第四十三話 後始末
粉々に砕けた敵と剣を眺めながら、ボクはついにへたり込んだ。
異形はどうやら、なんらかのゴーレムだったようで、砕けた破片だけ見ると鉱石が散らばっているように見える。
とにかく今は休息が欲しい。こんな限界を超えた高速戦闘はもう御免だ。
「はぁ、疲れた――」
「ゆーね! ゆーね、無事!?」
へたり込んだボクの胸にアリューシャが飛び込んでくる。
転がりそうになりながらも、何とか受け止めたけど……傷に染みる!
「いたたた! アリューシャ、痛いから少し離れて!?」
「あ、ゴメンなさい。【ヒール】! 【ヒール】!」
ダメ押しのヒールを連打してくれる。戦闘中から考えても結構なMP消費してるはずなんだけど、まだ余裕あるのか、この子は。
ボクらで言う、二極型の成長してるだけはあるな。
二極型というのは特定の能力二つだけを伸ばしていくスタイルだ。魔術師や射手なんかに多い。
「怪我はもう大丈夫だから。それよりアリューシャも疲れたでしょ。少し休んでおくといいよ」
「でも……」
「ボクも着替えてくるから。ほら、防具もこんなにズタズタ」
両手を広げてアリューシャに惨状を見せるけど、改めて眺めるとこれはヒドイ。
いつも装備している詠唱妨害阻止用の制服に近い感じの衣装がズタズタに裂けて、使い物にならない状態だ。
胸や腰元もかなり露出していて、少々どころでなく際どい。異形の攻撃には防具破壊属性でも付いていたのだろうか?
ここでふと思い至って、カロンの方に視線を送る。彼は未だ意識を取り戻さないヤージュさんとアドリアンさんを介抱していた。
「へぇ……?」
いつもなら尻尾を振りながらボクの元に駆け寄ってきて、『見るな!』と蹴り倒される所なんだろうけど、今はさすがにそういう馬鹿はしないか。
いや、むしろ恩人のヤージュさんが危ない状態だったのだから、当然なのかも知れないけど。
少し、周囲を見る余裕ができてきたのかも知れない。
ボクは無事だったマントで身を包み、容態を尋ねる。
「カロン、ヤージュさん達の具合は?」
「あ、ユミルさん……傷はすでに塞いでます。ですが出血が激しかったので、すぐに目を覚ますのは無理でしょうね」
「カロンの【ヒール】でも無理かな」
「血液も『失われた部位』と同じ扱いになりますから、【リジェネート】かそれに準ずる高位の治癒術じゃないと厳しいです」
【リジェネート】はミッドガルズ・オンラインには存在しなかった魔法で、部位欠損などを治療する事ができる。
かなり高位の術で消耗も激しく、以前施療院を任されていたルディスさんでも一日一回が限度だとか。
ちなみに今の施療院は、六十歳くらいの引退冒険者のお爺さんが担当している。
「命には別状無いんだね?」
「幸い斬られた足が残ってましたので、【ヒール】で繋ぐ事が出来ました。処置が間にあったのはアリューシャちゃんのおかげですね」
「状況判断も的確にできるようになってきたからね」
あの時、アリューシャがこの場面を『非常時』と判断してヤージュさんを治療しに行かなかったら、手遅れになっていたかも知れない。
それにカロンも……意識を取り戻してすぐにボクの支援を始めたそうだ。
あの一手は大きかった。
「【ヒール】、助かったよ。ありがとう」
「いえ、そもそも気を失ってしまったのが落ち度ですから……」
確かに前に出すぎて攻撃を受けたのは失点だけど、あの状況では仕方ない面もある。
ボクだってかなり気を抜いていたんだし、人のことは責められない。本人も反省してるし、ここは問題ないとするべきだろう。
カロンの肩をポンと一叩きしてから、着替えに戻る。そこへアコさんたちがひょっこり顔を出した。
