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ゲームキャラで異世界転生して、大草原ではじめるスローライフ  作者: 鏑木ハルカ
本編 ゲームキャラで異世界転生して、大草原ではじめるスローライフ
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第三十一話 練習試合

 タロの収穫自体は、午前中に終わらせる事ができた。

 そもそも百二十株しか作付けしてなかったので、それほど手間も掛からない。

 種芋と弁当用に半数を残し、残る半数をアルドさんに提供する事にした。

 三十個の種芋を四等分して百二十株。それがさらに一株辺り五つほどの芋を付けたので、なんと六百ほどの芋になった訳だ。

 倍率なんと二十倍である。異世界スゲェ。


 その後、この現象をギルドに報告しに行く。

 この地での栽培は世界の食糧事情を変革できるレベルだ。

 これをネタに住民の呼び込みを行えば、人手不足も解消できるかも知れない。


「そんな訳で、この辺りの農作業はヤバイです」

「そう言えば確かに、この大草原の雑草が枯れたという話は聞いた事がありませんでしたね。どれだけ旱魃になっても、ここだけは繁っていたそうです」

「この能力を使えば、農民の呼び込みが出来るんじゃないですか?」

「それは……無理だったんです」


 ヒルさんは軽く首を振って提案を却下した。

 いい考えだと思ったのに……なにがいけなかったのだろう?


「これだけの平坦で広大な土地です。入植や開拓を考えない訳は無かったんですよ。過去に幾つもの国や街がこの草原の開拓に取り組んでます」

「なら、この現象も知ってたはずじゃ?」

「あなたは自分の特異性をまだ認識していませんね?」

「え?」


 そんな特殊な事をしただろうか?

