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ゲームキャラで異世界転生して、大草原ではじめるスローライフ  作者: 鏑木ハルカ
本編 ゲームキャラで異世界転生して、大草原ではじめるスローライフ
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第三十八話 トイレ騒動

なかなか進展がありませんが、今回までご容赦ください。

出かける前にやっておかないと、溢れると深刻ですので!

 その日は朝から来客があった。

 客の正体は新しく出来た宿屋の主人、トーラスさんだ。

 現在は食堂も兼務していて、冒険者達の食と住をがっちりと掴んだ村の実力者である。

 見た目は若く、少しふっくらしているが好青年の範疇だろう。まだ二十歳そこそこのなのに、料理の腕はかなりの物で、ボクの作った料理とは比べ物にならない。

 ただボクが料理する時はアリューシャが補佐に付くので、それ目当ての冒険者達も多く『味のトーラス、萌えのユミル』と不本意な比較をされて、早くも冒険者達に論争が巻き起こっている。


 とにかく、トーラスさんは新参だというのに、その影響力は計り知れない物があるのだ。


 そんな人物を迎え入れるという事で、ボクも少しだけしっかりと服装を整え、歓待をしている。

 今日は膝丈のスカートにレモン色のブラウス、それを若草色のベルトで固定して少しお洒落している。

 自宅でまで魔道騎士の衣装を着込みたくはない。あれはあれで可愛いけど、少し堅苦しい。


「朝早くからすみません。少し宿で困った事が起きまして……」

「いや、朝早いのは別にいいですが、困り事なら組合の方がいいんじゃないですか?」


 モラクスのミルクにスーリの実を一粒落とし、ほんの少し砂糖を混ぜてアリューシャとトーラスさんに差し出す。

 砂糖は迷宮ではまだ確保できておらず、貿易でのみ手に入る貴重品だ。

 アリューシャはさっそくスプーンで実を潰し、イチゴミルクにしている。

 それを見てトーラスさんも同じように実を潰して一口啜る。


「ほう……こういう飲み方もあるのですね」

「ミルクに何かを混ぜるとか、普通にあるじゃないですか」

「あります。ですが、それを客自らの手でやるというのが斬新ですよ。普通、料理は完成品を提示するのが常ですので。それにこれは、実の潰し具合で濃さを調整できると言う利点も……」

