第四十四話 チート化
ここから第三章になります。
あの襲撃から一週間が経過した。
以降は狼や蛇といった、獣にプラスアルファした程度の敵しか現れなかったので、旅程は順調に経過しているといえる。
「……いや、言えないか」
ポツリと呟き、背後を振り返る。
そこには橇に乗り、膝にアリューシャを乗せたヤージュさんの姿があった。
彼の足はアリューシャの【ヒール】で問題なく繋がったのだが、精神面ではそうもいかなかったらしい。
膝に力が入らず、幻痛に悩まされ、足を引き摺りながらしか歩けない。
そんな状態に陥っていた。
「ヤージュさん、その……アリューシャが迷惑掛けてませんか?」
「いや、大丈夫だ。それに膝の事なら心配するなと何度も言っているだろう。これはよくある症状で、リハビリすればいずれ治る」
「そう聞きましたけど……」
よく切断された手足の痛みに悩まされる『幻肢痛』という症状を耳にすることがある。
ヤージュさんの場合はそれの逆だ。
斬られた時の痛みを心が覚えこんでしまい、完治した今もその痛みに悩まされ続けている。
【ヒール】や【リジェネート】という再生系の魔法で、欠損部位すら治してしまうこの世界だが、精神だけはそう上手く治らないらしい。
これは冒険者にはよくある症状らしく、一ヶ月ほどゆっくりと自身の手が『ある』ことを認識させていけば、やがて消えていくという話だった。
「だいじょーぶだよ、ゆーね。おじちゃんはわたしがまもったげるから!」
「あ、うん。お願いね」
ヒシと体全体で胸にしがみつく姿は、どう見ても子泣き爺的な何かだ。
ヤージュさんも歩けない訳では無いのだが、戦力になれないとあって少しばかり老け込んでいるので、まるでお爺さんと孫にしか見えない。
現在、彼の剣を一時的にボクが借り受けているのだが、これがすこぶる……脆い。
いや、彼の剣だってこの世界では一級品の物なのだが、ボクの魔力を込めると不安定なまでに剣身が軋む。
一応厚意なので借り受けているけど、これではピアサーの方がマシなくらいだ。
つまり、ボクの戦力も落ちたままな訳で、これが更に不安を誘う。
もぞもぞと落ち着かない様子のボクに、アドリアンさんが声をかけてきた。
「安心しろって。あんなのは外じゃ見かけねぇから。それこそドラゴンに出会うくらいのレアモンだっての」
「でもやっぱり、一度出会ったからには二度三度という可能性だって……それにアドリアンさんも鎧が――」
アドリアンさんの胸甲も、見事に破壊されていた。
やはりあの相手は防具破壊の能力を持っていたに違いない。
あれも修理するとなると……ヤージュさん達はこの仕事、確実に赤字になるな。
ボクもthの魔刻石を使い切ってるので、大赤字だ。
これ、補充の当てがないのが、本当に困る。
タルハンの町まであと二日。
そんな距離まで来た時、アリューシャがボクに打ち明けた。
「あのね、ゆーね。えっとね……」
「なに? どうかしたの?」
日はとっくに暮れて、夜の見張りの時間。
すでに他の人達は寝入っていて、起きているのはリビさんとボクとアリューシャのみ。
リビさんがまたトイレに立っている間に、アリューシャは爆弾を落としてきた。ちなみにリビさんの所用は大の方だ。
「また変なアナウンス出たの。今度は『レベル限界解放』だって」
「――は?」
ボクは、その言葉を理解するまで数秒を有した。
レベル限界解放……つまり、えっと……どういうことだ?