 草を刈って、土を耕して、芋を植えただけだ。この世界でもおそらくは行われているであろう栽培法。


「そもそも、土を耕す所で挫折するんですよ。どれだけ刈っても草が消えない。翌朝には元通り。そして耕そうにも根が土を固めて、鍬の刃が通らない」

「あ……」


 そう言えば、芋畑も雑草まみれだった。それにボクは耕す時に【オーラウェポン】を使用していた。

 本来は一定量のダメージを強化するスキルなのだが、その上昇値はこの世界では達人の一撃に匹敵するほどだ。

 ゲームではせいぜいあると便利レベルだったのだが。


「地面が硬すぎて掘れないのか……でもドワーフ達は井戸を掘り返してましたよ?」


 そうだ、あの井戸は今でも使用できる。

 草も生えてくる様子はない。


「あの井戸はドワーフの怪力で強引に掘り抜いた後、周囲を岩盤と粘土で焼き固めてあるんです。農地にはそんな真似は出来ないでしょう」

「そうでした」


 いいアイデアだと思ったんだけどな。

 雑草の処理か……逆に言えば、そこさえクリアしてしまえば、開拓できるんだが。


「まぁ、いいです。とにかくできるのがボク一人でも、耕せるって事は……最低限、芋の供給は安定させれるって事ですし」

「そうですね、それに関しては大きな一歩です。それに……意外と使い道はあるかもしれません」

「お、何かいい考えが?」

「まだナイショですよ。大雑把なアイデア段階ですので。それよりそろそろ時間じゃないですか?」

「時間? ああ、随分長話になったかもしれませんし」


 支部長の彼を引きとめ続けるのも、確かに問題だったかも知れない。

 支部は開いたばかりで、やることが多く忙しいのだ。


「そうじゃなくて、アーヴィンと勝負、するんでしょう?」

「あー……」


 そうだった、すっかり忘れていた。

 ボクの腕をよく知るアーヴィンさんは、あれからもボクから剣技を学ぼうとしつこく絡んできていた。

 警邏に雇った人が迷惑かけるとか、本末転倒じゃないかと思わなくも無かったけど、彼の場合悪気が無いので無碍(むげ)には出来ない。

 そこでボクの技量を広めると同時に彼の要望を満たすため、木剣による勝負を受けたのだった。

 もちろん人外染みた身体能力まで晒すつもりはない。剣技だけでも充分アーヴィンをあしらう事ができるはず。

 そしてボクが『かなり使える』と広まれば……この開拓村でも少数の女性である、ボク自身の安全に繋がるという訳だ。

 自分より強い相手を襲おうという人間は、数少ないのだから。




 井戸の周りの広場にはすでに五十人ほどの冒険者や野次馬の姿が有った。

 なにこれ、村のほぼ総数が集まってるじゃない。


「よし来たな。じゃあ勝負だ、ユミル!」


 ブンと勢いよく剣を振り、威嚇するアーヴィンさん。


「アーヴィン、頑張れよ!」

「絶対負けるな!」

「いいか、死んでも負けるんじゃねぇぞ!」


 彼の周囲の男性冒険者達から、アーヴィンに向かって声援が飛ぶ。

 普通、こういうのは女の子のボクに向かって飛ぶものなんだろうけど……これには理由がある。


 勝負と言っても木剣で行う以上、大怪我をする事はありえない。

 だから負けても何度でも勝負できるのだ。

 もちろん前もって何本勝負と決めることも出来るだろう。だがしょせんは口約束。そのときになって前言を翻す事なんて、実にたやすい。

 そこで、自動的に勝負の本数を制限する方法をボクは提案したのだ。


 ――すなわち、『負ければ服を一枚脱ぐ』


 これぞ『野球剣』と言うべきか?

 着ている服には制限がある以上、勝負の回数には限界がある。

 しかも一定以上の勝負を負け続ければ、恥を掻くのは自分なのだ。


「…………ずるい」


 ボクはこっそり呟いてみた。

 今のアーヴィンの姿はがっちりしたブーツにズボンとシャツ、その上にベスト。頭にはバンダナを巻き、手袋も完備。

 さらに腰周りにパレオの様な布飾りを巻き、首にはスカーフ。

 あれじゃ素っ裸にするまで十回は戦わないといけないじゃないか。

 対してボクは、迷宮に行かない予定だったので、動きやすいワンピースとサンダルだけだ。

 アクセサリーをつける趣味も無いので、三度負ければ下着姿になってしまう。

 観客達もそれに期待して、アーヴィンを応援しているのだろう。


「ゆーね、だいじょうぶ?」

「ん、大丈夫だよ。まぁ、なんとかなる」


 不安げにボクの服を引くアリューシャの頭を撫でて、慰める。

 大丈夫だから、腰元の布を引っ張るのやめて? スカートがまくれ上がって太ももまで見えちゃってるから。

 用意されていた練習用の木剣を手に広場に進み出る。

 この剣はアルドさんが作ったものだ。刀身部分に厚めの布を巻いて、大怪我しないよう工夫されている。

 それでいて、通常の剣とほぼ同じ重量とバランス……いい仕事だ。

 建築と酒造で忙しいはずなのに、こんな余興のために結構な精度の木刀を用意してくれている。


「なにやってるんだか……」


 広場の脇で、当のアルドさんは芋酒を手に歓声を上げていた。

 どう見ても面白がっている。

 審判にはダニットさんが立ってくれた。

 審判役には最初はクラヴィスさんが立候補したのだが、あの人は明らかに観客寄りだ。ボクを脱がすために不当裁定を行いかねない。


「ま、いいか。こっちは準備いいですよ?」

「俺の方も準備万端だ!」

「見れば判ります」


 そのゴテゴテと着飾った格好を見ればね。

 何回負ける気なのやら。


 お互い適当な距離を取り、剣を構える。

 それを合図に、ダニットさんが手を上げる。


「それでは、一本目――始め!」

「うおぉぉぉぉおおお!」


 振り下ろされる手と同時に、気合を入れて突っ込んでくるアーヴィンさん。

 だが、残念ながらボクの戦闘スイッチはすでに入っている。

 スローモーションの様に振り下ろされる剣を、あえて受け流し、体勢を崩させる。

 よろめいた彼を躱しつつ体を入れ替え、最小限の動きで首元に剣を突きつけた。


「――ダニットさん?」

「あ、ああ。一本だ、ユミルの勝利」


 呆然としたダニットさんを促し、勝利をコールさせる。

 時間にして五秒も経っていない。

 アーヴィンさんはこの敗北を想定していたのか、驚愕は少なかった。

 彼は黙ってバンダナを外す。


「これくらいは……あの時見て想定していたさ。勝負は、これからだ!」


 ボク達は素早く位置を離しつつ、再度剣を構える。

 彼の覚悟は――重い。

 おそらく、限界まで戦い続ける決意をしてきている。

 ならばその思いに応えようじゃないか!