「いや、それで御用の旨を――」

「あっ、すみません!」


 イチゴミルクの作成法に関してなんだか論評を始めたトーラスさんを、軌道修正で元の話題に戻す。

 この人もワーカホリックか……


「実は僕の宿で少し困った事が発生しまして、最初は組合に持って行ったのですが、ヒルさんがこちらで話をしたほうがいいと――」

「ヒルさんが? またなんか厄介事押し付ける気なのかなぁ……それで困り事って何でしょう?」

「はい、実はトイレのことなんです」


 この村では、排泄物の処理に二層に居るアシッドスライムを使用している。

 アシッドスライムは非常に強い酸を体内に含み、金やガラス以外のものはほとんど溶かしてしまうと言っていい。

 トイレはこの体質を利用して、穴を掘り穴の表面がガラス質に変質するまで焼き、そこにスライムを放り込み蓋をする事でできている。

 このトイレは、上水道も下水道も存在しないこの村において、非常に有益なシステムと言える。

 これが無いと、住民たちは排泄物の処理に苦慮することになるからだ。


 そしてスライム達も定期的に補充される餌(排泄物やゴミ)に満足しているのか、特に逃げ出そうという素振りは見せていない。

 いや、そもそもそういう知性があるのかどうかも不明ではあるのだけど。


 とにかく、スライム達は排泄物を喰らい、成長する。

 それだけではない。野菜くずや木屑を始めとした、生活ゴミだって処理してくれるのだ。

 燃料不要でゴミ処理まで行えるスライムトイレ、マジ万能。

 そして、餌を与えると増えるのも、また必然である。

 しかし、ここは草原の真っ只中だ。ある程度の湿度は存在するが、やはり水分豊富なスライムは乾燥していく。


 喰らって増え、乾燥して縮む。


 雨の少ないこの草原で、スライム達はそんな周期を刻みながら日々を過ごす。

 この一年、そういうサイクルを繰り返しながら、スライム達も生活していたのだ。

 ところがこのバランスが崩れる事件が起きた。


 宿屋の完成である。


 宿屋には一応大勢の宿泊客が集まることを前提に、トイレは二つ作ってあった。数の必要性はもちろん、男性用と女性用に分ける意味もあったからだ。

 だが事はそれでは済まなかったのだ。


 つまり――餌の供給過剰である。


「スライムが大増殖して溢れそうだ、と?」

「はい。宿屋というだけあって僕の宿には大勢の冒険者が宿泊しています。さすがに村の全てとはいきませんが、それでも三十人はいるでしょう」


 パーティにして六パーティ分。この村の全冒険者が十五パーティくらいなので、およそ四割を宿で養ってもらっているのだ。

 そしてそれは、三十人分の餌がスライムに与えられる事でもある。


「従業員を含めると三十人以上、食堂で宿泊客以外の分も合わせると――おそらくはもっと」

「今までの感触だとバランスが取れていたのは、五から十人程度ですね。なるほど、溢れるはずですね」


 ヒルさんがこちらに仕事を回してきた理由が、なんとなく理解できた。

 組合でこの問題を引き受けるとなると、対処は実に簡単だ。

 増えたのなら減らせばいい。つまりスライム退治すれば簡単に事は収まる。

 だが、ここまで働いてくれたスライムをあっさり切り捨てるのは、彼としても心苦しい所があったのだろう。

 ここに長く住んでいる者なら、そのありがたさは身を持って理解している。

 増えたから減らす、そう割り切るのは微妙に引っかかる所があったのかも知れない。


「それでボクのところへ、ね……」


 元々スライムトイレを考案したのはボクである。

 それに、意外なヒューマニズム(?)を発揮したヒルさんの期待に応えておいても悪くはあるまい。


「うーん、とはいえ……増えた分を迷宮に戻すとか……」

「それ、間接的に処分するのと変わりませんよね」

「まーねぇ」


 迷宮内で出会うアシッドスライムは、本来危険極まりないモンスターである。

 冒険者としても、出会ったら即退治しないと危険なので、結局は処分するのと変わりが無い。

 まぁ、モンスター相手に労に報いるという考えを持つのが間違いなのかも知れないけど……そこはそれ、あらゆる物に愛着と萌えを発見する日本人ですから。


「うーん、新しい小屋に株分け? するのはもちろんとして、それでも賄いきれない位増えているのなら……あ、そうだ!」

「ゆーね、なにか思いついた? スラちゃんもう大丈夫?」

「いやなに、その『スラちゃん』って……」

「スライムだからスラちゃん!」


 いや排泄物処理のモンスターをペットみたいに……いいけどね、別に。

 でも、こういう問題を提示されると、二人しか住んでいないボクの小屋のスライムは、実は栄養環境悪いかも知れないな。

 

