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ゲームキャラで異世界転生して、大草原ではじめるスローライフ  作者: 鏑木ハルカ
本編 ゲームキャラで異世界転生して、大草原ではじめるスローライフ
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第三十九話 旅支度を始めよう


 大量増殖したスライム達の処理を終えた翌日、ヤージュさんがボク達の小屋に訪れてきた。

 彼はカロンと違って、そばに居ても安心できるので、ミルクを出して歓待する事にする。


 この村ではミルクは貴重品である。

 迷宮内で採取できるが、それには四層の海を越えねばならないからだ。

 現状では四層を超えれるのはボクだけなので、村で流通している大半は貿易によって流入したものである。

 そして日持ちしないミルク類は、村に入ったらほぼその日の内に消費されるのだ。

 だがボクなら五層から採取してこれるので、時折組合からも依頼を請けて取りに行く事がある。

 他にも放牧なんかが始まっているが、これは牧畜の数がまだ少ないため、村に行き渡るほどではない。


「お、スマンな。貴重品を」

「いえ、お気になさらず。アリューシャもミルクは大好きなので、たくさん在庫があるんですよ」


 彼はおいしそうにミルクの杯を呷る。

 一気に飲み干し、口周りの無精ひげを白く染めながら大きく息を吐いた。

 ボクはすかさずお代わりを注いであげる。


「最近暑くなってきたから、こういうのはありがたいな」

「ええ、ボクももうここに来て一年になりますか……」


 そう、アリューシャとここに住み着いて、そろそろ一年になる。

 思えばたった一年のうちに村がほとんど完成してしまったのだから、驚きだ。この世界の人の適応力半端無いよ。


「どうだ、調子は?」

「え? ええ、いつも通りですよ。それよりそちらこそどうなんです?」


 先日、カロンはアリューシャと戦って、敗北した。

 それ以来彼には『五歳児並』とか、『幼女に負けた男』という不本意な仇名がついてまわり、最近は宿の一室に篭りっきりになっているのだとか。

 まあ、ボクとしては傍に寄ってこなくなったのでありがたい。


「あー、あいつはまぁ……今回はいい薬になっただろう。少し舞い上がってやがったからな」

「舞い上がろうと上がるまいと、あの体質は迷惑ですので」

「そう言ってくれるな。冒険者としてはまだ未熟だが、成長速度はかなり期待できるんだから」

「ゆーねはわたしの。ぜったいゆずらないんだから」


 むふーっと、鼻息荒くアリューシャが宣戦布告してのけた。

 この子も少し前は人見知りが激しかったのに、今では歴戦の冒険者に面と向かって物が言えるくらいになったか。

 やはり多くの人と触れ合う事は、勉強になっているんだろうね。


「別に取るつもりは無いぞ。でもユミルがアイツを選んだ時は勘弁してやってくれ」

「万が一にもありえません」


 パーティの仲間として彼がカロンをかばうのは理解できる。

 だけどそれにボクが合わせてやる理由なんて、欠片も存在しない。


「やれやれ、あいつも報われん。まぁそれは今日の本題じゃないんだ」


 肩をすくめてからテーブルに肘をついて身を乗り出してくる。


「昨日、警邏交代の引継ぎを終えてな。俺達もアーヴィンと同じように一旦タルハンに戻ろうと思ってる」

「もう三ヶ月ですか、早いですね」

「おじさん、帰っちゃうの?」


 アリューシャは寂しそうにヤージュさんを見ている。アーヴィンさんと別れた時を思い出したのだろうか?