「ご、ご無事でしたか……いや、驚きました」
「アコさんたちも無事で何よりです。怪我はないですね?」
「ええ、私共は見ていただけでしたので。それにしても、冒険者というのはあのような怪物を、日々相手取っているのですなぁ」
「あんなのは例外ですよ。いつもは蛇とか狼とか……そんな程度です。多分」
耐久値としてはベヒモスよりはるかに劣る。しかしそれ以外の……特に攻撃力では比較にならない強さだった。
明らかに階層主レベル。あんなのが迷宮の外をうろついているなんて……
「着替えるので、少しいいですか?」
「ああ、これは失礼。馬の影で着替えるといいですよ」
「カロンが覗きに来ないように、見張っててくださいね」
「それはお若いですから、仕方ない所ですな!」
冗談めかして言っておくけど、実際あいつはこのタイミングでやってくるから油断できない。
馬の陰に回りこんで、こっそりとインベントリーから水袋を出し、濡れた手拭いで身体を拭く。
アリューシャの【ヒール】で傷はほぼ完治しているが、全身を切り裂かれた出血の跡は残っている。
ドロドロになった手拭いを放り出し、代わりの鎧を出そうとして、ふと思いとどまる。
「いきなり別の装備を持ち出したりしたら、怪しまれるよな?」
服状の鎧はともかく、両手剣はさすがにバックパックには隠せない。
やむをえない事態だったので無詠唱の魔法を行使してはいるが、アイテムインベントリーに関してはまだ見られていない。
この能力は、流通に改革が起きかねないぐらい、画期的な機能だ。
しかも使用できるのはボクとアリューシャだけで、同行しているのは利に聡い商人達。変な情報を流されても困る。
ここは当初の予定通り、隠し通すことにしておこう。
「となると、片手剣や両手剣は補充できなくなるな……またあんなバケモノが襲ってきたら対処できなくなるのが怖いけど」
かといって変な能力をひけらかすと付け狙われるかもしれないし……とりあえずボスでも使用できるレベルの短剣を用意しておくか。
インベントリーから取り出したのはピアサーという武器で、細長い針のような形状をした刺突用の短剣だ。
特殊な効果としては相手の防御力に応じた攻撃力を発揮する。つまり、固い敵ほど威力があがるのだ。
「ベヒモスの時にこれ使っていたらよかったか……いや、それだと【ソードパリィ】が使えなくなるし――」
両手剣専用の防御スキル【ソードパリィ】は、物理攻撃ならば、ほとんどなんでも半分の確率で受け流してしまう。
両手剣という、盾が持てないハンデを補って余りある強力なスキルだ。
「そもそも、ボクはスキルによる自動防御に頼りすぎてるのもあるかな……? きちんとした『技』を持ってれば、これでも受け流せるんだけど。ああ、アーヴィンさんとの決闘、もっと真面目に学んでおけばよかったなぁ」
ボクの戦闘スタイルはスキルと身体能力に物を言わせた、いわばモンスター寄りな物と言える。
きちんとした技があれば、短剣でも充分戦えたかも知れない。
「まぁ、これも今更か。今度機会があれば教えてもらおう」
鎧は取り出せないので、闇属性付与を施したローブを装備する。
ベルトで腰周りをキュッと締め、後ろにピアサーを装備しておく。
背中に両手剣の重みがないので、随分と心許無いけど戦闘力は維持できているはずだ。
着替えを終えて馬の陰から出ると、アリューシャがストームブレイドの破片を持ってきてくれた。
「ゆーね、これ……」
「ああ、ありがと。後で集めようと思ってたんだ」
ゲームでは壊れた武器は修理工が直してくれたんだけど、この世界ではそういうのはあるんだろうか?
