第四十五話 タルハンの街
ここから第三章になります。
タルハンの町の活気は相当なモノだった。
目抜き通りには屋台や露店がずらりと並び、威勢のいい声を張り上げている。
往来の人もそれに負けじと騒々しく、商品を指差して値切り交渉していたりする。
総じて皆の表情は明るく、険しい顔をしてる者はいない。
「すごい! ゆーね、すごい!」
「うん、この喧騒は凄いね」
はぐれない様に手を繋いだアリューシャが、そのままピョンピョン跳ね回って感動を表現している。
ボクの手もそれに釣られて上下に動く。少し落ち着けアリューシャ。可愛いから許すけど。
街の中央の広場まで来ると、アコさん達がこちらに振り返り、到着を宣言した。
「ありがとうございました。これで依頼の完了となりますな」
「おう、お疲れさんだ」
「こちらが達成票になります。報酬の方は組合に振り込んでいますので、そちらでお受け取りください」
「またよろしく頼む……足が治ったらな」
「こちらこそ。お早い完治をお祈りしておきますよ」
小さな木札を受け取り、ヤージュさんとアコさんは握手している。
あの木札を組合に持っていけば、依頼の完了を確認して報酬が渡される仕組みになっているのだ。
周囲を見ると、ボク達と同じようなやり取りをしている冒険者達が何人か見受けられる。
人の出入りが活発な街ならではの光景だろう。
アコさんはボクを振り返り、連絡先を教えてくれた。彼の店は広場の北の通り沿いにあるらしい。
「わたしはこの先で道具屋を営んでましてね。何かございましたら是非お寄りください。橇の改良案、待ってますよ?」
「う……気付かれてましたか」
「あれだけ露骨にウンウン唸られては、気付くなという方が無理ですとも!」
やや丸い身体をゆすりながら大笑いするアコさん。
まぁ、ボクとしても鍛冶屋とのパイプは欲しいので……あ、そうだ。
「それでしたら鍛冶屋を一軒、紹介してもらえませんか?」
「鍛冶屋、ですか?」
「はい、剣が……」
「ああ、なるほど」
ボクの両手剣は粉々に砕けている。アコさんもその現場は見ていたので、快く一軒の武器屋を紹介してくれた。
それから握手して、彼らと別れる。
アリューシャは軽く抱きついたりして、親愛を示してみたりもしていた。
ずっと一緒に橇に乗っていたのだから、親しくもなるだろう。
組合への道すがら、リビさんがついに爆弾を落とした。
商人という人目があっては、聞けなかったことだ。
「さて、話してもらえるかな? ……無詠唱魔法の秘密」
「うげ」
いや、そりゃ聞かれるだろうとは思っていたけど、一週間以上放置されていたので誤魔化せてるかなぁとか……思ってたんだけどね。
「あー、うー……」
「まぁ、どうしても極秘というならば、無理にとは言わない。君達は私の命の恩人とも言えるからな」
「そ、それなら――」
「でも、できれば話してもらえれば、今後の協力などもかなりスムーズに済むと思うのだが」
「あー、うー……」
確かに今後、この魔法を隠し通すのは難しくなっていくだろう。
そこで彼にアイデアがあるというのなら、詳しく話すのも悪くない……か?
