第三十四話 運搬業務
カロン君の被害を避けるために、ヤージュさん達とそそくさと別れて三層へ到着。
いや、彼の人柄に関しては別に嫌いでもなんでもないんだし、懐いてくれる分には全然問題は無いんだけど……
あの体質の被害を何度も受けるのは、さすがに遠慮したい。
それにアリューシャもなんだかオマセな目線でこっち見てるし。
「ゆーね、お話してあげればよかったのに」
「遠慮します。彼は嫌いじゃないけど、彼の特性に巻き込まれるのは御免被る」
「えー、せっかくお話みたいな『ろまんす』が見れると思ったのにぃ」
「このオマセさんめ! そういうのはアリューシャが大きくなった時に、当事者としてやってね」
「わたしはゆーねがいるもん。それに村に子どもとか居ないし」
そう言うアリューシャは少しだけ寂しそうに見えた。
やはり、同年代の子供と遊ぶという体験はしておいた方がいいよなぁ。
そうなるとこの村で……は、無理か。やはり町に引越しを考えなきゃならないかな?
「ヒルさんに言って、タルハンで暮らしてみるのも――いいかも知れないね」
「え、ゆーねどっか行っちゃうの?」
「アリューシャと一緒にお引越しもしないといけないかなって」
「ここ離れちゃうの、なんだか寂しい」
彼女にとっては、ここは封印されてた場所であると同時に、記憶の始まる場所……すなわち故郷でもある。
そこを後にするというのは、やはり寂しい思いがあるのだろう。
「今はまだ無理だよ。冒険者さん達も深くに潜れないし、村だって体裁を成してないし。もう少し、みんなが安定して暮らせるようになったらね」
「そっか、まだ先なんだ」
「そもそも、アリューシャのスタミナで草原を越えられないでしょ」
「そこはゆーねが背負ってくれればいいんだもん」
まぁ、そのために背負子を作ったんだけどね。
アリューシャの身体能力は成人男性と同等程度で、一部はるかに上回ったものもある。
だけどスタミナはやはり子供相応の物しか持っていないのだ。
三層を通り抜け、四層を泳ぎきり、五層に到着する頃には、もうヘロヘロになっている。
そこでボクは、ある疑問点に気が付いた。
「あれ? ボクは疲労しないのに、アリューシャは疲労するんだ?」
「ゆーね……にんげんって、ふつー疲れるものよ?」
呆れたように口にする彼女。
だが、ボクと同じようにゲームのアバターで転移させられたのなら疲労という物は存在しないはず……
いや、そもそもここまで『幼児』なアバターでプレイできるゲームなんて、ボクは知らない。
最初ボクは、アリューシャを『この世界の子供が迷宮に閉じ込められていた』と思っていた。
次にステータス表示やアイテムインベントリーの機能が使えたことで、ボクと同じように『ゲームのアバターに転移した』と思った。
子供が子供のアバターを使っているのだ、と。
だがよく考えてみると、こんな体格のアバターだとアクションに非常なペナルティを受ける。
それ故にゲームのアバターというのは、ある程度成長させた物を使用することが常だ。
ユミルですら最大限に少女化させたが故に、背負っている大剣が床に届いてしまっているのだから。
「そもそも……アリューシャって、この世界の事、詳しいよね?」
「うん? わたし、けっこう物知りさんだよ」
そう、彼女の知識量が尋常で無いのだ。
食べれる野草の種類、獲物の捌き方、モンスターの特徴まで知っていた。
それはこの世界に住んでいる者でないと、知らない知識のはずだ。
「アリューシャって、この世界のゲームやってたのかな?」
「わかんない、おぼえてない」
彼女のステータスに表示されている種族名、女神(封印中)。
ひょっとすると、彼女は本当にこの世界の神様なのかもしれない?
この世界の神様だから、世事に疎くて、知識が豊富だったのか……それなら辻褄も合って……るのかな?
