第四十七話 剣のお稽古
ストームブレイドの修復は諦めて、新しい武器を物色する事にする。
他にも有効な両手剣は持ってるけど、怪しまれない程度の武器を用意しておくのも、悪い話じゃないからだ。
ここは村と違って、ボクの異常性は知られていない。ヘタに目立つと余計なトラブルに巻き込まれるかも知れないし、地味目の武器を用意して偽装しておこう。
アリューシャと言う保護対象者もいることだし、面倒ごとは避けておきたい。
さらに、ついでに鎧も捜しておこうかな。剣だけって言うのもアンバランスな気がする。
ミッドガルズ・オンラインでは、ユーザーを混乱の坩堝に陥れたアップデートが何度かあった。
その一つに防御力計算式の改定が挙げられる。
ユーザーフレンドリーに強い防具を幾つも乱発した結果、防御力優先の前衛にモンスターの攻撃がほとんど通らないと言う事態が発生し、慌てて採った対処の一つだ。
このアップデートにより、鎧の防御力はほとんど意味を持たなくなり、鎧の持つ付加効果を重要視する傾向が生まれた。
鎧の防御力によるダメージ減算効果が、乱数の範囲に収まってしまうと言うのだから仕方のないことかも知れない。
結果として、ユミルの様に前衛でありながら、ローブ系の鎧を着ているというプレイヤーも数多い。
そして今後ボクが常用しようとしてる鎧はHP強化の能力があるローブ系なので、物理的には上に鎧を重ねることも可能だ。
もちろん、アイテムインベントリーからの装備では、複数の防具を着けることなどできない。
だが物理的に……実際に人の手で装備すれば、どうだろうか?
その実験のためでもあるのだ。
「じゃあ、適当な両手剣と、軽めの鎧を見せてもらえますか?」
「え、両手剣ですか? その……重いですよ?」
ボクが店員さんに両手剣と軽装鎧を要求したら、驚いたような目で見返された。
それもそうか、今ボクは町娘の様な服を着た少女体型だ。
そんな客が護身用の短剣などではなく、大男が振り回す大剣を要求したのだから、驚くのも無理は無い。
幼女も連れてるしね。
「ああ、こう見えても結構腕力には自信があるんです」
「へ?」
そのまま、店員の返答を待たずに壁に掛けてあった大戦斧を手に取る。
人間の持てる限界に挑戦するかの様に巨大な大戦斧。その大きさは三メートルに迫ろうかと言うほどである。
それを軽々と持ち上げ、屋根を突き破らないように注意しながら、二、三度振ってみる。
一振りで凄まじい旋風を巻き起こす。その風が床を叩き、舞い上がってアリューシャのかぼちゃパンツが衆目に晒された。
「ひゃあ! もう、ゆーね! ちょっとは自重してぇ」
「あ、ごめんごめん」
アリューシャが可愛らしく抗議してくるが、そばにいた店員はそれ所ではない。
普通に考えてありえないその光景を見て、店員は今度こそ本当に言葉を失った。
「あ、ああぁぁぁ……」
「ね、大丈夫でしょ?」
「ああ、は、はい。その、両手剣のコーナーはこちらになります」
半ば腰を抜かしたのか、カクカクと膝が笑っている。
店員の話によると、剣はわりと手間が掛かる高額商品なので、持ち逃げされにくい様に店の奥に配置しているのだとか。
確かに入り口近辺には槍や斧という、比較的安価な武器が多い。
店の奥には様々な種類の剣が所狭しと陳列されており、その品揃えの豊富さに驚かされる。
さすが、アコさん推薦の武器屋だけはある。
中には某ダークファンタジーの主人公が使う鉄塊の様な剣まであって、十四歳くらいの少年魂に火が付きそうだ。今少女だけど。
「これ……いえ、なんでもないです」
うっかりその鉄塊に手を伸ばそうとした所で、我に返った。
目立たないようにするための武器で、なぜ目立つ剣に手を伸ばすのか……そういう点では、さっきのデモンストレーションは大減点だ。何人か居た他の客に目を付けられたかも知れない。
「ボクの体型に合って、両手で使える剣はありませんか?」