「ああ、だがすぐここに戻ってくるつもりだ。だからそんな目で見るな」


 泣きそうな子供の目というのは、中年にとっては大きな武器になるようだ。

 腕利き冒険者が困ったように頬を掻くその姿は、見ていて微笑ましい。

 その視線に気付いたのか、ヤージュさんは咳払いを一つして話を続けた。視線が露骨に泳いでいる。


「ごほん、それはそれとしてだな……俺達がタルハンに戻るという事で、商隊が便乗しようって話になってな」

「商隊って言っても、この草原じゃ馬車は使えないですよ」


 背の高い草が頑強に生え揃っているため、馬車の車輪や車軸に絡み付いて運用できない。

 だから結局ここへの交易は、馬などの動物に荷を乗せて徒歩で往復する羽目になっている。

 この不便さが、唯一村の発展を大きく妨げていると言っていい。

 それでも元の世界に比べると、物凄い速さで人が集まっているんだけどね。


「そこは例によって馬だ。で、ユミル。お前さん一緒にタルハンまで護衛任務請けてみないか?」

「護衛、ですか?」

「ゴーレムの残骸を持ち出して、銅や鉄が大量に手に入ったろ? それに牛肉の備蓄もまだ残ってるらしいじゃないか。一ヶ月ばかり村を離れても問題ないと思うんだが?」

「ええ、それは、まぁ……」


 確かにこの間、食堂の依頼でモラクスを死体ごと持ち帰ったので、備蓄はまだまだあるはずだ。

 それに猪肉や熊肉、蛇に鳥なんかはすでに一般冒険者でも入手できる。

 ミルクが問題のような気もしなくは無いが、一部商人が山羊や羊を生きたまま連れてくる事で、放牧を始めている。

 即日で草が生い茂るこの草原なら、草を求めて放浪する必要が無い。


 ――なぜ今まで気付かなかったのだろう?


 その牧畜の出すミルクなんかが、少量とはいえ流通を始めているのだ。

 最近では、ボクが必須という事態はほぼ無くなって来ている。

 だが、なぜこのタイミングで?