そもそもそんな存在なら、何で迷宮に閉じ込められて……
「ああ、もう。判んない事は考えるのヤメ!」
大体、彼女の正体を探るなんてバカバカしいにも程がある。
そういうのはアレだ――ネットで相手のリアルを探ろうとするのと同じくらい、マナー違反なのかも知れないじゃないか。
ボクは頭を一振りして、木の伐採に取り掛かることにした。
ズバン! と音を立てて、地面を踏みしめる。
振り抜いた剣がまるで雑草を刈るかの様に樹木を切り裂き、音を立てて木が倒れる。
三層の森は、高さが揃って十メートル程度にしか伸びていないので、長さを揃える必要がなくていい。
軽く枝打ちをし、葉を落としてからロープで纏める。先端の細い部分などを斬り落としたので、一本当たりの長さは七メートルほどになったか。
太さも二十センチ程度はあるので、小屋に使うには問題ない大きさのはず。
そうして五本程度を纏めておいて、台車に乗せる。残った三十本はアイテムインベントリーにしまっておく。
これは夜、人目が無い時に迷宮の脇にでも積み上げればいいだろう。
「という訳で、今日は迷宮にお泊りね」
「えー、おうちに戻らなくていいの?」
「大丈夫だ、問題ない。食堂に関しては組合の職員さんにお願いしておいたのだ!」
食材はすでに食堂内に運び込んである。
これで『適当に料理をお願いします』と言っておいたので、受付をやってるお姉さん辺りがキチンと処理してくれるだろう。
これもいつか、本当の料理人が来てくれれば、喜んで食堂を明け渡すんだけどなぁ。
「とりあえずこの台車を地上まで持って行って、荷物を置いたら、噴水から六層の泉でキャンプだね」
六層への転移は、ベヒモスを倒した経験がないと利用できないようだった。
なので現状、六層の安全地帯を利用できるのはボク達だけだ。
人目を避けてこっそり夜を明かすには丁度いい場所と言える。
インベントリーの材木は、夜に人がなくなってから積み上げに行けばいい。
そうすることで、『徹夜で材木集めました』という体裁が整うだろう。
「じゃ、アリューシャはこの木の上に乗って周囲を警戒してね。ボクは台車を引いて地上まで運ぶから」
「わかったー」
「台車のせいでボクは周囲がよく見れないから、代わりにアリューシャが見張っててよ」
「まかせて。わたしの視力はとってもいいんだから!」
現在冒険者達は二層まで攻略している。三層に足を運ぶものも少数居るが、効率を出せるレベルの者はまだ居ないらしい。
だからボクが台車を引いている姿は、結構あちこちで目撃される事になる。
これで既成事実も完璧だ。問題があるとすれば――
「階段の事、すっかり忘れてた」
三層から二層へ向かう階段。そして、二層から一層へ向かう階段。
長さ十メートルを超える階段は、通路と同じく横幅が広い。だから通り抜けるのは問題無いのだ。
「問題はどうやって持ち上げるか、だよね」
「ゆーねの馬鹿力で何とかできない?」
「そりゃもちろん出来るけど……そこまで行くと、さすがに見られちゃ問題あるレベルじゃないかな?」
ボクが人類の限界に迫る腕力を持っているのは、他の人達がここへ来た時から知られていた。
だけど今のボクは、成長の結果、その限界を遥かにぶっちぎっている。
材木ごと台車を持ち上げるとか、能力的には余裕なんだけど、それを見られるのはやはりマズい気がするのだ。
「仕方ないね。面倒だけど、一本ずつ持ち上げに掛かろう。それくらいならおかしく思われないでしょ」
「めんどーだなぁ」
「ボクの真似すんなぁ」
木の比重は水より少しだけ軽いと思うので、個別に持ち上げるなら問題ないはずだ。
台車に一本ずつ繋いで、慎重にゴリゴリと引き上げに掛かる。
直接ロープなどで持ち上げて行く手もあるが、それだと表面に大きな傷が付いてしまう。
もちろん木の皮などは後で削り取られるだろうが、木材が割れてしまっては台無しだ。
ここは面倒でも、台車を使って運搬する事にしよう。
木材は一本当たり二百キロ近い重さがある。
台車を使ってもかなりの重さがあり、普通の人だと運搬だけでも力尽きてしまうだろう。
そう考えると、この台車……一トンを超える重さを運んでいたのか。アルドさん、頑丈なのを回してくれたみたいだ。
