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ゲームキャラで異世界転生して、大草原ではじめるスローライフ  作者: 鏑木ハルカ
本編 ゲームキャラで異世界転生して、大草原ではじめるスローライフ
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第四十話 出発進行

 出発の日、集合場所にはすでにヤージュさんと商人達が集まっていた。

 朝の八時ごろ出発と聞いていたのでその時刻に合わせたのだが、みんな予想以上に早い。


「おはようございまぁす。皆さん早いですね?」

「ああ、おはよう、ユミル。そりゃ色々と準備があるからな」

「おはようございます、追加の護衛の方ですかな……おや、あなたは?」


 商人と思しき依頼主は合計で三人。

 一度の往復で複数人が同行すれば効率も上がるというものだろう。

 今回は三人ということで依頼料は七割まで値引きされているが、それが三人分ともなるとヤージュさんの懐にはおよそ二倍の報酬が入ることになる。


「はい、よろず屋のユミルです。今回はよろしくお願いしますね!」


 ニパッと言うあざとい笑顔を浮かべて営業スマイル。

 今後も取引のある人たちだ、媚を売っておいて損は無いだろう。


「アリューシャです、よろしく?」

「はい、よろしく。今回はヤージュ氏が護衛ということで安心できますよ」


 おずおずと一礼したアリューシャに優しげな笑みを返す商人さんたち。

 二週間長旅とあって、それぞれが馬に大量の荷を積み上げて……あれ?


