第四十八話 支部長のオッサン
街に付いてから食べて、寝て、買い物して、食べて、訓練して、寝てと、かなり怠惰な生活を送ったような気がする。
翌朝、目を覚ましたときにはすでに日は高く昇っていて、朝食の時間を逃していた。
「ふぁ、よく寝たぁ……ん~」
柔らかい、いつもの藁ベッドとは違う感触が肌にあったのか、かなり熟睡してしまったみたいだ。
ベッドの上で軽く伸びをすると、コロンとアリューシャがベッドから転がり落ちる。
「あ、ゴメン。おはようアリューシャ」
「お、おは……よう。ゆーね」
「どうしたの、なんか辛そうだけど」
転がり落ちて目を覚ましたアリューシャは、かなり言葉が途切れ途切れになっている。
どこか調子が悪いのかも知れない?
「うん、体中が……いたい、の」
「痛い!? だ、大丈夫? ちょっと待ってね、【ヒール】!」
辛そうな様子に慌ててアリューシャ用装備の【ヒール】が使える髪留めを装備し、回復魔法を掛けた。
ブリューナクの方が高位のレベルで使用できるが、ベッドの上ではブリューナクの大きさは邪魔になる。
だが、髪留めのレベルでは大して効果がなかったようで、アリューシャのうめき声は止まらなかった。
「これじゃダメか。待ってね、すぐ楽にしてあげるから……」
「うん」
ベッドから飛び降り、逆にアリューシャをベッドに乗せる。
そしてブリューナクを取り出して、中レベルの【ヒール】を掛けた。
「どう?」
「まだダメ。体がピシピシしてるのぉ」
「はぃ、ピシピシ?」
そういう表現の痛みって初めて聞いた。と言うか、なんだか記憶にあるような気がする。
ひょっとして……という思いで、アリューシャの背中を指でつつく。
「あぅっ!」
「ふむ?」
次に肩、ふくらはぎ、二の腕なども順番につついていく。
「あきゃっ、ひぅっ、うきゅっ!?」
「アリューシャ……」
その反応で確信した。
「それ、筋肉痛」
「……うみゅう」
考えてみれば、いくらアリューシャの身体能力がずば抜けているからと言って、土台になる身体はまだ五歳児なのだ。
大人用の長剣を鞘付きで素振りさせれば、そりゃ無理も出る。
身長比で言うなら、ボクが二メートル以上ある剣を振る様な物だからだ。
「ちょっと最初から飛ばしすぎたね。二日ほどお休みして、身体を戻そ?」
「うん、お休みするぅ」
この街を出発するのは一週間後。いや、後六日後か。
それまでに体が戻りさえすれば良い。剣の練習は村でも可能なのだから。
寝込んだアリューシャにお水を飲ませ、昨夜部屋に運んでもらった料理を食べさせながらそんな事を考えていると、扉がノックされた。
「はぁい?」
「おぅ、起きてたか。ヤージュだ」
「あ、今開けます」
さすがにパジャマのままで出迎えるのは失礼なので、上に装備のマントを羽織って扉を開けた。
ここは宿と言うだけあってキチンと鍵が掛けられる。そしてボクは今、自分で言うのもなんだけど、結構な美少女なので、用心のために施錠してあるのだ。
「おはようございます。足の具合どうですか?」
「おう、おはよう、というには少し遅いけどな。足はまぁ、ボチボチだ」
相変わらず引き摺っている足で、部屋の椅子に腰掛ける。
ボクもサイドテーブルの水差しからグラスに水を注ぎ差し出してあげる。
「水しかないですけど」
「充分だ、スマンな」
本当はインベントリーにミルクとかお酒も入ってたりするけど、さすがに取り出せない。
「朝食中だったか?」
「もう遅いですけどね。それに昨日の残り物です。それで今日はなんの用です?」
「昨日組合に事情を話すって言ったろ。その説明と、後ゴーレムの破片を売りに行こうと思ってな。そのお誘いだ」
「ああ、そういえば……」
ゴーレムの破片はボク達……というか、ヤージュさんに預けたままだ。
昨日寄った時に買取してもらってもよかったのだろうけど、あれだけの量だと査定に時間が掛かり過ぎる。
精神的疲労やら空腹で、一刻も早く休みたかったので、後回しにしていたのだ。
どうせなら、買い取り価格を計算してもらっている間に事情を話せば良いと考えて。
「昨日の昼過ぎにも来たんだが、ぐっすり眠ってた様なのでな」
「それは……すみません。予想外に疲労してたようです。ボクも」
「ああ、かまわないさ。馬鹿げた実力で忘れがちだが、ユミルもまだ子供と言っていい年齢だしな。むしろそれを忘れていた俺達こそ反省せねばならん」