もし上手く誤魔化せる方法があるのなら、ボクも攻撃魔法を使用できる様になるのだから。
彼等はこの半年の付き合いで、信頼できる人柄である事は理解している。
悩んだ末そう判断していくつかの要素を誤魔化しながら説明する事にした。
つまり、ボクとアリューシャの使う魔法はアイテムを触媒にして使用する魔法だと。
アリューシャの髪留めと、ボクの魔刻石。
それを砕きながら使用したスキルの数々が、説得力を増す。髪留めは壊れないけど。
「ふむ、アイテムに魔法が込められていて、それを発動させる事で魔法を使用していたのか」
「ええ、ボクの場合は魔刻石なので消耗品ですけど。ボクもアリューシャも、過去の記憶がないので、詳細は覚えていません」
「レベルが上がっても、効果は上がったりは……」
「しませんね。ステータス由来の影響で強化されることはありますが」
他にもそういったアイテムを抱えていることは秘密にしておく。
オートキャストまで行くと、さすがに異端過ぎるだろう。
「スキルのレベルが伸びないのは良い事か、悪い事か。もし成長と共にスキルも伸びるのだったら争奪戦が起きていたな」
「そうですね、クラス外のスキルを利用できる訳ですから。これだけでも充分役に立ってますし」
ミッドガルズ・オンラインでも、このアイテムはおよそ一千万程度という価格で取引されている。
これは廃人と呼ばれるほどのハードプレイをしなくとも手が届く額だが、おいそれと手を出せるほど少ない額でもない。
「そうだな、君は魔法の武器というものについてはどれくらい知っている?」
「いえ、ほとんど」
ボクはゲーム内の魔法の武器ならともかく、こちらの世界の武器はほとんど知らない。
どんな効果があるのか、どれほどの威力があるのか、ゲームとも現実とも違うこの世界の事は、さっぱり判らない。
この機会にできるだけ聞き出しておきたい。
「基本的に魔法の武器というのは、通常の武器より威力を強化したものが多い。その他にも付加効果を付けたモノがあり、【ヒール】の力を込めたアイテムも存在することはするが……」
「貴重ですか?」
「大半は攻撃魔法を込めたものだな。付与魔法を込めたものもあるが、【ヒール】というのはなかなか見かけない。それに使用回数に制限もある」
「じゃあ、ボク達のもそれだと主張して誤魔化せば……なんとか言い訳出来ますね」
「一時的だがな。使用回数があるという事にしておけば、誤魔化せるだろう。高位治癒術だったら、それでも争奪戦が起きただろうが」
今後はそういう魔法具ということにして誤魔化すとしよう。
魔刻石のスキルは……似た効果の魔法を探してでっち上げればいいか。
リビさんと魔法の武器談義をして居るうちに、組合のタルハン支部に到着した。
南門に戻り、少し路地に入った場所に組合はあった。
この近辺はさすがに少々物騒な雰囲気の人が多い。
武装した人が出入りしてる建物というのは、一種独特の雰囲気がある。
「着いたぞ、ここが組合のタルハン支部だ」
「ここが……やっぱり雰囲気が違いますね。なんだか古強者ーって感じがしますね!」
「いや、出入りしてる連中のレベルはユミル村の方が上なんだがな……」
そう言えば、ウチは一応高レベルダンジョンだったな。いつも出入りしてるから感覚が鈍ってるけど。
大体にて、村のトップのヤージュさんやアーヴィンさんからして穏やかな性格なのだ。荒れた性格の冒険者など出入りできるはずが無い。
そもそも、そういう人材は村に来た途端に淘汰されてしまう。
結果生まれたのが、異様なまでにアットホームでお祭好きな組合だった。
ここもそんな風なのだろうか、そう思って扉をくぐると――
「いらっしゃいませ! タルハン冒険者組合支部へようこそ!」
「ふぉっ!?」
まるでファーストフードの様な出迎えに遭う事になった。
なんだ、こので迎えは……村とはまったく違うシステマチックな雰囲気に、圧倒された。
「あ、ヤージュさんじゃないですか。生きてたんですね!」
「冗談になんねぇぞ。あの迷宮はマジで死にかねないんだからな」
そう言えば、初めて会った時も死に掛けていたっけ。
この半年でヤージュさんは二度も死の淵を彷徨った事になる。実は運の悪い人じゃなかろうか?