「はい、お客様の体型ですと、あまり刃渡りの長い剣は携帯性に難がありますので……こちらなどは如何でしょう?」
店員が差し出してきたのは、全長で一メートル半くらいの波打った刀身を持つ剣だ。
確かミッドガルズ・オンラインにも存在した――フランベルジュと言う武器。
波打つ刃はどのような角度で当たっても、切れ味を発揮すると言う凶悪な武器でもある。もちろん刃筋は通さないといけないけど。
ボクの身長だと二メートル超えの剣はかなり引き摺ってしまうので、このサイズはある意味ありがたい。
軽めの剣なので、片手でも扱えるようになっているのも、ポイント高いかも。
だけど……
「うーん、少し撓る感じ?」
「普通は撓りませんよ。どんな剣速してるんですか」
剣の耐久度が劣るのか、振るたびに剣身が軋む感触が伝わる。
「もう少し頑丈なの、ないですか? 切れ味は別にいいんで」
そもそもダミー用の武器だ。切れ味なんて二の次で良い。
ボクの要望を聞いて次に店員が持ち出してきたのは、十字の鍔を持つ大剣だ。
これもボクの知識にはある。そもそもこれだってミッドガルズ・オンラインに存在している。
「クレイモア――」
「はい、頑丈さと言う点ではかなりの物かと。その分少々大きめですが」
クレイモアの全長は一メートル八十センチほどか。二メートルにはやや届かない。
これならギリギリ、ボクでも背負える長さだ。
手に持ってバランスを確かめ、軽く振ってみる。
「……ん?」
そこで奇妙な事に気がついた。先ほどのフランベルジュはかなり撓ったと言うのに、この剣はその感触が一切ない。
まるで、ミッドガルズ・オンラインから直接持ち込んだ剣のような感触。
「この剣……どなたが作られたんですか?」
「ああ、いやそれは実は中古なんですよ。買い取った武器なのですが、品質が良い為、商品として陳列しています。何かご不満な点がございましたか?」
「ああ、いえ。良い剣ですね、これ」
良い剣どころではない。ゲームの武器並だ。
これなら一線級とは行かなくても、充分普段使いで使用できる。
「決めました。これ、いくらしますか?」
「クレイモアですと、正規の値段では八万ギルですが……これは中古なので、六万で如何でしょう?」
「ぐふぅ!?」
た、高い……剣ってこんなに高いのか……
もちろんボクの資産を考えれば余裕で買える。先ほどの報酬も考えれば、手持ちから五万も出せば良いだけだ。
しかし……仕事に出て赤字で帰るって、どうよ?
「ぐぬぬぅ……」
「あ、もちろんお手持ちが不安でしたら、こちらにもう少しお手ごろな商品も――」
「いや、買います! これ、ください!」
ゲーム並の名剣なんて、そう手に入るものじゃない。
ましてやそれほどの剣が六万ならむしろ安い。ここは多少無理でも購入しておこう。
「支払いはカードで――」
そこで袖を引かれていることに気が付いた。
視線を落とすと、アリューシャがボクの袖を引いている。
「なに、アリューシャ?」
「あのね、ゆーね。わたしも剣、欲しい」
「スティックがあるじゃない」
「違うの、ちゃんと戦うための剣が欲しいの」
スティックは確かに片手剣だが刺突専門だ。使用感としてはレイピアが近くて、実戦向けと聞かれると首を傾げざるを得ない。
それにスティックの真価は、高い魔法攻撃補正と魔法スキル付与にある。
どちらかと言うえば後衛向け、近接能力は護身用程度だろうか。
「うーん……でもアリューシャが剣で戦うのは、ボクはあまり……」
「わたしも、ゆーねと一緒に戦いたい」
「いつも一緒じゃない」
「そーじゃなくてぇ!」
じたじたと両手を振って異議を唱えるアリューシャ。
多分、いつもボクが前に立ち、彼女は安全な所から魔法を撃つだけ。そういうスタイルに後ろめたさを感じているのだろうか。
だが本来後衛というのはそういうものだし、アリューシャの支援はボクの生命線でもある。
あの異形との戦いで、それは充分に思い知った。