(そり)?」

「ええ、そうです!」


 ボクの疑問に勢い込んで答えたのは商人さんの一人。


「ああ、いや、挨拶が遅れましたな。私はアコと申します」

侍祭(アコライト)?」

「いえいえ、ただのアコです」


 アコライトとは、ミッドガルド・オンラインでは補助と回復を司る初期職業の一つだ。

 その高い回復力を活かして、前衛盾(タンク)を兼任する事もあるくらいしぶとい。

 三次職になると攻撃魔法も充実するので、初期から今まで人気の途切れた事の無い職業である……うらやましい。


「この橇は私の発案でしてね。車輪や車軸に草が絡むならば、無ければいいじゃないかと愚考した次第です」

「なるほど、確かにこれなら足が止まる心配は無いですね」


 しかもここは草原だ。

 草を薙ぎ倒しながら進むということは、地面との間に草というクッションが存在する事になる。

 しかも地下から水分をたっぷりと吸い上げた、汁気の多い草は橇の底を滑らせるのに実に都合がいい。


「いや、そもそも車軸や車輪に絡まないように工夫するのに、一役買える……かな?」

「おや、何か思いつきましたか?」


 ぼそりと呟いたボクの言葉に、アコさんがキラリと目を光らせる。

 これは完全に商人の顔だ。正直飢えた狼のようでちょっと怖い。


「あ、いや。おぼろげなイメージだけなので、まだ物にはなりませんよ」

「そうですか? ここを渡る装具が出来たのなら、是非私にご連絡ください。こう見えても鍛冶職人とも繋がりがありましてね」

「それは頼もしいですね。アイデアが出来たら是非お願いします」


 専業鍛冶師とパイプが出来るなら、悪くない。

 その結果、アイデアが商品にされそうだけど。

 ふと見ると、カロンがヤージュさんの陰に隠れるように立ち尽くしていた。

 彼も『五歳児並』という渾名を付けられてから、かなり落ち込んでいる。

 まぁ、幼女に一騎打ちで負けたのだから、精神的にも対外的にもかなりキていることは想像に難くない。

 色々迷惑は掛けられたけど、本人には悪意は無い訳だし、少し可哀想ではあるな。

 軽くフォローを入れるつもりで近寄り、肩を叩く。


「今回はヒーラーは君しかいないから、期待してるよ?」

「ユミルさん……ボクは……」

「アリューシャは色々規格外だから、気にしない方がいいよ」

「すみません、ありがとう」


 少しだけ元気の出た表情で、薄く笑う。

 元気が出たところで、ラッキースケベ体質を発揮する前に彼から離れておく。アリューシャがちょっと痛いくらいに腕引っ張ってたし。


「よし、それじゃそろそろ出発しよう」

「はい、よろしくお願いします」

「お嬢ちゃん、良かったら(そり)に乗っていくかい?」

「のるー!」


 ちゃっかりアリューシャが橇に乗せられてはしゃいでいる。

 バンザイして上下にぴょんぴょん跳ねているのが可愛らしい。


 こうしてボク達は、初めて村の外へと足を踏み出したのだった。




 三頭の馬のうち二頭が荷を積み、1頭が橇を引く。

 橇の荷物の上にアリューシャが乗っかり、商隊の前後左右をボクとヤージュさん達で囲って移動する。

 ボクはヤージュさんと先頭を警戒しながら、草を掻き分けながら進む。

 すでに時刻は昼を超え、昼食も済ましてある。

 今日の昼食はまだ新鮮なうちに食べられる肉や野菜で作ったサンドイッチだ。

 アリューシャはすでに、橇の上でお昼寝モード。

 初日は順調に進んでいると言え――


「ん?」

「どうした?」


 どうやら敵への感知能力は知力のステータスで伸びるらしく、知力が後衛並に高いボクの耳は草を掻き分けるかすかな音を聞きつけていた。

 ほんの微かな草擦れの音。その音の大きさからして、きっと大きな生物じゃない。


「総員戦闘態勢。どっちからだ?」

「前方から二つ。挟み込むように近付いてます」

「耳がいいな。アコさんたちは馬の陰へ。あまり離れないようにしてください。他にも何かいるかも知れない」

「判りました、お気をつけて」


 草の動く様子は見受けられない。

 ほんの微かな音を聞き逃していたら、完全に不意打ちを喰らっていただろう。


「草の動きは少ないな。大きな相手じゃないか」

「むしろ少なすぎませんかね?」


 アーヴィンさんは狼に襲われた事があると言っていたけど、この動きの無さは狼程度ではすまないだろう。

 もっと小さな何かだ。


「アリューシャは橇から降りちゃダメだよ?」

「うん」


 小さい相手なら、橇の上までは一気に襲い掛かれないはずだ。

 それにまだ距離がある。二十メートルくらいか。

 この距離の草の音を聞き分けるのだから、ボクの耳も大概凄い。


「距離があるうちに先手を取ります」

「構わんが、無理はするな。俺達はここを離れられん」


 あくまでヤージュさんは商人達の護衛だ。

 彼らのそばを離れるわけにはいかない。


「左側のを倒してきます。右側のはヨロシク」

「任せろ」


 一声掛けて全速で駆け出す。

 草を引き千切りながら、音の発生源に駆け寄ると、そこには一メートルほどの蛇がいた。

