第三十五話 世界の形
この世界の地理の、大まかな説明回になります。
噴水の小部屋で一夜を明かして翌朝。
夜間のうちに材木を四十本ほど入り口脇に積み上げておく。
数としては少々物足りないかもしれないが、通常建材に使われるものの倍程度の長さがあるので、量としては充分だろう。
これはここに放置しておいて、後で親方に連絡して運んでもらえばいい。
いつもなら朝の弁当販売などの作業があるのだが、最近は組合の女性職員さんに任せっきりの状態だ。
いっそこのまま、組合のサービスの一環に組み込んでもらうのも、悪くないかもしれない。
その間ボクは別の作業を取る時間ができるし……これはヒルさんに相談したほうがいいかな?
村に戻ると早速アルドの親方に報告に向かう。
アルドさんも、朝から金具を叩いて作業していた。どうやら壊れた工具を直しているらしい。
「おはようございます、アルドさん」
「おう、嬢ちゃん。早いな」
「ええ、徹夜でしたからね。材木、迷宮脇に積んでおきました。済みませんが、後はお願いできますか?」
本当は徹夜ではないけど、そういう事にしておこう。
朝が少し弱いアリューシャの目を擦る態度が、そのウソを補強してくれている。
「もうか! 悪いな急かせちまって……こっちは工具の修理がまだだってのに」
「この迷宮は、今の所金属が取れませんからね」
「まだ下の層があるだろ。望みを捨てるのはまだ早ぇよ」
「だといいんですけどね。それじゃ、ボク達はこれで」
「ああ、待て。報酬を払ってねぇ」
報酬? そんな約束はしてないんだけど……
「変な顔すんな。仕事には報酬が付きもんだろう。それにお前さんに支払っておけば、それが前例になる。後続の冒険者の基準にできるんだ」
「ああ、そういう――」
「それで幾つ持ち出した?」
「太さ二十センチ、長さ六、七メートルほどの丸太を四十本程度」
「そりゃ頑張ったなぁ……通常の建材だと一本千五百ギルって所か――四十本だと六万って所だな」
「六万!? ちょっと多くないですか?」
丸太一本千五百って事は……日本円で一万五千円程度。あれ、結構妥当かも?
確か十センチ角、三メートルの木材が二千円程度だから……その程度なのか。
それにしても一晩で六万ギル……少し悪い気がしてきた。
「よ、四万でいいですよ?」
「お前さんの報酬が基準になるって言っただろ。ここで値切ると後の冒険者達がキツくなるんだよ」
「そういうものですか」
確かに丸太はこの先必須の資源なのに、金にならないと知れ渡っては、運営に支障が出る。
ただでさえ運ぶのが面倒なのに儲からないとなると、依頼を請けてくれる冒険者が居なくなってしまう。
「判りました、ではその額で」
「おう、任せろ。それと今回は俺が直接嬢ちゃんに依頼を出したけど、組合経由だと一割ほど引かれるからな。覚えとけよ」
「一割ですか?」
「権利者へ五分、組合の手数料として五分。あわせて一割だ」
「ああ、それで」
確かボクがその五パーセントを受け取れるんだっけ。
「それにな――実は酒の販売で結構儲けてんだ。礼代わりに受け取っとけぃ」
その酒を購入しているのは主にボクである。
これをカクテル風に調合したりして、更に冒険者達に売っているのだ。
こちらは元手が掛からないので、かなりぼろ儲け状態である。
「なんだかアルドさんには足を向けて寝れませんね。今度酌でもしてあげます」
「がははは! そりゃ楽しみだの!」
その後、アルドさんはさすがに現金を持ち合わせていなかったので、カード払いで報酬を受け取る事になった。
この村の切実な問題として、現金の不足というのが出てきている気がする。
その後続けてヒルさんの所へも訪れた。
弁当販売の業務を正式に組合に委譲したかったからだ。
例によって仕切りで区切られたスペースに案内されると、早速本題に入る。
「弁当販売を組合で、ですか?」
「ええ。ここの食糧事情を考えると、冒険者達は放っておくと干し肉とドライフルーツしか口にしない有様になりそうなので」
「それは理解していますが……ユミルさん、結構きついですか?」
「正直言うと。手を広げすぎている状況ですので」