「それはともかく、要はトイレから溢れるのが問題なのであって、適量を残して他所に移せばいいんですよね」

「それはそうなんですけど……やはり迷宮に戻すので?」

「いえ、新しい就職先を斡旋しましょう」


 そういってトーラスさんと一緒に出かけることにした。

 向かう先は、アルドさんの所である。




 最近のアルドさんは村を囲う柵作りで忙しい。

 この村は、拠点的重要性に比べ、防備が甚だしく薄い。

 軍に対しては組合が睨みを利かせてくれているので心配は無いだろうが、そういうのを斟酌(しんしゃく)しない連中というのはどこにでも存在する。

 はっきり言うと、野盗やモンスターたちの事である。


 元々が無法の輩なので、組合の睨み等は考慮の埒外だ。

 木材、羽毛、毛皮、食料という資材を大量に産出するこの村を狙う連中が出てきてもおかしくない。

 しかも最近では金属や水晶、蛍石という資源まで発見されている。こちらはボクしか取りにいけないけど。

 とにかく、この村との交易路は正直言って儲かる。隊商を襲えば、かなり懐が潤うことは間違いが無い。

 そろそろ、その交易路を狙う野盗や、集まる人を狙うモンスターが出て来る頃合かも知れない。


 そしてその大元であるこの村の現状は、まさに無防備宣言都市である。

 村を守る柵すらなく、木製の小屋が立ち並んでいる。

 焼き討ちとかされたら、それはもう景気よく燃える事だろう。周囲も背の高い草原だし。

 そして火を消すための水源は、共用井戸一つしかない。


 そんな訳で、最近組合の依頼でアルドさん達は防御用の柵の建築を始めていたのだ。


「で、そのスライムをどうするってんだ?」

「堀を掘りましょう。そこに流せば殺傷力抜群です」

「お前さん、凶悪なこと考えるなぁ」


 そもそも堀というのは、侵攻者の足を止めるのが目的のため、スライムを堀に放流するというのは過剰とも言える。

 しかし堀を形成する上で必須となる水が、この村には少ない。なので代わりにスライムを放り込んでおこうと思ったのだ。

 別に堀を満たすほどスライムを放てと言っている訳ではない。

 堀の中にスライムがいるという事実だけで、堀に入るのを躊躇うだろうという、心理的なプレッシャーを与える事が出来る。

 それに堀には水が無いため、スライムが無闇に増殖する恐れも無い。

 雨が降ると量は増えるだろうが、この半年の様子だと、溢れさえしなければやがて干からびて元に戻るだろう。


 アシッドスライムというのは、水分がなくなるとドンドン干からびていき、やがて小さなビー球のような核を残して蒸発してしまう。

 だが、この核が無事な限り、餌や水分を与えると再生し再び獲物を襲うようになるのだ。


 日頃は何の変哲も無いただの空堀。

 だが一歩足を踏み入れると、スライムたちが纏わり付き襲い掛かる。

 そんな防御施設がボクの脳裏には浮かんでいた。


「まぁいいだろう。ここも水が豊富って訳じゃねぇしな。落ちると危ねぇけど、抑止力にはもってこいか」

「でしょ、でしょ!」

「スラちゃんのおひっこしー!」


 アリューシャと二人で興奮気味にぴょんぴょん跳ねて、アルドさんに主張する。

 なんだかこっちを見る周囲の視線が蕩けてる気がしたので、ボクは慌てて咳払いをして居住まいを整えた。どうにも最近アリューシャの言動に影響されている気がする。それもこれも、この子の仕草が可愛いからだ。


「コホン、そういう訳で堀にスライムを移住させてもいいですか?」

「まぁ、あいつらには世話になってるからな。害が無いってんなら別に構わんよ」

「やった」

「ただし! 堀を掘るのはやっといてやるから、運ぶのはお前らがやれよ?」


 そう言われて少し青ざめる。

 そう言えばスライムが溶かさないガラス瓶は、数が少ない。

 あれを一本一本瓶に詰めて運ぶとなると、かなりの労働になるだろう。しかもトイレである。


「うぐぅ……判りましたよ。やります」


 まぁ、元はと言えばボクの設計ミスである。

 宿のトイレをいつもの調子で作ったせいで発生した問題なのだから、ボクが始末を付けねばなるまい。




 アルドさんからリヤカーを借り、ありったけの空き瓶を積んで宿を訪れる。

 更に竿状の木材の先端に瓶を取り付ける紐を設置して、空き瓶を固定する。

 これでスライムを掬い上げ、台車に乗せる作業を延々と繰り返す羽目になった。

 スライムは排泄物を完全に消化して自身の質量に変換してしまうため、排泄物特有の臭いというものはかなり少ない。

 しかし、それでもトイレはトイレ。

 清潔とは言いがたいし、篭った臭いはやはり残っている。この村に来て、今までで一番きつい作業だったかも知れない。


「これは後で……芳香剤でも作ろうかな」

「くちゃい」

「ゴメンね、もうちょっと我慢して。終わったら一緒にお風呂に入ろう」

「うん」


 最近は出入りの商人から石鹸の作り方を教えてもらい、足りない材料なんかも譲ってもらってオリジナルの石鹸なんかも製作している。

 リモーネ――レモンの香りの石鹸とか、アリューシャには評判がいい。

 これは風呂上りなんかも身体に匂いが残ってくれて、香水要らずのお気に入りなのだ。

 ボクの石鹸はリモーネ、アリューシャの石鹸はスーリという二人の石鹸を個別に作って、風呂上りの香りを楽しんだりしている。

 作業後の楽しみを励みに、必死になってスライムを掬い取る。

 スライムを掬い取るという作業は錬金反応の様に誤魔化しが効かないので、この日一日はスライムの引越し作業に取られてしまったのである。


 まぁ、役立ってくれたスライム達を処分せずに済んでよかったというべきだろう。つまらない感傷だけど。


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