「そう言って貰えると気が楽ですね」
ニッコリと愛想笑いを浮かべて返す。この人はなんだかんだで気配りのできる人だ。
だからこそパーティのリーダーを務められるのかも知れない。
「ところで……アリューシャちゃんがなんだかピクピクしているんだが……」
「ああ、筋肉痛なんです」
「なんで?」
「剣を学びたいと言ってきたので……少しやりすぎました」
「まだ幼いんだから、あまり無茶をさせるなよ」
「身に染みて理解しましたよ」
ヤージュさんと同じように、ボクもアリューシャに対する認識が甘かった。
この頑張り屋さんな少女は、放っておくとあっさりと限界を超える。今後は無茶をさせないようにしないと。
その後、ヤージュさんにはロビーで待ってもらい、急いで顔を洗って身支度を整えた。
後になって判ったのだが、寝起きで髪がボッサボサになっていて、こんな頭で客を出迎えたのかと思うと恥ずかしくなってくる。
髪を梳き、顔を洗って服を着替える。少々お腹が空いているけど、ここは我慢だ。行き掛けに屋台で何か買えばいい。
アリューシャと共に、昨日購入した装備を身に付け、部屋を施錠してロビーへと駆け下りる。
ついでにアリューシャは背中に背負子を背負って、そこに乗せている。自力で歩けそうにないので。
「お待たせしました!」
「おう、それなりにな。やはりユミルも女の子だな。身支度に時間が掛かるもんだ」
「むぅ、これでも急いできたんですよ」
「判ってる。ただカロン辺りだと五分もせずに飛び出してくるから、ついな」
「男の子と一緒にしないでください」
実際一年前だと、顔を洗って服を着替えたら、そのまま迷宮に駆け出したりしてただろう。
出かける前に髪や身支度をチェックする辺り、この身体にも慣れてきているのかもしれない。
あまり女性的になりすぎると、元の世界に戻った時苦労するかもしれないな。
宿の外では、ゴーレムの破片を乗せた荷馬車が待機しており、周囲をカロンとリビさんが警戒していた。
御者台にはアドリアンさんがいる。
あまり高い鉱石ではないが、これほどの量だと目を離す訳には行かないのだろう。
カロンは一度ボクのほうに視線を向け表情を輝かせたけど、その隣を歩くヤージュさんを見て神妙な表情になった。
彼が足を引き摺っているのを見て、責任を感じているのだ。
戦闘の経緯を見ても、今回の彼には何の落ち度も無い。傷だって完治している。
だがパーティメンバーが足を引き摺ると言うのは、治癒を担当する人間からすれば、未熟を突きつけられているような気分になるのだろう。
ヤージュさんはそんなカロンの肩を一つ叩いて、御者台に乗り込んだ。
組合に向かう途中、パンの屋台があったので、少し足を止めてもらいかなり遅めの朝食を摂る。
ボクはバゲットを焼いてハチミツを塗った物。アリューシャはリリン……リンゴのような木の実を包んで焼いたアップルパイもどきだ。
どちらも握り拳位の大きさで、朝食というより子供のおやつレベルの量なのだが、ボクの胃袋はこれでも充分にお腹が張る。
「そんなもんで腹が張るのか? ほら、保存食の干し肉とかあるぞ」
「朝からそんな重いものは勘弁してください。ボクのお腹はデリケートなんですよ。それにその干し肉、ボク達が作ったヤツじゃないですか」
「ユミルが『でりけぇと』ぉ?」
「…………」
ボク達の食事風景を見てアドリアンさんがちょっかい掛けてくる。
無言でべしべし頭を叩いてやったら退散していった。ハチミツ塗れの拳は威力抜群だ。
少々行儀が悪いけど、アリューシャと一緒にパンを食べながら組合へ向かう。
すでに昼前だが、独特の活気と喧騒が心地いい。こんな風に食事を取るのも、悪くない。
もっとも、そのアリューシャは背中の背負子の上だが。
組合に到着して入り口をくぐると、即行で支部長さんが出てきた。
なんだかボクは目を付けられてるみたいだ。
「よし、来たな。昨日は自己紹介できなかったな。俺はここの支部長でレグル=タルハンって言うんだ。よろしくな!」
「あ、ユミルです……ん、タルハン?」
「はは、気付いたか? 一応ここの迷宮の権利者だ!」
「お金持ちじゃないですか!」
そういう人は速攻で引退して、悠々自適の生活をしてると思ってたのに、何で第一線で仕事してるの、この人!