「酒に日常品に、弁当に食堂……確かに、厳しそうですね」
ボクはまだ余力はあるのだが、何かと引っ付いて回るアリューシャの方が限界っぽいのだ。
今日だって、起きたばかりなのに疲れが抜けている風ではない。
彼女はまだ小さいのに、これではいけないだろう。子供はもっと自由な時間を持つべきだ。
「せめて、食堂と弁当は手を離れてくれると助かります」
「食堂の方は、第二陣に宿屋兼食堂を希望している人が来るそうですよ」
「本当ですか!」
現在は宿屋が無いために、組合がコテージを貸し出す形になっている。
だがもちろんコテージ一軒丸ごと借りる訳だから、それなりに割高に値段設定がされている。これでは冒険者達への負担も結構大きい。
そこで宿屋ができるとなると、これはもう冒険者もボクも宿屋も助かるというものだ。
損をするのは組合かも知れないけど。
「まぁ、確かに損は出ますけどね。このままだとコテージの数が足りなくなりますし、そうなる前に宿が出来るのはこちらとしても歓迎ですよ」
「アルドさんも、材木が足りないって騒いでましたからね」
そこでヒルさんは手持ちのファイルを開いてスケジュールを確認した。
指でなぞる様にして、組合員の空き時間をチェックしていく。
「ふむ、次の到着まで……そうですね、一時的に弁当販売と食堂は組合が受け持つという形でいいですか?」
「受け持つというのは?」
「宿屋希望の人が来たら、そちらに譲渡しようかと」
「ああ、それなら別に構いませんよ」
「そうなると食材の買い取りも強化しないといけないですね――色々と物入りになりそうだ」
「あはは、頑張ってください」
話が纏まった所で、ふと脇を見ると、アリューシャがこくりこくりと船を漕ぎ始めていた。
まだ朝だというのにこの有様では、かなり疲れが溜まっているようだ。
「すみません、アリューシャが限界みたいなので、今日はこの辺で――」
「ああ、これは気が付きませんでした。では弁当と食堂は今日からこちらで受け持ちますので」
「はい、お願いします」
一礼してアリューシャを横抱き――お姫様抱っこして組合を後にした。
小屋に戻ってきた頃には、アリューシャは完全に眠りの世界に落ちていた。
そのまま即席ハンモックに寝かせ、枕元にジュース瓶を用意してあげて毛布を掛ける。
今日はボクも一緒にお休みという事にしよう。
徹夜という言い訳もしている事だし、惰眠を貪っていても文句は出ないはずだ。
隣のハンモックに横になり、組合から貰ってきた世界地図に目を通す。
ボク達はこの世界のことをまったく知らない。
だから、せめて地形だけでもと思い、組合の配布物を貰ってきたのだ。
ボク達の居る大陸は、アフリカ大陸のような縦長の逆三角形をしていた。
その縮尺がどれ位なのかは書かれていないが、中央にあるドでかい草原がこの草原の事らしい。歩いて渡れる距離を換算すると、大きさとしても、この大陸はアフリカ大陸に匹敵するのかも知れない。
人の足で歩いて一日およそ三十キロ。草原中央まで二週間。
直径にして四週間分だから……八百キロ四方? アフリカ大陸の南北がおよそ二千キロ。つまり、この草原はサハラ砂漠の四分の一程度の広さを持っている訳だ。
ちなみにサハラ砂漠とアメリカが同じくらいの大きさとも聞いた事がある。
「でっけぇなぁ」
こんな大草原が大陸中央に鎮座している訳だから、東西南北に位置する国や街は、ほぼ断絶状態と言っていい。
それ故に各地方の特産品が、高価な貿易品となりうる。
だからこそ草原を渡ろうという冒険者も出てくるのだ。アーヴィンさんのように。
砂漠と違って草原なので、野草の知識があれば食料には最低限困らない。
ここを渡る上で最大の問題点は――水だ。
この地域は降雨量が少ない割りに、草が生い茂っている。
アルドさんの話によると、草原の地下には網の目のように水脈が走り回っているそうだ。
その水がどこから来ているのかは、未だに謎だそうだが……
「まぁ、迷宮なんて不思議建造物が生えてくる世界だもんな。水がどこからともなく湧いて出てもおかしく無いか」