「じゃあ、スティックを使った近接攻撃を勉強してみる?」
「え、あれで?」
「うん。あの武器、見た目はあれでも、攻撃力はかなり上位なんだよ。ボクが教えてあげるからさ」
「ほんと!」
よくよく考えてみれば、スティックの攻撃能力は初心者が扱える片手剣の中でもかなり上位だ。もちろんボクの持つ武器には及ばないが、かなりの威力があったりするのだ。
有効に利用できれば、近接攻撃でも充分な効果があるはず。
それにアリューシャも、護身用の体術を覚えるのは、きっと悪くない。
「あの、お支払いは――」
「あ、ごめんなさい。すぐします」
二人で相談している間、ひたすら待たされた店員さんにカードで支払いを済ます。
その後、ボクは革製の胸鎧を、アリューシャには同じく革製の部分鎧を購入して、店を出ることにした。
一旦宿に戻って軽く食事を取る。
幸い、夕食の時間内に戻れたのは幸運だった。予想外の出費だったし。
部屋に戻って、お風呂へ行こうとすると、アリューシャが珍しく我が侭を言い出した。
「ね、ゆーねゆーね。早く剣おしえて!」
「えー、もう暗いし、明日からにしない?」
「やぁだ! わたしすぐ習いたいのー!」
珍しく我が侭を言っているのと、彼女がやる気になっているのを勘案して、ここは少しだけ付き合ってあげるのもいいかと思いなおす。
それにアリューシャと二人っきりのコミュニケーションって二週間ぶりだし、ボクもそういう意味では嬉しい。
「じゃあ、お風呂が閉まるまでの一時間だけね? それ以上やるとお風呂に入れなくて汗臭くなっちゃうから」
「うん!」
それはもう、にぱっと陽が差したように明るい笑顔を浮かべるアリューシャ。
軽く頭を撫でて、ロビーで料理を給仕してるシーナさんに、宿の裏庭を借りれないか確認する。
冒険者がよく泊まる宿だけあって、裏庭で素振りする人も多いらしく、これはあっけなく快諾してくれた。
「でも暗いですよぉ? ランタンでも持って行きます?」
「あ、いいんですか? お借りします」
この世界では、ランタンの光源には油の他に魔法を掛けた石を入れる場合がある。
光源になる【ライト】の魔法はMPの消費が少なく、それでいて長く効果を発揮するため、夜の光源として魔術師の小遣い稼ぎに利用される事も多い。
借り受けたランタンにも、【ライト】の掛かった小石が放り込まれていた。これで六時間は光り続けるのだ。
【ライト】に照らされた裏庭で、アリューシャと二人剣を持つ。
もちろん怪我してはいけないので、アリューシャはスティックを鞘に入れたままだ。
「いい、まずは素振り。これ基本だから」
「はい、ゆーね師匠!」
「し、師匠!?」
おお、なんというかこれは……燃える。そして萌える。
「ゴホン、えっとね、まずその場で振るのじゃなく、振りかぶって一歩踏み込みながら振り下ろす。この時後ろの足がちゃんと体に付いてくるように注意する事」
簡単な様に聞こえるかも知れないが、初心者に素振りをさせると『足が残る』現象は結構な頻度で発生する。
剣を振り下ろした時、再び攻撃に移れる様に体勢を整えておくのは、非常に重要な事だ。
アリューシャはカロンとの決闘の時、この『体勢を整える』ことが未熟だったせいで、反動でコロコロ転ぶ事になったのだ。
「こう?」
「ほら、左足が残ってるよ。ちゃんと引き付けないと。こう」
案の定アリューシャは右足を一歩踏み出し、左足は半歩程度しか踏み出しておらず、歩幅が広がってしまっている。
ボクは見本を見せながら、剣を振る体勢の基本を彼女に教え込んだ。
「ほら、今度は足を前に出すために背筋が反り返っちゃってる」
「あうぅ」
不器用ながらも必死で剣を振る彼女は微笑ましくて、なんだか子供の練習に付き合う父親みたいな気分になってきた。
一時間、彼女に基本を教えた後一緒にお風呂に入る。
この夜は、凄く充実した気分になれたのだった。
街に着いたので、しばらくまったり系のお話が続きます。