「限界を解放……?」
「うん」
「ってことは――」
慌てて周囲を確認し、ステータスウィンドウを呼び出す。
そこに現れた文字は……レベル、二百六。
「突破してるううぅぅぅぅぅ!?」
「わきゃ!」
「なんだ、どうした!?」
「ユミルさん、何かありましたか!」
思わず上げたボクの絶叫に、眠っていた人達が起き出してきた。
それを感知して、慌ててステータスウィンドウを消去する。ギリギリ見られてはいないはずだ。
「い、いえ。突破……えと、アリューシャの背が伸びたなぁって」
「は? それだけ?」
「はい、このくらいの子は成長早いですねぇ」
「勘弁してくれ………夜中だぞ」
「すみません、すみません!」
あまりにも無理のある言い訳だったけど、寝起きの頭では疑問に思わなかったらしい。
ぺこぺこと頭を下げて、心を落ち着ける。
再び皆が寝入ったのを確認してから、再度ウィンドウを開く。
ベヒモスほどではないが、一気にレベルアップしている。間違いはなかった。
「アリューシャの方はどう?」
「うん? ちょっと待ってね」
ボクに促され、自分のステータスを開く。
そこに表示された文字は、レベル九十六という文字だった。
彼女も六つ、レベルが上がっている。
「うへぇ……」
これは一体どういうことだろう?
ボクの記憶が確かなら、ミッドガルズ・オンラインのレベル上限は二百でカンストのはずだ。
今のボクはその壁を突破している。アリューシャの『アドミニストレータ権限』とやらで、おそらく超越したのだろうけど。
つまり彼女の持つ権限はGM、もしくはそれ以上に匹敵するという事だろうか?
そして、その権限は主にボクに影響を与えている?
「さすが、種族女神ってことなのかな?」
「んぅ?」
「アリューシャはボクの女神様ってこと」
キュッと抱きしめて頬擦り。
よくよく考えてみれば、ボクはゲームキャラとしてこの世界に転移している。だがスペック的にゲームキャラと同じな訳で、成長の限界もゲームと同じであるという保証は無かった。
アリューシャがその縛りを解放してくれるなら、まさに女神と言える。
それになにより、ボクの能力はほとんど伸びシロが尽きている。
六レベルも上昇しているけど、限界値に達した敏捷度を上昇させるとなると、ほんの数ポイントしか上げる事ができないだろう。
逆に初期値の幸運度なんかは、三十ほど上げられそうだ。
とにかく、能力自体は完成しているので、ここはキープしておこう。いざという時に足りない所を補填する形で成長させよう。
問題は……
「やはりアイテム、かなぁ」
ベヒモス戦で回復剤は枯渇気味。今回の異形戦で一部魔刻石も品切れ。
能力による補強もそうだが、魔導騎士というのはアイテムあっての存在だけに、これは痛い。
しかも武器と鎧が一つずつ消耗している。
「装備は破損しなくてオートキャストがないクニツナをメインにすれば何とか……鎧も破損しない防具があったはずだから、それをメインに……」
今後の行動を考えて、メインウェポンの選定を行う。
持ち込んだ両手剣は、紫焔、ムラマサ、マナブレード二種、クニツナ。これに破損したストームブレイドを足して六本。
他は短剣と長剣が数種。全部で二十近い武器を持ち込んでいたのが救いだ。
これが通常狩りの予定だったら両手剣数本しか持ってない所だった。
装備の目処は付いたが、やはり回復が問題だ。食料すら回復薬になるミッドガルズ・オンラインではポーション系というのは重量的なメリットしか存在しない。
その重量とて、現地で補充できるという食料系回復薬に押され気味だ。
そして食料系ならばここでもドロップ装備を使用すれば補充することはできる。
だがいくらなんでも、大怪我した相手にアイスや魚食べろというのは格好が付かない。
それに、もう一つの問題……ドロップ装備で出した以外の食料では、回復効果が無いと言うことだ。
迷宮の三層の川から釣り上げた魚で塩焼きを作ってみたのだが、インベントリーに入っていた魚とは別アイテムとして扱われた。
そして、食べてみてもHP回復効果が無かったのだ。
つまり、ドロップ装備で出てくる食料と、自分の手で作る食料は似て非なるアイテムという事になる。
これもまた、他人には話せそうにない秘密になった訳だ。
結果、人に使うにはポーション系でないといけなくなり、そのポーションが枯渇してきている。
これも、どうにか補給の当てを作らねばなるまい。
ポーション作成技能を持つ錬金術師や武器修復技能を持つ鍛冶師なら、何とか出来たんだけどな。