「……裏、ありそうですね?」

「判るか?」

「唐突過ぎますから」


 交代のタイミング、商隊の護衛。そういう理由もあるだろうけど、今回である必要なんて無い。

 ボクの重要性は薄まってきてるとはいえ、まだまだ居ないと不便である事には変わりない。

 もう少し安定してからでも、いいはずだ。


「実はこれは別口の依頼なんだがな。商人を向こうまで送った後、折り返しでこっちに来る商人がいるんだよ。で、そいつらに信頼できる護衛を付けたいんだ」

「それがボクですか?」

「腕は一級品。感覚も鋭い。そして馬鹿正直なまでにウソがつけない性格。信頼できるだろう?」

「騙されやすいとも言いますけどね」

「何より、帰りは護衛の数が必要なんだよ」


 その商人は牧畜、牛や山羊、羊などを相当数連れてくるつもりらしい。

 そしてもちろん、そういう獲物を狙うモンスターたちも多い。そして人間も……


「最近ではここへのルートを狙って野盗どもが動いているという情報もある。牧畜の輸送はこの村にとってもかなり有益だ。確実に送り届けたい」


 この草原のど真ん中で放牧が普及しなかったのは、モンスターの存在と、それから身を守るための柵などの防備の不足。そういった要因が重なってのことが多い。

 この草原は畜産には向いているが、逆に言えばそれ以外には向いていない。

 牧場のために檻を作り、モンスターを駆逐するというのは割に合わないと考えられていたらしい。


 だが、この村もアルドさんの奮闘により、柵ができた。

 これにより村の中では安心して放牧する事ができる。

 安定した拠点さえ出来れば、この村は他に類を見ないほど冒険者の比率が多い開拓村だ。

 いざとなれば、村民総戦闘要員と化して、外敵に当たる事ができる。

 逆に言えば、村に入るまでが非常に危険でもある。


「畜産……確かにその考えは無かったですね、不覚にも」

「この草原の育成状況なら、充分ありえた話だよ。拠点さえあれば」

「アーヴィンさんも、初めて会った時、狼に襲われたって言ってましたか」

「草原の外縁部は特に猛獣が多いからな。最近では、この交易路に沿って内陸部にまで出没してきてるらしいが」


 ふむ、と顎に手を当てて思案する。

 いつかはこの村を離れ、アリューシャをしかるべき教育機関に預ける。そういう目標は立てていた。

 彼女の年齢はよく判らないが、出会ってそろそろ一年だ。六歳になってもおかしくは無い。

 まだ組合証の表示では五歳のままなので、誕生日は迎えていないんだろうけど。

 なんにせよ、下見代わりにタルハンへ旅行すると考えれば、悪い話じゃないのかも知れない。


「アリューシャはどう? タルハンの街、行ってみたい?」

「みたい! アーヴィンおじちゃんもいるんでしょ?」


 気持ちのいいくらいの即答。よっぽどアーヴィンさんに懐いてるみたいだ。

 でもそうなると問題は……


「でも、カロンもいるんだよ?」

「う……いいもん、カロンはアリューシャがやっつけるもん!」

「一応旅の仲間なんだから、やっつけるのは勘弁してくれ」

「ま、アリューシャがいいって言うなら、ボクに否はありませんよ」

「ユミル、相変わらず『アリューシャ命』なんだな……」


 そんな訳でボクらは三日後に、初めてこの迷宮を離れる事になった。




 さて、ここで問題が発生した。

 ボクらは長期間、誰かと共に行動した経験が無い。

 それはつまり、アイテムインベントリーという、ボクらの最大の長所を人目に晒す危険を常に負うという意味でもある。

 バレないようにする為には入念な準備が必要だ。


「まず水、それと保存食……着替えに寝袋、武器も……」


 必要になるであろう品々は、前もって出しておかねばならない。

 途中でヒョイと取り出したりしたら、それこそ出所を怪しまれてしまう。

 更にアリューシャの武器も問題だ。彼女の使う詠唱装備は、この旅では使用できないだろう。

 ボクらの使う魔法体系は、この世界のそれと微妙に異なるからだ。詠唱なしで発動するそれを人目に晒すと、要らぬ興味を持たれかねない。

 今回、魔法はほぼ使えないと考えた方がいい。


 そうなると、アリューシャに出来る事がなくなってしまうのだ。

 もちろんカロンとの戦いを見ても判る通り、彼女だって一人前に戦える。だが、それは最後の手段としておきたい。


「うーん、ドロップ装備は使用不可。もちろんオートキャスト装備も使えない」

「まほー、つかっちゃだめ?」

「うん、怪しまれるからね。でも念のため、これは付けておいて」


 そういってアリューシャの頭に、髪留めを付ける。

 ブリューナクがあるので出番は少ないが、これには最低レベルの【ヒール】が使用できる付与が施してある。

 しょせん髪留め一個分の重量しかなかったため、倉庫に仕舞わずにいた装備だ。こんなところで出番があるとは思わなかった。


「これでアリューシャも低レベルの【ヒール】が使えるけど、人前では使っちゃダメだよ? もう本当に、最後の最後の奥の手なんだから」

「わかった!」


 そう言いながらもアリューシャは【ヒール】をボクに連発して掛ける。

 初めて使う魔法が嬉しいのだろう。

 結局オートキャストが発動する武器は使用できないため、ボクの武器は攻撃速度を加速させるストームブレイドという事になった。

 ブリューナクは【フォーススラッシュ】がオートキャストされてしまうため、使用できない。

 こうなると、回復魔法がアリューシャに渡した髪留めだけになってしまうので、不安ではあるがしかたない。

 自動回復機能を持つアクセサリーもあるが、それもドロップ効果を持つ付与がされているので、使用不可。


「回復は自力のみか、少し不安かな?」

「わたしが……あ、ダメなのかぁ」


 【ヒール】を使いたくて仕方ないアリューシャの頭を撫でて、クスッと微笑む。


「周りに人がいないならお願いね。それにどうしようもないほど追い詰められた時とか」

「うん、まかせて!」


 結局、背負子に乗せなければならない程パンパンに荷物を詰め込む羽目になってしまった。

 なるほど、インベントリーがないと、旅って大変なんだな……


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