いや、そもそも、ここまで壊れてしまうと普通は直らないよなぁ。
「この剣も、ここまでかな?」
「え……でも、ゆーねの剣は……」
そう、ボクの使ってる剣はゲームから持ち込んだ物なので、こちらの世界の武器とは威力が違う。
この剣だって、ゲームではちょっと使える程度の武器だけど、こちらでは神器級の性能があるだろう。
今ボクが持ってる武器で、破壊不可の属性を持つのはクニツナと魔剣『紫焔』の二振りのみ。
オートキャストを表沙汰にすることは出来ないので、今後はクニツナをメインウェポンに使用することにしよう。
「ま、また使えるようになるかも知れないし、それにクニツナとか『紫焔』は壊れないから大丈夫だよ!」
しょんぼりと落ち込むアリューシャに、慌ててフォローを入れておく。
彼女としても、一年戦ってきた武器が壊れると言うのは、寂しいものがあるのだろう。
そこへ意識を取り戻したヤージュさんが、カロンに肩を借りながらやってきた。
「ユミル、無事だったか?」
「あ、ヤージュさんこそ。足、平気ですか?」
傷は治っているといっていたはずなのに、肩を借りているのが気になった。
少し足を引き摺っているような……
「ああ、これな。なんだか違和感が残ってなぁ。多分すぐ治るさ」
「なら、いいんですけど」
「ユミルさん、これ。集めておきました」
カロンが差し出した袋には、異形の破片がみっしりと詰まっていた。
三十キロ以上入る袋がパンパンになっている。
「大きな塊とかは橇に乗せてもらってます。それでも全部は乗せ切れませんでしたが」
「あ、ありがとう。これ、何の素材か判る?」
異形は白い石の様な素材で出来ていた。ただ、その素材の材質がわからない。
感触としたらルーンを刻む石に近いのだけれど、微妙に違和感がある。それにルーンを刻むには様々なモンスターの素材が必要になるため、この石単体では結局補充は利かない。
「多分だが、月長石の一種だと思う」
「月長石……ムーンストーンですか」
「ああ、月に属するだけあって魔力に染まりやすい石だ。鉄より硬いが、加工が難しいし、脆い。武器や防具よりも魔力を溜めておく外部タンク的な利用が多いな」
「へぇ……」
「もっとも一度魔力を込めて、それを使い尽くすと粉々に砕けて、砂の様になってしまう性質があるんだが」
それでも結構な利用価値がある。
ミッドガルズ・オンラインではMPを回復させるアイテムはあっても、そういう外部タンク的なアイテムは存在しなかったから。
「これ、結構高かったりします?」
「石自体はそれほどでもないな。魔力を込めれば一気に価値は上がるが」
「込めましょう! どうやるんです?」
「俺は魔術系のスキルが無いから判らん」
ボクだって基本前衛である。魔力の込め方とか知るはずもない。
そもそもボクが魔術師系だったとしても、ゲーム外の知識はないから不可能だったか?
リビさんに尋ねてみても、その手法に付いては知らないとのことだった。無念。
「仕方ないですね……タルハンに着いたら売り捌くとしますか」
「おう、組合なら有効利用できるから、他よりは高く買い取ってくれるだろうな」
冒険者を多く抱える組合にとって、魔力を保持できるこの石の存在は、大きな意味を持つ。
だが今はそれよりも……このゴーレムっぽい何かがどこから来たのかが問題だ。
「ヤージュさん、こういうのは草原に結構いるんですか?」
「いや、俺も初めて見る。というか、こいつの強さは異常だろう?」
「ですよねぇ」
強さ的にはベヒモスクラス。そんなのが普通にうろついているとしたら、人類が大ピンチだ。
ひょっこり街に出没したら、それだけで街が滅びかねない。
大きな街なら自衛戦力も揃っているだろうが、そうでない場所では太刀打ちの仕様がない。
そもそもゴーレムだとすると指示者がいる訳で。
「うーん、何か身元を示す刻印の様な物があればいいんですけど……」
橇に乗せられた残骸をひっくり返して、調べる。
だが、有効な証拠はまったく見つからなかった。
そもそも細かく砕けすぎている。
「もう! 誰だ、こんなに粉々にしたのは!」
「おまえだよ」
最後のkは余計だったかなぁ?
いやでも、あそこでトドメを刺さない事には、アリューシャやカロンのMPが持たなかっただろうし。
幸いというかなんと言うか、とにかくゴーレムは血の臭いを発しないので、場所を変える必要はない。
ヤージュさんはまともに歩けない。アドリアンさんは未だ意識不明。ボクは武器を無くしている。
この状態で更に戦闘が起こったら、かなりのピンチになっただろうけど、追い討ちを掛ける獣を誘い寄せる要素は少ない。
しいて言えば血塗れた手拭いと防具の残骸くらいだ。
リビさんとカロンに後の見張りを任せ、ボク達は睡眠を摂ることにした。
本来はボクの担当時間だったのだけど、消耗が激しかったのだ。
カロンもかなり消耗しているけど、リビさん一人に見張りを任せる訳にはいかないと立候補してくれた。
彼も少しずつ、周囲に気を配れるようになってきているな。これが成長というものか。
そんな事を思いながら、深く、深く、眠りに就いたのだった。
最近こっちばっかり書いてる気がします。
章の終わりが近いので、途切れさせたくないからとご理解ください。