第三十三話 普通の冒険者のように
そろそろ食堂のやりくりも、ボク達でこなすのは辛くなってきた。
そんな事を思いながら、お弁当販売を行っていると、アルド親方がひょっこり食堂の販売所までやってきた。
「あれ? 親方もお弁当いるんですか?」
ドワーフが主体の建築担当は芋饅頭程度では腹が膨れないらしい。
いつもは大量のベーコンを買い込み、それを芋と炒める漢らしい料理で朝昼と自炊している。
なので弁当を買いに来る事はほとんど無いのだ。
「いや、今日はお嬢に用事があってな」
「ボクに?」
「ゆーねに?」
まぁ、大体予想は付く。
アルドさんが直接ボクの所に来る時は、素材不足の時がほとんどだ。
粘土が切れたか、それとも――
「実は、材木が足りんようになってきてな」
「ああ、そういえば……」
一ヶ月前、アルドさんたち第一陣が到着する前に、ボクは大量の材木を草原に放置しておいた。
それはもう、軽く百に届こうかと言う量だ。
だがこの一ヶ月、冒険者達が宿泊するコテージ作りにアルドさんが奔走した結果、それを使い尽くしたという所だろう。
ボクとしても、人目がある以上インベントリーを使う訳には行かない。
それはつまり丸太の補充するには、直接迷宮から手で持ち出す所を見せる必要があると言う事でもある。
もちろんそんなのは面倒なので、最近丸太の補充はやっていなかったのだ。
「あれ、面倒なんですよね」
「済まんな。取りに行ければいいんじゃが……」
「今、冒険者達のトップは二層に降りたとこら辺ですよね? じゃあ、三層の木材の補充は難しいですね」
「薪なら何とかなるんじゃがな」
人間の生活に必要不可欠な薪。
これは二層のエルダートレントが大量にばら撒いてくれる。
ギルドも、この薪の買い取りはそこそこやってくれているので、村に薪が切れることはない。
「建築用となると、そうも行きませんしね」
「そもそも冒険者にコテージを提供する事自体、無駄が多いんじゃがな」
「一応ギルド預かりでレンタル料取ってるみたいですけど、ここに宿屋とかありませんしねぇ」
「お嬢、宿屋やらんか?」
「無茶言わないでください」
ただでさえ、弁当屋、アイテム屋、食堂に冒険者を兼任して忙しいのだ。
この上宿屋なんて出来るはずもない。
そもそも宿屋をするとなると、宿に付きっ切りになってしまうため、素材の回収が出来なくなるじゃないか。
今ボクが冒険者をやめると、ミルクに果物、牛肉、材木、塩、魚というライフラインが全て絶たれてしまう。
もちろん貿易で多少は成り立つだろうが……高騰は免れないだろう。
「それもそうか。ままならんモンじゃな」
「ヒルさんも、その辺は考えてくれていると思うんですけどねぇ」
移住希望者を募っているとは言っていた。
店を持ちたい料理人や商人なんかは結構居るという話だったので、もう少ししたらボクもお役御免になるはずだ。
冒険者達だって、三層に到達できれば果物や材木を持って帰れるようになる。
それまでの我慢と言い聞かせながら日々を過ごしている。
それに今、ボクにはお金が必要なのだ。
ここから産出される資源の五パーセントが支給されているとはいえ、冒険者の少ない今ではその支給額は微々たる物だ。
それではここから引越し、アリューシャを学校に通わせ、町に家を構えるという野望には届かない。
思うに、アリューシャにはボク以外にも同年代の友達が必要なのだ。
それに教育も必要だし、何より普通の女性を目にして、その所作を覚えて欲しい。
ここにも女性は居るのだが、あくまで女性冒険者ばかりなので、やはりどこかガサツなポイントが見受けられる。
ルディスさんはその点お淑やかで理想的ではあるのだが……お手本は多い方がいい。
アリューシャには、町の女性の女らしさを見て学んで欲しいと思っている。
彼女にとって、もっとも身近な女性がボクなので、アリューシャの所作はとても……少年っぽい。
もちろんアリューシャはとても可愛いのだが、それはあくまで子供としての愛らしさであって、女性としてのそれでは無いのだ。
このままボクを見て成長したら、非常に無防備なボクっ子になってしまいかねない。
ボクは今、それを非常に危惧している。
「まぁ、ここに来て一ヶ月じゃ。そろそろ第二陣も来るじゃろ」
「そうですね。なら、新しい小屋はコテージじゃなく宿屋目的で作ってはどうです?」
「どっちみち材木が足らんわい」
「そーですねー。木材を持ってくるとしても、一気に大量に運べる訳じゃないですし……」
「なら、運搬用の大八車を貸してやろうか?」
「あ、いいんですか?」
運搬道具はアルドさんにとっても大事な仕事道具だ。
それをモンスターと頻繁に戦闘をするボク達冒険者に貸し出すというのは、かなりリスクが高いはずじゃ……?