「ん? そんな生活つまらんだろ。騒動と厄介事こそ人生のスパイスだぞ」
「あ、ダメな大人だ、この人」
「はっきり物を言うガキだな。気に入った!」
「勘弁してください」
こういうタイプの人間は現代社会でも意外と多い。
面白いと思ったら、周囲を巻き込んでどんどん突き進んでいくタイプの、典型的なリーダーだ。
状況によっては頼りになる人なのだが、ボクの様に静かに暮らしたい人間にとっては相性が悪い。
「それで手合わせ――」
「そっちじゃ無いでしょう、支部長」
「ああ、事情を話すんだったか……ではその後で――」
「アリューシャがこの調子なので、お断りします。そもそもなんでボクと手合わせしたいんですか?」
それを聞いて、レグルさんは首を傾げた。
「そりゃお前……なんでだ?」
「おいィ!?」
「あ、いや。俺はここの支部長だからな。うん、誰がどれだけ面白――いや、『使える人間』なのか把握しなけりゃならんだろ」
「それ、あからさまに今考えましたね?」
「おう」
あっさり認めたし、この人。
その間にヤージュさんがカウンターの方に向かって買取の手続きをしていた。面倒臭そうな人をこっちに押し付けてる態度が見え見えだ。
支部長とそんな雑談を交えながら奥の部屋に連れて行かれる。
そこは小じんまりした応接室のような造りで、街の主が使うような部屋には見えなかった。
「意外とあっさり目の部屋ですね。支部長室とかあるのかと思ってました」
「あるぞ。だがあそこは広すぎて落ち着かん」
この図体と気性で小市民系か!
ソファに腰を下ろしたところで、秘書っぽい人がお茶を出してくれる。
遅れてヤージュさん達もやってきた。
だけど、カロンとアドリアンさんは居ない。
「あれ、カロンたちは?」
「ああ、月長石の買取を受け取ってもらわないといけないからな」
「それだ。ムーンゴーレムとかいうやつ? かなり強かったのか?」
「ええ、一瞬で足を切り飛ばされましたよ。あれは支部長でも勝てないでしょうね」
ヤージュさんが珍しく敬語で話している。
それだけ彼に敬意を持っているという事か。いや、それより……支部長『でも』って事は、ヤージュさんより腕は上なのか、この人。
その後もヤージュさんが主体になって、あのゴーレムとの戦闘について語る。
もっとも彼は早々に気絶していたので、補足するのはリビさんの方だけど。
「ヤージュを一瞬で倒すほどのゴーレムか。しかもリビが狙えないくらい速いと」
「ええ、ユミルさんがいなければ私達は全滅していたでしょうね」
「最近あんなのがこの近辺に出るという話は――?」
「ねぇよ。依頼にも噂話にも上ってねぇ。ってぇ事は今回が初出な訳だが……」
「あんなのが出歩くようになっちゃ、冒険者をいくら雇っても歯が立ちませんよ」
「お前らの迷宮から出てきた可能性は?」
「無いでしょう。もしそうなら今頃村は全滅です。そしてあの時期ならその戦火は目に見えたはず」
あ……その可能性は考えてなかった。
村、大丈夫だったのだろうか?
「あの、村は……」
「ああ、今日も定時報告が入ってきてるから、安心しな」
「よかった」
その報告に一旦胸を撫でおろす。
ホゥと息を吐くボクを見て、レグルさんは頭を掻いた。
「しかし、それほどの敵をこの嬢ちゃんがね……とてもそうは見えねぇよ」
「彼女の見かけは、もはや悪質な罠の領域ですから」
「ひっどい!?」
「まぁいい。他に目撃証言もないことだし、大丈夫だとは思うが、とにかく近隣に警告は出しておく。もし別所でも出没してたら――その時は頼む」
そういって、レグルさんは深々とボクに頭を下げた。
強さ的な基準はSW2.0でいうと、
アーヴィンが7レベル、ヤージュが9レベル、レグルが13レベルのファイターという所でしょうか。