ゴリゴリと二往復したところで、不意にアリューシャが声を上げた。
「あ、おじさん、こんにちは!」
「お、おじ――いや、いいけどよ。こんにちは、お嬢ちゃん」
背後を見やると、ヤージュさん達が階段まで来ていた。
もちろん全員揃っている。怪我をしている様子もない。
ここまで安定して足を運べるなんて、やはり優秀な冒険者なんだな。
「こんにちは。今日は三層に降りるんですか?」
「いや、俺達はここまでだよ。三層になると更に敵が強くなるって聞いたしな」
「一層と二層ではあまり変わりませんけどね」
「その代わりトラップが増えてるけどなぁ」
敵の強さで言うなら、一層より二層の方が対処しやすいくらいだ。エルダートレントもアシッドスライムも、動きはそれほど早くない。
ただ二層には落とし穴を始めとした、罠が散見されるようになる。
この罠に気を使いながら戦うというのが、なかなかに難しい。
敵は弱くなったが迷宮の難易度は上がっている。それが一層と二層の違いと言える。
「ユミル達は木材の運搬か?」
「ええ、でも階段が難所ですね」
「よし、じゃあ手伝ってやるよ」
「ええっ、いいんですか?」
「構わん。どうせ今日の探索はここまでだ、丁度いい肉体練成になるだろう。それにこの間の借りも返さないといけないしな」
そんなの全然気にしてないのに。律儀な人だ。
ヤージュさんの掛け声でパーティの人たちが総出で材木を運び出してくれる。
「ぐおっ、なんだこれ――意外と重い!?」
「二百キロくらいありますよね」
「それを五本も運んでるのか……?」
「アルドさんの台車のおかげですよ」
自動車だってギアが入ってなければ、人一人で押せるのだ。台車があれば不可能では無いだろう。
まぁ、未成年っぽい少女の出せる力でないのは確かだが。
「ユミルさんが運んでたんだ――僕だってぇ!」
「やめとけ、坊主。おとなしく二人掛かりで運べ」
「ぐあぁぁぁ、腰がぁぁぁ!?」
カロン君が無茶をやらかした挙句、見事に轟沈していた。
ぎっくり腰になり、自分の腰にヒールしている姿は、なんと言うか……哀れの一言だ。
「こんな所で無理しなくても……」
「い、いえ……ですがまだ一層への階段があります。次こそはキチンと運んで見せますから!」
リタイヤしたカロン君を、な・ぜ・か、ボクが膝枕している。
アリューシャが強硬に『ふしょーした少年を介抱するのは乙女のやくめなの!』と主張したせいだ。
不幸にしてヤージュさんのパーティには女性は居ないため、その役はボクが引き受けることになってしまった。
「それにしても……乙女というなら、アリューシャだってそうじゃないか」
「わたしだと、ヒザが小さすぎて頭が乗らないんだもん」
「なんでボクがこんな……」
「お兄ちゃん、ゆーねのヒザ、きもちいーでしょ?」
「え、あぅあ!? それは――」
「なに聞いてるの!」
怒ってる、とばかりに拳を振りかぶってやると、アリューシャはキャーキャー言って逃げ出した。
あからさまにボクをネタにしてからかっている。まぁ、楽しそうだからいいけどさ。
四人掛かりで運搬したおかげで、あっという間に上層に持ち上げる事ができた。
再び纏めた材木の上には、アリューシャと一緒にカロン君を乗せておく。
「いい、カロン君。なにがあってもアリューシャを守るんだよ?」
「任せてください。こう見えても守りは得意です」
「それと、変なことしちゃ絶対ダメだからね!」
「こんな子供に何するって言うんですか……」
「甘い、アリューシャのプニプニは人をダメにするレベルなんだよ」
あの至高のほっぺの感触は、男性諸氏は未経験のはずだ。
ここで釘を刺しておかないと、このフラグメーカーは何やらかすか判らない。
アドリアンさんが先行して安全を確認し、わたしとリビさんで台車を引き、ヤージュさんが後ろから押してくれる。
この組み合わせで、随分楽に迷宮から運び出す事ができた。
そのままヤージュさんと別れ、噴水の小部屋へと向かう。
彼等はボク達を心配してくれたが、無理しないと言う言葉を信用して、村へと戻っていった。
インベントリーを使わない冒険者は、これだけ大変なんだなと再確認しつつ、キャンプのために小部屋に向かうのだった。
カロンはもう少しだけ、いい目を見れます。