「続いて二本目――始め!」


 しかし、ボク達の勝負は……ほんの十分程度で終了する事になった。




「アーヴィンのアホー!」

「野郎の裸なんて見たくないわ!」

「俺と代われ、ボケー!」

「お前、ユミルちゃんに殴られたいだけだろう?」

「ご褒美じゃねぇか!」


 両手を大地に付けてうなだれるアーヴィンさん。

 その股間で象さんプラプラ揺れているのが物悲しい。

 彼の力量では、身体能力をほとんど解放していなくても、加速状態にあるボクの動体視力を超える事は出来なかった。


 少し重めに剣を振り、体勢を崩し、そして切っ先を突きつける。

 距離を取って牽制の一撃を放っても、その剣の引き際と同時に踏み込まれ、一本を取られる。

 この十分は彼にとって、悪夢の一言だっただろう。


「あ、あの……大丈夫ですか?」


 少しやりすぎた。

 アーヴィンさんとしても、ボクの方が強いというのは既定の事実だったのだが、ここまで差があるとは思ってなかっただろう。

 ボクも自分の技だけでどこまでやれるかと言う確認の意味はあったけど、ここまで彼のプライドをズタズタするつもりは無かったのだ。

 なんというか……『見える、見えるぞ! ボクにも敵の攻撃が見える!』って感じでハイテンションになってしまった。


 いつもの戦闘中だと、命のやり取りの最中にそういう遊び要素を入れる余裕が無いので、瞬殺してしまう。

 アリューシャが後ろに控えている以上、猫が獲物をいたぶる様に力を誇示する暇なんてない。そもそも見ているのはアリューシャだけだ。


 そんな訳で、じっくりと自分の実力を試す事ができた意義は大きい。とても大きい。

 だから、アーヴィンさんには感謝しているのだ。

 それに彼としては、もう少し食い下がれると思っていたであろう事は、見ていて判る。

 判るからこそ、余計に罪悪感が募る。今なら謝罪にキスをかましてしまいかねないくらい、負い目を感じている。


「いや、すまない……正直言うとここまでとは思ってなかったので、少しショックを受けてしまった」

「こちらこそ、すみません。どうも調子に乗ってしまって」

「いや、君はもっと調子に乗っていいレベルの剣士だから」

「本当にごめんなさい」


 立ち上がった彼に対し、九十度になるまで身体を曲げて謝罪の意思を示す。

 位置的にうっかり目の前に象さんが来てしまったので、慌てて飛び退った。

 さすがに他人のを至近で直視してしまっては、頭に血が上る。


「あ、ああ、すまん。その、ここまで惨敗してなんだが、何か隠すものを着ていいか?」

「あ、はい!」


 ごっそりと取り上げた彼の衣服類を突き返し、そそくさとアリューシャの元へ戻る。

 当のアリューシャは、ルイザさんに目隠しされていた。


「ねぇ、ゆーねのかつやくが見えないの」

「ゴメンねぇ、ちょーっと見苦しいものがブラブラしてるから、アリューシャちゃんは我慢してねぇ」

「人の身体を見苦しいとかいうな!」

「いいから、さっさと服を着ろ。この露出狂!」


 うん、アーヴィンさんは相変わらず、女性陣に頭が上がらないようだ。

 平然としてるルイザさんとは対照的に、ルディスさんは顔が真っ赤になって、手で顔を覆っている。

 でも、指の隙間からちらちら見てたり……

 これがあるべき乙女の仕草なのだろう。実に萌える。


「はぁ、まぁ目的は達成したかな?」


 アーヴィンさんには悪い事をしたけど、一定の実力を持つ彼を圧倒した事で、ボクの力は示せたはずだ。

 これでボクに手を出してくる人は居なくなったはずである。


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