「それより、ほら。これが護衛の完了票だ。さっさと報酬くれ、報酬」
「はい……あ、アコ屋さんの依頼ですね。一日一人千ギル、拘束期間が十五日でしたので一万五千ギルになります」
日給にして一万円相当。危険領域が少ないため、拘束時間が長いだけの依頼だったが、その分価格は上乗せされている。
商人達にしても三人で出し合う事になったため、非常に割安といえるか。
まぁ、今回はあまりにも例外的要素が多すぎた訳だが……あんなのがそこらに徘徊していたなら、護衛費用もこんなものでは済まない。
五人分で七万五千ギルを受け取り、サインする。
「それにしても……聞いていた組合の雰囲気と随分違うんですね」
「あ、はい? 違うとは?」
ボクの疑問に答えてくれたのは受付のお姉さんだ。
「なんというか、普通のお店みたいです。冒険者って言うともっとこう、殺伐とした雰囲気があるものかと思ってました」
「あはは、そういう方もいないとは言いませんけどね。ですが入ってくるお客さんを威嚇していたら、お客さんも依頼しにくいじゃないですか。それは巡り巡って自分の首を絞めることになりますから」
確かに依頼しにくい雰囲気を作ってしまえば、それは冒険者の仕事を減らすことになる。
そうなれば食い詰めてしまうのは冒険者の方だ。
ただでさえ、そこらの冒険者の地位は高く無いのだ。少しでも割りのいい仕事を回してもらわないと、生活にすら困る。
ここの支部はそういう雰囲気を出す冒険者を積極的に排除して、依頼を出しやすい雰囲気作りを心掛けているらしい。
よく見かける小説のようにはいかないらしい。言われて納得だ。
「おい、ヤージュの野郎が戻ってきたって!?」
「あ、支部長。ダメですよ、こんな所まで」
騒々しくやってきたのは、やたら図体のデカイおじさん。
お姉さんの話では、彼がここの支部長らしい。ヒルさんとは全く趣が違う。
豪放な雰囲気が苦手なのか、カロンは少しリビさんの後ろに隠れ気味だ。支部長さんはそんなカロンを見つけると、近寄ってきて肩を叩く。
「おう、坊主! ちょっとは鍛えてもらったか?」
「は、はい……色々と至らない所が見えました。ヤージュさんにはお世話になってます」
なんだかカクカクした口調で答えるカロン。その額に脂汗が流れているのが見て取れる。
ヤージュさんともアルドさんとも違うタイプのオッチャンって感じだから、苦手なんだろうか。
「お、こっちの嬢ちゃんがユミルちゃんか?」
ついにボクも見つかってしまった。
ユミルのアバターは作れる範囲で最小のサイズに設定してある。身長にしたら百五十センチ足らずという所だろう。
それに対して支部長のデカさと来たら……二メートルは超えてるんじゃなかろうか?
「は、はひ。ユミルです、よろしく――」
「あうぅ……」
初対面であまりの声の大きさに、アリューシャも縮こまっている。
かなり人見知りは治ってきたとはいえ、この人はハードルが高すぎる!
「かなりの腕だってヒルから聞いてるぞ」
「え、ええ……多分それなりに」
「そうか! じゃあ行こうか、こっちが修練場だ!」
「は?」
なんでいきなり修練場に連れて行かれなきゃならんのだ?
「俺は強い奴に興味があってな! 腕の立つ迷宮主を見つけたって聞いてワクワクしてたんだよ。どうだ、一本――」
「しません!」
なにが悲しくて街中で剣を抜かねばならんのか。
ボクはこの後、宿に行っておいしいご飯を食べて一休みするんだ。
保存食で過ごした日々と、お風呂の無い生活は、確実に精神をささくれ立たせる。ボクには今、癒しが必要だ。
「そうか? 遠慮しなくていいぞ」
「遠慮してませんし! それにボクの剣はこれこの通り――ボロボロの粉々です。これじゃ戦えませんよ」
折れて砕けたストームブレイドを支部長さんに見せる。砕けた剣がまさかこんな所で役に立つとは。
彼はその剣をしげしげと眺めた後、ポツリと呟いた。
「魔剣をここまで砕くとは、穏やかじゃないな。ヤージュ、なにがあった?」
一目でボクの剣を魔法の剣と見抜き、その状態から何か異常があったと察して、砕けた事情を問いただす。
くそ、なんだこのオッサン……油断も隙もないぞ?
「まぁ、それは後で話しますよ。俺達は荷物も解いてないんだ。一息入れさせてくれ」
「緊急な事態ではないんだな?」
「確約はできんが、おそらくは大丈夫だろう。多分だがな」
「わかった、では後でな。お嬢ちゃんもよかったら付き合ってくれ。美味い飯を奢るぞ」
そう言って奥の部屋にすっこんでいく。
ああ、もう。変な人に目を付けられたかも知れない。