それから二日後、ようやくタルハンの町が見えてきた。
そこは城壁に囲まれた、まさに城塞都市。
よく映画なんかで見かけるこじんまりした都市とは、桁の違う巨大な建造物の群れだった。
そして出入りする人の数も、桁が違う。
町に入る門に並んでいる人だけでも、百は軽く超える。
「うおぉぉぉ……」
「ふわぁぁぁぁ!」
ボクとアリューシャはその壮観とも言うべき光景に、開いた口が塞がらない。
行きかう人々は大抵馬か馬車を利用しているため、裸馬に荷物を載せ、橇を引いているボク達は奇異な視線をぶつけられている。
それすら気にならないくらい、街の光景に見入っていた。
「お前ら、いいから口閉じとけ」
そういうヤージュさんは杖をついて歩いている。
その背にはボクが借りてた大剣が背負われていた。ここまでくれば、護衛としての役割も終わったも同然で、戦闘なんかはほとんど起きない。
両手剣が必要な場面もないだろうし。
「スッゴイ人ですね!」
「ああ、この街は特にな。ほら、迷宮の発見者と制覇者が同じだろう?」
「あ、はい。そうらしいですね」
「ということは、だ。迷宮の核を持ってるのが権利者になる訳だ」
「ふむふむ……ん? という事は、核が持ち去られる心配がない?」
「そういうことだ。ここの迷宮は制覇されたにも拘わらず生きている。珍しいことにな」
迷宮の核を権利者が持つということは、核が持ち去られる事態が無いと言うことだ。
それは権利者が迷宮の恩恵を延々と受け続けられる事を意味する。
「それ、反則じゃないですかね?」
「ま、無限に資源が手に入るわけだから、国としても不可を出す訳には行くまいて」
つまりボクの迷宮も、ボクが核を入手すれば、無限に恩恵を受け続けることができる訳だ。
これはいいことを聞いた。ボクも最下層目指してみるかな?
そんな事を考えていると、ボク達の順番が回ってきた。
こういう大きな街は、中に入るだけでも検問がある。
「ようこそ、タルハンへ。ってヤージュじゃないか。帰ってきたのか?」
「ああ、任期明けだ」
「そうか? その格好見ると、どう見てもドジ踏んだようにしか見えないけどな!」
門番とヤージュさんは知り合いなのか、気安く言葉を交わしている。
その間にも、別の門番にアコさん達商人が入市税を支払っていた。
ボク達護衛の分も、経費として彼らが支払う事になっている。
「おう、カロンもいたか。相変わらず足引っ張ってるか?」
「まぁ、そんな所です。でも少しくらいは成長したと思いたいですね」
「お、言う様になったな!」
ガハハと笑う門番。なかなかに豪快な人柄らしい。下手すると嫌味とも取られかねない事を平気で口にする。
それなのに、不思議と不快な感じはしない。
「そっちの嬢ちゃんは初めてか? 悪いが組合証を提示してもらえるか?」
「あ、はい」
組合証には賞罰や討伐記録などが自動で記載される。
これは組合証を作るときに本人の魔力波を登録したからできる、トップシークレットな能力らしい。
これで道中に人を襲ったりしてないか確認できるのだ。
「バイパーにウルフに……お、バルチャーまで倒してるのか。なかなか腕利きだな」
もちろん組合証を見るページはボクが表示している。他の人は操作できないので、余計な所を見られる事は無い。
それは判っていても、少しばかり背中がむず痒くなってくる。
「ん、なんだ……ムーンゴーレムってのは聞いたことが無いな」
「……ムーン? あ、あれか」
「あれ?」
「来る途中で襲われたゴーレムだな。べらぼうに強くて俺も足をやられた」
「ほう、ヤージュが後れをとる程か……よく倒せたな」
「運よくね。カロンも手伝ってくれたし」
討伐履歴は時系列順になっているので、表示部分に残っていたのだろう。
門番さんもよく知らないモンスターだったらしく、『手伝ってもらった』という言葉を聞いて、納得した様子だった。
「オーケー、問題は無しだ。本来なら入市税に銀貨百ギル貰うところだが、それはあっちで払ってもらってるから大丈夫だ」
「はい、ありがとうございます」
「では、改めて。ようこそ、海と迷宮の街タルハンへ!」
こうしてボク達は、初めて『他の街』へ足を踏み入れたのだった。
ここまでで、暫定的に二章完結となります。
チートとは本来システムに無いバグや改造などを指す言葉です。
ゲームのシステム通りの能力を持っていたユミルは、ある意味チートではなかったかもしれませんね。