベントリーと装備ウィンドウが慣れたゲーム画面だったのが幸いしたのか、流れるように装備を入れ替えていく。
自身の安全のためにはHP増加やダメージ軽減装備を優先したいが、迫ってくる羽音は複数。
もし後ろに回り込まれればアリューシャが攻撃を受けてしまう。
範囲攻撃を封じたまま、殲滅速度を維持するには――
「マナブレード……一応火属性で様子を見るか」
機械的なギミックを組み込まれた両手剣を装備する。
この剣は柄元にカードを差し込むスロットが用意されていて、ここに一定のカードを差し込む事で単体攻撃魔法をオートキャストできるようになる。
使用できる魔法のレベルは低いが魔法攻撃力上昇能力があるので、魔剣『紫焔』と比較しても遜色はないはず。
装備も攻撃速度を重視した物に入れ替え、限界値の速度をキープ。
打たれ弱さに不安があるが、ここは魔導騎士の生命力を信じよう。
「クケケケッケケケケケッ!」
装備の入れ替えが終わったところで、羽音の正体が接近する。
アリューシャの聖火王により照らし出された相手は、体長一メートル半ほどの極彩色の巨鳥だった。
その数、三羽。
嘴から舌をだらりと垂らし、血走った目でこちらに襲い掛かってくる。
どう見ても友好的には見えない――けど……
「……は、遅い?」
その速度は、あからさまに遅い。
まるでのハエが止まるというのを体現したかの様な速さで、充分に見切ることができる。
外見の凶悪さとは、比較にならない暢気さだった。
「えーと……えい!」
わざわざ見切れるような攻撃を受けてやる必要はない。
先手必勝とばかりに、近づいてきた一羽の首を刎ね飛ばす。
首はまるでバターを熱したナイフで撫でるかのような手応えで、あっさりと刎ね飛ばす事ができた。
続く二羽も、左右に剣を振ってあっさりと片付ける。
オートキャストの乱数が発生する暇も無く、戦闘は終了してしまった。
「……ま、弱い相手で助かったよね?」
「すごい、おねーちゃんつよい!」
「そ、そうかなぁ?」
目の前で鳥の首を刎ねるという、教育上あまりよろしくないスプラッタなシーンを展開されたというのに、アリューシャは大興奮している。
この子、実はかなり大物なんじゃないか?
「このとり、おいしいよ?」
「そうなの? でもボク、鳥を捌くとかやったことないし……」
「わたし、しってる! できるよ」
「え、それは凄い……って言うか、どこで知ったの?」
「……わすれた」
一気にしょぼんとした表情に変化する。表情豊かなのは子供の特権か、可愛らしいな。
「でも刃物を扱うのは危ないから、やり方を教えてくれたらボクがやるよ」
「わかった!」
いつまでも魚と餅だけじゃ栄養が偏るし飽きる。ここで鳥の捌き方を勉強するのも悪くないだろう。
アイテムインベントリーを開き、死骸をタップして格納する。
鳥の死骸をアイテムインベントリーに仕舞えるか不安だったが、問題なくできた。この機能は予想以上に性能がいいようだ。
それでも流れ出た血の跡は残っている。
「血の臭いで他の獣とか来たら危ないし、早くここを離れよう」
「うん、いそぐ」
アリューシャも俺の言い分を受け入れて、急いで出口へと向かっていった。
続きはまた明日投稿します。