そもそも安全を考えたら、北から南、西から東と、対極へ直接移動するのはやはり危険だ。
普通は北から東か西を経由し、それから南という風にクッションを置くものらしい。
アーヴィンさんはどういう目的が有ったのかは知らないが、初めて会った時はこの対極への移動に挑戦していたらしいのだ。
彼曰く、『草原が暮らし難いのは危険生物も一緒で、草原中央部はむしろ安全だ』という事らしいけど。
そう言えば、これほどの大草原だというのに、今の所この近辺では草食動物の姿すら見たことがない。
これも迷宮の影響なのかも? 人通りが増えた今後に関しては、保証の限りではないけどね。
「アリューシャが、力の強い迷宮の影響力は外に漏れるって言ってたからなぁ。動物達には、この辺は危険地帯と認識されているのかも」
この大草原直近の街としては、北のマクリーム、東のタルハン、西のブパルス、南のラドタルトがある。
「この街の中央がここになるから……この辺か」
ものの見事に草原の中央付近。
これでは確かに発見は難しかっただろう。
この草原にはオアシスも存在しない。草が馬車の車輪に絡むので、大荷物を運ぶのにも適していない。
それこそ、アーヴィンさんが物好きな冒険心を発揮したからこそ、ボク達と遭遇できたのだ。
もし彼が居なかったら……ボク達は未だに、この大草原でアリューシャと二人っきり。
「冗談じゃない。アリューシャと一緒に居るのは苦にならないけど、二人だけってのは勘弁してくれ」
ハンモックの上で器用にバランスをとって胡坐をかく。
次のページをめくると、各街の風土について書かれていた。
北のマクリームは雪が降るほど寒くなり、逆に南のラドタルトは裸で野宿しても平気なくらい温暖。
東のタルハンは海流がぶつかり合う海岸沿いにあり、海産物が豊富。
西のブパルスは……ここには未踏派の迷宮が現役で存在すると言う話だ。アーヴィンさんの目当てはこれだったのだろう。
「他の迷宮かぁ。ちょっと興味はあるよな」
ここの迷宮はかなり高難度だと言う話だ。
実際ベヒモスのような化け物が出てくるくらいなのだから、その難易度は底が知れない。
ボクとしては引越しも視野に入れているため、他の町というのも興味の対象になる。
「アリューシャと一緒に暮らすなら……北はないかな? 寒いし。あ、でも子供は雪とか好きなんだよなぁ」
アリューシャと一緒に雪合戦したり、雪ダルマを作ってる光景を夢想して、にへりと表情が緩む。
もこもこに膨らんだ、冬衣装のアリューシャも可愛いだろうな。
「でも東の海沿いも悪くないよなぁ。水着とか着れそうだし」
もちろんアリューシャはカワイイだろうけど、ボクも水着を着るとなると……楽しみなような不安なような。
それにタルハンはヒルさんの出身地でもある。コネとか色々使えるだろう。
西の迷宮をアリューシャと一緒に冒険するのも悪くないし、南の町でキャンプとかするのも面白そうだ。
ヤージュさん達はすでに三層の入り口まで到達している。
冒険者達が自給自足できるようになる日も、そう遠くないだろう。
第二陣には宿屋と料理人が来るというし、村としての体裁も整いつつある。
チャージバードのクッションや、シャドウウルフの革、パワーベアの毛皮といった特産品も、周知されつつある。
冒険者達がそれらを狩ってこれるようになれば、それはボクの収入にも繋がる訳で……
「夢が広がるなぁ」
ぐへへ、とだらしない顔でほくそ笑んでいると、誰かが声を掛けてきた。
「あ、ここだったんですね、ユミルさん!」
「んぁ、カロン?」
ハンモックを回りこみ、ボクの正面へやってくる少年。
「よかった、昨夜は泊り込んで仕事するって言ってたから心配して――」
そこで彼は言葉を止める。
その視線は胡坐をかいたボクの股間へ――もちろん、ミニスカートな魔導騎士の衣装だと、そこは丸見えな訳で……
「こ、この……またか、キサマァ!」
「うわぁ、ごめんなさい! ごめんなさぁい!?」
ボクは手に持った世界地図を思いっきり彼に向かって投げつけたのだった。
コイツはいつかシメる……そう心に誓って。
カロンについては、もう少しだけ我慢してください。