 こちらが逆に攻めてきた事に驚いたのか、対応が遅れている。

 蛇が飛び掛るためには、一度身体ごと(たわ)めなければいけない。先手を取って体勢を整えられて無い状態では、まさにいい獲物である。

 駆け寄って剣を一振りするだけで事が足りた。


「ヤージュさん、蛇です。多分バイパー!」


 敵の正体を大声を上げて知らせる。

 奇襲さえされなければ、たいした敵じゃない。これはボクじゃなくても充分対応できる。


「アッド、行け!」

「応!」


 敵の正体を知り、ヤージュさんは指示を飛ばす。

 本来は斥候役のアドリアンさんだけど、四人パーティのヤージュさんの所では、彼は前衛もこなす。

 むしろ目と耳のいい彼は、こういう場所で先制するには絶好の人材と言える。

 右前方に駆け出し、音を頼りに敵を発見して剣を一閃する。

 ボクと違って一度では仕留め切れなかったのか、その後二度剣を振って敵を倒した。




 蛇は肉も食べられるし、皮は靴や鞄などの素材として利用される。

 バイパーだと、さすがに鎧に使うほどの量は無いので高くは売れないが、それでも貴重な肉は今日の夜食に利用できる。

 首を落として血抜きをし、内臓を捨てて皮を剥ぐ。

 これらを革製の袋に詰め込んで運搬する。


「この辺って、モンスターがあまり居ないんじゃなかったんですか?」


 その作業の合間に、ボクは疑問を口にした。

 ヤージュさんも解体作業の手を休めず、それに答えてくれる。


「まぁ、前はそうだったな。今は人間が何度も往復するからな。人間を狙う猛獣は元より、食いカスを狙う程度のヤツも寄ってくるって訳だ」

「人通りの多さゆえの弊害ですか」

「そうだな。少し前なら護衛なしでも準備さえしてれば、草原の中央は抜けられたんだが……まぁ、飯の種が増えたと思えば悪くはないさ」


 そんな話をして居ると、商人のアコさんも寄ってきた。

 剥ぎ取りの最中は彼らも暇なのだろう。


「冒険者の皆さんには良い事でも、私共にしては厄介な事態ですよ。出費が嵩んでしまいます」

「そこは立場の違いってヤツだな。俺達にとっては仕事が無くなる方が困る。それに街から草原までは危険地帯だから、どの道護衛は要るだろう?」

「まぁ、そうなんですけどね」


 そう語りつつも手際よく蛇を捌いて、袋に詰めていく。

 最後の一片も詰め終わった所で、作業用の手袋を外して砂で汚れを落とし、別の袋に詰める。

 こういった長旅では水は貴重品なので、手を洗うことすら節約しないといけないのだ。

 ついでに臭い消しの雑草をいくつか毟って入れておく。それだけで鼻のいいモンスターから少しだけ逃れることが出来るらしい。


「ゆーね、ゆーね! ほら、ヨモギ」

「あー、ありがとうね、アリューシャ。でもまたヨモギ?」


 臭い消し用の草をアリューシャが集めてきてくれるけど、なぜかいつものヨモギだ。

 確かにこの野草は香りが強く、草の匂いがきつい為、誤魔化すには最適だろうけど。


「むぅ、食べても美味しいんだよ! ゆーねは好き嫌いが多すぎです」

「えー、ボクなんでも食べるじゃない?」

「さいきんのゆーねは文句がおおいと思うの。ダメだよ?」

「う、ごめんなさい」


 確かに最近は食堂の食事とかにケチをつけながら食べてたかも知れない。

 いや、ケチというほどではないのだ。メニューの少なさとか、その辺に対する苦情?

 材料が乏しいのだから仕方の無いところなんだけど、それをきっちりアリューシャに聞きつけられていたようだ。

 子供に食事の雰囲気を悪くする言葉を聞かせるなんて、これは凄い反省点。

 ご飯は美味しく食べないといけない。


「なんだ、ユミルは偏食家なのか?」

「そんな事は無いんですよ! ちょっとだけメニューにバリエーションが少ないかなぁって……」

「はは、そりゃ料理人に期待しすぎだったな!」


 もちろん専用の調理道具を持ってきていたトーラスさんのバリエーションは、ボクよりも遥かに多い。

 でも、もっとこう……期待してた程には増えなかったのだ。

 味噌とか塩麹とか、こっちには無いんだろうかね?


「調味料が不足なのかなぁ?」

「ん、結構持ち込んでたみたいだぞ」

「あ、いや。そうではなく――」


 変に説明するとぼろが出そうなので、適当に切り上げて誤魔化す。

 剥ぎ取りが終わった所で捨てた内臓を埋めて処理しておく。

 あまり放置しておくと、この交易ルートにモンスターが集まってしまう。どうせ放置しておいても食い荒らされるので消えるのは一緒なんだけど、餌場と勘違いされるのは困る。


「それでは出発するとしよう。欠員はいないか?」

「大丈夫です、全員います」


 足のあまり速く無い蛇ですらこんな近場に現れて居るという事は、狼なんかの猛獣はすでに近隣にまでやってきているという事だろう。

 村の防備を固めて置いてよかった。アルドさんに感謝しなくては。

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