「構わん。こっちが頼み込んだ事じゃしな」
「判りました、それじゃ今日は材木集めに行ってきます」
こうして今日の目的地は三層という事に決まった。
アルドさんに借り受けた大八車は、二つの部位に分裂しているという構造をしていた。
片方を材木の終端に取り付け、片方を反対側に結び付けて引っ張る、そんな構造をしている。
とりあえずアリューシャと一緒にその台車を迷宮入り口まで持っていく。
すでに朝一番の出発時間は過ぎているために、周囲に人目はない。それを確認してから、アイテムインベントリーに台車を格納しておいた。
「むむ……」
「どーしたの?」
「いや、この台車重いなぁって」
基本的にミッドガルズ・オンラインに無いアイテムは重量一で格納できるものと思っていたが、この台車は一つで百も重量が有った。
ユミルの筋力的にはそれほど苦になる重さではないけど……法則がよくわからない。
「まぁいっか。これで動きが制限される事は無くなったし。アリューシャも、ここから先は気をつけてね?」
「うん」
アリューシャには手にスティックと松明を持たせておく。
松明を持たせたのは、聖火王の冠をつけていた場合、その貴重さに目を付けられてしまう可能性が有ったからだ。
頭に被っているだけで周囲を照らすアイテムというのは、それだけでも充分ありがたい。
それゆえに悪い感情が沸かないとも限らない。
アリューシャもせっかくインベントリーを使えるようになったのだから、活用させてもらう事にする。戦闘になったら取り出して被ってもらえばいい。
彼女のインベントリーはボクのより展開が速いので、こういう小細工には向いている。
「それじゃ行くよ。いつもより暗いから、周囲には充分気をつけて」
「わかった」
今日のボクの武器はいつものクニツナではなく、攻撃速度を重視したストームブレイドという両手剣だ。
これは手数を増やして、他の部位に装備したオートキャスト装備を有効に活用するために持ってきていた。
さすがにオートキャスト装備は目立つので着けていないが、この武器の攻撃速度増加性能は他の追随を許さない。
これを装備するだけでユミルは攻撃速度の限界値を達成できるのだ。
その速度、実に秒間十回の攻撃を発生させる。
まさに目にも止まらぬ、嵐のような斬撃を繰り出せる。
攻撃力はかなり劣るが、この手数なら充分に押し切れるはずだ。
一層をしばらく進むと、前方から剣戟の音が聞こえてきた。
どうやら他のパーティが戦闘をしているようだ。
階段があるのはその先なので、戦闘が終わるまで様子を見ることにする。
少し先の通路で、四人程度のパーティがシャドウウルフと戦闘を行っていた。
「アリューシャ、邪魔にならないようにしようね」
「うん、だいじょうぶかな?」
「ん? まぁ大丈夫じゃないかな。結構余裕有りそうだし」
まだ距離はそこそこあるが、陣形が乱れている訳でも、倒れている人がいる訳でもない。
順調に敵を抑え、討伐しているように見える。
ふと後ろでチョロチョロ回復魔法を飛ばしている影が目に付いた。
「あ、あれ……」
「んぅ?」
「いや、なんでもない。うん」
「あ、昨日のおにいちゃんだ!」
そのアリューシャの声に、影が反応した。
ああ、気付かなくてもいいのに!
「あ、まさか……ユミルさん!?」
「おい、カロン! よそ見するんじゃない、まだ戦闘中だ!」
「は、はい、すみません!」
やはりアイツか。面倒な事になる前にすり抜けよう。
戦闘はそのまま順調に推移し、シャドウウルフたちは程なく討伐される。
その戦闘終了と同時に、カロンはこちらに向かって駆け出してきた。来るな。
「ユミルさん、どうしてここに!」
「いや、そりゃ冒険者だもん。地下にも潜るよ」
「あなたの様な女性がこんな……いえ、あなたなら大丈夫でしたね」
「そういう訳。出来れば先に進みたいんだけど? それに戦後処理がまだ終わってないでしょ」
彼の向こうからヤージュさんが溜息混じりに声を掛けてきた。
「そのお嬢さんの言う通りだ。冒険者は敵を倒し、その戦利品を剥ぎ終え、周囲の安全を確認して初めて戦闘終了だ。それもせず女の元に駆け出すとは何事だ」
「す、すみません。すぐやります」
リーダーであるヤージュさんに叱られ、慌ててシャドウウルフの毛皮を剥ぎに掛かる。
さすがに狼の肉はクセが強いので組合も買い取りはしていない。
だが丈夫な毛皮は外套として需要が高く、牙も装飾品に使用できるという事でそれなりの値が付いている。
ヒルさんの話では、シャドウウルフがこれほど大量に沸く迷宮も珍しいので、ちょっとした特産品になっているそうだ。
「ユミルちゃん、だったか」
「はい。ちゃん付けで呼ばれるのは、こそばゆいですね」
「じゃあ……済まんが呼び捨てで構わないかな?」
「ええ、ボクとしてもそっちの方が落ち着きます」
にこやかな態度でヤージュさんが話しかける。
彫りが深い顔立ちはきわめて野生的で、まるで鑿で粗く削りだしたようにすら見える。
「一昨日は済まなかったな。ろくな礼もできずに。些少だがこれはあの日の報酬の一部だ。金で片付けようとするのは失礼かも知れんが、他に渡せるものがなくてな」
「いいですよ。謝礼目的で助けた訳じゃないですし。それにボクとしては、そのお金でみんなが強くなって、先に進んでくれるほうがありがたいです」
「そうは言っても……」
「むしろ進んでください。でないとまた、今みたいに丸太運びで駆り出されるんですから」
彼らが三層まで進出すれば、材木集めの依頼が出せるようになる。
そうなればボクの負担も軽減されるし、その資源のキックバックで懐も潤うのだ。
「ああ、そう言えばキミがここの権利者だったか……そうだな、無理に謝礼を押し付けるより、そっちの方が貢献できるな」
「理解してもらえて重畳です」
「では、俺達も腕を鍛えて先に進まんとな。そのためには……」
「『アレ』を一人前にする必要がありますね」
そういって剥ぎ取りをしているカロンを見やる。
アレが一人前になるまで……先は長そうだ。
「ま、まぁ頑張ってください」
「お、おぅ……」
「それじゃボクは依頼があるのでお先に失礼します」
「ああ、気をつけてな」
「そちらも」
なんだか無駄な時間を過ごしてしまった……先行きに不安を感じながらも下の層に向かうのだった。